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志那1~島ヶ原キャンプツーリング(2日目後半)


島ヶ原温泉「やぶっちゃランド」キャンプ場にて

 1130 甲賀市の六角堂でここまで案内して貰ったniwa-chanさんと別れ島ヶ原へ向かいます。草津市の湖岸緑地「志那1」から伊賀市の「やぶっちゃランド」までは最短ルートですと50キロ前後の距離ですが、山越えのない草津線と関西本線に沿ったルートをとったので距離は70キロ余りになります、既に六角堂で半分は走って来た計算になります。

 草津線と並行する県道4号草津伊賀線を行き、滋賀三重県境を過ぎた辺りで標高250m程の小さな峠を越えます。今朝から曇り空だったのですが、南に向かうにつれて青空が見えてきました。(写真 : タックさん)
 峠を下ると上野盆地、予報が信じられない程の青空が広がります、柘植からはR25と関西本線に沿って大和街道を行きます。13時には伊賀上野駅前へ、お昼を回った事ですし、で久しぶりに「伊賀路」で牛タンとろろ定食を。

 上野市街から島ヶ原へは木津川に沿った道がないため、交通量の多いR163を回らなければならないのですが、R163を走る区間をできるだけ短くしようとして、高倉あたりで迷走してしまいました。

 R163に入り数100mの登りをこなして三軒家のファミマへ。補給の後「やぶっちゃランド」まで旧R163を下ります。15時過ぎに島ヶ原温泉「やぶっちゃランド」キャンプ場に到着、本日の走行73.3キロ。

 テントサイトはA,B,Cとデイキャンプ用と4つあって、Cサイトはソロでも利用できる料金設定ですが、4人なら設備が近くで整ったBサイトの方が安くなるので、そちらを予約できたのですが、温泉もあって人気のキャンプ場の様で週末はなかなか予約が取れない様です。横を関西本線と木津川が通っているにもかかわらず、行きも帰りもどこかを越えなけらればならないので自転車ツーリングにはちょっと辛いのと、敷地が広くて受付になっている島ヶ原温泉との間は少し離れていて坂もあるのが。でも設備や清掃が行き届いていて居心地の良いキャンプ場です。なおCサイトは6月29日限りで改装のために一時閉鎖されるそうです。

 サイトに自転車を置いて受付と温泉にはぶらぶら歩いて行くとアリオリの竹元さんが車で到着、今夜から降り出すのは確実ですからね。

 今回はミニタープを持ってきました、なかなか出番がないと云うか、2017年夏の「しまなみキャンプライド」以来。多少の食材も準備してあったのですが、今夜は竹元さんの料理をおよばれなる事に、メニューはハンバーグとイカスミのパエリア、何かわざわざ料理をしに来て頂いた様で申し訳ないです。

 昨夜に続いてタックさんお焚き火台を囲んで、今日は4人で静かな夜です。

 

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志那1~島ヶ原キャンプツーリング(2日目 前半)


キャンピングを連ねて琵琶湖畔を往く

 湖岸緑地「志那1」の朝。

 今日、つっちーさんときんなん君は奈良へと帰途に就きますが、私とタックさんが伊賀市島ヶ原の「やぶっちゃキャンプ場」へ移動してもう1泊、。地元のniwa-chanさんは三雲あたりまで私たちを案内してくれる事に、Liberty(麦藁)さんはここもう少しでゆっくりして帰途に就くそうです。大きいサイズの集合写真はうちのHPの「BICYCLE」→「CYCLING REPORTS」→「2003」にあります。(要認証)


 それぞれ撤収をすませて出発準備が整った様です、東叡でトレーラー牽かせている人はちょっと珍しいでしょうね。

 さて8時には「志那1」を後にしようとしたら、地元の西原さんが陣中見舞?にやってきてくれました。

 僅かの距離ですが草津川河口までの琵琶湖畔を6台連ねて走る事に。

 草津川河口で奈良へ帰るお二人と別れ、niwa-chanさんの先導で東海道草津宿へ向かいますが、工事中で迂回したりしましたが、どうにか東海道へ、案内なしではどうなっていたかと。

 天井川の下をくぐる大沙川隧道、滋賀県最古の道路トンネルだとか、土木遺産にもなっています。

 三雲で東海道から杣街道に入り、結局niwa-chanさんには甲賀市の六角堂まで案内して頂きました。ここからタックさんと二人で草津線と関西本線に沿って島ヶ原へ向かいます。

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今週末は久しぶりのキャンツーへ


耳成山をバックに藤原宮跡にて

 今週末は久しぶりにキャンプツーリングへ行く事になりました、昨年10月の「笠置キャンプ」以来ですからね (^_^) 当初タックさんに声を掛けて行き先を色々と考えてみたのですが、限られた休みで無駄なく行けるコースがなかなか思い浮かばなくて、結局はお馴染み滋賀県草津市の 湖岸緑地「志那1」で合流し1泊、翌日は三重県伊賀市まで移動し「島ヶ原温泉やぶっちゃ」のキャンプ場泊と云ったプランです。
 昨日からワイヤー交換等の整備、今日はキャリアを取り付けて出勤前に試運転。ただ29日(月)のお天気が悪くなってきているのですよね…

 5月27日(土) 私とT氏で9時前に橿原発、12時過ぎに和束ローソンで桜井からのK君と合流、大阪からのタックさんとは「志那1」で合流。




 湖岸緑地「志那1」キャンプが認めらている琵琶湖岸の公園(連泊不可)ですが、駐車場、トイレ、自販機はあるものの飲料に使える水道や洗い場がありません。いつも車が入って来れない北端に集まります(写真右下黄色○印)。なお2.5キロ位の処に草津市立「なごみの郷」の入浴施設がありますが今の時期は16時までの受付です。他にも声をかけている人もいるのでもう少し賑やかになるかも知れませんが。

 5月28日(日) タックさんと東海道~(三雲)~杣街道~(柘植)~大和街道と約70キロ走り「やぶっちゃ」でアリオリの竹元さん一行と合流。石部宿から柘植までは先週行われていたにもさんの「レトロ建造物群研究会で行く関西鉄道遺構探訪」を参考にさせて頂こうかと。



「やぶっちゃキャンプ場」Bサイト1面(定員5名)を予約しています。

 5月29日(月) 帰途に就きますがコースは未定、国道163号線が最短コースになるのですが、交通量が多いのがねぇ…

信楽~伊賀上野サイク

県道138号信楽上野線 御斎峠にて(写真 : バクローさん)

 今年のGW、カタギの人には面白くない週間予報になっていますが、2日は良いお天気と云う事で走る仲間を緩く募った処、若干2名と現地合流1名が釣れちゃいました。行き先は信楽から伊賀上野と時々走っている定番コースです。

 近所のK君と5時半には桜井を出発、上街道を北上し奈良阪から大仏線跡に沿って加茂へ、恭仁大橋(写真右)で木津川を渡ります。(写真左は奈良少年刑務所跡)
 大阪から走ってくるF1さんとは和束ローソンを9時にスタートできる様にとの約束で走っていたのですが、なんと8時過ぎには着いてしまいました、ところが既にARAYA  EXCELLA Sportif の姿が…

 早々に面子が揃ってしまったので8時20分には和束のローソンを出発、府道5号木津信楽線を一路信楽へ。GW中の平日のせいなのでしょうか車が多い様な、それでも湯船を過ぎると殆どの車がR307を経由するため交通量は少なくなります。周りの風景は和束川の渓流、茶畑、田植えの始まった田園風景と趣を変えながら京滋府県境へ向かいます。
 0913 府県境の無名の峠に到着、和束ローソンから53分ですからランドナーでは上等なタイムです。ところで信楽で合流予定のバクローさんですが、信楽町中野のコンビニの近くのお寺で待っているとのめっせ。
 無事、R307の旧道でバクローさんと合流。ここから伊賀上野までフロントバッグにマッドガードの付いた自転車を連ねて4人で走ります、ただタイヤ径が700C、650A、20吋とマチマチなのはご愛嬌。(写真 : バクローさん)

 一旦信楽駅前へ、まだ10時前ですが「しがらき駅前陶器市」が開かれていて駅周辺は結構な人出、R307も渋滞しています。お昼は近くのコンビニで買い出しをして「鶏鳴の滝」で食べようと云う事に。

 「鶏鳴の滝」は大戸川上流にある滝で、県道334号多羅尾神山線の途中から800m程入った処にあります。国道422号を跨いで県道に入りますが、殆ど車はやってきません。(写真 : バクローさん)

 駐車場から押し担ぎで少し進むと「鶏鳴の滝」、真夏に来ると最高ですが、ここまで来るのがね。

 思い思いに食事の後は再び県道に戻り御斎(おとぎ)峠へ向かいます、伊賀上野側から登るのも大変ですが、結構ダルいアップダウンが…

 1206 御斎峠(570m)に到着、現在の県道の峠は切通しですが、少し下ると上野盆地の展望が開けます。「御斎峠なのか御斉峠なのか」
 上野では「鍵屋の辻」に立ち寄りましたが「数馬茶屋」はお休み。後から聞いた話では「数馬茶屋」が廃業する話がでているのだとか。
 上野市駅前でバクローさんとお別れし、猪田道から伊賀神戸へと南下し、初瀬街道に入ります。
 名張から赤目と走り、奈良県へ戻ってきました、既に100キロ超。道の駅「宇陀路室生」で最後の休憩、旧街道で海老坂峠を越え、室生ダム湖畔を走り、女寄峠を下って17時過ぎには桜井に帰ってきました、大阪へ帰るF1さんとはここでお別れ、どうぞご安全に。本日の走行146.2キロ、センチュリーランには届きませんでしたが、気温も程良く日が長いこの季節は距も延びます、久しぶりにガード付きを連ねてがっつり走りました。

琵琶湖キャンプツーリング(3日目)

 滋賀県草津市 湖岸緑地志那1

 朝5時過ぎには目が覚めます、昨夜の風も治まってくれて爽やかな晴れの朝です。今日は撤収して帰途に就きますが、1泊2日だった前回前々回に比べるとゆっくりする事ができました。

 ショコラさんが倉庫がわりに設営したテントだけを残して撤収、自転車もサイドバッグを付けて出発準備OKです。不可解なのはテーブルの下に置いてあったmont-bellのコッフェルと結構重くて頑丈な五徳が行方不明、コッフェルは空だったので昨夜の強風に飛ばされたのかも知れませんが、五徳はとても飛ばされる様な代物ではありません。最近キャンプ場での盗難が多いと聞きますが、それにしてはバーナーとボンベは残っているのですよね。
 0912 「志那1」を後にし湖岸道路を南下します。

 草津川河口で齋藤電鉄さんとniwa-chanさんとお別れです。

 近江大橋を渡ります(写真左)、ショコラさん自身が建設に関わった橋を後年渡る事ができるなんて羨ましいですね、私みたいに商業印刷物やソフトウェアなんかは消えちゃいますもんね。近江大橋西詰で大阪へ帰るタックさんとお別れします(写真右)。

 破損したサイド枠の代用品があるかもと大津市内のショコラさん宅へ向かいます、琵琶湖大橋西詰から瀬田にかけての西岸は自転車で走った事がないので、色々とガイドして貰います、写真右は江若鉄道の廃線跡だそうです。
 残念ながらサイド枠はネジ位置が合わなかったのですが、破断したパイプの内側に内径の合うネジをカットした丸材(いわゆる寸切り)を押し込んでカシメて、針金でサイド枠全体を縛って貰いました、これで桜井までの長丁場も安心です。
 教えて貰った湖岸の道を走り、お陰で石山寺を過ぎるまで車や信号に煩わされる事なく抜ける事ができました、残念ながら河川敷を走っていたので「茶丈藤村」の前は通りすぎる事になってしまいましたが。

 瀬田川沿いの府県道3号大津南郷宇治線を走り 1221 一旦京都府に入った辺りでタックさんに追いついてしまいました。コンビニへ寄ったり写真を撮ったりしながらのんびり走っていたそうです。


 緩やかなアップダウンを繰り返しながら川べりの快走ルートです。天ヶ瀬ダムに立ち寄り、それぞれ手持ちの食料でお昼にします。(写真 : タックさん)

 平等院まで下ってからいつも難儀するのですが、遠回りになる事は判っているのですがタックさんに淀の「さくらであい館」まで案内して貰う事に、大阪方面から来るサイクリストには当たり前の宇治川沿いのルートですが、奈良県民の私は殆ど走った事がないのです。(写真 : タックさん)

 R1をくぐる処で難渋しましたが「さくらであい館」が見える処までやってきました。(写真右 : タックさん)

 1435 「さくらであい館」に到着、休日とあっていつも以上にサイクリストが多いですね、結構ソロの人がたむろしていて何やら変な雰囲気、その中にキャンピングが2台乱入、この人たちにはどう映るんでしょうね。(写真 : タックさん)

 1444 トイレ休憩の後、淀川沿いに下るタックさんとはここでお別れ、御幸橋を渡り木津川べりの木津八幡嵐山自転車道(京奈和自転車道)へ入ります、走りなれたルートとは云えまだ桜井まで60キロ近くあります。(写真 : タックさん)
 15時丁度に「流れ橋」に、以前近くにクライアントがあって2015年には40回も来た事があるのですが、もしかして一昨年の正月以来? ここもサイクリストの溜まり場なんですが、今日行われている木津川CCの「嵐山往復サイク」の一行が休憩中。16時丁度には木津八幡嵐山自転車道の終点近く京奈和自転車道が別れる樋門公園へ、京奈和自転車道をたどると桜井へは遠回りになってしまいますので、井関川沿いに遡って 1628 には京奈県境を越えて奈良阪へ。

 県庁前から上ッ道を、夕陽に映える山並みを見ながら18時過ぎには無事桜井に帰宅しました、本日の走行119.5キロ、お天気に恵まれた3日間の走行距離は294.6キロ、何より色々と段取りして下さったショコラさんに感謝です。

1日目(5月6日)  2日目(5月7日) 3日目(5月8日)

 集合写真を含む大きなサイズの画像を順次うちのHP「サイクリングの記録」にUPしています、一部タックさん他の写真を拝借しています。なお私の写真に関して参加された方は再利用して頂いて結構です、なお認証が必要です、ログインは’2022’、パスワードは2022年版「CanCan謹製卓上カレンダー」の裏表紙右下の黄枠内の4桁の数字です。なおスマホのSNSアプリ等からリンクをたどると401エラーが出る事がありますが、Crome等ブラウザで開いて下さい。

琵琶湖キャンプツーリング(2日目)


守山市 野州川河口湖岸緑地(第2なぎさ公園)にて

 今回は地元滋賀3名、奈良2名、大阪、三重、東京各1名の計8名の参加。2日目の今日は地元syokoraさんの案内でバッグを下ろし身軽になって近江八幡まで往復する約50キロのサイクリングです。
 昨日破断したasuka号のリアキャリアですが、今日はバッグを着けませんが、niwa-chanさんが針金をヘアピン状に曲げてパイプの内側に押し込んで補強してくれましたので安心して走れます。

 予定より早く8時前に出発、まずは湖岸道路(さざなみ街道)を行きます、GW後半の土曜日とあって行き交うサイクリストも多いです。(写真右 : タックさん)

 琵琶湖大橋を望むポイントにて、残念ですが地元Sさんとはここでお別れ。
 勝手に「聖地」にされているモニュメント。私にとって真の聖地はあそこでもなくここなんですけどね。
 10時過ぎには近江八幡に到着、「八幡堀」「ヴォーリズ建築」「日牟禮八幡宮」と見処に事欠きません。実は近江八幡の街中に来るのは2005年9月以来の17年ぶり。
 キャンピー5連、一旦「ほりかふぇ」のサイクルスタンドをお借りしたもの…
 安旨の「初雪食堂」へ移動。近江牛ではなく「とんかつ定食」を頂きました。なんでもサザンの桑田がdocomoのCMをロケしたお店だったとか。

 帰りは朝鮮人街道から旧中仙道をたどります。ジモピーガイドならではの自転車には美味しいコースです。
 タックさんのタイヤサイドがヤバい状態だったので今朝から探しながら走っていたのですが26HE×1.5が見つかりません、ついに野洲駅近くでパンク。その後草津市街まで戻ってきてようやく手に入れる事ができて一安心。
 15時までには「湖岸緑地志那1」に戻り、近くの保養施設「なごみの郷」のお風呂(430円)が使えるので往復します「志那1」からは湖岸道路さえ渡れば葉山川沿いのサイクリングロードで往復できます。本日の走行63.3キロ。

 今夜は珍しくバーベキュー、「志那1」は洗い場とかがないのであまり凝った事ができないのですよね。今日は結構良いペースで走ったのと小さな折り畳み椅子に座っていたので膝に痛みが、適当な時間で休ませて貰います。

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琵琶湖キャンプツーリング(1日目)

 滋賀県草津市 湖岸緑地志那1

 予定通り9時前に勤務先をスタート、下ッ道を菩提仙川を渡る番条橋まで北上し左岸を西へ、佐保川べりの京奈和自転車道へ入ります。

 京奈和自転車道を北上しようやく通れる様になった地蔵院川の導流堤上(写真左)を走ります。秋篠川沿いに入る自転車道をたどると遠回りになりますので、打合橋から佐保川右岸を走り、みやと通りへ入り平城宮跡を抜けて佐紀町交差点から再び京奈和自転車道へ、平城駅前を経て府県境を越えます、京都府下への一番楽なコースになります。
 木津川べりに出て左岸を東へ、ただこの辺りから向かい風に苦しめられる事に、ようやく 1140 恭仁大橋を越えます。

 和束のローソンで補給の後、ひたすら府道5号を走り 1355 に京都滋賀府県境になる峠を越え 1428 には信楽駅前へ。前回前々回は湯舟から下朝宮へ越えたのですが、今回は少し遠回りになりますが貴生川経由のコースをとります。
 雲井駅付近まで線路沿いの裏道を走りR307へ、小野峠旧道への入り口まで3キロ程が交通量が多く我慢の区間です。踏切を渡り広徳寺への参道と別れると元国道とは云え今では4輪の通行は難しい道となっています。貴生川へ下ったのは15時半、JR草津線に沿って走り旧東海道石部宿で地酒を購入。時間が推しているので旧中仙道をたどる事は諦めひたすらR1を走りますがリアから異音が…
 なんとリアキャリア右側のサイド枠が破断しているではありませんか。とりあえず振れを抑える様にショックコードで補強し走り続けます。

 草津市街で酒の肴と飲料水を調達し葉山川沿いのサイクリングロードを走り湖岸道路へ 1750 ようやく「湖岸緑地志那1」に到着、本日の走行111.8キロ、やはり奈良阪と瀬田を経由するより20数キロ遠回りになり、膝と腰の具合も心配ですので「頑張らず」に走ってアベレージは前回より1.2km/hダウン。既に着いている皆さんで宴が始っていますが、日が暮れるまでにとまずはテントの設営を済ませます。

 タープと大きなテーブルは地元のショコラさんが朝から車で来て準備してくれました、持ち寄った酒を並べるのが恒例行事です。(写真 : タックさん)

 夜遅くになって今日も仕事だった地元のSさんが到着、宴はまだまだ続きます。昨夜は皆目仮眠ができなかったのと、話題が南アルプス登山の方に行ってしまったので、お先にテントに潜り込みます。(写真 : タックさん)

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琵琶湖キャンプツーリング(2日目)

琵琶湖岸緑地(志那1)にて

 微妙な予報だったのですが未明から降り出した様です、雨雲レーダーによると10時頃まで断続的に降る予想です、Mt.なおじさんとショコラさんの声がするのでごそごそとテントから這い出します。
 「湖岸緑地志那1」には北端に写真の様に一部屋根のあるベンチがあって駐車場からも比較的離れた位置なのでサイクルツーリストにもうってつけです。10時頃に軽く朝食を済ませて撤収準備もほぼ完了。
 今回カメラはスマホとG3、実はコンデジのTZ85を事故の時にウェストポーチに取り付けていて壊してしまったのです。せっかく持ってきたのでG3を取り出して「湖岸緑地志那1」内でやらせ写真を何枚か…
 右はショコラさんに撮ってもらいました、実は今回三脚を持って来なかったのです、あれば公園内の通路ですから3人で「自撮り」にトライしても良かったかも。

 11時過ぎに「湖岸緑地志那1」を後にし、Mt.なおじさんはデポ地の琵琶湖大橋、ショコラさんは大津へとそれぞれ帰途に就くのですが、軽く腹ごしらえに「JA草津市 あおばな館」に併設されたカフェ「NICOLAO Coffee And Sandwich Works」へ、湖岸道路から500m程入りますがサイクルラックもあって「びわいち」の立ち寄りポイントにもなっているようです、「あおばな館」では地場の野菜とかが安く買えるので賑わっています。
 Mt.なおじさんはメロン街道経由で戻るのでここでお別れです。
 私とショコラさんは湖岸道路へ戻り近江大橋へと、帰帆島前後の橋とかでアップダウンのある区間なのですが、結構良いペースで曳いてくれます、こっちは先が長いんですけど(^_^;) 近江大橋東詰で走りながら再会を約束してお別れです。
 近江大橋を過ぎた処のトイレのあるベンチで小休止、荷物を整えます、ここからまだ70キロは走らなければなりません。今回帰途に大津から逢坂越とかも考えたてみたのですが、やはり走りなれた瀬田川沿いの府道を宇治に下る事にします。久しぶりに石山寺の「茶丈藤村」に寄ってみたかったのですが「NICOLAO Coffee And Sandwich Works」でサンドイッチを食べたばかりですからね。

 14時には天ヶ瀬ダムへ、平等院から奈良街道へ入ろうとするのですが、どうも宇治界隈は苦手です。どうにか奈良街道にはいったものの、JR奈良線と平行する辺りでは踏切待ちの車が交差点を塞いでしまうので、なかなかスムースに走れません。結局R307に出た処で山城大橋を渡って木津川べりの京都八幡木津自転車道に入る事にします。ところで山城大橋東詰のセブイレが11月15日で閉店するとか、結構賑わっていたのにね。
 自転車道終点の泉大橋南詰の三角公園で小休止、ここから京奈和自転車道のルートに入りますが、平城宮跡へは向かわず奈良自転車道(県道266号奈良西の京斑鳩自転車道線)で奈良市街へ、京終駅前まで車の多い市街を走りに抜けて旧街道の上ッ道へ、後20キロ途中で陽も暮れますが、ここまで来れば帰ってきた様なものです。18時半には桜井の自宅に帰投、久しぶりの4サイドでの1泊2日約170キロをどうにか無事に走り終えました。本日の走行88.4キロ。

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琵琶湖キャンプツーリング(1日目)

木津川河畔にて 京都府木津川市加茂町

 0850に職場を出発、4月に琵琶湖に向かった時は下ッ道(中街道)を北上したのですが、買い物に寄り道したために上ッ道(上街道)を北上する事に、写真は天理市丹波市にて、念のためにキャリアのネジの点検をしておきます。
 奈良市街を抜けて奈良阪を超えます、丁度11時に元の奈良少年刑務所前へ。
 
 隣に新しい道ができているのにわざわざ通る事もないのですが大仏線跡を(写真左)。木津川べりに出て恭仁大橋の見える処へ(写真右)。1143 恭仁大橋を渡ります、スタートから10分遅れですが、4月に比べて35分遅れです。
 和束清水橋で府道5号木津信楽線と別れ県境越の町道へ、町道と云っても和束から信楽方面へのメインルートになっています。1311 京滋県境の無名の峠を越えます、和束ローソンでの休憩時間が短くした分で6分短縮。県境を越えると直ぐにR307の旧道の裏白峠の東側に出て暫くでR422に入ります。ここから大津市大石まで標高差200m程のダウンヒル、と云っても車が多いのであまり快適でもありませんが。土曜とあって登って来るサイクリストが結構います。1354 鹿跳(ししとび)橋、4月より28分遅れ。
 1419 瀬田の唐橋東詰、1429には近江大橋の手前へ、休憩もあったのですが向い風に苦しめられた4月の時間に追いついてしまいました。現地では飲料水がないのでイオンモール草津で飲料水2リッターを調達しますが、「お客様感謝デー」とあって店内は大混雑、他の買い物もあったのですが所要40分。1520 帰帆島の北側の橋を越え 1535 無事に集合場所の「湖岸緑地志那1」に到着、走行84.8キロ。

 4月はここからまだ50キ先の「六ツ矢崎浜キャンプ場」まで走ったのですが、9月10月と通勤以外ではロクに走っていなかったので、今日はこれで目一杯と云う感じです。Mt.なおじさんとショコラさんは既に到着して設営も済ませています。
 昨日地元のniwa-chenさんに声を掛けたのですが、「今回は遠慮しときます」とつれない返事をしていた割にちゃんと居るではありませんか、泊りはなしで芋煮と柿を差し入れに持ってやってきてくれました。

 メインはショコラさんが準備してくれたもつ鍋です、焚き火を囲んで夜遅くまで酒宴は続きます。(写真右 : Mt.なおじさん)

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梅雨の中休み 信楽へ(後半)


御斉(おとぎ)峠からの伊賀盆地の展望

 1118 信楽駅を後にします唐突ですが1971年当時の信楽駅です。R307と県道138号を少し走って信楽中学横の坂を越えて大戸川べりへショートカットします。R307のバイパス工事が行われていて、いずれ信楽駅周辺の風景は一変するかも知れません。R422の対岸の自転車道(自転車通学路)を走って神山へ。県道334号多羅尾神山線へ入ります。手前の大戸川べりの道が舗装されていたのでそちらへ入ったのですが…
 山田牧場なる牧場がありましてお馬の親子になぜかダチョウが。そのまま走って行くとなんだか風景が違う、どうも道を取り違えた様です。このまま走っても県道138号に出て多羅尾経由で御斉峠へは行けるのですが小峠の北側に出てしまうので引き返す事に。
 大戸川沿いの県道334号に入ります、1.5車線のひなびた道が続き車はあまり来ません。
 1キロ程で「鶏鳴の滝」への分岐へ、滝までは0.8kmと案内板があり、そちらへ進むと芋ヶ峠の明日香側よりマシな程度の道が続きます、雨上がりでなければロードでも問題ないでしょう。
 駐車スペースや四阿、仮設トイレ、水道(飲めません)があってここからは自転車を置いて歩きとなります、滝までは125mとありますが、担ぐには些か足元が悪いです。

 決して大きくはありませんが、なかなか見応えのある滝で、寄り道して損はないかと。右側の画像をクリックすると動画(7秒)にリンクしています。
 分岐へ戻り再び県道を遡り御斉峠(570m)を目指します、信楽との標高差は300mもないのですが結構アップダウンがあって結構堪えます。御斉峠の切り通しより手前のピークの方が標高が高い様にさえ思えますが。処で御斉峠と云えば「本能寺の変」の折に徳川家康が遁走した「伊賀越の道」としても知られていますが、伊賀と甲賀を分かつ峠として司馬遼太郎の「梟の城」の舞台となったり、多羅尾代官所の仕置場(処刑場)跡があったり、月ヶ瀬村女子高生殺人事件の死体遺棄現場だったりと話題には事欠かない処です。
 1323 滋賀三重県境の切り通しに到着、古来の峠は少し東にある様です。処で御斉峠の文字表記ですが是非「御斎峠なのか御斉峠なのか」をご覧下さい。現実には多くの標識で「御斉峠」となっていますが、峠から上野側に下った処にある三重県知事の書になる石碑やWikipediaでは「御斎峠」としています。展望はその少し下った辺りが良く伊賀盆地は元より西南方向には金剛の山並みまで望めます。
 歴史のある峠道ですが、広域農道「伊賀コリドールロード」の整備やR422の三田坂トンネルの開通で車は随分と少なくなった事もあるのか、路面も傷んだままで補修も行き届いていない様で快適ダウンヒルとは行かない様です、やはり御斉峠は登らないと価値がありませんね。些か腕がくたびれたので、広域農道と合流し「天吹山の霊泉」のあるベンチで暫し休憩。
 いつもなら伊賀市街へ入るのですが、結構時間を食われるので、高倉大橋で服部川を渡り伊賀盆地を南下する事に。写真は高倉大橋から望む上野城、後ろの風車は青山高原になるのかな。
 これからまだ40キロは走らなくてはならないのでR163との交差点にあるミニストップで補給食を調達しておきます。ここ最近伊賀上野からの帰途には伊賀神戸~名張~榛原といわゆる阿保越伊勢街道経由をとる事が多いのですが、今回は伊賀盆地の西のへり、集落を繋ぐ道を辿ってR25に入り帰途に就く事に。

 15時丁度に新しく架け替えられた五月橋に到着、以前の鉄橋は解体撤去されてしまいましたが、橋台と親柱が残っています。前後にボニートラスを従えた旧橋は保存されませんでしたが、撤去の邪魔になりそうな親柱を敢えて残しているのと、このスペースは何かしら公園でも整備するのでしょうか。
 判っていた事ですが五月橋を渡ってから大和高原へへの登りに取り付きます。標高差400m程、ただ中峯山、波多野、春日、山添村役場のある大西、菅生、豊原と山間の集落を縫うようにアップダウンがあるので額面以上に登らされます、既に100キロ超の脚には堪えます。ようやく名阪国道脇に出て神野口ICと小倉ICの相田、奈良市(旧都祁村域)との境界付近でようやくピークとなります。針から初瀬ダム、長谷寺に下り 1811 無事に桜井に帰投、走行136.0キロ、距離的には名張経由より10キロ以上短かった計算、まぁ下界の暑さより少しは涼やかに走れた気持ちです。