「自転車」カテゴリーアーカイブ

タリム侵攻に出撃中止、武装解除の巻

桜井町道路元標前にて

 この連休は気のおけない友人たちとキャンプツーリングに出掛ける計画を愉しみにしたのですが、台風18号「タリム」が本州直撃の予報に、数日前から宮古島付近でクダを巻いていたのですが、昨晩北東に転進したのを確認して、出撃中止命令を。素晴らしいコースと愉しいメンバーに、月初の「弓削島キャンプ」の計画も中止して、予定を繰り合わせて準備に勤しんでいたのですがネェ。
 asuka号に準備した装備、武装解除するだけなのですが、あまりに悔しいと云うか、折角ですので4サイド支度のまま市内巡回に、しかし乗っていると余計に腹がたってきました「タリムめ!」って、自然現象なんですから怒っても仕方がないのですが、しかし連休に日本全国に影響を及ぼすコース、被害がでなくても経済的損失は大きいでしょうね、キャンセルを入れたキャンプ場のおじさんもため息まじり。
 明日から雨が降り続くと云う事ですので、出掛けたついでにスーパーでお買い物。左後ろのサイドバッグにはクーラーバッグを仕込んでいます。
 帰宅後、せっかく準備した荷物を片付けるだけなのですが、いつもも行きも帰ってきてからもバタバタしていますので、この機会にブログネタにと装備紹介の写真を撮りながら武装解除する事にしました。
 4つのサイドバッグは現行製品ではありませんが10数年前に買ったオーストリッチのS-5に、勿体無い話しですがモンベルのサイドバッグに付いていた取り付け具を転用しています→「サイドバッグ改造中」 ジルベルソーでも同様の事が云えるのですがフックとスプリングでの装着はショックで脱落する事がままあります。このS-5ご他聞に洩れず決して使い勝手の良いものでもありません。デザインが今風過ぎるので手が出せないのですが、使い勝手や対候性の点でオルトリーブには敵いません。
 前後左右への荷物の配分は、基本的に出し入れの頻度で決まるのですが。今回は夏装備ですので、右前だけになんとテント、マット(120cm長)、寝袋、タープ(ポール含まず)が収まってしまいます。ただ秋冬春の装備ではテントのMossOutlandが大きいためにバッグには入らずにパニア台に、寝袋とマットだけで右前のサイドバッグをほぼ占領してしまいます。
 写真のテントとタープはNature hikeと云う中華ブランドのものです。まだ何度も使っていませんが、機能的には充分なものです、オールメッシュのインナーは真夏は快適です。写真は弓削島にて。

 マットは長年モンベルの180cmのものを使っていましたが、少しでもコンパクトにしようと、クオルツの120cmのものを最近入手しました。(写真上)


 サイドバッグ左前は衣類と雨具です。今回は雨も覚悟しないといけない状況での強行も考えたのでサイドバッグのカバーを含めて雨具は重要です。両方でほぼ占領してしまいます、寒冷季は衣類だけ一杯になるかと。スタッフバッグに分類して入れておきます。サイドバッグの大きさに応じたスタッフバッグを使うと詰め直したりする無駄がないかと、また枕にもなります。ところ前後左右の重量の配分ですが、私の場合、前が幾分軽めで、前の左右のバランスはできる限りとります、前後のバランスはシミー現象の発生とか微妙な部分があるのですが、少し調整しただけでシミーが収まった事があります。
  サイドバッグ右後です。長尺ものをバッグの上に固定していますが、最近はコンパクトになる良いものがあってイスとテーブルを含めて、火器、コッフェル等一式が入ってしまいます。なおキャンプ用品を自転車ツーリング用として購入する場合は収納寸法が重要です。サイドバッグに収納する場合は大きなサイドバッグでも長辺40cmが限界です。パニア台に縦置きにしたとしても無理無理60cmまででしょう、私の場合テーブルとタープのポールが45cmでした。サイドバッグの上も脚と干渉を考えると50cm位が限界でしょう。ちなみにこのサイドバッグ上のベルト通しはことごとく千切れてしまい、今使えるのは1つだけです。このあたりオーストリッチ品質ですな、輪行袋などファスナーの縫い代がほつれて、輪行支度の度に噛みこませて格闘しています。
 そう考えてアウトドア用品を探してみると、思った以上にないものです。Nature hikeのタープ用のポールを探す時にも適当なものが見当たらず、昔使っていたイスカのものを加工して使っています。火器、コッフェルの類はどうしても円筒形のものが多くパッキングには無駄ができますね、この辺りを考えたのか四角いコッフェルもありますが、洗いにくくて私は好きではありません。
 サイドバッグ左後、一番アクセスがし易く、後ろの左右バランスはある程度許容できるので、食料類がメインとなります。今回は食料は現地調達ですので、小型のクーラーバッグとカトラリーや調味料の類を入れたケース、今回は前左が一杯ですので洗面具などを入れたポーチがこちらに入っています。クーラーバッグに入れる保冷剤はぬるくなってしまえば余分な荷物ですので、コンビニのある地域ですと凍らせたパウチ飲料やペットボトル飲料を活用するのが良いかと、まぁこれからの季節そうも入用ではないかも知れませんが、野営地到着後まずは冷たいビールをと云う方やぬるいワインはいやだと云う方は。なお今回は一番底に輪行袋を入れています。
 さてこの4つのサイドバッグでどれ程の重量になるかと云いますと、前右4.9kg、前左4.1kg、後右(バッグ上長尺もの込)6.4kg、後左(食料品など含まず)4.3kgとなります。まぁ食料などを積み込んだら優に20kgは超える計算です。
 あとフロントバッグとサドルバッグがある訳ですが。サドルバッグにはモンベルからかつてフロント用としてでていたものを使っていて、主にメンテナンス用品が、パンク修理キット、ネジ類、ゴム板、ニップル回し、チェーンカッター、ナイフなどが組み込まれた十徳ペンチ? スペアチューブ×2本、軍手、使い捨てのニトリロ手袋、サドルカバー(革サドルなもので)。青い2つのランプはクランプ式になっていて、ナイトランや長大トンネルを通過する時に右側の前後のサイドバッグに取り付けます、追い越そうとする車からの視認性大です、本当は黄色がほしかったのですが、赤、青、緑しかありませんでした。あと写真右下の方は人間用のヘッドライト、キャンプ用としてだけでもなく、ナイトランでパンクやトラブルになった時の事を考えてみて下さい。これで1.8kgとなります。
 フロントバッグの方は殆どカメラとモバイル機器に占領されてしまっていて約3kg。これで都合25kg近くになっています、実はこれに重量1.3kgの三脚をパニア台の上に括り付けて出掛けるつもりでもいたのですが。ただ身体につけるのは財布とスマホを入れコンデジをぶら提げたウェストバッグだけ、決してリュックを担いで走るなんて真似だけはしたくはありません。但し食料品とか短時間短距離、軽量な荷物を運べる様に簡易なナップザックを畳んでフロントバッグの底に忍ばせてあります。
 さてそれだけの荷物を括りつけるasuka号そのものの重量は幾らあるかと云いますと、サイド枠を付けたキャリア装備の上の写真からサドルバッグがない状態で計ったところ16kg,、軽量化にうつつを抜かすローディなんかお構いなし、乗員込み軽く0.1トンを超える世界でした。
 なお秋冬春支度の場合はテントをパニア台の上に載せてご覧のスタイルになっています、写真は2016年3月の「四国ツーリング」の時のものです。

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「Selfy Photo」を更新しました。

 久しぶりに「Selfy Photo」(自撮り)写真集を更新しました。今年の夏はロードで走る機会が多くてなかなか三脚を持ち出す機会もなかったのですが、実際のところ真夏の炎天下に行ったり来たりするのは大変ですし、虫も多いですからねぇ。と云う訳で5月以来の更新と云う事で8月、9月の新作5枚を追加しました。
 潮岬「望楼の芝」にて。
 和歌山県伊都郡高野町下筒香にて、左の写真はお盆の「野迫川キャンプ」の帰途に撮影したもので、その時は三脚を忘れていてガートレールに括り付けて撮影したのですが、今回撮り直しを。


 西吉野大滝でちょっと「動画自撮り」にトライしてみましたが、これは難しい。

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二つの丹生川を遡る ②


 
奈良県吉野郡下市町谷(旧丹生村) 丹生川河畔 県道赤滝五條線

 県境の無名の峠を下ると元の西吉野村永谷、ここでは道路沿いに何段にも組まれた「はぜ場」に「はせ掛け」が行なわれています、狭い谷あいの田圃ゆえの風景です。始まったばかりですが、全てに掛かると壮観でしょうね。
 R168に出て少し五條側に下り、西野トンネルの手前で旧道へ入り、先月も立ち寄った西吉野大滝へ。いつも往路ですが、今日は時間の余裕もあるので「自撮り」に挑戦。
 五新線の遺構の鉄橋が残る宗川野へ下り、再びR168を少し走り城戸へ。
 丹生川沿いに県道20号線下市宗桧線から県道138号赤滝五條線へ。車が少なく緩やかな勾配の続く川沿いの快適な道、今年走るのはもう何回目でしょうかね。


 旧丹生村域となる下市町へ入り、丹生小学校跡で小休止。
 丹生川上神社下社。川上村にあるのが上社、東吉野村にあるのが中社、長い間通行できなかった高原洞川林道も復旧したそうですし、3つの丹生川上神社を巡るサイクも面白いかも知れませんね。

 少しR309を走ると黒滝村、丹生川は黒滝川と名前を変えます。道の駅「吉野路黒滝」今日は走ってきたコースで一番騒がしかった様な。
 予定では地蔵トンネルから才谷、吉野山経由で帰途に就こうかと考えていたのですが、丹生川の名前もなくなった事ですし、粟飯谷(ほしいだに)から法者トンネルを経て広橋峠へ向う事に。法者トンネルのある場所は柿峠、法者峠(伏拝峠)と称される由緒ある大峯参詣道の峠ですが、平成6年になって車道が開通しました。
 旧々道を広橋峠へ。民家のない笠木峠とは異なり、広橋トンネルが開通した今も路線バスはここの激坂を登っています。



 広橋峠を下り千石橋南詰まで出たものの、結局は吉野川左岸の県道39号五條吉野線を上市橋まで遡って裏芋へ入ったので、吉野山経由の方が楽で早かったかも。千股で一息入れているとロードが2台、少々お疲れのご様子「大台」の帰りかな。少し間隔をおいて着いて行きますが、さすがに早いとてもasuka号では着いては行けません、半分位までで見えなくなってしまいました。千股から芋ヶ峠まで30分切り、私には上等です。夕暮れの飛鳥を走って無事に帰投、本日の走行150.0キロ。桜井からの周回コースですから、結構な距離になりましたが、大阪の方なら輪行で来て、南海高野線九度山駅から近鉄吉野山駅まで走るのも良いかも。

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二つの丹生川を遡る ①


 
和歌山県橋本市北宿 丹生川河畔 国道371号線

 今日は奈良県と和歌山県それぞれにある丹生(にゅう)川沿いの道を遡るサイクリングに出掛けました。「丹生川」と云う名の河川は全国に十以上もあって、「丹生」と云う地名も数多く存在しています。近畿では奈良、和歌山、滋賀、三重県に丹生川が流れていて和歌山県と滋賀県には二つの丹生川があります(厳密には和歌山県の日高川水系の丹生川(丹生ノ川)は上流域が奈良県に入っている)。今日巡るのは何れも紀の川水系で、和歌山県高野町富貴を源に九度山付近で紀の川に流れ込む丹生川と、奈良県吉野郡黒滝村から下市町(旧丹生村)を経て旧西吉野村から五條市で紀の川(吉野川)に至る丹生川です。処で丹生の「丹(に)」とは主に水銀の原料となる硫化水銀を含む「辰砂(しんしゃ)」を意味し、丹生とはそれらを産出する地域や、生産を生業とする人を意味します。水銀は古代から顔料や金鍍金、実は毒なのですが薬としても重用された重要な鉱物資源であった訳です。
 サイクリングのコースは九度山をスタートし丹生川沿いに橋本市宿(やどり)、高野町筒香(つつが)を経て富貴(ふき)へ、奈良との県境になる峠を越えて五條市西吉野町永谷へ、少しR168を五條側へ走り西野トンネルの手前から旧道へ入り、先日も立ち寄った西吉野大滝を経て、城戸(じょうと)から奈良県の丹生川沿いに黒滝村まで遡るプランです。
 暗い内0410に桜井を出発、しかし随分と陽も短くなったものです、勝手知ったる道とは云え、重阪(へいさか)峠はまだ真っ暗です。五條新町のローソンで補給後、紀の川左岸の県道55号橋本五條線を、橋本橋南詰からはR370となります。
 今日は九度山の道の駅に寄らずにそのままR370を高野山方面へ、丹生川沿いに2キロ程走ります。(写真左)は近代化産業遺産に指定されている南海高野線の丹生川橋梁。赤瀬橋の交差点で県道102号宿九度山線へ入ります、この県道は長らく通行止になっていたり、奈良県側からは狼頭(ろうとう)峠でショートカットできるのでずいぶんと久しぶりです、調べてみると2009年6月の「峠おやじ弐千峠達成記念サイク」以来かと。玉川峡と呼ばれる渓谷沿いの道は爽やかです、ただこの時間では陽射しが入らないので写真的には、「自撮り」のポイントを物色しながら先を急ぎます。かなり山深いところですが南朝所縁の土地でもあり、kimotoshiさん御用達のキャンプ場「どーむびれっじ」へ渡る吊り橋は「御陵橋」だったりします。
 再び橋本市域に入りR371へ、「やどり温泉いやしの湯」のある北宿を経て、河合橋で高野町となり町道筒香線へ入ります。
 下筒香、中筒香の風景。現在は高野町ですが、昭和33年までは富貴村でした。標高500m前後の土地で既に稲刈りが始まっています、この辺りは小規模な兼業農家ばかりなので、稲刈りのできる休日は賑やかで、大変な手間なんでしょうが「はさ掛け」で天日干しが行われています、籾で乾燥させるより美味しいのだとか。

 上筒香で県道733号高野川津線へ、ここの三叉路にあるバス停は「野迫川口」となっています、和歌山県でありながらかつては奈良交通のバスが通っていた地域です。(写真は縦方向にデフォルメしてます)
上の写真を撮った上筒香のお堂にて。今朝五條で仕入れておいたコンビニ弁当で、稲刈りの風景を眺めながらちょっと早いお昼にします。



 出屋敷辻で県道732号阪本五條線へ入り、東富貴から奈良県側へ越えるのですが、少し富貴の村へ寄り道、「ふきのやきもちカフェ」が開いていましたので「やきもち」を、どちらかと云うと薄っぺらな今川焼きなんですが。オムライスが美味しそうだったのですが、筒香で弁当をたいらげたばかりなもんで。次の営業日は9月24日だそうです。
 玉川峡を経て高原の盆地へ筒香、富貴と素晴らしい日本の里山風景が続く中を走ってきましたが、富貴からは現在は五條市となっている西吉野村永谷を越える峠道へ、自転車で走るのは初めてです。北側に金剛山や五條の街を見下ろす標高668mの峠ですが峠の名や標識の類はありません。峠を下ると奈良の丹生川の支流宗川流域に入ります。(②へ)

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東西南北の海へ(まとめ)

 鉄人児玉さんの向こうは張って今年挑戦した、海の無い奈良県から東西南北の海を目指すライド、まとめです。
 5月15日「東の海へ」、高見越で伊勢志摩へは毎年何度か走ってはいるのですが、今年は紀伊半島最東端となる鳥羽市国崎町の鎧崎灯台を目指しました。走行183.7キロ。

 

 6月13日「西の海へ」、距離的には一番近い西の海ですが、紀の川沿いに西進し淡輪のローディ御用達のカフェ「ゆる風」経由で和歌山市加太の田倉崎を目指しました。走行133.7キロ。

 

 7月29日「北の海へ」、帰途はJRでの輪行となるので「北の海」と「南の海」は青春18きっぷの発売を待ってのスタートです。嵐山まで自転車道を走り、六丁峠~越畑~日吉ダム~綾部と走り、天橋立を目指したのですが、普甲峠を敬遠して由良川沿いに由良海岸に出て終えました。走行185.8キロ。
 8月19日「北の海へ Part.2」、京都市街を抜けなければならないので長年敬遠したいた途中越鯖街道ですが、Nちゃんの案内で小浜まで走る事に。走行156.6キロ。

 

 8月27日「南の海へ」、ホームベースの紀伊半島ですので新宮までは何度も走っているのですが、一日で本州最南端の潮岬まで走った事がなかったのです。ここまでErbaロードで走ってきたのですが、悩んだ結果asuka700Cツーリングで出掛ける事に。久しぶりの200キロ超えとなりました。

 ファストラン的な走りはあまり趣味ではないのですが、まぁそれなりに愉しめたので良しとしましょう。実は「北の海は」は近畿最北端の経ヶ岬を視野に入れてみたのですが、最寄駅や宿まで戻る事を考えると私の脚力では難しいですね。西の端は兵庫県を別にすれば、田倉崎よりも経度では僅かに日の岬になる様で、来年への課題ができてしまいました。

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南紀 滝の拝から小匠ダム

和歌山県東牟婁郡串本町潮岬「望楼の芝」

 少々蒸せたのものの風があったので快適に過ごせました。インナーがオールメッシュのこのテント、夏期平地限定の快適ギアです、まだ風雨に曝されていないので、その辺りの性能はまだ判りませんが。
 クロネコヤマトの荷受開始が8時からなので、日頃早くから走り出しているので、しまったなと思ったのですが、コーヒーを沸かしテントを撤収し、せっかくですので「望楼の芝」で「自撮り」とかしているとエエ加減な時間になってしまいました。
 8時前には潮岬を後にしますが、串本の街を見下ろせる場所にて。植生が成長して随分と見通しが悪くなりましたが、陸繋砂州に発展した串本の街が見渡せます。ただ津波の事を思うとちょっと恐ろしいです。
 クロネコヤマトに立ち寄り、預けておいた空箱を貰い、テントとマット他の入ったリュックを箱へ。、
 昨日走ってきたR42を少し戻り古座川河口へ、清流古座川に沿った県道38号すさみ古座線へ、も明神橋からは古座川の支流小川に沿った県道43号那智勝浦古座川線に入ります。
 明神橋から9キロ程で名勝と云うか奇勝「滝の拝」へ、しかしずいぶん道が良くなったと云いますか、新しくできた滝の拝トンネルを抜けて真っ直ぐ行くと左岸に渡ってしまうので、昔を知っている人は却って戸惑うかも。最近道の駅「滝の拝太郎」ができたのですが、駐車スペースにトイレと四阿、自販機が1台、そして展示室?があるだけで人の姿はありません。日曜日は何か販売されている様ですが、実際ここまで来る観光客は少ないでしょうね。
 道の駅ではトマジーニに乗ったローディが、ロードでこの先へ進むのかと怪訝に思ったら、ここで引き返して「一枚岩」へ行くそうです。奇勝「滝の拝」は道の駅の奥、狭くなった道の先にあります。河原を埋め尽くす甌穴は壮観です。ただ滝の拝で見た人影はトマジーニの彼だけ、道は良くなって、でも人は少なくなったのが紀伊半島の山中の現実かと。
 滝の拝を後にして更に県道を進みますが、滝の拝から先は昔のままの1.5車線路が健在でうれしくなってきます。県道那智勝浦古座川線と云ってもこの道で那智勝浦方面へ行く車はまず無いかと、稀にすれ違う車も地元の軽トラ位のものです。しかし横を流れる小川の水の美しさは格別、本流の古座川、清流と云っても今では上流に七川ダムがあります。
 西赤木、田川と小さな集落を抜けて小森川へ、ここから林道小匠小森川線と云う立派に基幹林道があって、トンネルを抜けると小匠ダム上流の高野へでるのですが、現在は崩土で通行止め、一昨日向かったvivvaさんは担いでも突破叶わずと撤退したそうです。もとより私は篭へ寄ってみたい事もあったので、このまま県道を行きます。
 小森川から県道はやや広くなって標高差300m余りの登りと、何度か登ってはいますがなかなか大変です、那智勝浦町の標識が現れるものの、そこがピークではなく2/3と云った処でしょうか。開通記念碑のある場所でようやく稜線に取り付きます。
 開通記念碑の前にへたりこんで、串本で仕入れておいたコンビニ弁当を。ここから県道は幅員1.7m制限、路面状態もかなり悪くなります、まさしく険道。

 那智勝浦町の最も奥まった集落となる坂足にて。
 篭へ到着、田村商店は閉まったままです、近所の人に聞いてみるとおばあさんはルピナス(那智勝浦町の老健施設)に入ったとの事です。篭は県道や林道が集まる処で、おばあさんに世話になったり、道を教えて貰ったサイクリストやライダーは少なくないはず。向かいの物置小屋もなくなり自販機1台だけが動いています。紀伊半島の山の中から、こんなお店がまた一つ消えました。
 さて小匠ダムへむかうのですが、右の高野林道を走っても通行止めですから、左の虹中野川林道へ入ります、現在は舗装されて県道45号那智勝浦本宮線に入ります。篭から県道を辿るより多少距離は短いかと。那智勝浦本宮線の出合橋から県道234号長井古座線へ入りますが、未だに古座へは繋がっていない道です。県道が途切れますが小匠ダムへは1~1.5車線の道が繋がっています。
 小匠ダムは正式には「小匠防災堰堤」、1959年に作られた古いダムだが、何よりダム筐体そのものに車を通行させるためのトンネルがぽっかり開いている知る人ぞ知る珍ダム。ところで何やら工事が行われて通行止めとなっています「仮設道路撤去工事」すわ何が行われているのかと、自転車を置いて歩いて見聞に。
 どうダム堰堤の高さまでのスロープ、道路が付けられているのです。下流側だけなら判るのですが、上流側もスロープで元の高さまで下りているのです。従って相変わらず水を貯めるつもりはなさそうですが、トンネルは塞いでしまうのでしょうか。工事の人に下の道(従来の道)が無くなるのかと聞いてみると、無くならないと云う、ただトンネルで大きな車が通れないからだと、だったらトンネルの開口を拡げればと思うのは素人考えだろうか。
 ダムより上流、高野側は通れなくなったと云う話だが(先の小匠小森川線の崩土とは別に)、古座川町の樫山(廃村)へはまだ行けるはず、ただ今日はそこまでの時間はないので、ダムから引き返す事に。帰路小匠集落に立ち寄ってみますが、ここにあった商店も閉ざされていました。カチンカチンに凍ったあずきバーに差し歯をおったり、乾さんだっけヤマタンさんだっけ、バーストしたタイヤに充てるガムテープを貰ったり、記憶だけが残ってしまいました。
 滝の拝~篭~小匠ダムと今日のミッションを終え、ゆったりと流れる太田川沿いの県道を下里駅へ向かいます。
 急げば下里1619に乗れたので「18きっぷ」だけで桜井まで帰る事もできたのですが、輪行袋を担いで混雑する天王寺での乗り換えを敬遠して、1718発の新宮行きに乗車、松阪から近鉄経由で帰途に就く事にしてのんびりと輪行支度を整える事にしました。本日の走行89.9キロ、都合2日間で300キロ走った事に。

 無人駅にワンマンカーが続いて入挟できないまま多気まで、そのまま近鉄に乗ってしまうとややこしいので、松阪行きの運転士さんにハンコを押して貰う事に「青春18きっぷ」3,020円分乗車。ただ近鉄大阪線が人身事故で遅れていて、最終間近の時間帯で足止めを食らったりすると大変なので、伊勢中川からは早く出発する特急に乗車する事に。昔々雨の影響で紀勢本線が遅れて松阪で泊まらざる得なくなった事がありました、18きっぶだけで帰る計画が余分な出費が、ともあれ日の変わらない内に桜井へ帰りつき事はできました。

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「南の海へ」205.3キロ ②

和歌山県東牟婁郡串本町 橋杭岩にて

 予定通りと云うか12時過ぎには熊野本宮に到着。七色高架橋を下り本宮道路を始めて走りましたが、従来熊野川が蛇行していた部分を3つのトンネルと2つの橋で一気に貫いてしまいますから、楽には楽ですが味も素っ気もありません、一昨年10月同様、北向きに走る時はやはり旧道かな。なお本宮道路を走ると道の駅「奥熊野古道ほんぐう」はパスしてしまいます。本宮の鳥居の前で十津川で買った「めはり寿司」を頂きます。
 最近「穴蔵」氏によって現存が確認された請川村道路元標を訪座、和歌山県下で現存が確認された18基目の道路元標となります。請川村は昭和31年のいわゆる「昭和の大合併」で本宮町となり、その後は「平成の大合併」により田辺市となりました。私にとっては1,053基目の道路元標です。
 道路元標の表通り、R168沿いにあるヤマザキストアにて補給、本宮前よりこちらの方が品揃えが良いです、営業時間は8時から19時。川湯温泉や大塔安川林道への県道241号への分岐に当たります。ここから新宮でR42に入るまでの約30キロが交通量も多くなってきて結構ダルい区間です。

 新宮市、旧熊野川町域に入り、1319にはR169との合流点宮井大橋へ。奥瀞道路の整備とともに架け替えられ、古い橋は撤去されてしまった様です。

 

 宮井大橋を過ぎ北山川と合流すると熊野川の対岸は三重県となり、三和大橋が見えてきます。これより下流はR42の熊野大橋まで対岸に渡る橋はありません。なお左岸には県道740号小船紀宝線が通じています。
 新宮市は熊野川河口右岸に発展した町ですが、南西側から山が迫っていてR168だと越路トンネル、R42側は小さな峠越えになります。自転車は古い方の越路トンネルへ誘導され、トンネルを抜けると新宮市街です。1430にR168を走り終えR42へ入ります。しかしまだまだほっとしてもいられません、潮岬までは後50キロは走らなくてはいけません、とにかく明るい内に潮岬到着が目標です。正直云ってこの先のR42がネックになっていたのですが、前半セーブしたお陰かここまで脚を残して走ってこれました。

 新宮市街では海を見られませんので三輪崎で海岸寄りの旧道へ、南の海です(写真左)。R42に入ってからは河川や線路を跨ぐ度に細かなアップダウンが続きます。基本海岸沿いなのですが、太地町と紀伊浦神~紀伊田原間で内陸側に入ります。紀伊田原で少し荒船海岸へ立ち寄ってみます(写真右)、ガードレールのない海岸の一車線路が続くのでなかなか絵になるのですが、既に日影になってしまっていて写真的には今一つ、次の機会に。
 古座町が串本町と合併したために古座川を渡るまで串本町の標識が現れるので些か奇異な感じが。そう云えば古座川町には海岸がなくて全て古座町でしたね。
 荒船海岸で既に大島が見えていましたが、橋杭岩まで来るとくしもと大橋と陸繋島の潮岬が見えてきました。 串本の街に入り、潮岬の入り口にあるクロネコヤマトで留め置きに荷物を受け取ります、リュックを入れていた空箱は、明朝また送るからと営業所に置いておいて貰う事に。リュックを担いで潮岬へ、キャンプ場のある望楼の芝まで5キロ程なのですが、標高で70m程登らなくてはなりません。ともあれ1745には本州最南端潮岬に到着です。色々と悩みましたがasuka号で来たのが正解だったのかも。重いのは重いのですが、ロードに比べると体にやさしいと云うか、気分的にも楽に乗っていられるのは200キロの長丁場には差がでたのかも。今年になって180キロ台は2度あったものね、何と7年ぶりの200キロ超。後半どうにかモチベーションを維持できたのも良かったかと。


 さて宅急便で送ったキャンプ用品はテントとマットだけ、夏の平地キャンプですので寝袋もなし、食事は元より外食のつもりですが、さすがにそれも寂しいのでお湯を沸かせる準備だけは。もう2年使っているケトルです。日曜の夜ですので先客は数名、自転車も2人程いる様です。
 設営を済ませ風呂と食事に串本の街へ往復、串本は町と云っても24時間営業のスーパ-やホームセンターなどもあって補給などにも便利な処です。街への往復を含めて本日の走行219.0キロとなりました。
 なかなか来れない南紀ですから、明日は瀧の拝~篭~小匠と回る予定です。

5/15 「東の海へ」(鳥羽市鎧崎)

6/13 「西の海へ」(和歌山市加太)

7/29 「北の海へ」(宮津市由良海岸)

8/19 「北の海へ Part.2」(小浜市)

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「南の海へ」205.3キロ ①

和歌山県東牟婁郡串本町 潮岬

 東西南北の海を目指すツーリング、asuka号にするか、東西北と走ったErbaロードにするか二転三転、悩んだ挙句に結局はasuka号で行く事にしたのですが、フロントサイドはやめて、テントにマットと最小限のキャンプ道具だけをリュックに詰めて、串本のクロネコヤマトに営業所留めで送っておきました。帰りの時間を気にしながら走り、トンボ帰りの輪行をしなくても良いとは云え、200キロ余りを走り営業所の営業時間内に串本に辿り着く必要がります。なおキャリアはフロントだけにして、キャラダイスのサドルバッグ用にバッグサポーターだけ装着します。輪行袋と着替えの一部をサドルバッグに押し込みますので、身に着けるのはウェストポーチのみです。ロードの人が大きなバッグを背負って走っているのを時々見掛けますが、肩への負担や背中からの放熱を妨げるので、私はツーリングではやりません、ヒップバッグの類が精一杯ですね。ただ今回はヤマト運輸の営業所から潮岬までリュックを背負って数キロ往復するのですが。あと「自撮り」用の三脚をサドルバッグのフラップ部分に挟み込んでいます。
 さて、五條辺りで明るくなりだす様にと、0324桜井を出発します。真っ暗とは云え明日香村から吉野口駅前、重阪(へいざか)峠と走り馴れた道を走ります。予定通り東の空が白み始めた頃には五條市街へ入りR168へ。五條病院前のコンビニで補給を、このファミマは吉野川右岸側唯一、この先R168には新宮までいわゆるコンビニの類いは皆無、十津川温泉に商店、旧本宮町だった田辺市域にヤマザキストアが2軒ありますが24時間営業ではありません。もとより紀伊半島内陸部は何もないと思って貰った方が良いです。
 暫くは素直にR168は走らずに五新線バス専用道跡に沿った道を行きます。専用道跡、よいこは走ってはいけません。せめて生子(おぶす)トンネルだけでも通れる様にして貰いたいものです。
 宗川野で再びR168と別れ立川渡経由の旧道を、ここには西吉野大滝と呼ばれる立派な滝が、真横を通るので迫力満点、たっぷり冷気とマイナスイオンを浴びながら小休止。
 昨年、R168側の崩落で急遽仮設橋が架けられた区間も復旧がすんでいました。旧道は西野トンネル口で現R168に合流し、0743今日のピークとなる新天辻隧道(646m)に到着。まだ早い時間だとは思うのですが、休日とあってバイクが多いのには閉口します。な訳で騒がしそうな道の駅はパスして阪本へ下ります。
 旧大塔村には狭い区間も残っていますが、R168の高規格化がどんどん進んでいます。いつもなら旧道を縫って走るのですが、通れるか通れないかの案内が曖昧ですし、今日は先を急ぎますので、谷瀬の吊橋(写真右)を望む上野地以外は全てバイパス区間を行く事に。各所で行われているバイパス工事や災害復旧工事が落ち着いたら、旧道を縫って走って行くのも面白いかも。
 一応、果無を午前中に越えると云う目標を立てていたのですが、どうやら目処がついたので風屋ダムで休憩とし、五條で仕入れておいたコンビニ弁当を頂きます。ここには清潔に整備された四阿やトイレがあって、のんびり休憩するにはうってつけです。
 風屋花園バス停、30年程前でしょうか、初めて新宮を目指した時、とても明るい内にはたどり着けないと早々に諦めて、ここから奈良交通の路線バスに輪行させて貰い引き返した事がありました。確かその時はミヤタのロードでしたね。
 1035、道の駅「十津川郷」に到着。日曜日とかは足湯の横で市が、丁度めはり寿司があったので頂きます、350円也。
 十津川温泉、温泉位立ち寄って行きたいところではありますが、まぁ昨夏も浸かった事ですし、次の機会にと。
 天辻峠を越えると熊野川(新宮川)沿いに下り基調のR168ですが、十津川村の南端、果無山脈が熊野川に落ち込む処で標高差100m余りの登り返しがあります。短いトンネルを幾つか抜け、眼下に二津野ダムを見下ろす辺りから下りとなり七色高架橋へ、下りきった辺りで十津川村と別れ和歌山県となります。距離こそ折り返したものの、潮岬まではまだまだ100キロ近くあります。(つづく)

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