紅葉の野迫川村ツーリング

U兄から積んで行ってやるから野迫川へ連れてけとのお達し、野迫川村は奈良県吉野郡の中西部、大塔村、十津川村、和歌山県高野町と花園村に囲まれた山間の人口数100人の村、奈良県にありながら南都銀行の出張所すらなく、奈良交通のたった1往復のバスも村役場のある上垣内まではやって来ない、どちらかと云うと和歌山県側からのアクセスが良く、奈良県には見捨てられた様な村なのである。
 野迫川へは10数年前に足繁く通ったので自転車が走れる道はほぼ両方向に走り潰している。 最近は少しご無沙汰していたが、一昨年の初夏にR氏とY氏、昨年の秋にはW氏とF氏と訪れている。 R氏の掲示板「風のたより」で呼びかけると8名の参加者がまとまった。

朝9時前にデポ地の野川に集合、L氏、か氏、M氏のドタ参で人数は11名に。 たまたま昨日に川原樋川林道へ向かったW氏一行が熊と遭遇、一同熊鈴をジャラジャラ鳴らしながらもっぱら話題は「熊」である。
 なお野迫川と云う川はなく、中原川、池津川、川原樋川と3つ川がほぼ東西に深い谷を作って流れている、野迫川の地名は野川、迫ともう1つどこかの地名から来ているらしいが、現在は’迫’の付く地名は見当たらない。 野迫川がルーツで先祖は山賊で高野と吉野大峰を通う旅人を襲っていたS翁が村史を持っているので要確認。


標高650m程の野川からまずは標高1000m弱の高野辻を目指します。 ガスがかかっていた野川を出て暫く登ると朝の日差しが... 実はこの時に先行ドタ参していたK氏は上から雲海の写真を撮っていたのです、氏のHPの「自転車のページ」を参照。


高野辻から一旦、村役場のある上垣内まで下り再び高野竜神スカイラインまで登り返し、「鶴姫」前で小休止の後、タイノハラ林道へ本日の最高地点約1100mを越え林道沿いの四阿で昼食休憩と云う段取り。 四阿に到着すると先客が、なんと昨日高野山で行われ今日南紀白浜まで走るクラッシクカーのイベントを見ようと先に上がって来ていたK氏が緑のALPSでお出迎えでした。 のんびりと食事休憩していると今度は海外遠征の経験もある屈指のシクロアルピニストであるk氏が愛用のミニベロで登場、総勢13名になっていまいました。
 この後、紅葉を愛でながら川原樋川へ下り、別行動のk氏とK氏と別れ紀伊半島でも数少なくなったロングダートの川原樋川林道へと入りますが、幸か不幸か熊とは遭遇しませんでしたが、私の野迫川での3年連続パンクもあり、時間とともに日暮れが迫って来ます。


16時09分、うそピークの続く<734>高野辻堂線を先頭グループからやや遅れて平川釜落林道への分岐へたどり着く、心配していた通行止めは平川釜落林道ではなく、県道側の池津川付近のようで一安心。
←今月のカレンダーと同じ場所なんですが、谷あいではこの時刻になると暗くて...
 ここで全員に抜かされてしまい、標高差250m程の登りに陽は暮れるし、足は回らないし、携帯食の持ち合わせも無くお腹がすいてハンガーノック寸前(こんな時9氏がいれば...)。 ただ昨年以上に舗装化が進んでいる上に、自身過去10回は走っていて日没後にも走った経験のある道なので不安はないのだが、他の10名は未踏の区間でダートになるとピーク前後は雨の後はぬかるみやすく、沢筋へ下るとガレているのでコースリーダーとしてはそちらが心配である、携帯も圏外で届かないしピーク直下のヘアピンの下で大声を出してみたが返事はない、経験豊富な連中揃いだから適切な状況判断をすれば先に下ってくれるかランプを持っているものだけが待っていてくれる事を願っていた。 やっとの思いでピークに到着すると誰もいないので一安心、残っていた飲用のココアの粉をほおばるとお腹の方もホッと一息をついて下りだす、舗装化直前で酷くぬかるでいる処もなく沢筋のがれた区間は既に舗装されていて、谷あいの空には月も上がっている。 <53>高野天川線に出るまで後数100mというところで車が上がってくる、眩しくて何も見えないので立ち止まると先にデポ地に着いて回収に戻って来てくれたM氏だった。
 お恥ずかしい事にコースリーダーが回収され完走できなかったが、皆さんには紅葉の野迫川を堪能して頂けた様で良かったです(^_^;) ちなみにデポ地に帰って気がつくと見えない顔が、o氏に騙されたというU兄とら氏が今井峠への道へ迷い込んでいた様です。

本日の走行、最後の最後にリタイアしたもののT御大宅への自走を含めて走行64.7キロ、コースの実際の距離は60キロ前後ですが、累積の登坂標高は1000数百mになります。

PS:写真だけですがうちのHPにアップしています、いつもの様に「自転車のページ」→「ツーリングの記録」です。

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「紅葉の野迫川村ツーリング」への7件のフィードバック

  1. これだけやかましい人らがおったら熊鈴鳴らさんでも大丈夫でしょ。
    (^^;高野天川線の激坂よう上りましたね。
    最後のとどめに高野辻堂線も・・・それ見ただけでやめとこ思いましたわ・・。
    (^^;このメンバーでも日没との戦いですか、相当厳しかったんですね。

  2. cancanさん、昨日はお疲れでした。
    最後の林道はコースリーダーのお気遣いも知らず先行してゴメンナサイ。
    また、このような充実したツーリングを企画したいですね。
    ところでo氏に騙されたって、私のこと?変なこと言った覚えはないんだけどなあ。

  3. cancanさん、本当にご苦労さんでした & 最高に楽しかったです。
    暗?な感じでゴメンナサイ。
    また、よろしくお願いします。

  4. 山賊ネタを出してくると思った。
    野川組・迫組・川並組 が合併して野迫川村です。
    今は奈良県ですが、もともとは紀州藩の領地でした。
    ちなみに今回は担ぎと激坂下りの某縦走路を走る予定が既に入ってたので参加できず。

  5. >野川組・迫組・川並組 が合併して野迫川村です。
     となると川原樋(かわらび)は’川並’が転訛したのかな。

  6. windyさんの書き込みを見られなかったので、皆さんがなんでそんなに熊、熊って言ってるのか、知りませんでした。
    ひとりになった時のことを思い出したら…。
    10年程前、知床五湖の側で、対抗2車線の向いの斜面をのそのそと下りて来る若いヤツを見たことがあります。
    単車の兄ちゃんが至近距離で余裕で写真を撮っているのにビックリしました。
    私も一応「熊?」っていう写真は撮って持っています。
    それにしても楽しい一日でした。
    cancanさん、ありがとうございました。

  7. 野川組 平川・柞原・中・上川並(川波)組 池津川・紫園・中津川・立里迫組 平・北今西・弓手原・北股・桧股なお、平井は一郷組でこの組の他村(集落)は現在は大塔村に所属「組」の名は川名よりも後に作られたと思うから、川原樋の’川並’転訛説は怪しいところで、野迫川村は祖父が養子にいった先であり、当方のルーツは九度山で真田忍群の一員だった(らしい)とのこと。
    なお、九度山人さんと縁続きではないと思う。
    食べる量が全く違うもんね。

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