「4サイド」タグアーカイブ

「酒池肉輪会」笠置キャンプ(2日目)

 ストーブとアルコールでしっかり暖まった処で寝袋に潜り込んだのですが、さすがに夜中に寒くなってきたので、湯タンポに目一杯のお湯を沸かして暖まりなおします。しかし昨年10月末にも野迫川村の標高1,000mを超える高野辻やタイノハラ林道で野営しているのですが、そろそろ寝袋の買い換えを考えなくては、サイドバッグ一つを占領する位デカい化繊の寝袋も、濡らせる心配をしなくても良いのですが、今は撥水力の高いシェルを使ったダウンの寝袋もありますし、それにとてもコンパクト、でもとても高い。
 いつも早くからゴソゴソすると文句を云われる割りに、今朝はなかなか動き出せない、今日はkiki君がならまちのブルーノートでレコードコンサートの解説をすると云うので馳せ参じる予定なので、あまりのんびりともしてられないのですが。「わかさぎ温泉」が10時に開くのを待って入ってから、いつもの山越えルートを走っても12時には奈良市街に入れるでしょう。
 撤収の合間にショコラシェフが昨夜の天ぷらに続いて今朝は茶粥を準備してくれています、感謝。しかしフライは乾きそうにないなぁ。
 一足お先に失礼させて貰い「わかさぎ温泉」へ。ところがアノラックを忘れてきた事に気がつきます、そうなるとのんびりと温泉に浸かってられないもんで、ゆっくりとも出来ずにキャンプ場へ引き返す事に。幸いsetoさんが気付いてくれた様で、無事に手元に戻ってきて再出発。
 白砂川沿いの府県道33号奈良笠置線を1キロも走らない内に府県境があって奈良市になります、どう考えても笠置駅まで歩いたほうが便利な様な気もしますが、奈良交通の路線バスもやってきます、平日は4本。RRCBの「大和高原 夏の早朝ラン」で毎回自販機休憩するお店まで登ってきました。
 このまま県道33号を走っても良いのですが、いつも西狭川口バス停を過ぎた辺りで安郷川の沿った道に入ります、木漏れ日が心地好いですが、舗装路とは云え路面状況は決して良くないです、一台の車に出合う事なく県道47号へ、県道752号を継いで再び県道33号に入ります。その後中ノ川でR369に合流し奈良市街へと下ります。
 川上町の信号でR369と別れ、住宅街の中を下って行くと正倉院の北側に出ますので、西側へ回り込むと大仏池へ、絵に描いた様な古都奈良の風景です。
 実は正直云って知らなかったのですよ京都の老舗JAZZBAR「ブルーノート」が3年前にならまちに移転していたなんで、しょっちゅう店の前を自転車で通り過ぎているのですがネェ(^_^;) まぁ同じ奈良県と云っても中和地域に暮らす人間にとって、仕事で関わりがないと飲み食いで奈良市へ行く事は殆どないのですよ、まして「まんま亭」なき今では。
 その「ならまちブルーノート」「Kyoto Music Channel」のイベント「大人の遠足!ジャズ喫茶へ行こう!」でkiki君がレコードコンサートの解説者として登場、6/30~7/1に野迫川村の昭和食堂でご一緒したA氏も来てくれました。
 残念ですが夕刻から予定があったので15時には失礼して一路上街道を南下して桜井へ、本日の走行46.1キロ。

ブログラまンキング・にほんブログ村へ←「日本ブログ村」ブログランキングに参加しています、応援のクリックをお願い致します。

「酒池肉輪会」笠置キャンプ(1日目)

 今日明日と9月の宮川に続いて自転車と日本酒を愛する集い「酒池肉林会」のキャンプです。当初は山添村の「カントリーパーク大川(おおこ)」の予定だったのですが、なにやら予約で一杯だとか、急遽「笠置キャンプ場」でと云う事になりました、来月23~25日にも笠置で大々的(^^)にキャンプするのですがネェ、まぁ皆さん集まって酒が飲めれば場所は何処でも良いのですが、なぉ私は日本酒が特に好きで造詣がある訳でもないのですが、まぁキャンプができれば良いと云う訳でして。「酒池肉輪会」のお約束は何か1本は提げて行くと云う事は、前回は地元桜井の「談山」、今回は西内酒造まで行っている時間がなかったので三輪の今西酒造の「三諸杉」を積んで行く事に、これにアルコールだけでも缶ビールと安物のワイン1本を積んで行くのですから自転車にとってエエ加減嵩張るな荷物です。(写真:setoさん&abiさん)
 怪しげな予報が続いていたのですが、どうにか快方に向う様でして直前の予報ではお正午には雨も止んで陽射しがある様な話。
 いつもなら笠置へ行く時は大和高原経由で柳生から下って行くのですが、山は雨が残りそうなので奈良経由で12時発の予定にしたのですが、間際になって色々不都合ができて、スタートしたのは13時、一路上街道を急ぎます。
 週末とあって観光客で混雑する奈良公園を抜けて奈良阪(写真左:元奈良少年刑務所)を越えます、最短コースの府県道44号奈良加茂線を走り恭仁(くに)大橋で木津川を渡ります(写真右)。井平尾への抜け道を走っていると、前から1台のランドナー、すれ違い様に声を掛けられたので誰かなと思っていると、面識はないのですがブログの読者で、天五さんのブログやYouTube時代から見て頂いていたそうです、西大寺の方で冨士オリンピックに乗っておられました。
 出来る事なら走りたくないR163をすっ飛ばして笠置大橋を渡ります、SetoさんのSNSへの書き込みで聞いてはいたのですが、この季節にキャンプ場は大賑わい、今や関西の冬キャンプのメッカになってしまいました、元はと云えばへろへろ輪のマッキーさとまるさんと今日も来ている細見団長がストーブを持ち込んでやりだしてのが始まりなんです。しかし来月は大丈夫かな、些か心配になってきました。
 既に私を除く5名が揃っていて酒宴が始まっています、なおじさんとVivvaさんがお休みなのが残念。
 今回はMossOutlandを積んできました、夏は暑いですが前室のあるのは重宝します。

 設営を済ませ、汗もかいていないので温泉は止めにして、さっそくアテのウインナをボイルしてビールから、もちろん持参してきたのは黒です。


  団長の持ち込んだストーブも準備万端、今回はペレット供給燃焼装置のテストも兼ねて。(写真:賢ちゃん)
 ショコラシェフは天ぷらの準備、自称漁業従事者の賢ちゃんの持ってきた烏賊は天ぷらに。他各自持ち寄りのメニューが次々と、私は前回好評だったギョーザ鍋だったのですが、ワインばかり飲んでいて写真がありません。
 そんなこんな夜は更けて行き、寒くなってきたらストーブで暑い位のタープへ潜り込んで宴は続きます。本日の走行40.7キロ。

ショコラさんのブログレポートです。

ブログラまンキング・にほんブログ村へ←「日本ブログ村」ブログランキングに参加しています、応援のクリックをお願い致します。

「酒池肉輪」キャンプツーリング(3日目)

 夜中の3時頃にフライを叩く雨の音で目が覚めます、今日は夕方までには桜井に帰らなくてはならない、それも高見峠を東側から越えるのを避けて、遠回りになる伊勢本街道経由で約100キロ、6時には出たい処なのですが。雨雲レーダーを見ると高見山(台高山地)の方から細かく雨雲が東へ流れてきて、断続的に雨が降ってくる様子ですが、今ここでどうこう考えても天気だけは仕方がありませんので、少し明るくなるまでもう一寝入りするしかありません。
続きを読む 「酒池肉輪」キャンプツーリング(3日目)

能登半島ツーリング(4日目)


珠洲市木ノ浦にて

 当初の予定の5泊6日が4泊5日になってしまった皺寄せが今日4日目にきていて、珠洲でサイドバッグ4つ分の荷物を宅急便にして身軽になるに予定にせよ、七尾までの約140キロを走らなくてはなりません。普通なら無理な話でもないのですが、この猛暑続きの毎日で日中はマトモに走れない事は、2日目と3日目で身にしみています。七尾での宿は未だ確保していないので、どうせ5日目は七尾駅0500の始発に乗って輪行で帰途に就くだけ、ならば暑い昼間はどこかで休んでおいて、ナイトランで七尾までの突っ走ると云う手もあるかなと考えながら休みについたのですが。
 朝暗いうちに輪島方面が向う車が何台も走って行く音で起こされたのですが、それまでは道路脇にしては静かに過ごす事ができました。まぁこんな場所であまりのんびりともしていられないので、6時までには撤収を済ませ、まずは木ノ浦へ向かう事に。
 木ノ浦へは堂ヶ埼のこの坂を登らなくてなりません、手前には「登坂距離 2000m 標高差 100m」と案内標識が立っていて、ご丁寧に「平均勾配5% 最大勾配11%」とまで記されていますが、実際11%の処は左カーブですから、イン側はそれ以上の激坂、4サイドには些か大変です。
 野営場のある方にはもう用がないのですが、せっかく登ってきたので浜の方へ下る事に、下った坂を再び登らなくてはならないのですが。 実はここは2015年の永作博美主演の映画「さいはてにて」のロケ地なのです。ロケで使われた小屋は残っていませんが、傍に「Cafe Cove」が営業しています。残念ながら開店の10時までは待ってられませんでしたが、写真を撮ったりしながら少しの時間を過ごしました。なお一昨日の皆月も1999年の映画「皆月」(主演 奥田瑛二 吉本多香美)だったのですが。
 しかし今回はせっかく重いカメラと三脚を積んで走っていながら「自撮り」は羽咋界隈で2回トライしただけ、なかなか良いポイントもなくはなかったのですが、強烈な陽射しの中、三脚を立ててタイマーをセットして行ったり来たりする気力は起こりませんでした、この場所も立ち止まりはしたものの、ガードレールがもう少し低く見えるか、無ければねネェ…
 海岸沿いに禄剛崎へは回らず、県道52号で小さな峠を越えて珠洲市街へショートカット、蛸島村道路元標の後、旧珠洲駅跡の道の駅「すずなり」へ、日陰で涼みながら今後の計画と荷物の整理を、不要になる荷物と輪行で必要なものや着替えをはっきりさせておきます。なおここには能登線時代のホームと上屋が保存されています。
 さてヤマト運輸の石川珠洲宅急便センターを訪れ、まずは羽咋から送っておいた輪行袋他を受けとりますが、肝心のクロネコボックス14は在庫がないとの事、12相当の箱ならあるのですが2個口になり、当然運送料金も高くなります。こんな事なら羽咋で処分した14の箱を輪行袋と一緒におくべきだったと。14ならすんなり入ったサイドバッグがすんなり入らず汗だくになって格闘する事に。
 とにかく重量で20キロ余り身軽になって近くの見付島を望む公園へ。内浦側もここ見付島とか恋路海岸といった景勝地はあるのですが、やはり外浦海岸に比べるとね。春なら富山湾を挟んだ対岸の立山の冠雪が望める日もあるかとは思うのですが。基本的に海岸寄りを走ってきたのですが、九十九湾前後はパスしてR249で宇出津(うしづ)へ越えます。17時前には宇出津駅跡の観光・地域交流センター「コンセールのと」へ、スタンプラリーのポイントにもなっています。2001年にはここで2泊目の宿を取ったのですが、古い街並みが小綺麗に整備されてしまった様です。
 ここ宇出津からのと鉄道の穴水駅までR249経由で約32キロ、海岸沿いの県道34号経由で約10キロ長くなるのですが、七尾行きの2051発最終乗車する事も可能です、七尾での今夜の宿を確保して穴水駅へ急ぐ事に。
 実際遠回りにはなるのですが、鵜川 から県道34号能登穴水線へ、2001年にも走っているのですが、旅自転車にお勧めのルートです。途中諸橋村道路元標兜村道路元標(写真左)を履修、写真右は当初ゲリキャン用に目を付けておいた「寄り道パーキングかなみ(鹿波)」、間近に能登島が見えます。
 陽もすっかり暮れた頃に県道34号から再びR249に戻りますが、土地勘がない上には暗いと道も判りにくくて、道を間違えたかと錯覚したり、穴水の街中も結構判り難くて焦ったりしましたが。どうにか20時過ぎには穴水駅に到着、早速輪行支度を、最終の七尾行きには余裕で乗れそうです。本日の走行99.1キロ。

プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目(総括)

ブログラまンキング・にほんブログ村へ←「日本ブログ村」ブログランキングに参加しています、応援のクリックをお願い致します。

能登半島ツーリング(3日目)

皆月青少年旅行村キャンプ場

 少し空が白み始めた頃に自然に目が覚めます、風が通って涼しいし、虫も少ないし、静かだし、最高のロケーション、皆月湾に輝く月明かりの美しかった事。ただ夜明け前に釣り客だかダイバーだかが駐車スペースとトイレのあるキャンプ場の入り口まで来てドアを開けたり閉めたりと煩かった事、まぁ此処へやってくるのは釣り客かダイバー位のものでしょうか、山を越えないと来れない帰れない何処へも行けない、しいて云えばサイクリストが一番来ないロケーションに違いないかと。
 さて今日の目的地は能登半島の先端禄剛崎の手前、木ノ浦野営場。輪島経由で60数キロの道のりなのですが、今日も変わらず猛暑の予報、昨日の事を考えると恐らく日中はまともに走れそうにありません。
 6時半には撤収を済ませ皆月を後にします、まずは県道266号で標高250m程の無名の峠を越え県道38号へ入り上大沢へ下ります。ここでは文化庁の重要文化的景観に選定されている「間垣集落」を見る事ができます。
 ここから輪島へと標高100mに満たないのですが海岸沿いにアップダウンの道が続きます。次の大沢漁港でも同じく「間垣集落」を見る事ができ、ここで鳳至郡の西保村道路元標を。ここは2015年のNHKの朝の連ドラ「まれ」のロケ地でもあります。
 大沢集落をでたのは9時半、外浦海岸を走る道の中でも上大沢からゾウゾウ鼻にかけてが絶景の連続、急坂が続く故に展望は素晴らしいのですが、どんどん上がる気温に木蔭の度に一息入れるばかりで前に進みません。皆月経由までは難しいとしても、門前から輪島へはR249を辿るより大沢経由の県道38号がお勧めです。
 17年前には金沢からここまで一気に走ってきているのですが、こんなに厳しかった印象はなかったのは、やはり暑さのせいでしょうか。
 12時半にようやく輪島の袖ヶ浜に到着、ここには無料のキャンプ場もあるのですが、最寄りが海水浴場だけに、この季節は旅人にはお勧めではありません。有名な輪島の朝市の通りもご覧の通り。
 少し暑さが和らいでから出発しようと腹をくくって市内の足湯「湯楽里」でのんびりする事に。輪島市街を離れると、能登半島を回って禄剛崎を回って内浦側の珠洲市街までコンビニはおろか、食料の調達が難しいので市内のスーパーで買い出しを、そんなこんなで輪島市街を離れたのは15時前、それでも西陽を背中に受けながら走るのは大変です。ところでここで大変なミスをした事に気が付きます、足湯でまったりしたり買い出しをしたりしていて輪島町道路元標に寄るのをすっかり忘れてしまっていたのです、「いしかわ里山里海サイクリングルート」のモバイルスタンプラリーはともかく、道路元標を通り過ぎてしまうとは。
 今や輪島の朝市とともに能登半島有数の観光スポットとなった白米(しろよね)千枚田、道の駅も相当な混雑です、昔はそうでもなかったのですが、確かに日本海をバッグにした棚田の風景は、日本初の「世界農業遺産」に指定されただけのものだとは思いますが。白米千枚田を出たのが16時半、輪島町道路元標を飛ばしたついでに内陸側に少し入らなければならない南志見村道路元標も輪島町と共に再訪する事にしてパス、18時前に曽々木海岸を通過、スタンプラリーのポイントにもなっている道の駅「すず塩田村」へ、反対方向から走ってきたクロスバイクの学生2人と一言二言、これから輪島の宿まで走るとか。もう時間的に木ノ浦野営場は無理として、ここでゲリキャンと云う手もあるのですが、今一つ気が進まないので、先へ進む事に。どうにか明るい内に西海村道路元標を、ここから能登半島の海岸線を巡る国道249号は山越えで内浦側へ越えるのですが、2014年に完成したバイパス大谷道路の巨大なループ橋を見上げる事ができます。
 19時、タイミングが良いと云うか「ゴジラ岩」の落日を拝む事ができました、今では全国各地に同様の「ゴジラ岩」があるのですが、ちょっとここのは可愛いと云うか、でも日本海に沈む夕日は格別です。
 「ゴジラ岩」を過ぎて暫くで山側におあつらえ向きのスペースとベンチが、道路から丸見えですが、今夜はここでゲリキャンと決定。本日の走行66.1キロ、皆月を出発して13時間余り、実際走っていた時間は僅か4時間半程なんです。

プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目(総括)

ブログラまンキング・にほんブログ村へ←「日本ブログ村」ブログランキングに参加しています、応援のクリックをお願い致します。

能登半島ツーリング(2日目)

千里浜(ちりはま)なぎさドライブウェイ

 5時半には宿を出発、今日は皆月の青少年旅行村キャンプ場を目指します、寄り道せずに走ったとして約70キロの距離、少し金沢側に戻る格好になりますが、車やバスでも走れる砂浜として有名な「千里浜なぎさドライブウェイ」へ寄って行く事にしました。2001年に並行する能登海浜自転車道を走っているのですが、自転車はちょっと無理だろうと思っていたのですが、ロードバイクでも走っている写真があるので、4サイドで挑戦を。なお「せんりはま」ではなくて「ちりはま」です。
  ペダルが重いものの結構走れるものです、タイヤが多少太い分ロードより有利かも。幾ら締まっているからと云ってスタンドの類は役に立ちません、一般道との接続部分で吹き溜まりになっている箇所が多いので要注意。
 自動車専用道の「のと里山海道」昔の能登有料道路に沿って能登海浜自転車道を北上、相変わらず路面状態はよくありません、暫く行くと昨日少し走った羽咋健民自転車道に合流します。

 羽咋健民自転車道となります、集落を縫ってローカル私鉄廃線跡ならではの面影が、ここに踏切があったのでしょうね。
 これだけ海岸に近い廃線跡も珍しいですよね、準備はしてきていますので「自撮り」にも挑戦。ただ重いカメラと三脚を積んできていながら「自撮り」に挑戦したのはこの日の朝だけ、連日の猛暑にせっかくのポイントがあっても戦意喪失。
 能登半島の西海岸、羽咋から門前を経て輪島へはR249(写真は赤神付近)が通じているのですが、ルートは険しい海岸寄りを避けて3ヶ所ばかり山側に入ります。その海よりの区間を県道36号志賀富来線と県道47号深谷中浜線が継いでいます。遠回りですが交通量が少なく志賀原発付近を除けば鄙びた道が続きます、且つ旧道や廃線跡の自転車道を加えて今回もそのルートを選びます。

 道路元標やスタンプラリーのチェックポイントを織り込みながら走っているのですが、猛暑の中10時を過ぎると走れたものではありません、道の駅で大休憩は勿論、自販機や木蔭のある度に休憩しているものですから前に進みません。旧門前町域の道の駅「赤神」に着いた頃には15時を回っていました。
 門前町のコンビニで最後の補給をして皆月に向います。ところでサイドバッグに小型のクーラーボックスを仕込んであります、最近はコンビニとかで凍らせたペット飲料が売られていますので、保冷材がわりにすれば夏の夕刻の数時間なら結構使えます、お陰で何もないキャンプ場とかでも設営後グビっと1本行けます。
 両側を断崖に挟まれた皆月湾へは山越えして行くしかありません、2本の県道が通じているのですが、一昨年「おさよトンネル」(706m)と云うルートが開通してずいぶん楽になっています、2001年は娑婆捨峠経由のルートを越えましたから標高300m近くまで登りましたが、このトンネルなら半分の150mで超える事ができました。
 18時過ぎに皆月に到着、キャンプ場は漁港の外れの30m程の高台にあります、1張テントが見えるのですが人影が見えません、7月の週末だと云うのにほぼ貸切状態、最果て感のあるロケーションは最高、なだらかな草地のサイトです、ちなみに料金は1人1張りで920円でした。
 走行98.7キロ、12時間もかかっていますが実際走っていた時間は6時間20分程、しかし疲れました。

プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目(総括)

ブログラまンキング・にほんブログ村へ←「日本ブログ村」ブログランキングに参加しています、応援のクリックをお願い致します。