「熊本県」カテゴリーアーカイブ

道路元標蒐集の旅(’12冬 3日目)

新八代0633発の鹿児島本線下り始発に乗車、次の八代で肥薩線0646発に乗り換え、球磨川の流れを眺めながら人吉に向かいます。 車両はキハ31の単行、JR四国のロングシートのキハ32、54に比べると快適です、輪行袋を置くスペースもありますし。

 

人吉駅で下車、球磨郡山江村へ、人吉市と合併する事もなく、今も現役の村です。






 

 

 

 

山江村道路元標は旧役場建物の横に健在、解説板も建っていますが、ここでも明治里程標との混同がある様です。 旧役場建物は「時代の駅むらやくば」と云う施設になっています。

 

 

 

人吉駅にもどり「いさぶろう・しんぺい」号で吉松へ、「いさぶろう・しんぺい」号は1日2往復の観光列車で、合わせても1日5往復しか走っていない人吉~吉松間ですから一般乗客のために自由席があります。 普通列車ですので「18きっぷ」でも乗車可能です。

 

 

観光シーズンは結構混みますが、この季節の平日、それに「18きっぷ」も今日が最終日とあって乗客もまばら、ガイト役の客室添乗員も手持無沙汰の様です。 

こちらが自由席、2両合わせて12席分程度。 

観光列車ですので、途中の大畑、矢岳、この真幸駅以外にも展望の良いところで停車しますのでのんびりしたもんです。 ちなみに人吉駅は熊本県、真幸駅は宮崎県、吉松駅は鹿児島県にあります。 

 

吉松駅にて特急「はやとの風」、「いさぶろう・しんぺい」と同様のキハ140,147使用ですが、曲りなりにもこちらは特急ですので座席はリクライニング。 

最初は都城経由か隼人経由で日豊本線に乗り換え大隅大川原駅から宮崎県北諸県郡の西岳村道路元標を目指す予定でしたが、吉都線の谷頭駅を下車して向う事に、ところが何を勘違いしてか、ひとつ手前の万ヶ塚駅で下車してしまいました。 まぁ走る距離はさして変わらなかったかも知れませんが。 全く土地勘のない地域をウロウロ走りながら西岳村道路元標へ。 帰途は下り基調の県道を都城へ、都城駅まで1.5キロ程、R10の沖水橋北詰へ出た処で後輪がパンク、都城1625乗車の予定ですから、チューブ交換して走って行くには十分な時間だったのですが、チューブ交換して空気を入れ始める段になって、サイドが大きく裂けている事に気が付きます、空気を入れ続けてもチューブが出てくる様な状態ですがら、もう走行には耐えません。 そうなると都城駅まで押してゆくとなると時間はかなり厳しい事に。  とにかく急ぎ足でKHSを推しながら駅へ向います、今夜宮崎泊で明日も少し走って夜の宮崎フェリーで帰阪の予定でしたが、406-35や37のタイヤが宮崎で入手できるアテもないので、明日走れないのならいっそ今夜のフェリーで帰阪するする方が得策です。 都城駅は北側に改札はありませんが、地下通路があるので一旦南側へ、幸い宮崎行きが1番ホームからだったので、どうにか1625発に乗車する事ができました。 宮崎1734着、宮崎港まで走って行く事もできませんので、輪行袋を担いだまま1750発の宮崎港行き宮崎交通バスに乗車。

宮崎フェリーにはマリンカード会員というのがあり、2000円の入会金を払えば20%の割引が受けられますが、誕生月と前後月の3ヶ月は50%割引2回分の割引券が送られてきます。 1等シングルが空いていたのでちょっと贅沢する事に、通常は20000円もしますが、半額ですので2等寝台との差額は3550円です。  

バストイレこそありませんが、輪行袋も入れられますし、けっこうゆったりしたスペースです、難を云えば窓がない事です。 1300円のバイキングと暗くて何も見えませんが展望風呂に入って一路大阪南港へ、なお北九州や別府航路と違い高知沖の外洋を行きますので、この季節は揺れる日もあります。

新八代0633~0636八代0646~0815人吉1008~1121吉松1153~1306万ヶ塚/都城1625~1734宮崎 3,640円分乗車

本日の走行 45.1キロ

4泊5日18切符輪行ツーリングの旅(4日目)

 今日は阿蘇内牧温泉を出発しR212で阿蘇外輪山を越え、日田から中津へ抜ける計画です。 阿蘇から大分方面へ抜けるなら、湯布院から別府と云う「やまなみ」ルートが定番でしょうが、今回は大分交通廃線跡の「メイプル耶馬サイクリングロード」を走ってみたいので、こちらのルートを選びました、約120キロの行程です。

 R212の外輪山を越える鞍部との標高差は約400m、車が増えて来る前に登りきってしまおうと、6時には出発する旨を伝えておいたのですが、ロビーに下りてみても玄関は施錠されたまま、電話で呼び出して開けて貰ってコンビニへ立ち寄って大観峰への登りへ取り付いたのは7時近くになってしまいました。 平日とあって通勤や仕事の車が時間とともに増えてきます。 結局は観光バスこそ来ないものの結構混む時間帯を走っていた様も気がしないでもないです。

 R212は日田市街に向かって南小国町、小国町と下りが続き9時過ぎには杖突温泉に。 対岸に観音岩温泉とやらが見えて24時間営業とありますが、この時間から温泉に浸かるのもと思っていたら、無料の足湯があるそうなので、少し休憩に寄ってみる事にします。

 足湯の奥には色々と趣向を凝らした個室浴槽が26もあって平日なら800円から2000円程度で入れる様です、でも一人じゃ勿体無いですので、タダの足湯でゆっくりさせて貰います。

 松原ダムの手前で少し登り返しがありますが、下り基調の道が続きます、ただ交通量は徐々に増えてきます。 途中から旧道とおぼしき<9>日田鹿本線に逃げ込み11時には日田駅前に到着。 駅前の観光案内所で案内を貰って、古い街並みが整備された豆田町を少し行き、食事でもしようかと思いつつ、自転車を押してでは、適当な処を見つけられずに、結局は街外れのコンビニで食料を補給して、日田を離れる事に。

 日田から中津にかけてもR212ですが、大型車を含めて交通量は少なくなく、奥耶馬トンネルで峠を越えています、旧道はマニアには有名な大石トンネルが南側に残っていますが、限りなく廃に近いトンネルに向かうより、北側を迂回する<720>日田山国線で伏木(ふしぎ)峠を越える事にします。 石畳の峠道も残っている様ですが、車道は高原状の伏木集落で400m程のピークで九州の分水を越えます。 伏木はキャンプ場があるものの、公民館の横に自販機が1台あるだけの何もない処ですが、このルートをとったおかげでのんびりとツーリング気分を満喫する事ができました。

 日田市と中津市の境は中津側に少し下った処にあり、さらに行くと右手にR212が見えてきて暫く平行に集落の中を走り合流しますが、すぐに反対側に旧道が繋がっており、日田から車に煩わされる事なく旧山国町へ入り、そのまま自転車道で中津まで行く事ができる、なかなかのお勧めルートです。

 山国からは「メイプル耶馬サイクリングロード」へ入ります。 1975年に廃止された大分交通耶馬溪線の廃線跡を利用したもので、私自身は乗った事はありませんが、廃止前の中津駅と思われる写真を撮っていたり、車両が和歌山の紀州鉄道に譲渡され最近まで現役で活躍していて、何度か乗る機会もありました。

 おすすめサイクリングロードの1位にもなったことがあるそうですが、耶馬溪の風景や、幾つものトンネル、近代土木遺産に選ばれている第二山国川橋梁と、見所も少なくないですが、全体の1/3は幹線道路の歩道部分だったりと、期待する程ものでは。 路面状態はロードでは少し辛いかも知れません、山国寄りには暗い上に落ち葉や枝が散乱し、濡れている区間もあります、ツーリング車には心地良い位の感触かも知れませんが。

 耶馬溪で有名な青の洞門、国道や自転車道の対岸にあたりますので、うっかりしていると通り過ぎてしまいます。
 後半、歩道と併用の自転車道と西日に少々参ってきますが、明るい内に大分中津駅前の東横インに到着、明朝18切符で帰途に就きますので、先に輪行準備と不要になる荷物を宅急便にする作業を済ませてしまう事にします。 東横イン大分中津駅前は訳ありシングルプランで3,480円の格安、訳ありと云ってもエレベ-タシャフトの隣で室数限定と云うだけ、私には全く気になりません。 ただ決済が現金のみと云うのに、フロントが一旦カード決済を受け付けてから、後から現金で精算し直してほしいと云う事に。 まぁ格安だったり宅急便の箱が幾つか常備してあったり、熊本駅前の事を思えば応対も良かったので良しと。

本日の走行121.5キロ

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4泊5日18切符輪行ツーリングの旅(3日目)

 今日の予定はゆうかファミリーロード(熊本山鹿自転車道)を走り、山鹿町道路元標を回って菊池渓谷から阿蘇外輪山へ登り、話題の通称「ラピュタの道」を下る約100キロの行程です。

 東横イン熊本駅前から見下ろす、新しくなった熊本駅と駅前ターミナル。

 

 

 熊本駅前から「ゆうかファミリーロード」の入り口へは2キロ程離れているので、あらかじめ市内の道順を頭に入れておかねばなりません、よそ者には決して判りやすいところではありませんが、段山橋東詰と云えば教えて貰えるような処だとは思います。  

 自転車道は井芹川と鹿児島本線を縫うように北上し、崇城大学の前辺りを除けばほぼ専用道ですが、時間的な事もあったのでしょうが、近所の人のジョギングコースや犬の散歩コースと云った雰囲気で、路面状態も決して良くない上に階段区間、鹿児島本線を見下ろすので鉄な方はよろしいかも。

 自転車道はJR植木駅の手前でスイッチバックするように、昭和40年に廃止された山鹿温泉鉄道の廃線跡に入りますので、これまでとは雰囲気が一変します。

 県道330号熊本山鹿自転車道線のヘキサもあったり、かつては踏み切りだっただろう一般道路との交差があったりと、廃線跡の雰囲気満点、そして元は駅のあった場所の幾つかが休憩所として整備されています。

 目的地の山鹿町道路元標へは行き過ぎですが、せっかくですので自転車道の終点まで行って見ます。 山鹿町道路元標の後、菊池市へ向かいますが、平野部とは云え50キロ余りを走って、まだ10時前とかなりハイペースで走ってしまいましたが、菊池市街で標高は100mにも届きませんから、この先阿蘇外輪山のミルクロードまで標高差で900m近く登らなくてはなりません。

 菊池市街を東に進むと一気に勾配がきつくなり、日田往還R387の交通量も結構あります。 前半調子に乗って飛ばしすぎたのが災いしたのか、昨日に続いて調子が崩れ始めてきた上に、リアガートのステーを取り付ける孔が開いて外れてしまいました、とにかう応急処置もかねて大休止です。 菊池市重見の廃校跡の公園、自販機やトイレがあり貴重な休憩ポイントです。

 菊池渓谷、R387から県道48号阿蘇公園菊池線へ入り、菊池渓谷を過ぎると徐々に車は少なくなります、菊池阿蘇スカイラインと名前がついているものの、阿蘇外輪山に登りつくまで展望はありません。 どうにも具合の良くないガードは、結局は手持ちの針金で固定してどうにかまともに走れる様に。

 結局は菊池渓谷からの標高差450m程を2時間以上かけてミルクロードにたどり着きますく、今にも降り出しそうな時もあっただけに展望は期待してなかったのですが、どうにか阿蘇山を確認できる位の視界が。

 ミルクロードを少し南下し、「ラピュタの道」の入り口に、ところが非情にも「全面通行止」の看板が、全面通行止で自転車すら通れなかった経験はそうはありませんが、標高500m近くを下って戻らなければならないなんて事になっては、この時間からでは笑い話にもなりませんが、とりあえず覗くだけは覗いてみようと少し下ってみる事にします。

 はるばるやってきました「ラピュタの道」、視界が今一つなのは残念ですが、目を見張る風景です。 ところで「全面通行止」にもかかわらず、軽自動車からトラックまで地元車とおぼしき車が何台も下りて行きます。 それらの車が一向に戻ってきませんので、「全面通行止」の看板は観光の車への牽制?

 撮影ポイントには事欠きませんし、時間をかけてのんびり下ります、いわゆる「ラップサイロ」と云うやつを乗せたトラックまでユッサユッサと下って行きます。

 下から見上げると… 結局は通行止となっていた箇所も判らず下りきってしまいました。 なお上2/3は日影も水場もないコースですので、炎天下に登られる時はそのつもりで。 

 

 

 今夜の宿は阿蘇内牧温泉の五岳ホテル、ライダー向けの宿泊コースも用意してホームページで案内している処なので、自転車の一人旅でも気軽に泊まれそうなので、ネットで予約しておきました、まぁ地方都市のちょっと古いビジネスホテルと云う感じでしょうか、2食付き入湯税混み5,900円、24時間入れる源泉かけ流しが売りの温泉もあります。

本日の走行101.5キロ

【950】 熊本県 鹿本郡 山鹿町 (現 山鹿市)

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道路元標蒐集の旅(2011九州篇 3日目)

 在来線の新八代駅前から100円均一料金の「みなバス」と云う名の市内循環バスに乗って八代市街へ。 八代駅は何度も来ていますが、市の中心部へ来るのは初めてです、思っていた以上に大きな町で、確かに熊本県第二の都市には違いないのですが。 休日の早朝とあって閑散としていますが、八代町道路元標は大きな商店街と八代城址大手門からの道の交差する処にあります。 この一等地にしっかり建っているのですが、最近まで知られてなかったのは、道路元標の認知度の低さを表している様です。  

 八代町道路元標の後、今日は「18きっぷ」最後の1日を利用して宮崎へ移動します。 肥薩線経由で吉松、都城とでるのを一応は最短ですが、「いさぶろう・しんぺい」を加えても5往復の矢岳越えを通るので1日掛かりです。 どうせならと未収の宮地町道路元標を拾って大分経由のコースをとる事に、しかしこちらも1日5往復の豊肥線宮地~豊後竹田間と3往復の日豊本線宗太郎越えを経由しなければなりません、宮崎着は22時半です。 八代、熊本と決して天気は良くなかったので阿蘇はもっと悪いかと思っていたのですが、阿蘇外輪山を越える立野は晴れています。 雄大なスイッチバックも健在です。  

 宮地町道路元標は菓舗「さとう」の前に、実は宮地へは2008年にも訪れて乗り継ぎ待ちの間に道路元標を探してみたのですが、その時は見つける事はできませんでした。 今は町史跡「宮地道路元標」として案内板にも記されています。 大分方面への乗り継ぎへはまだ時間がありますので、甘味処でもある菓舗「さとう」でぜんさいを頂く事に、時々雪まじりの雨の降ってくる中で暖かいせんざいは格別です。    

 駅への帰途に阿蘇神社がありますので、今年は初詣に行っていなかったので、ここでお参りさせて貰う事に、「今年も未知の道路元標にご縁があります様に…」

 宮地1310発豊後高田行きに乗車、阿蘇外輪山の坂の上トンネルを抜けると回りは雪景色、波野駅は標高754m九州で一番高い駅との案内標が立っている。 分水嶺を超えているのですが、次の滝水駅まで熊本県です。

 大分県道路元標、いわゆる大正道路元標と同様の様式で、裏面に「位置大分県大字大分一番地 東経一三一度三九分 北緯三三度一四分」とあります。 山梨県道路元標とともにこの大分県の県道路元標と云うのは、大正の道路法に依って建てられた市町村の道路元標とはある意味矛盾すると云うか根拠に欠ける点があるので、私としては番外と云う事にしました。 そうなると東京日本橋の日本国道路元標も番外となるかも知れないのですが。

新八代駅前~市役所前~八代駅前
八代0842~0927熊本0957~1034肥後大津1040~1145宮地1310~1353豊後高田1357~1624大分~佐伯1924~2056南延岡2101~2229宮崎 7040円分乗車

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道路元標蒐集の旅(2011九州篇 2日目)

 今日は午前中に伊万里周辺で駅から徒歩圏内、西松浦郡の3基の元標を回り、熊本県へ移動の計画。 まず唐津線と筑肥線で伊万里へ向かいます。
← 唐津駅、左は筑肥線の博多方面、JR九州ですが直流電化されています、4つの両開き扉だけが真っ赤なJR九州らしいカラーリングですが103系です。  

 松浦鉄道で里まで往復し東山代村道路元標をGETして伊万里駅へ戻りますが、休日の朝にしては人が多いなと思っていたら、今日は「新春古伊万里ロードレース」と云うマラソン大会が行われる様です。  

 牧嶋村道路元標の保存展示されている伊万里市歴史民族資料館へ向かうと、こちらでは消防出初め式が。

 伊万里駅はかつて国鉄筑肥線と松浦線の接続駅で、博多~佐世保のDC急行「平戸」とかも走っていたのですが、民営化後松浦線が松浦鉄道となった今、両線は完全に分断され、道路が貫通しています。
 再び松浦鉄道で大木駅まで往復し大山村道路元標をGET、三度伊万里駅に戻り、筑肥線経由で佐賀に戻ります。 佐賀駅で佐賀市在住の道路元標ウォチャーのそーつく氏にお目にかかり40分程の短い時間でしたが、お昼をご一緒しながら元標談義。 佐賀県下にはまだ未踏の道路元標を残しています、再びお目にかかれる事を願って熊本へ向かいます。

 熊本県に入り玉名駅周辺の元標を巡りますが、結構離れているので路線バスを利用して伊倉町道路元標まで、帰りもそう上手い具合にバスはありませんので、帰路は歩いて豊水村道路元標弥富村道路元標と巡りましたが、5~6キロは歩いた様な。

← 弥富村道路元標は42cmは常識外れの巨大サイズ。

20110109f.jpg今夜は東横イン新八代駅前店泊、通常料金4480円にメンバー日祝割引で3136円、ただ九州新幹線の駅として開業した新八代駅周辺は八代市街から離れている上に駅周辺に食事のできる処やコンビニすらありませんので、熊本で途中下車して補給後、新八代に向かいます。

佐賀0525~山本~0734伊万里0743~0750里0805~0811伊万里0945~0959大木1035~1047伊万里1105~1143山本1144~1240佐賀1320~1348鳥栖1355~1521玉名1748~1816熊本~新八代  5130円分乗車(JRのみ)

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