8時半には岩村を後にします、朝の岩村の古い街並みは至って静かなものです。今日もお天気には恵まれそうです。
次の目的地明智へは小さな峠を2つ越える事になるのですが、実は現在は同じ恵那市となっている岩村町と明智町ですが、岩村は木曽川水系、明智は矢作川水系にあたり、国道を行くと2つ目のピーク(543m)が分水界になります。(写真右)
0930 明知鉄道の終点明智駅に到着、標高400m超の明智は今が満開です。
明智の町に入った処にあったコンビニで少し食料を調達しておいたのですが、明智駅の隣りにお洒落なカフェがありましたのでここでモーニングを、これで550円也。
食後、丁度下り列車が入ってくるのを待って明智駅を後にします。
光秀所縁の地だけに幾つか見所や大正村とかあるのですが、旧街道筋の明智西宮恵比寿神社(写真左)と逓信資料館(旧明智郵便局)だけ覗いて先に進みます。
国道363号と別れ県道11号豊田明智線へ、矢作川との合流点まで約250mのダウンヒルです。1044 岐阜愛知県境を越え愛知県豊田市へ入りますが、左岸側はまだ岐阜県です。2005年に豊田市になるまで東加茂郡旭町の役場があった小渡へ、毎年正月の「新春ラン」でお馴染みの「川澄屋」まで矢作川沿いに走れば後12キロ程の処まで来ているのですが。今回の一つのミッション道路元標の残る豊田市御蔵町へ行くために東側へ迂回する上に300m以上登り返さなければなりません。
これがとんでもない激坂でとても延陽伯号の手に負える坂ではありません 1キロ余りを押し上げる事に、登り切った豊田市太田町はまさに桃源郷。
愛知県東加茂郡に属していた阿摺(あすり)村道路元標、御蔵小学校への道沿いにあります。これで1183基目、愛知県には現存が確認されているもの116基の内3基が未収です。
毎年正月3日に「新春ラン」で渡る加茂橋まで下ってきました。その折には満員で入れない「川澄屋」でお昼にする事にします。
「新春ラン」の折は矢作川左岸の愛知県道355号島崎豊田線を広梅橋から遡ってくるのですが、左岸の県道11号を走る事にしますが、やはり車が多いのが、対岸に県道355号が見えています。
広梅橋を渡って名鉄三河広瀬駅跡へ、時折吹く風で桜吹雪が。
岩村から59.1キロ走って名鉄猿投駅に到着、今回のミッション終了。時間もあるのでのんびり輪行支度を済ませ知立経由で名古屋へ、近鉄で帰途に就くことにします。チューブを1から1 1/8に交換したのが功を奏したのか4日/223キロを無事に走り終えました。
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第29回 新春サイクルミーティング
大きなサイズの集合写真は「サイクリングの記録」(要認証)からダウンロードできます。
今年で29回目となる愛知県豊田市の「昭和の森」で行われる「新春サイクルミーティング」、名古屋を中心に活動している「サイクリストクラブ はづき」とカトーサイクルさん他の有志により開催される、いわゆる名古屋の「新春ラン」です、ドレスコードはマッドガードの付いた自転車である事。コロナ禍の渦中だった第26回を除き2008年の第13回から参加させて貰っていて、今年も例年同様UG兄さんのハイエースに便乗させて貰いますが、大阪からタックさん、Y本さんとResEditさん、奈良桜井から私が乗り込み「昭和の森」へと向かいます。天気は当初芳しくない予報で他の関西組の参加が微妙だったのですが、降っても午後3時頃からと云う事で、大ちゃん率いるゆるゆるCC一行とofはやまさん他も向かっている様です。
名阪国道から東名阪、伊勢湾岸、愛知環状と辿るのですが、気色が悪い程に空いていて2時間半足らずで到着、既に多くの人が集っており、中京圏の方々とご一緒する貴重な機会となっています。主催者側からのご挨拶と初参加の方の自己紹介。
参加費は無料なのですが、なんとくじ引きで景品を頂けます。なぜか欲のない処にお宝が来る様で、昨年はマビックの28Hチューブラーリム、今年は貴重品の報国の3/32チェンを引き当てたのですが、UG兄さんから「あんたには猫に小判やからタックさんにあげ」と、まぁ昨年のリム同様に私が持ってても仕方がないのですがね。(写真はご満悦?のタックさん)
そして集合写真の後、各自食事などを済ませて11時頃にはスタートすると云う流れです。今年の参加者は80名程とか、女性の参加者が例年より多い様です。
ところで走るコースは「昭和の森」と矢作川との間の丘陵地帯を巡る約25キロ程のコース、4ヶ所の休憩ポイントが設定されています。ここ10年コースの変更はなく、多くの参加者がコースを熟知しています。
レースではありませんので 1120 頃からぼちぼちと適当にスタート、「昭和の森」から小さな峠を越えて、県道350号北一色東広瀬線を矢作川に架かる広瀬橋まで下ります。
広瀬橋を渡ると2004年に一部が廃止された名鉄三河線の三河広瀬駅跡があり、ここが1つ目の休憩ポイント、駅舎やホーム、線路が残されています。名鉄と云ってもこの区間は非電化で晩年はレールバスが走っていました。
コースは矢作川左岸の県道355号島崎豊田線を遡るのですが、何人かが三河線の廃線跡に入って行きましたので、先回りして待ち構えますが、距離的にはショートカットしているものの、線路跡だけに結構待たされる事に。
矢作川左岸の県道を加茂橋まで遡り、矢作川を渡ってすぐの茶房宿「川澄屋」さんが2番目の休憩ポイント。
と云っても全員が入れる訳もなく、殆どの参加者が店の前でたむろするのが毎年の光景になっています。
「川澄屋」の後は通称K三峠(標高213m)を越える林道、これがなかなかの勾配で特にコンクリート舗装に変わってからの激坂、ちなみに推さずに登り切ったのは一度だけだった様な。
K三峠に到着、おのずとここが3つ目の休憩ポイントになります。
K三峠からの激下り。
4番目の休憩ポイントは名古屋グリーンCC北側の市道のピーク、「昭和の森」までもうすぐなのですが、心配していたお天気が、雨がパラパラと…
14時半には「昭和の森」に戻ってきました、所要時間は3時間以上掛かっていますが、実走行時間は1時間45分程、走行距離は26キロ程です。一応の解散の後に最近恒例になっている「カフェ・ハイエース」のオープンです、雨も通り過ぎた様ですので、お茶とお菓子で暫し歓談。帰りも渋滞に巻き込まれる事なく、無事に帰ってきました。
なお文中でKiyaさん、いぬいさん他の画像を利用させて貰っています。また集合写真を含む大きなサイズの画像を順次うちのHPの 「BICYCLE」→「CYCLING REPORTS」→ 「2024」とたどって下さい。なお認証が必要です、ログインは’2024’、パスワードは2024年版「CanCan謹製卓上カレンダー」の裏表紙右下の黄枠内の4桁の数字です、2023年の組み合わせも暫くの間は使用可能です。
第28回 新春サイクルミーティング③
3時間掛けて25キロ程を走るサイクリング、4回程の休憩を挟んで実際に走っていた時間は2時間にも満たないのですが無事に終了。主催者からのご挨拶と今年行われる行事の案内があって解散です。(写真 : タックさん)
ここ何年か恒例行事になっている関西組の「Cafe HiAce」の開店です。
16時前には「Cafe HiAce」もお開きとなり、5台のガード付き自転車が積み込まれます。
1603 5人5台を積んで奈良経由で大阪への帰途に、今年正月早々お付き合い頂いた皆様有難うございました、今年一年よろしくお願いします。
集合写真を含む大きなサイズの画像を順次うちのHPの「サイクリングの記録」にUPしています、タックさん他の写真を拝借しています。なお認証が必要です、ログインは’2023’、パスワードは2023年版「CanCan謹製卓上カレンダー」の裏表紙右下の黄枠内の4桁の数字です、3月頃までは2022年のログインとパスワードの組み合わせも使用可能です。なおスマホのSNSアプリ等からリンクをたどると401エラーが出る事があります、Crome等ブラウザで開いて下さい。
第28回 新春サイクルミーティング②
さてサイクリングの方ですが「昭和の森」を起点に25キロ程の周回コース、毎年の事ですし11時40分頃から思い思いに走り出します。(写真 : タックさん)
まずは東海自然歩道になっている小さな峠を越えます。標高差30m程の登りをこなして100m程のダウンヒル。(写真 : タックさん)
愛知県道350号北一色東広瀬線に出て、矢作川に架かる広梅橋まで更に下ります。(写真 : タックさん)
最初の休憩場所は矢作川を渡った処の三河広瀬駅跡、2004年に一部が廃止となった名鉄三河線の名残りです。(写真右上 : UG兄さん)
矢作川左岸の県道355号島崎豊田線を遡ります、対岸の県道11号豊田明智線がメインルートになっているので、こちらを通う車は少ないです。。
加茂橋を渡り再び矢作川右岸へ渡ると、次の休憩ポイント「川澄屋」前。(写真左 : タックさん)
全員どころか殆どの人が入る事ができないのですが… 店の前でウロウロするのが正月3日の恒例行事。
コース最大の難所である通称「K三峠」へ向かいます、今年は木に登る余裕がありませんでした。
意地でも登る人もいればあっさり諦めて推す人も、かく云う私も登りきった年もあったのですがネェ… 毎年降りるタイミングが早くなっています。(写真 : タックさん、乾さん)
距離は知れていますが、これだけの台数が走りますからmメカトラブルやパンクも。
最後の休憩ポイント、80数台のマッドガード付き自転車が並びます。(写真右 : タックさん)
この坂を登りきると「昭和の森」はすぐそこです。
15時過ぎには全員無事に「昭和の森」に戻ってきました。(つづく)
第28回 新春サイクルミーティング①
大きなサイズの集合写真は「サイクリングの記録」(要認証)からダウンロードできます。
今年で28回目となる名古屋の「新春サイクルミィーティング」、一昨年こそ緊急事態宣言で参加が叶いませんでしたが、2008年の第13回から参加させて貰っています。例年通りUG兄さんの車に便乗させて貰いますが、今年は大阪からタックさんとY本さん、奈良桜井から私と若手のエースきんなん君と5人5台がハイエースに乗り合わせ、愛知県豊田市の「昭和の森」へと向かいます。
桜井を7時にはスタートします、過去には雪で京都から新名神と大迂回した年もありましたが、快晴の中を名阪国道から東名阪~湾岸~東海環状と豊田藤岡ICまで、今では2時間半と早くなったものです。
早く着きすぎた感もありましたが、大阪から乾さん一行にofはやまさん一行、京都からはまえださん、ペンギンCCの飯田書記長、奈良からMikaさん、はるばる兵庫県龍野市から山ゆさんと到着してきて、今年は関西勢が非常に多いです。
10時頃から主催者側の挨拶と初参加の方の自己紹介、この集まりは名古屋の老舗「サイクリングクラブはづき」とカトーサイクルの親爺さん他が主催していて、マッドガード付きの自転車である事が参加条件となっています。続いて参加記念品の抽選、私は54番の「MAVICのCHAMPION DU MONDO DE L’HEUREの28Hリム」が当たったのですが、私には猫に小判、豚に真珠の代物、いつもお世話になっているUG兄さんにお譲りしました。
今回の参加者は80人程との事。そしてすみれちゃん「新春ラン」初登場です。しかし今回せっかくのお天気なのに常連のMt.なおじさんとプレラさんが欠席で女性が少ないのは寂しいですね。(写真 : タックさん)
さて記念の集合写真の撮影、今はオフィシャルのカメラマンはおつねさんが努めてくれています、お馴染みm-kojimaさんも三脚を立てているのですが、何やら巧く行かない様で中腰で待機している面々からブーイングが(笑)
サイクリングは12時頃からスタートしますので、それまでの間に各自思い思いに食事を済ませておきます。(つづく)
伊那路ツーリング 2日目
今日は長野、愛知、静岡3県に跨がる県道1号飯田富山佐久間線を走ります。長野県飯田市下久堅知久平(R256交点)を起点とし、下伊那郡泰阜村、阿南町、天龍村、愛知県北設楽郡豊根村(旧富山村)を経て静岡県浜松市天竜区佐久間町川上(静岡県道9号天竜東栄線交点)へ至る地方主要道で、飯田富山佐久間線としては1971年に長野県が、1972年に愛知県と静岡県で県道として認定され、1973年に3県での路線番号が「1号」として統一されました。3県に跨がる都府県道は決して珍しくないのですが(4県すら存在)、それが天竜川の険しい谷あいを縫って走る正に「険道」と云う路線が「1号」だと云う点がユニークで、道路マニアなら一度は訪れてみたい路線です。なぜ「1号」になったのかが良く判らないのですが、3県で統一しようとした時に「1」が共通の空番だった、そもそも国道1号が通る都県では混同を避ける為に県道1号を空番にしていたと云う説がある様な無い様な。そのあたりは3県の県告示を遡ってみると判るかも、道路元標と違って戦後の話ですからね。
さて実際の道路状況ですが、天竜川沿いと云っても天竜峡から温田(阿南町)にかけては川べりの道路はなく東側の泰阜村へ迂回する形で標高で300m程登らなくてはなりません、それもアップダウンが多くて獲得標高だとその倍以上に。愛知県へ入り旧富山村の中心部を過ぎると佐久間ダムまで幅員も小さくなる様で、崩落などにより復旧にまで何年もかかる通行止が度々起きていて、全線を通して走る事のできる機会もそう多くはないかも知れません、なお3県を跨いでの路線延長は約92キロ(重複区間を含む)。
6時半には飯田市街の宿を出発、この先県道1号沿い処か浜松市までコンビニの類いは皆無ですので、お昼の分程度までは市街で調達しておきます。R256を走り水神橋で天竜川を渡り少し登って県道1号への分岐へ。
県道1号に入るなり川近くまで下りと、無駄なアップダウンに先が思いやられます。昨日同様朝一の登りはどうも堪える様になりました、やはり歳ですね。しかし奈良を出発した一昨日の予報に反して天気は思わしくありません、長野県南部から静岡県にかけて夕方まで持ってくれるのか、微妙な按配です。
泰阜大橋、飯田市と泰阜(やすおか)村との境界(写真左)。県道64号天竜公園阿智線への分岐(写真右)。
泰阜村明島、ここが今日のピークかと思ったら、もう一度登り返しが、諏訪神社のあるここ(写真右 718m)が少し高い様で。
県道63号下条米川飯田線への分岐、県道1号より泰阜村役場を通る県道63号の方が幅員があります。「お山の停留所」で小休止、でも時刻表とかがありません。
泰阜村明島からの展望(写真左)。一度登り返しがあって泰阜村田本、飯田線の秘境駅田本への道、文字が消えかかった案内板がありますが、たまたま停まらなかったら気が付きません、wikiによると徒歩で20分掛かるとか(写真右)。
ようやく天竜川近くまで下ってきました、南宮大橋で右岸に渡ると阿南町、再び左岸に渡り天龍村となります。
平岡ダムでは咲き始めた桜が… 1121 平岡駅へ、天龍村の中心地で遠山郷への玄関口となるなので結構賑わっています、駅そのものは民間委託駅ですが、駅舎が温泉や宿泊施設になっていて食堂が開いていたので、ここでお昼にします。
1239 愛知県に、北設楽郡豊根村に入りますが、2005年11月まで「離島以外の市町村の中で最も人口が少ない村」として知られた富山(とみやま)村でした。
県道426号津具大嵐停車場線への分岐へ、橋で天竜川(佐久間ダム湖)を渡ると静岡県浜松市天竜区です。
1259 JR飯田線大嵐(おおぞれ)駅へ、立派な駅舎は1997年に東京駅をモデルに改築された豊根村の施設、旧富山村の最寄り駅で列車の時刻に合わせてバスがやってきます、ただ駅のまわりには何もありません。
さて県道1号を完走するどころか中部天竜駅まで行くにも微妙な時間になってきました。飯田線はここから佐久間ダム建設で付け替えられた区間で天竜川や県道1号と離れトンネルで水窪側に抜けてしまいますので、中部天竜駅までの30キロ近くを否が応でも走らなくてはなりません、桜井まで帰る事のできる最終(18きっぷと近鉄利用)は 1626発、 結構アップダウンのあるコースで輪行支度を考えると微妙と云えば微妙な時間です。休みがもう1日あるので後1泊して伊良湖まで走り伊勢湾フェリーと近鉄で帰るプランを考えてみたのですが、思った以上に距離があるのとお天気と豊橋前後の市街地走行がね。
佐久間ダムに近づくにつれてトンネルが増えてきます、富山を過ぎてからダムまで12本、最長は600m近くありますし、砕石場を過ぎるとダンプも頻繁にやってきます。写真は滝原トンネル(123m)。
1447 ようやく佐久間ダムに到着、天端道路を渡ると静岡県です。中部天竜駅までなら数キロ下るだけ、せっかくですので少し見学していても良かったのですが、ここまでハイペースできたので気が急いてしまってさっさと下ってしまいました。
1502 R473との三叉路へ、桜並木が満開です。この先県道1号はR473と静岡県道294号との重複区間を経て、飯田線で6駅先の東栄駅近くまで12キロ程あるのですが、何やら雲行きが怪しくなってきました、厳密には完走ではありませんが県道1号走破の目的はほぼ果たせたので残りの重複区間は宿題にして中部天竜駅に向かう事にします。
1507 中部天竜駅に到着、1626発の豊橋行きまで待ち時間1時間20分もあるではないですか、ロードなら1本前の1526発に乗れそうですが、マッドガード付きのヘッド抜き輪行ではそうも行きません。こんな事なら佐久間ダムでゆっくりしておくのだったと思いながら、輪行支度を始めたら案の定ぱらぱら雨が降り出してきました、まぁ時間を気にしながら輪行支度をするより結果良しと云う事で。本日の走行87.8キロ。
ところで以前中部天竜にあった「佐久間レールパーク」(関連記事)は「リニア鉄道館」への展示車両の移転を機に2009年11月に閉館してしまいました。
中部天竜1626→1824豊橋1831→1928名古屋とJRを2,640円分乗車、京都回りすると安く帰れなくもないのですが、日付が変わってしまうので名古屋から近鉄に、近鉄名古屋1949→2108伊勢中川2115→桜井2225、無事に桜井に帰投しました。
1日目 2日目
四国はやめて信州にします
暫く連休がとれなかったのですが、27日明けから3連休が取れる事が確実になったので、和歌山港まで紀の川沿いを自走しフェリーで徳島に渡って久しぶりに四国を走ろうかと企んでいたのですが…
なんと南海フェリー(左の写真は2018年3月)、原油高騰のあおりを食って、自転車を輪行袋に入れずにそのまま載せる場合は燃油調整金1,100円が加算されて、4,000円もかかる事に(さらに4/1からは4,200円だとか)、平常時は合計で3,000円未満だったのが… もちろん輪行袋に入れれば2,200円で乗れるのですが、ロードや小径車ならともかくキャンピングではね。海運業界も大変には違いないのでしょうが、自転車に対して燃油調整金の上乗せは、各社取ったり取らなかったりとまちまち、しかし南海フェリーの設定ははちょっと酷すぎ、暫く徳島は遠いです。しかし四国行きは2019年3月、2020年10月、2021年2月に続いて4回連続で中止と云う事に。
キャンプなら往路自走で紀伊半島縦断で南紀も考えてみたのですが、一度ケチが付くと気分的に準備が億劫になってきました。今シーズンの「18きっぷ」の旅は諦めていて、いまからヤフオクで落としている日にちもなかったのですが、たまたま25日に大阪へ出た折に金券ショップで残3回分を8,000円でゲット、キャンプではなく宿利用で往復輪行で信州へ向かう事に。1回分余っても日帰りで使うなり売るなりすれば良い事、ちなみに残2回分って6,900円とかなり割高でした。
さて走るプランだけは引き出しに一杯あります、今回は松本または塩尻スタートで旧塩尻峠を越えて未収の道路元標を拾いながら伊那路を飯田まで南下(青線)、2日目は伊勢神峠を越えて最近現存が確認された愛知県東加茂郡の阿摺村道路元標を経て名鉄猿投駅まで走る案と(緑線)、飯田から長野愛知静岡三県を跨ぐ県道1号飯田富山佐久間線を飯田線東栄駅まで走る案(茶線)を用意しました。お天気には恵まれそうですがただ何れも100キロ超ルートなのは…
最近は紙の地形図を持つ事もないのですが、2001年9月に秋葉街道を走った時の五万図「時又」「満島」「佐久間」がすんなり出てきたので持って出掛ける事にしました。
第27回 新春サイクルミーティング(後半)
川澄屋の後はコース最大の難所通称K三峠へ、いつもの撮影ポイント?へ登ります。(写真 : タックさん)
峠まで約1.7キロで130m程登らされます、緩急があるのですがその急の処がエゲつないんですよね18%あるとかないとか。男どもを尻目?になおじさんが頑張って登って行きましたけど、最後まで登れたのかな、ちなみに私はこの先のコンクリート舗装になった処から峠直前まで推しました。
K三峠、標高そのものは213m程ですから知れていると云えば知れているのですが。
かつて大阪市平野にあった田川サイクルのフォルテの揃い踏み、オーナーはブレラさんとタックさん、スマホの画像は在りし日の田川さん。
なにやら恒例行事と云うか儀式になってしまいました、踏まれる側にデローザのたきちゃんが加わり、踏む側になおじさんとなんとブレラさんまでが加わって、阿鼻叫喚の様相(^_^)
さてK三峠を出発です、北側も結構な激坂です。
M女史の分身の術。(Image Composite Editor で合成)
後を追っかけるのもなかなか大変。(写真 : 乾さん)
県道486号木瀬富田線まで下り名古屋グリーンカントリーの北側を越えます。
ピークが最後の休憩ポイントです。
県道350号を跨いで最後の登りで「昭和の森」の北側へ出たら、後は下るだけ。1437「昭和の森」に戻ってきました、所要時間は3時間以上掛かってますが、実走行時間は1時間40分程、走行距離は24.4キロ。
カトーの親爺さん最後の最後にパンク、どこからか「しまったパンクだ、カトーへ行こう!」と声が掛かります、私は知りませんでしたが昔自転車雑誌の広告にあったそうです。(資料画像 : 乾さん)
「昭和の森」に戻ってきてもあちこちで自転車談義が続いていますが、カトーさんからお開きの挨拶と佐橋さんから6月18~19日に愛知県北設楽郡東栄町で行われる「TOEI×東栄町Ride」のご案内が、TOEIオーナーでなくても参加できると云う事です。
お待たせしました2年ぶりのカフェHIACEのオープンです。(写真 : 乾さん) Image Composite Editor で合成
こちらでは怪しいブツが…
15時半過ぎには「昭和の森」を後に帰途に就きます。上り車線の渋滞を横目に快調に西へ、湾岸道から見える長島スパーランドが不思議な風景です。UG兄さんには桜井まで送って頂き18時には帰宅する事ができました、感謝。来年も皆さんと何事もなく参加できる事を願うばかりです。
集合写真を含む大きなサイズの画像をうちのHPの「サイクリングの記録」にUPしています、一部タックさん、乾さん他の写真を拝借しています。なお私の写真に関して参加された方は再利用して頂いて結構です、なお認証が必要です、ログインは’2022’、パスワードは2022年版「CanCan謹製卓上カレンダー」の裏表紙右下の黄枠内の4桁の数字です、2021年版の組み合わせも暫く使用可能です。なおスマホのSNSアプリ等からリンクをたどると401エラーが出る事がありますが、Crome等ブラウザで開いて下さい。
おつねさんの動画です。
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第27回 新春サイクルミーティング(前半)
愛知県豊田市「昭和の森」にて 鮮明な画像は「サイクリングの記録」(要認証)へ
今年で27回目を迎える名古屋の新春ランこと「新春サイクルミーティング」、昨年は緊急事態宣言で参加が叶いませんでしたが、2008年の第13回から参加させて貰っています。今年もUG兄さんの車に便乗させて貰う事になり、大阪へ出ている事もあって未明に八尾まで回航のつもりでしたが、近くまでピックアップに来て貰えるとの事で、お言葉に甘えて朝6時半に落ち合います。
大阪市内から近畿道~名阪~伊勢湾岸~東海環状経由、一回の休憩と現地での買出しを含めて約3時間、9時半には愛知県緑化センター「昭和の森」へ到着、既に多くの参加者が集まっています。関西からは乾さん一行がいますがまえださん一行の姿が見えません、暮れに怪我をされた様ですので些か心配です。
参加者は記帳を済ませてクジを貰って今年の初福を。私はなんとシビエのヘッドランプが当たったのですが、使い道がないと云うか自転車が生えると困るのでofはやまさんのグローブとトレード。(写真 : 乾さん)
主催は「サイクリストクラブはづき」と「カトーサイクル」の合同で、カトーの親爺さんのご挨拶。
今回の参加者は70名弱とか、最近は人数が多くなり初めて参加された方のみ自己紹介する様に、乾さんの車に便乗してきた出口さんと関根(タック)さんが初参加「ゆるゆるCC」が中京地区初進出です。女性の参加者はMt.なおじさんにM女史、へっぽこブレラさんと初参加の方1名の計4名。
集合写真を撮って貰って各自食事の後11時半には出発です、以前より少し早くなったのかな、と云っても人数が多いので先頭から最後尾まで十数分の開きがあります。(写真 : 乾さん)
「昭和の森」を後にしてまず東海自然歩道の標高170m程の小さな峠を越えます。
峠を越えると県道350号北一色東広瀬線まで2キロ弱の愉しいダウンヒル。
県道を矢作川べりまで更に下ります。
矢作川に架かる広梅橋を渡ります。
最初の休憩ポイントは2004年に廃止となった名鉄三河線の三河広瀬駅跡、今も旧駅舎やホーム、レールが残されています。廃止になった三河線の西中金~猿投間は晩年の20年程は非電化となりレールバスが走っていたのとか、見ておきたかったなぁ。(写真右 : 出口さん)
広梅橋の南側、以前は行き止まりだったのに2年見ない内に道路が出来ちゃってます。
三河広瀬駅跡から矢作川左岸に沿った県道355号島崎豊田線を上流の加茂橋まで遡ります、阿摺(あすり)ダム付近にて。
この先何か支障がありそうですが… でも愉しそうな「ゆるゆるCC」のお三方(写真右 : UG兄さん)。
路面凍結してますが、芸達者なデ・ローザのタキちゃん。(写真左: UG兄さん / 写真右 : 乾さん)
無事に加茂橋に到着、再び矢作川左岸に戻り「川澄屋」前へ、ここが2番目の休憩ポイントなのですが、とても全員が中に入れませんので店の前でたむろするのが恒例に。(後半へと続く)
「伊良湖へ」31.8キロでギブアップ
先週「東の海へ」で鳥羽まで走った時の思いつきで、伊勢湾フェリーで伊良湖へ渡り渥美半島を走る事にしたのですが… 2010年に一時存続の危機にあった伊勢湾フェリー、過去2001年と2008年に利用しています。2001年9月は2サイドで鳥羽まで自走し乗船、さらに伊良湖から浜松まで都合208.6キロを走り、翌日から秋葉街道を信州はみどり湖まで走っています、まぁまだ40代でしたからね。2008年12月には伊良湖~豊橋他62.9キロをKHSで走っています。その後「御前崎オフ」に自走しようかと企んだ事がありますが実現せず。あと2012年3月に今は今治「シクロの家」のスタッフの日本縦断中のむらまさ君を鳥羽港でお見送りした事があります。そんなこんなで今回は13年ぶり3回目の利用なんです。
伊良湖へ渡ってからの予定は未収の渥美郡泉村道路元標以外なんの予定もありません、7月末までの近鉄の優待乗車券が2枚あり、1泊も考えて勤務明けの今日出発にしたので、一旦帰宅後に準備をしておいたデモンタを担いで桜井駅 0937 の松阪行に乗車します。ただ西大寺駅での人身事故の影響とかで4分遅れ、伊勢中川での五十鈴川行への接続は僅か1分、それに乗り継げないと鳥羽FT 1210発への乗船ができなくなってしまいます。
幸い伊勢中川で五十鈴川行が待っていてくれたので無事に乗り継げ、鳥羽で賢島行普通へ。鳥羽駅からフェリーターミナルまで歩いて行けなくもないのですが、次の中之郷駅からだと乗り場は目の前公称?5分の距離です。志摩線の普通電車は見慣れないクリームと緑のツートン、もしやと思って調べたらやはり三重交通志摩線時代の塗装を50周年記念で復活させている様です。小学校の修学旅行が伊勢志摩だったのでその時代の車両をリアルで見ていて写真もあったはず、ただモノクロですし色も記憶にありませんが。当時はまだ近鉄山田線とも繋がっておらず狭軌1,067mm、750V時代の話です。
中之郷駅はエレベーターがなく無人化されてエスカレーターが停まっているとの情報で輪行袋を担いで昇り降りしなければならないのかと思っていたのですが、下りホームからそのままスロープを使って道路に出る事ができました。
伊勢湾フェリーは輪行袋に入れた状態ですと徒歩客として片道1,600円で乗船でき、自転車として車や単車と同様に乗船する場合は2,700円になります。徒歩客の乗船開始は出港15分前から、車両甲板への乗船はそれより先の様です。
南海フェリーとか利用するのは夜行便ばかりだったので昼間の船旅は久しぶり、伊良湖までの所要時間は55分、答志島と菅島の間を抜けて伊勢湾を横切り、右側に「潮騒」の舞台になった神島を間近に見るともう伊良湖です。概ね両港を同時刻に出港するので洋上で鳥羽行きとすれ違います(写真右)、
1305 伊良湖着、鳥羽は徒歩客用の乗船デッキがあるのですが、伊良湖側にはないので急で狭い階段を車両甲板まで降りなくてはなりません、輪行状態ですとこれが難儀です、ショルダーベルトを目一杯短くしておいても気を付けないと階段にぶつけてしまいます。下船後日陰を見つけて輪行支度を解きます、そこはデモンタですから早いです。ここは「太平洋岸自転車道」の一部となっている渥美サイクリングロード(愛知県道497号田原豊橋自転車道線)の終点になっているのですが、今回はそちらへは向かいません、標高差は100mに満たないのですがこのクソ暑いのに伊良湖岬まで登るのはね。とにかくR259に沿ってまずは泉村道路元標を目指します。
すぐにR259に入ってしまうのも面白くないので、暫く海岸沿いを行きます、伊良湖岬の右に見えているのは神島ですが、そこは三重県鳥羽市なんです。
現在では渥美半島の大部分が田原市となっていますが、旧渥美郡泉村道路元標へ、R259の泉郵便局近くの山側の旧道沿いにすぐ見つかりました、都合1,112基目、愛知県では現存を確認されているのは海部郡大治村との北設楽郡園村の2基を残すのみです。
さてこの後どうしたものか、福江町のスーパーマーケットで涼みながら作戦を練ります。昨夜はあまり眠れなかったのと走り出したのが13時半、判っていた事ですがこの暑さではテンションが上がりません。豊橋、名古屋経由で帰途に就くなら、伊勢湾フェリーを割引のある往復乗船して鳥羽へ戻った方が楽ちん、輪行状態なら往復2,880円、自転車なら4,860円になりますが事前に往復で買っておかなくてはならないのと、最終便は1740はちょっと今の季節早いですね。伊良湖へ戻るなら太平洋岸に出て自転車道で戻るのが良さそうですが。2001年に来た時は自転車道は不案内なよそ者には通して走れる様な状態ではなくR42に逃げてしまいましたが、最近は整備が進んでいるとか。
とにかく今回は豊橋鉄道の三河田原駅を目指すしかない様です。R259を走ると海側に松林のある旧道が残されている区間があったりして、車も殆ど入って来ないのでなかなか快適です。
16時過ぎには三河田原駅に到着、この先豊橋に向かっても車が多くなりますし、豊橋鉄道には乗車した事もないので、ここでお開きにする事にします、僅か31.8キロしか走っていないのですが、やはりこの季節に13時半スタートはあきまへん。しかしお洒落で立派な駅です、駅舎の東側に日陰を見つけて輪行支度を、デモンタですから楽は楽なんですが前後輪を連結するカップリングがなかなか上手くつながらないのですよね。黄色いベルトはオリジナルで、片側をループ状にしてあってサドルとトップチューブを縛ってハンドル側と締め付けます。なおサドルバッグをフロントに付け替えています。
ところで豊橋鉄道ではサイクルトレインが運行されています、100円払えばそのまま載せて貰えるのですが、新豊橋まで行っても、その先がありますんで。基本的に土日休日は終日、平日日中は利用できます、詳しくはこちら。
豊橋~名古屋は「18きっぷ」の機会にJRを利用する事が多いのですが、名鉄の方が安くて早いので今回は名鉄で、混雑する時間帯ですので頑張って先頭車両まで移動したのですが、怖いぐらいに飛ばしますね快速特急、東岡崎を出ると120km/hとは。ただ勝手の判らない名鉄名古屋駅でウロウロさせられましたが…
どうにか近鉄名古屋駅へ、やはりJRからの乗換えが楽です。話題の「ひのとり」にはもう2回も乗りましたし、大和八木から引き返すのも何なので、次のアーバンライナーに乗車し名張で急行に乗り継ぐ事に。2135 無事に桜井に帰投。31.8キロ/1時間41分走るのにフェリーを除いても6時間以上輪行していたのはね。
伊勢湾フェリーは事実上「太平洋岸自転車道」の一部になっていて、今回は平日とあってか他のサイクリストは見かけなかったですが、大阪を朝一に出て鳥羽 0930 出港に乗れば伊良湖で夕刻の最終便まで8時間は走ってられます、渥美半島も豊橋の方に行くだけ車が多くなりますし、伊良湖から渥美半島西半分位を周回するのがお勧めかと、1740の最終便も9月から10月ならサンセットクルーズが愉しめるかも、但し前方デッキは別途320円の要る特別室のみですけど。