「廃線跡」タグアーカイブ

能登半島ツーリング(2日目)

千里浜(ちりはま)なぎさドライブウェイ

 5時半には宿を出発、今日は皆月の青少年旅行村キャンプ場を目指します、寄り道せずに走ったとして約70キロの距離、少し金沢側に戻る格好になりますが、車やバスでも走れる砂浜として有名な「千里浜なぎさドライブウェイ」へ寄って行く事にしました。2001年に並行する能登海浜自転車道を走っているのですが、自転車はちょっと無理だろうと思っていたのですが、ロードバイクでも走っている写真があるので、4サイドで挑戦を。なお「せんりはま」ではなくて「ちりはま」です。
  ペダルが重いものの結構走れるものです、タイヤが多少太い分ロードより有利かも。幾ら締まっているからと云ってスタンドの類は役に立ちません、一般道との接続部分で吹き溜まりになっている箇所が多いので要注意。
 自動車専用道の「のと里山海道」昔の能登有料道路に沿って能登海浜自転車道を北上、相変わらず路面状態はよくありません、暫く行くと昨日少し走った羽咋健民自転車道に合流します。

 羽咋健民自転車道となります、集落を縫ってローカル私鉄廃線跡ならではの面影が、ここに踏切があったのでしょうね。
 これだけ海岸に近い廃線跡も珍しいですよね、準備はしてきていますので「自撮り」にも挑戦。ただ重いカメラと三脚を積んできていながら「自撮り」に挑戦したのはこの日の朝だけ、連日の猛暑にせっかくのポイントがあっても戦意喪失。
 能登半島の西海岸、羽咋から門前を経て輪島へはR249(写真は赤神付近)が通じているのですが、ルートは険しい海岸寄りを避けて3ヶ所ばかり山側に入ります。その海よりの区間を県道36号志賀富来線と県道47号深谷中浜線が継いでいます。遠回りですが交通量が少なく志賀原発付近を除けば鄙びた道が続きます、且つ旧道や廃線跡の自転車道を加えて今回もそのルートを選びます。

 道路元標やスタンプラリーのチェックポイントを織り込みながら走っているのですが、猛暑の中10時を過ぎると走れたものではありません、道の駅で大休憩は勿論、自販機や木蔭のある度に休憩しているものですから前に進みません。旧門前町域の道の駅「赤神」に着いた頃には15時を回っていました。
 門前町のコンビニで最後の補給をして皆月に向います。ところでサイドバッグに小型のクーラーボックスを仕込んであります、最近はコンビニとかで凍らせたペット飲料が売られていますので、保冷材がわりにすれば夏の夕刻の数時間なら結構使えます、お陰で何もないキャンプ場とかでも設営後グビっと1本行けます。
 両側を断崖に挟まれた皆月湾へは山越えして行くしかありません、2本の県道が通じているのですが、一昨年「おさよトンネル」(706m)と云うルートが開通してずいぶん楽になっています、2001年は娑婆捨峠経由のルートを越えましたから標高300m近くまで登りましたが、このトンネルなら半分の150mで超える事ができました。
 18時過ぎに皆月に到着、キャンプ場は漁港の外れの30m程の高台にあります、1張テントが見えるのですが人影が見えません、7月の週末だと云うのにほぼ貸切状態、最果て感のあるロケーションは最高、なだらかな草地のサイトです、ちなみに料金は1人1張りで920円でした。
 走行98.7キロ、12時間もかかっていますが実際走っていた時間は6時間20分程、しかし疲れました。

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能登半島ツーリング(プロローグ)

 前回に続いて7/21~22に参加を予定していた「第2回しまなみキャンプライド」、むらまさ君を始め今治「シクロの家」の皆さんと久しぶりにお逢いできる事も愉しみにしていたのですが。先日の西日本豪雨により「しまなみ海道」の道路状況やキャンプ地となる弓削島の断水と、相当の影響がでていて、20日にはどうにか目処がつくと云う事で、予定通り開催はされる事にはなったのですが、帰りに予定していた「とびしま海道」と呉線の不通に加えて、四国側も予讃線の一部が不通になって特急が運休、同じく参加を予定していたskuram氏一行も22日中に帰る目処がたたないと云う事に。私も不通区間のバス代行では輪行には不自由な状況に、まずは別送する荷物が確実に届くかも不安があり、今回は残念ながらキャンセルする事にしました。ただ折角確保した休みと「青春18きっぷ」、さてどうしようかと考えた末、矛先を変えて北陸石川県は能登半島へ宿利用も含めて5泊6日のキャンプツーリングに向かう事にしたのです。
 ところで七尾辺りまでは2008年と2011年に行っているのですが、いわゆる奥能登へは2001年6月以来の17年ぶり、その時はデビューしたばかりのasuka号を駆って金沢スタート、宿利用の2泊3日、時計回りに406キロ(155.5キロ~輪島(泊)~103.0キロ~宇出津(泊)~147.5キロ~金沢駅)を走ったのでした。写真は2001年当時、能登島大橋をバックに黄色塗装時代のasuka号、リア2サイド支度ですが全く野営は想定していない荷物でした。
 今回は4サイドキャンプ装備で宿利用も含め5泊6日の予定、前回同様海岸沿いに時計回り、立ち寄りたいポイントは皆月と木浦、テーマは18基の未踏の道路元標、なにしろ2001年当時はまだ道路元標フリークではなかったので珠洲郡と鳳至郡(現在の鳳珠郡)は全く手付かずなのです。加えて昨年から始まったらしい「いしかわ里山里海サイクリングルート」のモバイルスタンプラリー、県下に68ヶ所のポイントが設定されています、ただ今年の開催期間中にクリアするのはとても無理なので、予定コース最寄りのポイントを幾つか回る程度のつもりで、日程は…
7/19(木)移動日 ~七尾線羽咋駅まで「18きっぷ」輪行して、別送の荷物を受け取って羽咋市内のビジホ泊。
7/20(金) 西海岸を北上し外浦海岸の皆月のキャンプ場。(約70キロ)
7/21(土) 輪島、白米千枚田を経て木浦野営場。(約66キロ)
7/22(日) 道路元標の加減で禄剛崎はパスするかも知れませんが、内浦海岸側へ、夜はゲリキャンかも。
7/23/(月)能登島を経て和倉温泉へ、サイドバッグ等の荷物はゆうパックか宅急便にして、宿泊。(2日約で113キロ)
7/24(火) 和倉温泉または七尾から「18きっぷ」輪行で帰途に就く予定です。
 キャンプ機材他を押し込んだサイドバッグ4つを宅急便で別送するのですが、ヤマト運輸の営業所などで販売している段ボール箱(クロネコボックス14)にうちのサイドバッグ4つがすっぽりと収まるのです、実際のところは詰めたサイドバッグ3つに1つを畳んで「自撮り」用の三脚やリア用のサイド枠を詰め込んでいます。なおリアのサイド枠は付けたままにしておけば、エンド保護にもなるのですが、やはり輪行はコンパクトにする事が肝要です。羽咋の営業所止めで17日には発送を済ませ、asuka号を輪行袋に入れ準備は完了、19日朝の出発を待つばかりだったのですが… 

 前夜になって、明日は19日、よくよく考えると「18きっぷ」夏のシーズンの利用期間は7/20から9/10、当初の「しまなみ」案では往路は東予港へのフェリーだったの大阪南港19日夜出航、そのつもりで休みを段取りしていたのが災いに、気が付かなかったら今朝駅で大恥をさらす事だったのです。
 6,000円近く払って普通のきっぷで行く手もありますが、だったらもう少し走り易い季節に行きますよね。ただ20日出発なら始発からのスタートで現地には明るい内に到着が可能、ならば鹿島郡の未収の道路元標2基を回る時間もあります、ただ24日の夜には予定がありますのでる4泊5日への短縮は致し方ないかと。

7/20(金)移動日 ~七尾線能登二宮駅まで「18きっぷ」輪行、鹿島郡久江村道路元標他を回り、別送の荷物を受け取って羽咋市内のビジホ泊。
7/21(土) 西海岸を北上し外浦海岸の皆月のキャンプ場。(約70キロ)
7/22(日) 輪島、白米千枚田を経て木浦野営場。(約66キロ)
7/23(月) 禄剛崎はパスして内浦海岸側へ、珠洲市のヤマト運輸営業所でサイドバッグ分の荷物を宅急便にし身軽になって七尾へ、七尾泊。
7/24(火) 七尾駅始発で「18きっぷ」輪行で帰途に。

 しかし心配なのは連日の猛暑、標高の低い海岸線ルート、アップダウンも結構ある、以前は苦労した記憶はないが、6月上旬の梅雨入り前、ざっと300キロ、果たして走れるのだろうか…

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今年の福寿草サイク

 この季節恒例の「福寿草サイク」、五條市西吉野町津越の自生地へ行きます。最初は2/25の予定だったのですが、天気が思わしくない事もあって延期、福寿草と云うのは陽射しがないと花が開いてくれないのです。
 集合場所は五條病院前の吉野ストア前に9時、開店を待ってお弁当を買って現地で広げる段取りです。自宅から約27キロの道のり、丁度7時に出発、明日香村を経て高取町から県道120号とR24を行きます。
 集合場所に集まったのでは4名、輪童さんと昨日もご一緒したsetoさんとkitanoさん。五條からは五新線跡に沿って南下、生子(おぶす)の手前から丹生川沿いの旧街道を行きます。
 旧街道は軽自動車が通れる位の幅員があったのですが、崩れてもほったらかしの状態が続いて現在は旧西吉野村との境界前後が通行止になっています、自転車なら担ぐまでもなく推して通行する事が可能で、昨年10月にも4サイドでも通りました。
 賀名生(あのう)バス停跡で小休止、映画「萌の朱雀」では恋野バス停と云う設定でした。近くには有名な賀名生梅林があるのですが、今年は少し開花が遅いかと。
 向加名生(むかいあのう)から少しR168を走らなくてはなりません、後ろの橋は五新線の遺構です。
 城戸(じょうど)から県道20号に入り、今回は陰地(おんじ)経由の道へ取り付きます、県道から津越までは標高差250m、激坂の連続に推しも入ります。
 まぁ写真でも撮りながらのんびり行きます、今回は4人どもミラーレス持参。標高の高い処ではまだまだ蝋梅が見られます。
 自生地は称名寺と云うお寺の傍にありますが、ここまで来れば後一息、写真右の後ろのお宅は「萌の朱雀」でデビューした尾野真千子さんのご実家だったりして。
 称名寺、なぜか山門が無くなってますね。自生地、自転車を入れて撮れる様なロケーションではないのが残念。
 門前をお借りしてお昼にします。福寿草目当ての車が時々登ってきますが、なかなか車でここまで登ってくるのも道が道だけに大変でしょうね。


 津越の後、もう一つの自生地のある大峯へ向ったのですが、猪垣のフェンスが設置されて近寄る事ができませんでした。

 県道まで下り十日市までご一緒した後、このまま県道を樺の木峠に向う一行とお別れして、丹生川沿いに県道138号赤滝五條線を行く事にします。

 道の駅「吉野路黒滝」に立ち寄るとO嬢とばったり、反対にこれから賀名生へ行くそうです、おニューのピンクのデローザを入れて一枚。
 黒滝村からの帰路は地蔵トンネルを抜け、先週も来た才谷から県道257号才谷吉野山線へ入り、吉野山へは登らす脳天さんへ下ります。さて何処を越えて帰ろうかと思案した挙句、長い事通っていない旧い鹿路トンネルへ、吉野側は超激坂で知られる県道37号の旧道区間、案の定推しが入ります、吉野からの帰りに使うルートではない事を再認識しただけの様な。鹿路トンネルは激坂の他にも出るとか焼身自殺とか話題に事欠かないトンネルですが、路面がアスファルトで改修されていました。吉野町の三津集落へアクセスが桜井市側からの方が良く、吉野町三津の郵便は桜井局が受け持っている位で、旧トンネルが健在な訳なんでしょうね。トンネルを抜ければ桜井までは下るだけですが、後半の遠回りが効いて本日の走行106.0キロ、結構くたびれました。


 例によって写真をうちのHPにアップしています。 [BYCYCLE]→[ツーリングの記録]→[2018]と辿って下さい、大きなサイズの画像もダウンロードできます、参加者の方は再利用して頂いて結構です、一部に輪童さん、kitanoさんの写真を拝借しました。 なお認証が必要です、パスワードをご存知でないとご覧になれませんのであしからずご了承下さい。 ログイン名は’2018’、パスワードは2018年の卓上版「CanCan謹製カレンダー」の裏表紙右下の黄枠内の数字です。 なお3月末まで2017年のパスワードも使用可能です。

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