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「酒池肉輪」キャンプツーリング(3日目)

 夜中の3時頃にフライを叩く雨の音で目が覚めます、今日は夕方までには桜井に帰らなくてはならない、それも高見峠を東側から越えるのを避けて、遠回りになる伊勢本街道経由で約100キロ、6時には出たい処なのですが。雨雲レーダーを見ると高見山(台高山地)の方から細かく雨雲が東へ流れてきて、断続的に雨が降ってくる様子です、とにかく少し明るくなるまでもう一寝入りするしかありません。
 少し明るくなってきた頃に撤収を始めます、濡れたフライは仕方がないでしょう、水滴だけ落として袋に押し込みます、幸い雨の方は大丈夫な按配です。食材に酒瓶3本が無くなった訳ですから、パッキングは楽勝です。
 Vさんも出発準備が完了した様です、いつも様にフロント2サイドにフロントバッグ、テントと寝袋をサドルバッグサポーターに固定したスタイルです。(写真:マウントなおじ)
 0731 さて出発、桜井まで約100キロの行程、どうにか15時には着きたい処なのですが。(写真:マウントなおじ)
 県道31号を暫く走り大台署の前には出ずに三瀬谷駅の裏側を抜けてR42に出ます。この先R42と紀勢道とJR紀勢本線が並行していて、時々熊野街道の面影のある道も残っています。R368への近道へ入り一旦R368に入ったものの気が着くと県道429号に入っていました。引き返すのも何なので文後トンネルを抜けてR368桜峠の手前に出る事に、さして遠回りではなかったものの、桜峠を高い処まで登る事に。
 桜峠を越え櫛田川を渡りR166に出る処で、仁柿峠通行止の表示が、ここまで来ると高見越の方が距離的に長くなってしまいます。とにかく粥見(かゆみ)のローソンで補給を兼ねて算段。
 現在0835 もし峠頂上まで行って撤退して引き返すと1時間以上のロス、とても高見越では明るい内に帰れるかどうか、その場合は松阪駅まで走り自転車を置いて荷物だけ持って近鉄で帰ると云う最悪のストーリーで峠へ向う事に。
 上仁柿の村はずれでようやく通行止のゲートが、多少は身軽なVさんが気を利かして先を行ってくれます。
 何事もなく結構登りますが、Vさんが戻ってくる気配もないし、そのうち上から単車の音が。
 おいおいこれかい、軽なら充分通れるかも、まぁ車が載ると崩れる危険性があると云う事ですね。
 10時までには峠を越えて美杉村側へ。
 その名も峠集落は昭和50年に廃村になりましたが、つては伊勢本街道の宿場として7軒の旅籠があったそうです。
 無事に仁柿峠は登ったものの、この先伊勢本街道は名前のあるだけでも榛原までに飼坂峠、佐田坂、牛峠、桜峠(先の多気町の桜峠とは別物)、栂坂峠、大内峠と越えて行かなければなりません。「轍マップ」のプロフィールマップ(左下の「大きな地図を見る」をクリックして下さい)を見て頂くと判りますが高見越ルートとは趣が違って細かいアップダウンが繰り返します。
 飼坂峠を越えると奥津宿、JR名松線の終点伊勢奥津駅があります。

 1151 県境を越えて奈良県御杖村へ、道の駅「御杖」にて、ここからR369となります。まだ栂坂を越えなくてはなりませんが、どうにか計算できる処まで戻ってきましたので、30分ばかし休憩する事に。牛峠を避けて川沿いの旧道を走り菅野へ、実はこの後の写真はあありません。栂坂(1827m)、石楠花(430m)、弁財天(旧開路)(923m)と3つのトンネルを抜け榛原へ下り、女寄峠を下って 1456 無事に桜井の自宅に帰投しました、走行104.4キロ。3日目は時間的に厳しかったですが、2日目にゆっくり休めて良かったかも、いずれにせよ、愉しく充実した3日間でした。
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能登半島ツーリング(4日目)


珠洲市木ノ浦にて

 当初の予定の5泊6日が4泊5日になってしまった皺寄せが今日4日目にきていて、珠洲でサイドバッグ4つ分の荷物を宅急便にして身軽になるに予定にせよ、七尾までの約140キロを走らなくてはなりません。普通なら無理な話でもないのですが、この猛暑続きの毎日で日中はマトモに走れない事は、2日目と3日目で身にしみています。七尾での宿は未だ確保していないので、どうせ5日目は七尾駅0500の始発に乗って輪行で帰途に就くだけ、ならば暑い昼間はどこかで休んでおいて、ナイトランで七尾までの突っ走ると云う手もあるかなと考えながら休みについたのですが。
 朝暗いうちに輪島方面が向う車が何台も走って行く音で起こされたのですが、それまでは道路脇にしては静かに過ごす事ができました。まぁこんな場所であまりのんびりともしていられないので、6時までには撤収を済ませ、まずは木ノ浦へ向かう事に。
 木ノ浦へは堂ヶ埼のこの坂を登らなくてなりません、手前には「登坂距離 2000m 標高差 100m」と案内標識が立っていて、ご丁寧に「平均勾配5% 最大勾配11%」とまで記されていますが、実際11%の処は左カーブですから、イン側はそれ以上の激坂、4サイドには些か大変です。
 野営場のある方にはもう用がないのですが、せっかく登ってきたので浜の方へ下る事に、下った坂を再び登らなくてはならないのですが。 実はここは2015年の永作博美主演の映画「さいはてにて」のロケ地なのです。ロケで使われた小屋は残っていませんが、傍に「Cafe Cove」が営業しています。残念ながら開店の10時までは待ってられませんでしたが、写真を撮ったりしながら少しの時間を過ごしました。なお一昨日の皆月も1999年の映画「皆月」(主演 奥田瑛二 吉本多香美)だったのですが。
 しかし今回はせっかく重いカメラと三脚を積んで走っていながら「自撮り」は羽咋界隈で2回トライしただけ、なかなか良いポイントもなくはなかったのですが、強烈な陽射しの中、三脚を立ててタイマーをセットして行ったり来たりする気力は起こりませんでした、この場所も立ち止まりはしたものの、ガードレールがもう少し低く見えるか、無ければねネェ…
 海岸沿いに禄剛崎へは回らず、県道52号で小さな峠を越えて珠洲市街へショートカット、蛸島村道路元標の後、旧珠洲駅跡の道の駅「すずなり」へ、日陰で涼みながら今後の計画と荷物の整理を、不要になる荷物と輪行で必要なものや着替えをはっきりさせておきます。なおここには能登線時代のホームと上屋が保存されています。
 さてヤマト運輸の石川珠洲宅急便センターを訪れ、まずは羽咋から送っておいた輪行袋他を受けとりますが、肝心のクロネコボックス14は在庫がないとの事、12相当の箱ならあるのですが2個口になり、当然運送料金も高くなります。こんな事なら羽咋で処分した14の箱を輪行袋と一緒におくべきだったと。14ならすんなり入ったサイドバッグがすんなり入らず汗だくになって格闘する事に。
 とにかく重量で20キロ余り身軽になって近くの見付島を望む公園へ。内浦側もここ見付島とか恋路海岸といった景勝地はあるのですが、やはり外浦海岸に比べるとね。春なら富山湾を挟んだ対岸の立山の冠雪が望める日もあるかとは思うのですが。基本的に海岸寄りを走ってきたのですが、九十九湾前後はパスしてR249で宇出津(うしづ)へ越えます。17時前には宇出津駅跡の観光・地域交流センター「コンセールのと」へ、スタンプラリーのポイントにもなっています。2001年にはここで2泊目の宿を取ったのですが、古い街並みが小綺麗に整備されてしまった様です。
 ここ宇出津からのと鉄道の穴水駅までR249経由で約32キロ、海岸沿いの県道34号経由で約10キロ長くなるのですが、七尾行きの2051発最終乗車する事も可能です、七尾での今夜の宿を確保して穴水駅へ急ぐ事に。
 実際遠回りにはなるのですが、鵜川 から県道34号能登穴水線へ、2001年にも走っているのですが、旅自転車にお勧めのルートです。途中諸橋村道路元標兜村道路元標(写真左)を履修、写真右は当初ゲリキャン用に目を付けておいた「寄り道パーキングかなみ(鹿波)」、間近に能登島が見えます。
 陽もすっかり暮れた頃に県道34号から再びR249に戻りますが、土地勘がない上には暗いと道も判りにくくて、道を間違えたかと錯覚したり、穴水の街中も結構判り難くて焦ったりしましたが。どうにか20時過ぎには穴水駅に到着、早速輪行支度を、最終の七尾行きには余裕で乗れそうです。本日の走行99.1キロ。

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能登半島ツーリング(3日目)

皆月青少年旅行村キャンプ場

 少し空が白み始めた頃に自然に目が覚めます、風が通って涼しいし、虫も少ないし、静かだし、最高のロケーション、皆月湾に輝く月明かりの美しかった事。ただ夜明け前に釣り客だかダイバーだかが駐車スペースとトイレのあるキャンプ場の入り口まで来てドアを開けたり閉めたりと煩かった事、まぁ此処へやってくるのは釣り客かダイバー位のものでしょうか、山を越えないと来れない帰れない何処へも行けない、しいて云えばサイクリストが一番来ないロケーションに違いないかと。
 さて今日の目的地は能登半島の先端禄剛崎の手前、木ノ浦野営場。輪島経由で60数キロの道のりなのですが、今日も変わらず猛暑の予報、昨日の事を考えると恐らく日中はまともに走れそうにありません。
 6時半には撤収を済ませ皆月を後にします、まずは県道266号で標高250m程の無名の峠を越え県道38号へ入り上大沢へ下ります。ここでは文化庁の重要文化的景観に選定されている「間垣集落」を見る事ができます。
 ここから輪島へと標高100mに満たないのですが海岸沿いにアップダウンの道が続きます。次の大沢漁港でも同じく「間垣集落」を見る事ができ、ここで鳳至郡の西保村道路元標を。ここは2015年のNHKの朝の連ドラ「まれ」のロケ地でもあります。
 大沢集落をでたのは9時半、外浦海岸を走る道の中でも上大沢からゾウゾウ鼻にかけてが絶景の連続、急坂が続く故に展望は素晴らしいのですが、どんどん上がる気温に木蔭の度に一息入れるばかりで前に進みません。皆月経由までは難しいとしても、門前から輪島へはR249を辿るより大沢経由の県道38号がお勧めです。
 17年前には金沢からここまで一気に走ってきているのですが、こんなに厳しかった印象はなかったのは、やはり暑さのせいでしょうか。
 12時半にようやく輪島の袖ヶ浜に到着、ここには無料のキャンプ場もあるのですが、最寄りが海水浴場だけに、この季節は旅人にはお勧めではありません。有名な輪島の朝市の通りもご覧の通り。
 少し暑さが和らいでから出発しようと腹をくくって市内の足湯「湯楽里」でのんびりする事に。輪島市街を離れると、能登半島を回って禄剛崎を回って内浦側の珠洲市街までコンビニはおろか、食料の調達が難しいので市内のスーパーで買い出しを、そんなこんなで輪島市街を離れたのは15時前、それでも西陽を背中に受けながら走るのは大変です。ところでここで大変なミスをした事に気が付きます、足湯でまったりしたり買い出しをしたりしていて輪島町道路元標に寄るのをすっかり忘れてしまっていたのです、「いしかわ里山里海サイクリングルート」のモバイルスタンプラリーはともかく、道路元標を通り過ぎてしまうとは。
 今や輪島の朝市とともに能登半島有数の観光スポットとなった白米(しろよね)千枚田、道の駅も相当な混雑です、昔はそうでもなかったのですが、確かに日本海をバッグにした棚田の風景は、日本初の「世界農業遺産」に指定されただけのものだとは思いますが。白米千枚田を出たのが16時半、輪島町道路元標を飛ばしたついでに内陸側に少し入らなければならない南志見村道路元標も輪島町と共に再訪する事にしてパス、18時前に曽々木海岸を通過、スタンプラリーのポイントにもなっている道の駅「すず塩田村」へ、反対方向から走ってきたクロスバイクの学生2人と一言二言、これから輪島の宿まで走るとか。もう時間的に木ノ浦野営場は無理として、ここでゲリキャンと云う手もあるのですが、今一つ気が進まないので、先へ進む事に。どうにか明るい内に西海村道路元標を、ここから能登半島の海岸線を巡る国道249号は山越えで内浦側へ越えるのですが、2014年に完成したバイパス大谷道路の巨大なループ橋を見上げる事ができます。
 19時、タイミングが良いと云うか「ゴジラ岩」の落日を拝む事ができました、今では全国各地に同様の「ゴジラ岩」があるのですが、ちょっとここのは可愛いと云うか、でも日本海に沈む夕日は格別です。
 「ゴジラ岩」を過ぎて暫くで山側におあつらえ向きのスペースとベンチが、道路から丸見えですが、今夜はここでゲリキャンと決定。本日の走行66.1キロ、皆月を出発して13時間余り、実際走っていた時間は僅か4時間半程なんです。

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能登半島ツーリング(2日目)

千里浜(ちりはま)なぎさドライブウェイ

 5時半には宿を出発、今日は皆月の青少年旅行村キャンプ場を目指します、寄り道せずに走ったとして約70キロの距離、少し金沢側に戻る格好になりますが、車やバスでも走れる砂浜として有名な「千里浜なぎさドライブウェイ」へ寄って行く事にしました。2001年に並行する能登海浜自転車道を走っているのですが、自転車はちょっと無理だろうと思っていたのですが、ロードバイクでも走っている写真があるので、4サイドで挑戦を。なお「せんりはま」ではなくて「ちりはま」です。
  ペダルが重いものの結構走れるものです、タイヤが多少太い分ロードより有利かも。幾ら締まっているからと云ってスタンドの類は役に立ちません、一般道との接続部分で吹き溜まりになっている箇所が多いので要注意。
 自動車専用道の「のと里山海道」昔の能登有料道路に沿って能登海浜自転車道を北上、相変わらず路面状態はよくありません、暫く行くと昨日少し走った羽咋健民自転車道に合流します。

 羽咋健民自転車道となります、集落を縫ってローカル私鉄廃線跡ならではの面影が、ここに踏切があったのでしょうね。
 これだけ海岸に近い廃線跡も珍しいですよね、準備はしてきていますので「自撮り」にも挑戦。ただ重いカメラと三脚を積んできていながら「自撮り」に挑戦したのはこの日の朝だけ、連日の猛暑にせっかくのポイントがあっても戦意喪失。
 能登半島の西海岸、羽咋から門前を経て輪島へはR249(写真は赤神付近)が通じているのですが、ルートは険しい海岸寄りを避けて3ヶ所ばかり山側に入ります。その海よりの区間を県道36号志賀富来線と県道47号深谷中浜線が継いでいます。遠回りですが交通量が少なく志賀原発付近を除けば鄙びた道が続きます、且つ旧道や廃線跡の自転車道を加えて今回もそのルートを選びます。

 道路元標やスタンプラリーのチェックポイントを織り込みながら走っているのですが、猛暑の中10時を過ぎると走れたものではありません、道の駅で大休憩は勿論、自販機や木蔭のある度に休憩しているものですから前に進みません。旧門前町域の道の駅「赤神」に着いた頃には15時を回っていました。
 門前町のコンビニで最後の補給をして皆月に向います。ところでサイドバッグに小型のクーラーボックスを仕込んであります、最近はコンビニとかで凍らせたペット飲料が売られていますので、保冷材がわりにすれば夏の夕刻の数時間なら結構使えます、お陰で何もないキャンプ場とかでも設営後グビっと1本行けます。
 両側を断崖に挟まれた皆月湾へは山越えして行くしかありません、2本の県道が通じているのですが、一昨年「おさよトンネル」(706m)と云うルートが開通してずいぶん楽になっています、2001年は娑婆捨峠経由のルートを越えましたから標高300m近くまで登りましたが、このトンネルなら半分の150mで超える事ができました。
 18時過ぎに皆月に到着、キャンプ場は漁港の外れの30m程の高台にあります、1張テントが見えるのですが人影が見えません、7月の週末だと云うのにほぼ貸切状態、最果て感のあるロケーションは最高、なだらかな草地のサイトです、ちなみに料金は1人1張りで920円でした。
 走行98.7キロ、12時間もかかっていますが実際走っていた時間は6時間20分程、しかし疲れました。

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能登半島ツーリング(1日目)

 桜井駅0543発の奈良行き始発に乗車。列車時刻の検索はもっぱらスマホアプリの「乗換案内NEXT」を利用しているのですが、桜井→能登二宮間の始発(「青春18きっぷ」利用)で検索すると第一候補は桜井0552→0625王寺0629→0742京都0818→0950敦賀0953→1048福井1113→1242金沢1329→1448能登二宮となるのですが、能登二宮1448到着の条件で検索すると桜井0607→0640奈良0646→0742京都0818→0950敦賀0953→1048福井1113→1242金沢1329→1448能登二宮が第一候補となります、始発の場合は鵜呑みする余計に早く出発させられる事がありますので注意。ただ私の場合は確実に座れると云うか輪行袋の置き場所を確保できるとか、乗換の余裕とか階段の少ない経路とか優先させて考えますので、実際は次の様な時間で移動しています、桜井0543→0616奈良0622→0724京都0754→0820堅田0842→0950敦賀0953→1048福井1113→1242金沢1329→1448能登二宮、京都駅始発の近江舞子行きに乗り堅田で後から来る敦賀行きに乗り込んでいます、舞子まで行くとホームが変わってしまう場合あり。
 敦賀で北陸本線へ、北陸新幹線の金沢開業で3セク区間を含めてすっかり521系に置き換わっています。輪行袋を担いでいるとデッキが狭くて乗り降りが大変だった寝台電車の名残り「食パン電車419系」も今となっては懐かしいです。
 福井駅25分待ち、金沢駅47分待ちでようやく七尾行きへ乗車、金沢から七尾線の分岐する津幡まで3セクのIRいしかわ鉄道となったのですが「青春18きっぷ」でそのまま乗車可能です、但し東金沢、森本で途中下車をすると別料金を取られます。七尾線では411系451系の末裔が健在、半自動ドアなので不自由この上ないのです、昔の交直流急行色なら許してあげるんだけど。しかし2022年には北陸新幹線敦賀延伸ですかぁ「18きっぷ」で北陸へ向えるのも残り僅か。
 今日の予定は鹿島郡で未収の2つの道路元標他を巡ってから羽咋市街へ向います。徳田駅で降りるか良川駅で降りるかここ能登二宮駅降りるか悩んだのですが、一応無人駅ですが広いスペースに自販機、清潔なトイレと大正解だった様です、お陰で手間のかかるヘッド抜き輪行作業もスムーズに。ただ線路の北側へ出るには地下通路を推さなくてならなかっただけが。
 最初はリアのサイド枠を付けたまま輪行するつもりだったのですが、やはり大きくなるので外して括りつけてきました、ならば最初から別送しておくべきだったと。
 なお本来のヘッド抜き輪行の場合はもっとフレームの中央近くにホイールがこなけらばならないのですが、今回はエンドどパニア台の後ろと両輪で支える様にしています、それとうちasuka号はサブブレーキ(エイドレバー)が付いているために抜いたハンドルが思うようにならないので、この様な形になっています、それでも最近のロードやクロスの人達のなんちゃって輪行よりはかなりコンパクトになっています、但し重さだけはどうにもなりません。
 ところで私が到着してから一向に列車がこないので怪訝に思っていたのですが、どうもIRいしかわ鉄道で架線故障とかで停まってしまっている様です、1本後ならエラい目に遭っていた処です。しかし15時を回ったと云うのに何という暑さ。
 県道18号を北へ7キロ程走って高階小学校裏に残る鹿島郡高階村道路元標、ここで1,060基目となるのですが、2014年8月に淡路島で1,000基を超えたもののその後はなかなか捗りません、今回のツーリングでは20基を予定しているのですが。
 今回のツーリングのもう一つのテーマ「いしかわ里山里海サイクリングルート」のモバイルスタンプラリー、今年は4月から始まっていたそうなのですが、いまから11月までに68基をクリアするのは難しいのですが、オールクリア賞以外のプレゼント抽選資格位は押さえ様かと。68基の中には一般には馴染みの薄い様な施設もあるので心配していたのですが、道路に面した箇所に大きな案内看板が設置してあって、ポイントを見つけるのは難しくなさそうです。「ツールド紀伊」や「なるくる」のスタンプラリーの時はスマホのGPSでの座標を利用していたのですが、「いしかわ~」では看板に貼り付けられているQRコードを読み込ませる様になっています。結局この日は「ふるさと創修館」「道の駅織姫の里なかのと」「コスモアイル羽咋」と3ヶ所回る事に。
 羽咋市街へ向う途中で鹿島郡久江村道路元標へ。ところで道路元標は大正11年の内務省令で様式が定められているのですが、都道府県や地域によって内務省令と異なるものがあります、石川県のものは天頂部の4辺が丸く、正面?に「道路元標」、側面に「○○村」と陰刻されているのが特長ですが、個人的にはあまり好きな様式ではありません。
 1802羽咋駅の裏側(東側)まで戻ってきました。別送の荷物をヤマト運輸の石川羽咋宅急便センターまで引き取りに行かないといけないのですが、近くまで羽咋健民自転車道が続いているので、信号もない事ですので利用する事に、この自転車道は昭和47年に廃止された北陸鉄道能登線の廃線跡なのです。
 荷物を受け取りサイドバッグを取り付けます、これが結構な作業、当初の予定で19日に来ていれば、早くても羽咋駅着が1807、それから輪行支度を解いてスタートですから少々大変だったかも。輪行袋は帰りまで余計な荷物ですので、運賃が勿体無いと云えば勿体無いですが、帰りに利用する珠洲市のクロネコヤマトに送っておく事にします。
 楽天トラベルで予約しておいた市内の安ビジホへ、3,900円也。ただ羽咋市は駅前や中心部にコンビニやファーストフードの店がないのが不便。本日の走行39.0キロ、さて明日からが本番です。

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野迫川キャンプツーリング(2日目)

野迫川村今井にて

 暗くなってから降りだした小雨は未明まで降っていた様な、3時半頃には雲海ハントのカメラマン組がバタバタと出掛けて行き、「昭和食堂」オーナーのかあこさんが雲海が出そうなら乗せてってあげるよとの事で4時過ぎに外へでたのですが、どうも今朝は出そうにないとの事なので、再びテントにもぐり込んで二度寝を。結局起きたのは7時を回っていた様な、朝食のモーニングを頂いて、「山岳グランフォンドin吉野」の一行を待ちます、すぐ近くに公認のエイドがあるのです。
 3つのコースの内、ロング(157.2キロ)とスーパーロング(210.6キロ)が野迫川村を経由するのですが、スタートの吉野神宮を出て50キロ余り、五條市火打からの登りの長い事、富貴から筒香まで一息入れられるものの、野迫川村へ昨日私が越えた紀和トンネルへの激坂が待ってます。
0808 先頭はグループかなと思いきや1人であがってきました、2時間余りで、しかも余裕の笑顔。
 「昭和食堂」は非公認ですが、近くの野川弁財天にちなんだ応援が光ってます。ランドナーを駆る強者も、今年はスーパーロングを完走されたとか。



 他にも見知った顔ぶれが何人も走っています。
 いつもなら野迫川村からの帰途には紀和トンネルを越えて富貴経由で五條市街へ下るのですが、今日は旧大塔~天川~黒滝~吉野町経由で帰途に就く事にします。既に野迫川のエイドでリタイアした何人かが引き返してきていますので、頃合いを見計らって帰途に就いたのですが、どうもロングに参加している人達に挟まれてしまった様です、何を勘違いしてか声を掛けてくれた御仁もおられたのですが、それはないでしょ、メットなしの4サイドが「山岳グランフォンド」に参加しているなんてね。天川川合に向かって県道53号は天の川に沿って比較的なだらかなコースが続きます、回りのペースに引っ張られて、天川川合の案内所まで休みなしで走りきってしまいました。

 阪本からはロングの一行に挟まれる様な格好で、ノンストップで天川川合まで帰ってきました、約30キロ、1時間35分也。天川村唯一の信号を左折してR309へ、休憩に観光案内所へ入りますが、何故か自販機が無くなっています。暫く道路を眺めていると、ここでもリタイア組が何台も黒滝方面へ登って行きます、リタイアと云っても二山越えないと吉野山へ戻れないのですから過酷です、それもこの先新川合(2751m)と新笠木(1693m)の長大トンネルを抜けて行くのでしょうね。
 私は長大トンネルを避けて旧道の川合隧道と笠木隧道へ、すこし余計に登らなくてはなりませんが今では殆ど車の入ってこないルートです。
 黒滝村の道の駅「吉野路黒滝」へ、川合隧道からだと450m程のダウンヒル、昔は天川村へ行くとなれば、これを登っていたのだと思うと感慨深いものがあります、道の駅は休日とあってなかなかの賑わいです。
 黒滝村から地蔵トンネルを抜けて下市町へ、才谷から県道257号で吉野山へ、途中通行止区間があるのですが、自転車なら問題なし。結果的にグランフォンドのスタートゴールの吉野神宮へ上から降りてきたのですが、吉野神宮駅からゴールまでの県道167号、全コース最後に標高差100m程を登らされる訳です。推している人もちらほら、朝「昭和食堂」で見送った榛原のS氏が元気で上がってきました、まさかこの時間で上がってくるとは、無事に余裕を持ってスーパーロング完走ですね、もう下り始めていたので写真が撮れずに残念。
 椿橋で吉野川を渡り壺阪峠を越えて帰途に、なお壺阪峠の通行止区間では重機が入っていましたので、工事が始まると暫く自転車も通れないかも知れません。本日の走行89.5キロ。


 今回は1泊2日のキャンプツーリングで160キロばかり走っているのですが、このコースの内の特に九度山~吉野山間は車も少ない魅力的なコースです、大阪からですと南海高野線で輪行して九度山、吉野山では県道を吉野神宮駅には下らず、下千本の七曲りを近鉄吉野線の終点の吉野駅に下り帰途に就けば良いかと。九度山駅~吉野駅間で約95キロ、厳しいのは紀和トンネルへの登り位で後は川沿いの穏かなルートです、「昭和食堂」のある野迫川村野川で九度山から約35キロ、天川川合で約65キロ、道の駅「吉野路黒滝」で約75キロの位置になります。

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野迫川キャンプツーリング(1日目)

 野迫川村野川で一年でも限られた日だけオープンする「昭和食堂」(チェーンの昭和食堂とは関係ありません)、食堂と云うよりガレージを利用したカフェ?、最近では「のせがわ村雲海の里の宿」と云うゲストハウスもやっておられますが、6月30日の夜に「蛍鑑賞会とナイトパーティー&BBQ、Bar」を開催するとの知らせが、オープンする日が他のイベントと重なる事が多くて、なかなかお伺いできない「昭和食堂」なのですが(ちなみに2016年4月30日以来になります)、今回はキャンプ場ではないのですが空き地を利用してテント泊も可能との事、梅雨時とあってなかなか厳しいものがありますが「蛍鑑賞会」とあればそれも致し方ない事、それに翌日の7月1日は奈良県サイクリング協会主催の「山岳グランフォンド吉野」の当日、今年は「昭和食堂」の前がスーパーロングとロングのコースに入ってますので、知った顔が何人か参加するので応援も兼ねて、天気が酷くならない事を願って準備を進めておく事にします。
 今回はキャンプと云っても食事は「昭和食堂」が準備してくれるのとテントサイトで火を使わないと云う事ですので正味寝るだけの準備があれば良いので無理をすれば2サイドで行けなくもないのですが、飲料類は各自持ち込みと云う事ですし、テントをサイドバッグに押し込み、雨具の準備すると重さはともかく結局4サイド支度になってしまいました。
 野迫川村野川へ向う時に一番悩ましいのがコース、桜井からだと最短は下市町から県道20号で樺の木峠を越えてR168天辻峠で旧大塔村へ下り中原橋を渡り県道53号で野迫川村へ入る約57キロのコース、ただ芦原トンネルを経由する前提の距離ですし、中原橋を渡ってからの登りがなかなか辛いのです。あと吉野川沿いに下って五條市火打口から県道732号で高野町富貴を経て筒香から紀和トンネルで野迫川村へ、距離は約58キロ、ただ火打口から延々と続く登りが。そこで昨年夏の野迫川キャンプでは九度山まで下り、R370を9キロ程走り南海高野線の紀伊細川駅と極楽橋駅近くを抜けて北側から高野山へ入るルート、九度山まで南下する訳ですから距離は70キロを越えてしまいます、それに同じ野迫川村でも川原樋川沿いのキャンプ場へ向う訳でもないので標高1,000m超の天狗木峠と高野辻をわざわざ経由するのは無駄が多い様な、ただ高野山内を経由するので補給が最後にできると云うメリットは。
 今回は仕事の都合で0853に橿原市スタートになります、飛鳥駅前から県道120号で重阪(へいさか)峠を越えて五條市に向う定番コース、R24に合流するまでは車も少なく自転車にはベストなルートです。

 途中吉野口駅前の「柳屋」に立ち寄ってお昼用にと柿の葉寿司を仕入れて行きます。田舎のローカル駅で今なおここ「柳屋」の駅弁が売られているのですが、実は大阪の百貨店や駅でも売られてる銘店なのです、
 10時過ぎには重阪(へいさか)の集落(写真)を抜け峠を越えてR24を下ります。五條市今井で業務スーパーへ立ち寄ったのですが、お目当ての黒ビールはなく、PETボトル入りの安物ワイン他を調達。

 R24を走っているとリアサイドにリュックを背負ったサイクリストが。ロードバイクにサンダル履き、荷物の量からして長期のツーリングの様です。このスタイルで走る若さが羨ましいと云えば羨ましいですが、ロードバイクを選択する今の時代が残念です。ところでサイドバッグ左右まちまちなのですが、なんと片方は私が4つ使っているオーストリッチのS-5なんです。追い越し様に「頑張って」と声を掛けると、突然で驚いた様ですが、後ろから「有難うございます」の声、片手を揚げてこの先の無事を願いました。
 1112には県境を越えて和歌山県へ、橋本橋南詰を経て紀ノ川沿いのサイクリングロードに入ります。途中四阿やトイレが整備された一画がありますので、ここでお昼にする事にします。サイドバッグにクーラーボックスを押し込んできていますので、飲み物を冷たいまま運べるのが有り難いです。
 九度山のローソンで小休止、高野山へ向わないのならここが最後のコンビニになります。氷結PET飲料を2本調達、お陰で「昭和食堂」到着後に自前で冷たいビールを飲む事ができました。
 赤瀬橋に到着、ここままR370を高野山方面に向うか、このまま丹生川に沿って進むか。

 悩んだ挙句に丹生川沿いに和歌山県道102号へ進む事に、最後に紀和トンネルへの激坂が待っているのですが、木蔭が多く玉川峡と呼ばれる渓谷沿いの涼やかなルートは最高、週末ですが川遊びの行楽客の車もまだまだ少ない様ですし。
 彦谷で橋本から狼頭峠を越えてきたR371と合流します。この先河合橋から先高野山方面へは通行止になっている様です。

 宿(やどり)温泉で小休止の後、河合橋で筒香へ向う町道へ入ります、渓谷沿いの道から里山風景へと。
 少々雲行きが怪しくなってきたので雨雲レーダーを確認すると夕立の雨雲ですね、幸い少しパラパラっと来たもののかすめた様で中筒香の三叉路に到着、この先は雨宿りできる処がありませんので、暫く様子を見て1552に紀和トンネルへ向います、ここから4キロで300m登らなくてはなりません、北側からアタックするのは何と30年ぶりかと、以来北行き専用コースになってます。
 一度停まると発進できないので頑張ったのですが、幅員はないし路面は悪いはと蛇行も思うにまかせず約1.5キロでついに足付き、緩斜面になるコーナーまで推すハメに。最後の右コーナー(写真右)を回るとトンネルまでは随分楽になります。
 1648に標高780mの紀和トンネルに到着、どうにか17時過ぎには「昭和食堂」に到着できそうです。後年阪本経由になるまで奈良交通の野迫川村行きバスはここを越えていたのです。

 予定通り17時過ぎには「昭和食堂」に到着、参加者は16名との事。怪しげな天候に自転車組が二の足を踏んでしまった事もありますが、オーナーの泉本さん以外は面識のない人ばかりなんです。まずはテントを設営、県道脇ですが綺麗に草が刈ってくれてあって立派なテントサイトです、県道と云っても夜には通る車もありません。
 料理をしなくて良いと云うのも少し寂しい気もしましたが、美味しくボリューム満点の料理を頂けるのが有り難いです。そして「スウェディッシュトーチ」、話には聞いていたのですが実物は初体験、なかなか良いものですね。少々雨も降ってきたのですがもちろん「蛍観賞」も、回りが少し明るくて見えにくかったのですが、しかし蛍を見るのは何年ぶりかな。
 本日の走行71.3キロ、2018年上半期を5,224キロで折り返しました。

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笠置キャンプ(2日目)

 恒例の集合写真ですが、なんと三脚のクイックシューを忘れてきたために三脚が使えません、出発時刻が迫っていたのでLiberyさんに撮って貰いましたが、いっそキャンピングを6台並べて撮れば良かったですね。しかし何の為に重い三脚を積んできたのやら。なお大きなサイズの画像は「ツーリングの記録」(要認証)にて。
 5月の末ともなると明るくなるのが早いです(写真 : setoさん)。私とショコラさんが所用で早く帰らなくてはならないのですが、滋賀からのSさんとMさんが、奈良で行なわれるスミ旦那の新車お披露目ラン&大仏鉄道廃線跡巡りに参加すると云う事で、ならばと4人で7時半には出発すると云う事に。ただ車それも大型車の多いR163を避けて山越えルートを、キャンピングを連ねて奈良市街へ向う事になりました。
 今回参加の6台です。
 名残惜しいですが、後はsetoさん達にお願いして7時半過ぎに笠置キャンプ場を後にします、少々慌しかったものの涼しい内に撤収を済ませる事ができました。しかし今回はsetaさんとおつねさんに陣取りから大変お世話になりました、「笠置キャンプ」次回は11月ですね。
 笠置から奈良への山越えルートは県道33号奈良笠置線なのですが、そのまま辿ると須川町で車も多く結構な坂があるので途中から白砂川の支流安郷川に沿った山道に入ります。2007年5月の「笠置キャンプ」の折にN女のら先生に教えて貰って以来使っているルートです。(写真左 : ショコラさん)
 このルートなら渓谷沿いの木蔭の道で車は殆ど入ってこないので、自転車にとって快適この上ないのです。後は県道47号と県道752号を少し継いで走り再び県道33号に戻りR369へ。

 奈良市街に下った処でちょっと道を曲がり損ねて皆さんを1キロ以上遠回りさせてしまいましたが、お約束の9時半には余裕でJR奈良駅前に到着。(写真右 : スミ旦那) 一応スミ旦那のランドナーのお披露目なのですが、ロードバイクから小径車まで色々な自転車が、その上そこにキャンピングが4台乱入。
 挨拶の後、ショコラさんは大阪へ、私は上街道経由で帰途に就きましたが、桜井帰着が1105とは異例の早さで「笠置キャンプ」を終えました。

 ショコラさんの四半世紀の時の流れ 自転車

 集合写真を含む写真をうちのHPにアップしています。 [BYCYCLE]→[ツーリングの記録]→[2018]と辿って下さい、一部に瀬戸口さん他の写真をお借りしています。私の分に関しては大きなサイズ(1920×1280)の画像もダウンロードできます、参加者の方は再利用して頂いて結構です。 なお認証が必要です、パスワードをご存知でないとご覧になれませんのであしからずご了承下さい。 ログイン名は’2018’、パスワードは2018年の卓上版「CanCan謹製カレンダー」の裏表紙右下の黄枠内の数字です。

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笠置キャンプ(1日目)

 毎年11月に行なわれている「笠置キャンプ」ですが、私が管理人をさせて貰っているFacebookグループ「自転車キャンプツーリングを愉しむ会」のイベントとして行う事になりました。当初は滋賀県在住のメンバー2人でのプライベートなプランだったのですが、最近時間が取れず何処に行けずに腐っていた処、笠置ならどうにか仕事の合間に参加できそうと、私も加えて貰う事にしたのですが、ならばと先のグループのイベントにもさせて貰いました。そうなると週間予報で天気の目処がついた頃から参加者が増えて7~10名になりそうな按配に。しかし片道40キロ程の笠置とは云え、仕事の合間の33時間に往復してキャンプする訳ですからかなりの強行軍です。
 笠置キャンプ場は料金が安くてアクセスが良い事もあって結構人気のキャンプ場、デイキャンプも多いのですがこの季節少しでも早く行ってサイトを確保しておきたい処、大型車の多いR163はあまり走りたくはなかった処、setoさんが車でサポート役を買って出てくれたのと、4月の「月うさぎキャンプ」の後、その足でから四国~九州彷徨っていたおつねさんが名古屋への帰途に立ち寄って金曜日から前泊してくれる事になりこれで一安心、陣取りは2人にお任せして、のんびりと大和高原経由で笠置に向う事にしました。
 前日のうちに全ての準備を済ませておいて、仕事を済ませて一旦帰宅して0947桜井を出発、県道38号で長谷寺門前から初瀬ダムへ、ダムへは10%の急勾配ですが、ここさえこなせば後は適度な斜度で名阪国道の針まで行けます。
 県道25号月瀬針線を北上し12時過ぎには布目ダムへ、ここまでほぼノンストップでしたので小休止の後、柳生へ下ります。

 13時丁度には「笠置キャンプ場」に到着、案の定混んでいますが、先遣隊がいつもの木立の下を確保してくれていました、感謝。滋賀からのSさんも既に到着しています。まわりは大型テントのファミリーが殆どの中、setoさんが準備してくれたタープとテーブルの回りにソロテントが並びます。なお笠置キャンプ場ですが、今年4月から料金が300円/日から500円/日値上げになっています、昨年の豪雨被害も酷かったですからね。
 早速、設営を開始、まだまだ朝夕は肌寒いですので、まだまで夏のテントではと、Mossと夏用の寝袋、衣類をしっかり目の装備で来ました。
 近くの温泉へ往復して宴の始まりです。
 ショコラさんは出ました串カツを揚げます、kitamakiさんはすき焼、私はチーズダッカルビの豚肉バージョン「チーズトンカルビ」に挑戦。
 横着な私はガス派なのですが、往年の名器小ブスでご飯を炊くツワモノも、しかし上手く炊けた様で。(写真左 : setoさん)
 宴の途中ですが、所用で往路輪行となった滋賀のM氏をお迎えに笠置駅へ、これで今回の「笠置キャンプ」は都合8名となりました、しかし駅が真横にあるキャンプ場もちょっと珍しいでしょうね。宴は遅くまで続いていた様ですが、私の方はいささか飲み過ぎたのか、疲れがたまっていたのか、テントにもぐり込んだら、そのまま早々に寝てしまいました。
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