しかしアテになりませんね天気予報

久しぶりの自転車ネタです。 今日はAさん主催の「古典ロード走行会」が大和高原で予定されていたのですが、天気予報に振り回された挙げ句に中止、しかし天気の方は… 天気予報の精度が上がると個人消費が伸びるんやないでしょうかねぇ、これだけ警報が出て降るぞ降るぞと云われたら、誰も出かけませんよね。

Image188.jpg朝のうちに上がった雨、もう降る気配もなく良いお天気に、午後から懸案のギヤ板を交換にT御大宅に向かう事に、走り出すとさすがに夏の日差しですが、風は涼しく心地良いです。 ベテランのT御大も最近IRIBE号を作ったもののSHIMANO用の工具が揃っておらず、お恥ずかしい事に私もショップまかせで、変に昔の記憶があるので話をややこしくしてしまったのですが、案ずるより生むが安し、簡単にギヤ板の交換は終わりました。 、Mさん9さん色々とお騒がせしました。

 

Image189.jpgT御大宅のガレージには色々とお宝があるそうなのですが、オールドパーツの目利きができない私には価値が判りません。








Image190.jpgもちろん箸にも棒にもかからないガラクタもいっぱいあります。  これは10mmピッチキヤとか云うものらしいです。








Image191.jpg 試運転がてら明日香村へ向かいます、しっかり夏の雲ですが、今年は「梅雨明け」発表あるのでしょうかね(^_^)








Image192.jpgひぐらしの鳴き声に誘われるように、登ってきました2週間ぶりの芋峠。 今日はそんなこんなでGPSは持って来ていないので、不具合の検証はお預けです。 本日の走行38.8キロ。

40年前のネガから (1969/8/2)

ネガフィルムのホルダー以外には何の記録も残っていないのだが、この日は夜行で佐世保へ行き、松浦線、現在の松浦鉄道の佐々へ行っている、当時の松浦線には臼ノ浦線、柚木線、せ知原線と云った短い支線があって、元祖レールバスと云えるキハ02が活躍していで佐々区に配置されていた、それが目的だったのだが、この年には既になくなっていた。

Image170.jpg佐々駅構内(だと思う)、当時の松浦線ではC11と8620が活躍していた。








Image171.jpg早岐機関区、左にDD11、右に「あかつき」のヘッドマークを付けたDD51が見える。








Image172.jpg右端に国鉄バスへののりかえ案内が写っていて、どうたら有田駅ではないかと、そう云えば昨年、早岐駅と有田駅は乗り換えで降り立ったが、雰囲気的にも有田駅に違いない様です。 この様に昔写した写真を頼りに訪れる旅も面白いかも。





 

Image173.jpg鳥栖機関区にて 39641









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同じく 68649、九州には原型に近い美しい機関車が多かった。









Image176.jpg左から D51 924 68649 39641

暢気な時代と云えば暢気だが、北九州には多くの機関区があって、中学生のグループでも簡単に写真撮影の為の見学が許して貰えた。 ただこの頃構内で突放入換中の貨車に轢かれて死亡する事故が発生し、見学が厳しくなったとか聞いた。

「逃亡列車」

Image181.jpg「首」以来の’日本映画’カテゴリです、「首」も房総周辺のC58が出てきましたが、どちらかと’鉄ちゃん’ネタですね(^_^;)
 昭和41年(1966年)12月公開の日活映画で、「鉄道ファン」誌で紹介されたので、中学生だった私ですがなんとロードショーで見ています。 今年は石原裕次郎23回忌とか、といっても全くの話題にもされない作品です。 で思い出した様に検索すると、ありましたありましたVHSで出ていたのですね、レンタルビデオ落ちをYahooで発見、競ることなく落とせました、少なくともオールド鉄道ファンには感涙ものの隠れた名作です。
 小海線沿線でC56を使ってロケされたのは一目瞭然なのですが、シールドビームに架線注意のSLをバックに石原祐次郎が機関銃を構えるパッケージにケチを付けたりとマニアックな野暮は云わずに、舞台となる駅のセットや、実際の走行シーンと見どころたっぷり、フィクション作品とは云え、高林なんとかの作品より、余程にリアリティのある映像が随所にみられます。 共演者には伊藤雄之助、若かりし十朱幸代、と云うより少年にはロボタンのパパの娘さんと云う方が(^_^)
Image177.jpg物語の舞台は終戦を迎えた南満州ですが、ロケ地の小海線野辺山高原も、今ではかなり様変わりしてしまっていますよね。

Image179.jpgC56 112 や159が登場しますが、ボロボロにウェザリングされたC56 112は廃車体ではなく、当時はまだ現役だったはずなんですよ。 このC56を祐次郎率いる大映の「兵隊やくざ」みたいな連中が、修理して「逃亡」する訳なんです。

Image180.jpgこれって大門沢の鉄橋? まさか鉄橋まではセットやないのと思うので、爆破シーンは実際の鉄橋に煙幕だとは思うのですが。

貴重な35mmフィルム映像ですから、是非DVD化してほしいものです。

40年前のネガから (1969/8/1)

折につけて古いネガフィルムの整理をしたいのですが、デジカメに慣れたきった身にはフィルムスキャナを操作するなんて非常に邪魔くさい作業なんで、すぐに挫折してしまいます。

Image168.jpg1969年の夏休みは九州周遊券を利用して友人たちと九州へ、宿泊はYHと九州内の夜行を利用、8月1日は一日かけて門司まで移動、当時は門司港発で大村線経由佐世保長崎行き、肥薩線経由鹿児島行、日豊本線経由鹿児島行きと3本の鈍行夜行があったので、門司港駅は拠点になっていました。
写真は門司駅でしょうか、門司港駅でしょうか、客車を牽くC11 299、日田彦山線の列車でしょうかね。



Image169.jpgこれは門司駅です、ナハネフ22が写っていますので、上りのブルートレインが関門トンネルをくぐるため、塩害対策のステンレス車体の交直両用機EF30に付け替えているところです、左はED76の様です。