古いネガから(1971年2月7日)

1971年当時の国鉄信楽線信楽駅、右に写っているバスは関西線加茂駅と結んでいた国鉄バスではないかと。


当時ももちろん’陶器の町’なのですが、今の様に観光化はされてはおらず、山間の小さな終着駅でした。


信楽駅構内


もちろん民営化前ですが、草津駅行き直通が走っていました。 あの忌まわしい列車衝突事故はJRの臨時列車が乗り入れていたもので、以来直通運転は無い。


キハ53 4、信楽線には33‰と云う急勾配があるせいでしょうか、2エンジンの当時新鋭のキハ53が投入されていました。


「古いネガから(1971年2月7日)」への3件のフィードバック

  1. 今回もジ?ン?と来ます。
     けど、私が仕事でこの付近まで来るようになったんは1980ごろやったと思いますが、駅舎や駅前の記憶がありません。
    自動車メインの移動で公衆電話以外に用事がなかったんでしょうか。
    ただ、覚えているのは加茂行き以外に伊賀上野かどこかへ行く三重交通が来てたように思います。
    当然その頃は小野峠は水口からのバイパスが無くcancanさんの鉄の写真にもある踏切への「七曲がり」の道を走ってました。
    今はすべて込みで甲賀市ですが。
     この関連した線区で言うと草津から柘植行きは関西では結構遅くまでSLが走ってたんと違いますか。

  2. 最近、道路元標と鉄ちゃんネタしか無いcancanです(^_^;)「小野峠」ねぇ、次回をお愉しみに(^_^)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です