8月は走行703.3キロ、内訳はasuka 625.3キロ、démonta 43.4キロ、erba 34.6キロ、2021年累計5224.2キロ。
8月 2日 芋ヶ峠~東吉野~一谷峠~女寄峠
8月 5日 初瀬ダム~「ミモザガーデン」~満寿寺薬師堂~室生ダム
8月 8日 竹之内峠~柏原市役所~峠八幡神社~
8月24日 芋ヶ峠~津風呂湖畔~菟田野~室生ダム湖畔~
8月31日 曽爾高原へ
スタンプラリー
「モバイルグランフォンドin奈良・吉野」 15/24ポイント 47点
8月は走行703.3キロ、内訳はasuka 625.3キロ、démonta 43.4キロ、erba 34.6キロ、2021年累計5224.2キロ。
8月 2日 芋ヶ峠~東吉野~一谷峠~女寄峠
8月 5日 初瀬ダム~「ミモザガーデン」~満寿寺薬師堂~室生ダム
8月 8日 竹之内峠~柏原市役所~峠八幡神社~
8月24日 芋ヶ峠~津風呂湖畔~菟田野~室生ダム湖畔~
8月31日 曽爾高原へ
スタンプラリー
「モバイルグランフォンドin奈良・吉野」 15/24ポイント 47点
4月29日から開催されている「モバイルグランフォンド in 奈良・吉野」のスタンプラリーですが、24ヶ所のチェックポイント中14ヶ所は先月までに巡り残りは10ヶ所、ただ吉野山を除けば「遠回り通勤らいど」で回れる様な場所ではなく吉野郡の9ヶ所と宇陀郡の1ヶ所、加えて今月は天候不順と休みの巡り合わせが悪くて回れず仕舞いだったのですが、今日は天気にも恵まれおニューのフロントバッグをセットして宇陀郡曽爾村の曽爾高原へ向かう事にしました。
曽爾村への最短ルートはR165西峠で榛原へ、R369で大内峠、栂坂峠と云ういわゆる伊勢本街道なのですが、だらだらとした登りが延々と続き、交通量も多いのであまり好きなルートではありません。最近では2014年10月と2015年9月に向かっているのですが、いずれも一旦大和高原に取り付いて名張市赤目へ下り椿井峠を越えると云うなんとも遠回りなコースなんです。
結局今回もそのコースで向かう事に。初瀬ダムから旧都祁村へ、県道781号都祁名張線へ入ります。都祁名張線は「都祁山之道」と呼ばれ、東大寺二月堂の「お水取り」の松明を、赤目から奉納する道としても知られる歴史のある道です。途中南之庄の「三陵墓古墳群史跡公園」(写真)で小休止。2017年1月25日の写真
旧室生村域に入り、多田で今月5日にも立ち寄った「満寿寺薬師堂」へ寄り道して行きます、5日にはまだ蕾もなかった百日紅が咲いてくれていました。2016年8月19日の写真
染田、小原と山間の集落を縫って東へ、上笠間の集落を見下ろす辺り。2015年6月24日 上笠間にて
県道781号は三重との県境になる笠間峠を越えて赤目へ下りますが、今では深野経由の道が整備されている為にこの県道はかなり荒れてきています。なお古道の笠間峠は500m程南の集落内になります。
下るにつれ多少マシになるとは云え、ご覧の様にかなり荒れています。
殆ど林の中を下ってゆきますので視界はありませんが、半分以上下った頃に1ヶ所だけ東側に展望の開ける場所が、眼下には伊賀盆地の南端になる赤目の集落が、背後は青山高原から布引山地になります。
県道とは云え集落の中の狭い道を縫って国道165号線坂ノ下交差点へ、正に坂の下の交差点です。近鉄赤目口駅へ立ち寄り小休止、あの赤目四十八滝の最寄り駅ですが、観光客の姿もなく閑散としています。
三重県名張市になる赤目から曽爾村へは県道784号赤目掛線が通じていて、椿井峠(747m)を越えるのですが、手前に鬼や坂(570m)と云う峠があって(写真左)、赤目側からだと鬼や坂までに方が厳しいです、ただずっと林間ですので多少は快適です。鬼や坂を越えて少し下れば「出合茶屋」があって赤目四十八滝の上流側の入り口になります。営業はしていませんし自動販売機などもありません、テーブルとかはきれいですので「コロナ禍」の今はともかく行楽期の休日は営業していたのでしょうかね、昔は三重交通の路線バスもあったのですが。なお携帯はdocomoすら圏外です。
県道は再び奈良県へ、10キロ程の三重県への越境でした。県境付近から椿井峠への登りが始まります。「椿井峠への道」2015年9月29日撮影
1324 椿井峠に到着、桜井をスタートしたの7時前、あちこち寄り道したとは云え結構時間を食ってしまいました。
椿井峠の向こう側は結構な激坂で、約4キロで280m程下ります。下るにつれ左側に兜岳が見えてきます。
青蓮川沿いの県道81号名張曽爾線まで下ると、稲刈りを始めている処が、南紀古座川あたりではお盆明けには始まるのですが、幾らなんでも早いですよね。
県道81号を名張方面に少し下りますと今度は鎧岳が正面に見えてきて、太良路まで下ります。ここから曽爾高原へ取り付く道は2つ程ありますが、北側の橋を渡り北側へ回り込む道の方が木陰もあって斜度も多少楽です。 スタンプラリーのチェックポイントは「曽爾高原ファームガーデン直売所」にあり、曽爾高原へは更に標高で200mばかり登らなくてはなりません、2014年は御杖村側に越えて帰途に就いたのですが、既に15時前と時間も押してきたので、曽爾高原は見上げただけで、ここから引き返す事にします。2014年10月24日 曽爾高原での写真
再び県道81号へ下ります、宇陀郡の曽爾村道路元標は曽爾村役場敷地内にありますので、健在である事の確認に。掛の交差点まで南下し」国道369号に入ります。桜井まで30キロ程の道のり、途中栂坂バイパスの3本のトンネルを抜ければ2時間程で暗くなるまでには帰る事ができます。栂坂(1,827m)、石楠花(430m)、弁財天(旧開路)(922.9m)、3本合わせると3キロを超えますが、旧道の栂坂峠と大内峠を越えているとさすがに陽が暮れそうです。前灯2基、尾灯2基の装備はありますが。
伊勢本街道はほぼ国道369号に沿っていますが、栂坂バイパス部分では約1~2キロ程北寄の室生黒岩を経由するルートをとっています。現在の曽爾村山粕は昭和29年まで室生村だったのです、その経緯から室生村道路元標は山粕郵便局前に保存されています。山粕への入り口で自販機休憩の後、バイパスの北側に旧道と旧々道が錯綜していて、その郵便局の先に出てしまいました、後から考えれば引き返せば良かったのですが、トンネルに向かって先を急ぐ事に。ただアクシデントで記憶はそこまでなんです… (つづく)
一昨日からの暑さ、二度目の夏がやってきたと云う感じ、お盆の長雨でクーラーが要らない位に涼しかっただけに、この暑さは調子が狂いますよね、8月も終わりとあってさすがに朝夕は少しはマシな気もしなくもないのですが。今日の「遠回り通勤らいど」は幾つか用事がありますので、猛暑の国中(くんなか)を巡る事に。
まずは献血に奈良県庁に向かいますが、橿原市の勤務先からできるだけ車の少ない道を走って行こうと中ッ道と布留(ふる)川南流沿いの自転車道と上ッ道を継いで行きます。
中ッ道は奈良盆地を南北に結ぶ古代官道の一つですが、上ッ道と下ッ道がそれぞれ上街道、中街道として近世以後も残るものの、中ッ道は平安時代以降には失われてしまった様で、大和川以南では道筋を辿る事は難しくなっています。天理市武蔵町、これより県道51号天理環状線と重なります(写真左)。同じく九条町の「野神さん」(写真右)。
中ッ道だったと思われるルートを北上すると山邊御縣坐神社(やまのべみあがたにいますじんじゃ)、前裁駅を経て奈良市北之庄からJR奈良駅付近と繋がりますが、交通量も増えてくるので布留川南流沿いを走り天理市街へ向かいます。天理ダムのある布留川は天理市守目堂で北流と南流に別れ、それぞれ別々に大和川に流れ込んでいます。布留川南流堤は一部が自転車道として整備されています(写真左)。川べりを走りJR桜井線のガードをくぐると天理駅の前身の丹波市、現在の天理駅東側の道に出ます(写真左)。
天理市街を適当に走りお馴染みの上ッ道へ、帯解寺の前を走り猿沢池まで旧街道の趣を残す道です。
10時20分には県庁東交差点へ、27キロを1時間半程で走ってきました、信号が数える程ですからね。献血にわざわざ奈良県庁までくる事もないのですが、ボランティア依存の献血事業に憤りがあるので、わざわざ粗品の多い巡回バスの来る処へ向かいます。しかし何故県庁会場だけ粗品が多いの? 炎天下に自転車で献血に来てますので、自身の安全のために冷房の良く効いたロビーでゆっくり休憩させて貰いますね。
2つ目のミッションは自転車工房「Delft」へオーダーしているフロントバッグ、そろそろ出来上がるのですが、私の作ったプロトタイプとかも持って帰っておきたいし、今日は献血の粗品のボックスティッシュを入れるためにサイドバッグを付けてきましたので、県庁から「Delft」のある西大寺へと向かう事に、ほぼ奈良県道104号谷田奈良線一本、30分足らずで到着。
店に着いてみると、既にフロントバッグは完成、24日にはメールを頂いていたとの事、どうも最近スパムメールが多くて見落としていた様です。と云う訳でプロトタイプと往きに付けていたフロントバッグをサイドバッグに押し込み、おニューのバッグをケーブルタイでハンドルに仮止めして帰途に就きます。なお新しいフロントバッグについては改めまして詳しくご報告をば。
近鉄尼ヶ辻駅の東側から秋篠川沿いの京奈和自転車道(奈良県道266号奈良西の京斑鳩自転車道線)を南下、3つ目のミッションは佐保川沿いの京奈和自転車道(奈良県道280号大和青垣吉野川自転車道線)の郡界橋から大師橋と稗田橋の間の工事が7月30日に終わっているはずですので、佐保川と地蔵院川の導流堤上の自転車道をLC360CAMで動画撮影しようと準備してきたのですが、なんと工事期間が来年1月31日までになっているではありませんか「京奈和自転車道 全線開通って何なんよ」って話です。
大和川を渡り東へ、天神橋から今度は下ッ道(中街道)へ入り南下します。写真は天理市庵治町の地蔵尊、鎮守の森が涼しげで腰を下ろせる石もあります。
4つ目のミッションは… 今年の夏になっていわゆるかき氷は7月の「東の海へ 2021」の「赤福氷」だけしか戴いてません「4Season」も「おごぽご」も「よしの舎」もまだと云う事で、少し遠回りして「4Season」の話題の「ほうじ茶ミルク」を戴きに走ります。本日の走行67.3キロ。
お盆の長雨もようやく終わった様でして、久しぶりに顰蹙の「遠回り通勤らいど」に出掛けられる事に。ここ暫くゆっくり仮眠ができていたのですが、好事魔多しとはこの事 0112 ピッチが鳴って叩き起こされる事に、朝もPCR検査絡みで申し送り事項が多くていつもより遅いスタートで、栢森の芋ヶ峠への入り口に来たのは10時前。奈良県も感染者が200人に迫る勢い、いよいよ隣府県の話ではなくなってきました。(PS : 案の定今日24日は223人に)
連日の雨で芋ヶ峠の明日香側はびちょびちょ、川のようになっていたり、苔で滑りやすくなっていたり、それでも何人かのローディが登ってきます、トレランの人も数人降りてくるし、平日にしては今日の芋ヶ峠は賑やかです。長雨続きで身体を持て余していた人が一斉に出てきた様です。芋ヶ峠で夜食の残りのパンをかじって下る事にします、珍しくランドナーが一台登ってきましたね。
1108 「みかえり橋」こと平尾吊り橋へ、今日はギンタローさんの動画に刺激を受けて埃を被っていたLG360CAMを持ってきたのですが、バッテリが… とり急ぎモバイルバッテリで吊り橋を渡る分だけでもと充電を。なお動画は編集に手間暇掛かりますんで、結果次第で後日。
一車線の津風呂湖畔の対岸路へも結構車が入ってきています、釣り客は来てしまえばあまりウロウロしないので、平日は殆ど車とすれ違う事はないのですがネェ、最近の車は極端に静かですし、ブラインドカーブが多いので要注意です。
さて入野まで来て、この先どうしたものか、お天気は大丈夫ですが、この時間から東吉野を回るのも大変ですし、R370を北上する事にします。三茶屋から小名方面へ入るかこのまま関戸峠へ向かうか。そう云えばこの日曜にUG兄さんが走っていた県道135号宇太三茶屋線へ入る事に、三田へ行ったパンの「のら」があった頃には時々通ったのですが、久しぶりのルートです。のどかな里山の田園風景、穂を付けだした稲が夏の緑から色を変えつつあります。
お昼も回ってお腹も空いてきたので「おごぽご」へ寄って帰ろうかと思ったのですが、今日は定休日の火曜、では菟田野の「カエデの郷ひらら」へ向かうと、食事の提供時間は終了との事。結局手持ちの羊羹を虫養いに走る事に。ここも久しぶりの県道218号内牧菟田野線でR369へ、せっかくですので桧牧から室生ダム湖へ。
龍鎮渓谷の入り口まで往復し、LG360CAMを回しながら赤人橋から濡れ地蔵へ出て、素直にR165西峠で帰途に就きました。本日の走行84.7キロ。
ほんといつまで続くねんってお天気ですね。一応予報では来週水曜から晴れる予報なんですが。なんか梅雨末期の集中豪雨の様にお盆の長雨が定着したり、もう気候変動としか…
13.14日に続いて17日も休足日になったので、昨日も出勤時に晴れたりパラついたりのおかしな天気の下を栢森まで往復。
とそこまでは良かったのですが、いつもなら県道を祝戸まで下り飛鳥川と冬野川の合流する処の橋で飛鳥葛城自転車道に入るのですが、何を考えてかマラ石から自転車道にショートカットする道へ、タイル張りで今日みたいにウェットな路面でなくても滑りやすいので下りでは滅多に使わないルート、見事にスリップして転倒してしまいました。殆ど停まった状態で自転車だけ転かした形っだったですが、左膝と右ふくらはぎをチェーンリングで切ってしまい出血、判ってて突っ込んでるんやから様はないです。出勤後処置室に直行。
ところで転倒した時にボトルが飛んでったみたいで、ペットボトルに100均のカバーですが、もうこのお気に入りのカラーが最近見かけなくなったので、今朝雨の止み間に探しに向かいます。
幸い何故かボトルとカバーが別々に落ちていましたが、無事に発見。しかし濡れてると滑っても当然って坂です。ちなみに写真手前の橋から自転車道です。
asuka号の方はハンドルやらブレーキレバーやらサドルがあっち向いてしまった位ですが、最近巻きなおしたばかりのバーテープが破れてしまっています、テープで引っ付いていますが、解けてきそうなので、同じものの手持ちもあるので片側だけ巻き直す事にします。
2008年6月に買ったPanasonicのLet’sNote CF-R7CW5AJR、埃をかぶっていた時期もありましたがメモリーを2G(悲しいかなこれが上限)に、Windows7(32bit版)にして、今の職場に持ち込んでローテーション作成とかに使ってます。まぁ13年前のマシンでもExcel365位なら問題なく使えてますが、最近ディスク容量(80Gbyte)の不足が限界にきたかして極端に重くなってきました。SSD化とか今更追加投資するマシンでもありませんが、最近では数百G程度の容量ならかなり安い事を知り、SSD化に着手する事にしました。
モデムポートにPCカードスロット、購入時はWindows VistaモデルをXPにダウングレードして使ってました、時代を感じさせますね(^_^)
一般的にSSDは2.5吋ハードディスクより厚みが2mm薄くなりますのでスペーサーが必要となります。他にデータをコピーする為にSSDを内蔵できるUSB/IFの外付けケースや、この世代のLet’Note ではバラすとCPUの放熱板用にシリコングリスが必要になります。その辺りデスクトップPCを自作している人には難しい話でもないのですが、ノートPCには色々と課題が、幸いLet`sNoteは長い実績があるだけに分解に関する情報が豊富で助かります。特に「分解工房」のこの記事が役にたちました、「おいおい長さ違いでネジが6種類もあるんかい」とか覚悟ができます。
用意したSSDはADATAの ASU650SS-240GT-REC(240GByte)、軽量化マニアでもないので43g軽くなった処で嬉しくもないのですが、速度以外に発熱、消費電力、知れていますが騒音など、昨今の低価格化でSSD化のメリットは大きいです、まぁ寿命だけは気になる処ですが。
キーボードを外し、上面のパネルを外すと、ディスクへアクセスできます。ピンセットや分解用のヘラとかデスクトップとは違う小道具が必須になってきます。
フレキ基板状のフラットケーブルを慎重に外します。ディスクそのものはネジ等で固定される事なく、導電性素材の封筒状のケースに入って筐体に収まっていますが、やはりスペーサーがないとぐらつきますね。
一般的にはSSDメーカーが提供しているツールを使って、分解前に内蔵ディスクの内容をUSB接続した外付けSSDに丸コピーするのですが、私の場合はこの手のツールがあるので、分解後にハ-ドディスクをSSDにまるまるコピーします、時間は80Gで30分少々、YouTubeでも観ながら待ちます。但しこの方法ですと完全な丸コピーですから、組み込み後パーテーションを80G→240Gに拡張してやる必要があります、今はその手のツールも無償版がありますね。
忘れてはならないのは、上面のパネルにCPUの放熱板が組み込まれているので、接続面のシリコングリスを塗り直しておく事、10年以上使いっぱなしのマシンですから、剥がしてしまうとグリスは乾いてポロポロと剥がれ落ちます、綺麗に拭き取ってから塗りなおします。この作業を横着すると最悪CPUを死なせてしまう事になります。
丁寧に組み立て直し、電源を入れれば無事に起動、感動ものの「早さ」です、先のパーテション拡張さえ済ませば一件落着。動画編集とかする訳でもないので、Windows10化は無理としても10年前のマシンでもまだまだ使えます。まぁうちのデスクトップ群まだWindows7が主力ですし、最速がLGA1156マシンですからね。
せっかく取ってあった連休も雨続きでどうしようもありません、もとより自転車以外の足もありませんしね、自転車通勤をしてる限り全く走らない日が2日続くなんて滅多にない事です。ところでお盆休みとはあまり縁のない仕事を続けてきたので「毎年お盆休みは…」なんて事もないのですが、8月13~14日に絞って振り返ってみました。
2020年 昨年の夏と云えば「コロナ禍」第1波と第2波の間、GOTOトラベルが実施されていて、18きっぷの夏のシーズンとあって便乗して「まずは北陸へ」、実は直前の11日にasuka号が逆突事故に遭って戦列を離脱、デモン太とerba号で往復輪行ツーリングを何度か企てる事になった夏でした。
2017年 H夫妻が野迫川村の「アドベンチャーランド」でキャンプすると云うので便乗して往復自走を企て、九度山でvivvaさんと合流、高野辻(写真)でD女史と合流します。ただ翌14日夜が出勤でしたので、天狗木峠まで運んで貰い帰途に、しかし8月の野迫川村は避暑には最高です。
2016年 8月11日の「奥千丈林道サイク Part2」と12~13日に行われた「十津川~龍神キャンプツーリング」の連チャン。十津川村「昴の郷」から酷道で知られるR425牛廻越を越えて旧龍神村の「丹生ヤマセミの郷」へ、帰りは阪泰林道を越えてR311~R168経由で戻るキャンプツーリング。タモさん、ギンタロウさん、あびさん、なおじさん、ヤマタンさん、エビさん、vivvaさんと私、自走ではありませんが賢ちゃんと9さんが加わった超豪華メンバー。
2014年 この頃はリハビリで毎日の様に明日香村栢森へのポタリングばかり。この年芋ヶ峠は吉野側に下った処で通行止が続いてました、自転車では通れたのですがね。ちなみに8月17日に淡路島の多賀村道路元標で道路元標1,000基達成しています。
2011年8月14日 2週連続で「月うさぎ」へ行ってますね、珍しく大峠経由で。
2010年8月14日 鉄人児玉さんと9さんとで東吉野村谷尻の頃の「月うさぎ」に初めて伺ったのがこの日です。「やっぱり東吉野は涼しい…」
2009年 8月12日から15日にかけて「丹生ヤマセミの郷キャンプツーリング 」3泊4日で旧龍神村の「丹生ヤマセミの郷」へ。R168を南へ、十津川村から雨の引牛越を、現地ではakutaさん、山内さん、Liberty(麦藁)さんと合流、夜にはUG兄さんが車でですが差し入れを持ってやってきてくれました。
2008年 8月13日から14日にかけての「丸山千枚田サイク」、面子はD女史、Nちゃん、T御大と私の4人、ところが車に4人4台は載せられません、と云う訳でT御大と私の何れかが走っていなけらばならないと云う何ともカーサイクリング、往路は私が伯母峰を越えるまでと下北山村の一部、復路そこは国体チャンプのT御大が一人で橿原まで走って帰った云う顛末、なお下北山村で道路元標500基目を達成しています。
2007年 8月14日「お馴染み東吉野サイク」、面子は鉄人児玉さん、「よろづ」のmillionさん、T御大、dendenさんと私の5名。「投石の滝」でドボンしていたとは今だから云える話。
2006年 8月13日「大和高原早朝ラン」、skuram翁がD女史に作ったスポルティーフのお披露目ランだったのですが、これが「大和高原夏の早朝ラン」のルーツだったのかも。
2002年 少し日にちがずれますが8月10日から11日、十津川村からヤマタンさんと牛廻越で「丹生ヤマセミの郷」へ、遅れて十津川村から引牛越を越えてきたUG兄さんと近藤さんと合流し、翌日阪泰林道~逢坂峠~小広峠~果無越で十津川へ戻りました、写真は近露を見下ろす辺り。
2001年 8月14日から19日に5泊6日で紀伊半島キャンプツーリングに出掛けています、写真は樺の木峠への途中。
2000年 8月14日から18日は4泊5日で紀伊半島キャンプツーリング、1日目の14日は旧桃山町紀の川市)の細野まで走りskuram翁と合流し旧美山村猪谷でキャンプ。写真は天空の里天野への途中。
1999年 8月14日、急遽決まったツーリングで南紀へ、左から乾さん、私、ヤマタンさん、撮影skuram翁、那智勝浦町田垣内篭にて。
1998年 8月11日から19日まで、なんと8泊9日の紀伊半島キャンプツーリングの途中、13日は「丹生ヤマセミの郷キャンプ場」(当時は丹生川キャンプ場と云ってた様な記憶)から旧大塔村(和歌山県西牟婁郡)の百間山キャンプ場まで走っています。アナログ時代なんで画像がすぐには出てきませんし、走行記録が残っているのもここまで。
23年を振り返ってみたのですが、1998年、2001年、2002年、2009年、2016年に旧龍神村の「丹生ヤマセミの郷キャンプ場」に行っているのですね、偶然にも7年間隔で8月に、と云う事は次は2023年、「コロナ禍」が収束して生きのびていたら皆んなで行きませんか。
世間の多くの人はお盆休みに突入、と云っても世間の休みとは関係のない職場なのですが。12日から14日はBさんの企画に乗っかって13日と14日に休みを取ってあったのですが、先週の台風で早々に中止が決定、週間予報と重ね合わせると、どうしようもないですね今年のお盆は。そして予報サイトに拠っては15日以降の天気も怪しい様な。
さて時間もできましたし、この機会に懸案だったノートPCのディスクのSSD化をしてやろうと、240GByteのSSDをポチりました、今ではこの容量なら3,722円也、安いモンですね。元々80GByteしかディスク容量のない13年前のVistaモデルですからこれで充分。元来ノートPCは好きではないので埃を被っていた次期もあったのですが、今の職場に持ち込んでローテーションの作成とか使ったりしているのです。Windows7化する際にメモリも2GByteに、バッテリはずっとフル充電しないモードで使ってきましたので、まだどうにか使えています、スマホやタブレットで大概の事ができてしまう今ではノートPCを外で使う必要性も少なくなりましたからね。ただ最近になってディスク容量不足による速度低下が顕著になってきたので、この際遅まきながらSSD化する事にした次第。
さて予報では夕方から雨が降りだすとの事なんですが今の処は、明朝帰りには確実に降られそうなんで雨支度をして出勤です。お天気で他に買い物とかの用事のない時は橿原市昆虫館の前を通る最短コース約6.5キロを走るのですが、風の強い日や雨が降ってたり降りそうな時は集落を中を縫って走って行きます。せっかくなんで顰蹙の「遠回り通勤らいど」でない通勤ルートのご紹介。
桜井から横大路(竹内街道~初瀬街道)を西へ、並行するJR桜井線とR165を跨いで南へ、香久山小学校の前を通って大和三山の1つ天香久山の北側へ。
別所町あたりで同じく大和三山の畝傍山と藤原宮趾を見ながら少し西へ、集落の中を南に抜けます、立派なお家が多いでしょ。
橿原公苑明日香庭球場の西側の小径を走り飛鳥川沿いの自転車道を。毎日ではありませんが、こんなのどかな道を月に10往復程しています。
取り敢えず今日明日の通勤で8月の走行距離は300キロを超える計算なんですが、ここ最近公私に面白くない事が続いてますんで、スカっとロングツーリングとでも行きたい処だったんですがネェ…
長尾神社参道一の鳥居にて 奈良県葛城市
今日はいぬいさん主催の「斑鳩の里 ゆるゆるサイクリング」なのですが、夕方から勤務ですし時節柄もあって遠慮しておくつもりだったのですが、随分とご無沙汰の顔ぶれも来られますし、心配していた天気もご覧の様に、とにかく顔だけでもと、緊急事態下の大阪へ向かう事にしました。台風の影響か、葛城山系の山々にはご覧の様な雲が…
待ち合わせ場所は新しくなった柏原市役所前に9時、今回はR166竹内峠を越える事にします、勿論旧道を行きますが、竹内街道~横大路~初瀬街道ルートだけに、奈良盆地を東西にほぼ一直線です。ところで竹内峠は私が初めて越えた名のある峠、当時住んでいた大阪堺から母方の実家のある明日香村へと走ったのです、その頃には旧道でない現在のR166が既にあって、ただ峠前後が未舗装だったと記憶しています。0745 峠を越えて大阪府へ。
竹内街道の大阪府側は奈良県側と趣が違って、曲がりくねった旧街道が続いていて、所々に旧い佇まいを残しています。
昨年暮れの「石川ポタ」以来、久しぶりに石川べりのサイクリングロードへ。
8時40分頃には待ち合わせ場所へ、ただいぬいさんがかなり遅れるとの事で、スミ旦那の先導、Dさんがしんがり役でスタートする事に。
府道183号本堂高井田線を青谷方面へ走り、途中からいわゆる「ふんどし街道」へ入ります、河内堅上駅へ抜けるコンクリート舗装のシングルトラック(一部ダートあり)です。
スミ旦那の「亀の瀬地すべり」のレクチャー。「亀の瀬」は大阪湾へと流れる大和川が信貴生駒の山々と二上葛城の山々を分断する様に流れる渓谷で、日本有数の地滑り地帯。大和川に沿ってR25とJR関西線が走っています。昭和6年から7年に発生した地滑りで右(北)岸にあった国鉄関西本線亀瀬隧道が押し潰されてしまい、復旧は現在の三郷駅(当時はなかった)と河内堅上駅間で一旦左岸に渡り再び右岸に戻る現在のルートとなっているのは鉄な人にも良く知られています。
0954 峠八幡神社へ、ここを東に下ると奈良県へ入ります。この後、三郷駅前から大和川べりを走り、まだ10時ですが竜田川へ入った処で法隆寺方面へ向かいお昼にする皆さんとはお別れし桜井へと帰途に就きます。富雄川をまたぎ佐保川が合流する板屋ヶ瀬橋まで大和川右岸を走り、橋からは左岸を走る快走ルートを、桜井市に入る手前までノンストップで、さすがにオーバーヒート気味なので、暫し公園の四阿で休憩の後12時には無事に帰投しました。やはりこの季節は早朝から走りだし爽やかな午前中で切り上げるの一番です。本日の走行63.8キロ。
スミ旦那のブログレポート「走門来福」