世間は慌ただしい年の暮、年内限り有効の近鉄の株主優待乗車券を賜ったので、名古屋まで行ってきました、さすがに特急までは優待してくれませんので、桜井0603→0631名張0636→0845名古屋と乗り継いで\1,860分乗車、しかし4扉ロングシートの車両なので寒かったです。 名古屋からは名鉄の「まる乗り1DAYフリーきっぷ」\3,000を購入、2日用は\3,800と格安なのですが1日用のこれは微妙な金額です、ただ10?16時限定で特別車に指定なしで乗車できます。 名古屋0856→0907大江0914→0928新日鉄前 \390新日鉄前1017→1019太田川1022→1026寺本 \220
寺本1042→1052大野町 \290大野町1109→1117榎戸 \180榎戸1137→1102太田川1128→1156河和 \840河和1227→1305神宮前1310→1323知立1335→1359豊田市 \1,330豊田市1530→1554知立1601→1621名古屋 \770と\4,020分乗車して元を取った上で\350の特別車に3回乗りましたが、最後の知立→名古屋は1601発と1分遅れで利用できず、満員の普通車は座れなかったので、この特典も上手くしたものです。 ところで名鉄と云えば7000系、ついに一度も乗車する機会がありませんでした。
本日の実績
【607】 愛知県 知多郡 上野村 (現 東海市)
【608】 愛知県 知多郡 八幡町 (現 知多市)
【609】 愛知県 知多郡 大野町 (現 常滑市)
【610】 愛知県 知多郡 鬼崎村 (現 常滑市)
【611】 愛知県 知多郡 河和町 (現 美浜町)
【612】 愛知県 西加茂郡 挙母町 (現 豊田市)
一応6基の道路元標を駆け足で回って、名古屋でT御大親子と合流、車に便乗して帰途に就きました。 ただ最後の挙母町道路元標は保存されている豊田市郷土資料館が閉館日だったのでマトモに写真が撮れなかったのが....
「地域別」カテゴリーアーカイブ
道路元標蒐集サイク (三河篇 2日目)
豊橋から北上して石巻村道路元標、姫街道から東海道に入り少し北へ入って萩村道路元標、区切りの600基目なのですが、残念な事にガードレールで表面が隠れてしまっています。
東海道に戻り西へ、赤坂宿にて。
東海道の峠と云えば峠なのですが、並行して名鉄本線と名神高速がトンネルなしで越えている位ですから大したものではありません。
赤坂宿から藤川宿まで赤坂町、長沢村、本宿村、藤川村と4つの道路元標の横を通ります、既に今年1月に履修済みですが、その時は鉄道と徒歩でしたので、KHSを入れた写真だけ撮っておきます。
岡崎から西尾へと額田郡と幡豆郡の5つの元標を回り一応予定は終了、名鉄碧南から帰途に就く予定ですが、日没までにはまだ余裕があるので、半田まで足を進める事に、道路地図には衣浦海底トンネルと云う有料道路がある様で、とにかく行ってみると別に歩行者と自転車用のトンネルがありました。
海底トンネルですから、当然でしょうが相当下りなければなりません、地下11階です、踊り場毎に1階となっているので、実際は5?6階分でしょう、階段にスロープは付いていますが、とても乗って登り降りできるものではありません、
関門歩行者トンネルで流行っているそうですが、ウォーキングしている夫婦がいました、排気ガスこそありませんし、夏は涼しく冬は暖かいのかも知れませんが、が何もこんな殺風景な処でしなくてもねぇ...
半田町道路元標をまわりJR武豊線半田駅から関西線春田駅まで輪行し、奈良へ戻るT御大の車に便乗して帰途に就きました。
本日の実績走行 87キロ
【599】 愛知県 八名郡 石巻村 (現 豊橋市)
【600】 愛知県 宝飯郡 萩村 (現 豊川市)
【601】 愛知県 額田郡 福岡町 (現 岡崎市)
【602】 愛知県 幡豆郡 室場村 (現 西尾市)
【603】 愛知県 幡豆郡 家武村 (現 西尾市)
【604】 愛知県 幡豆郡 平原村 (現 西尾市)
【605】 愛知県 幡豆郡 寺津町 (現 西尾市)
【606】 愛知県 知多郡 半田町 (現 半田市)
道路元標蒐集サイク (三河篇 1日目)
今回は近鉄で鳥羽(下之郷駅)まで輪行し伊勢湾フェリーで伊良湖へ渡り、愛知県は三河地方の道路元標を回ります。 伊良湖から渥美半島を走るのは二度目ですが、前回は秋葉街道へ入るためにR42からR1ととりましたが今回はR259を。
途中海岸沿いの旧道区間があって、車はいないしご機嫌で走っていたのですがパンク、早速チューブ交換をば… ところがサドルバックに入っていたスペアチューブはなんと’700C、とにかくパンク修理はしたものの、今日明日とスペアチューブなしで走るのもと、岡崎市在のK氏に連絡して、豊橋あたりで20吋フレンチバルブのチューブを置いてそうな店を教えて貰います。
とにかく無事に豊橋まで走り、東海道本線で浜松まで往復して、静岡県で唯一の現存情報のある浜名郡中ノ町村元標へ、豊橋へ戻って教えて貰ったショップを探して、無事にスペアチューブを手に入れる事ができました。
今日の宿は「東横イン」、色々と物議をかもしている会社ですが、最近良く利用しています、携帯やPCから予約できますし、会員なら10泊で1泊タダとか、休日なら安いとか色々メリットがあります、豊橋駅東口店はOPENしたてでWeb予約なら\3,950とお得なモニターキャンペ?ン期間。 もちろん部屋でLANが使えますし、ロビーではプリンタも使えますし、最近貸出パソコンを用意している店もある様です。 夏場は早朝から動くので7時からの「朝食無料サービス」の恩恵にはあまり預かれませんが、陽の短い今どきならば。
本日の実績走行 63キロ【593】 愛知県 渥美郡 野田村 (現 田原市)【594】 愛知県 渥美郡 田原町 (現 田原市)【595】 愛知県 渥美郡 杉山村 (現 田原市)【596】 愛知県 渥美郡 老津村 (現 豊橋市)【597】 愛知県 渥美郡 牟呂吉田村 (現 豊橋市)【598】 静岡県 浜名郡 中ノ町村 (現 浜松市)
道路元標蒐集18切符の旅(3日目)
18切符は昨日で終わったので、名古屋から近鉄経由で帰途に就く事に。 中央線宮ノ越駅で途中下車し西筑摩郡(現在の木曽郡)の日義村道路元標へ、駅から5分程の距離ですが、一度降りてしまうと次の列車まで一時間以上、利用できるバス路線もありませんので、中仙道宮越宿をのんびり散策する事に。
木曽福島で再び途中下車、同じく西筑摩郡の三岳村道路元標へ、王滝行きの木曽町営バスに乗車、途中の黒沢で下車して1キロ程徒歩、なんとこのバスは王滝まで乗っても\200なんです、開田高原行きもある様です。
御獄里宮のある黒沢里宮、ここでも帰りのバスまで一時間程待たされますが、今度は此処までバスがやってくる時間なので、またものんびりと過ごします。
木曽福島から次の多治見まで\1,150奮発して1131発のしなの8号に乗車、18きっぷなら乗車券も使えないのでまずは特急を利用する事はありませんが。
多治見で下車し岐阜県可児郡の池田村道路元標へ、道が真っ直ぐでない上に判りにくくて炎天下往復一時間近く歩く事に、多治見は昨年でしたか摂氏40.9度を記録した暑い街、マスコットキャラクタ「うながっぱ」は寒暖計を持っています。
高蔵寺から愛知環状鉄道に乗換え、愛知県下の元標を回ろうかとも考えてみましたが、明日の仕事の段取りもあるので、素直に名古屋から近鉄特急で帰る事に、滅多にない事に明るいうちに桜井に帰ってきました。
本日の収穫
【532】 長野県 西筑摩郡 日義村 (現 木曽郡木曽町)
【533】 長野県 西筑摩郡 三岳村 (現 木曽郡木曽町)
【534】 岐阜県 可児郡 池田村 (現 多治見市)
青春18きっぷの旅 (鳥取篇)
今日は「18きっぷ」で鳥取まで往復する事に、自転車はもちろん一応道路元標も抜きで、記念すべき500基目は8/13に奈良県下北山村で達成させる予定です。 でも鳥取県は全く以て現存情報のない県ですから、もしも「元標」が目の前に突然現れれば話は別ですが、基本的に今日は”乗り鉄”モードです。
鳥取市へはまともに「18きっぷ」で行くと午前中には辿り着けませんので、鶴橋まで近鉄、上郡から佐用、智頭と第3セクターの智頭急行の区間を特急「スーパーはくと1号」に乗車(特急券込みで\1,670)、関西圏から高速道路のない鳥取市へ最も早く行ける手段なので5両編成となった今も結構混んでいます。
案の定上郡からだと座れませんでしたが、再びJRとなる因美線智頭駅で下車して普通列車を待ちます、鳥取まで乗ってしまうと後\1,300余分にかかってしまいます。 智頭急行区間内は運転手も車掌も入れ替わります。
鳥取駅1055着、市内は全く以て勝手が判りませんがバスターミナルへ行くと市内循環のバス「くる梨」が\100均一運賃で走っているので、これを利用する事に。 鳥取砂丘とかの観光地へこそ行きませんが、県庁、市役所、文化会館と云った公共施設をまわってくれます。 右周りと左周りがありますが、ルートが違うので青コースと赤コースと呼んでいる様で、なんと\300の1日券もあります。 ただ市内を周回するので場所によっては余計に時間がかかってしまう場合もありますが、従来の路線バスも「くる梨」と重なる区間は運賃が\100になっているのです、帰りは路線バスが早く来たので乗ったら半分以下の時間で鳥取駅に戻ってしまいました。
↑ 廃食油利用のバイオディ?ゼル燃料車です。
道路元標抜きと云いましたが… 県立公文書館へ資料の探索に。 ネット検索で大正9年県告示を見ることができる事はわかっていましたが、現実は…
書庫から出してもらうと その薄さにびっくり、智頭町役場が編纂したもので、かなりと云うか殆どといって良い程、抜け落ちています。 大正12年、13年に至っては未記入の目録用紙が1枚はさまっているだけで、恐らく後年智頭町役場が散逸している古い県公報をまとめようしかけていたのでしょう。
大正9年4月1日、鳥取県告示第135号「県道ノ路線左ノ通認定ス」と云うのがあったものの、その次は4月22日の第155号まで抜けています、「道路元標ノ件」はこの間にあったのでしょうか。 お隣の島根県は秋鹿村、高知県は田野町でしたが、大正期とは云え近代の県公報が逸失してしまって、周辺市町村に頼っていると云うのは、日本の公文書管理ってどうなっているのでしょうかねぇ…
鳥取から「18きっぷ」を利用して鶴橋経由で桜井に戻る最終は、山陰~福知山線経由か山陰~播但~山陽経由の何れでも1622発、因美線で東津山、姫新線で姫路と云う’ヲ’なルートでは1526発となりますが、接続が良く意外に早く帰る事ができます。 今日は余裕があるので、38年ぶりに若桜鉄道(旧国鉄若桜線)に乗車、終点の若桜まで往復し、これも38年ぶりの因美線智頭以南に乗車して姫路経由で帰途に就くことにしたのですが、郡家駅で乗り換える頃から雲行きが怪しくなってきた上に、因美線のダイヤが乱れ始め、若桜行きは10分以上遅れて到着します。
並行する国道29号線が立派になって交通量が多い事を除けば、駅舎や鉄橋、沿線風景に結構昔の雰囲気が残っています。
← 若桜駅構内、第3セクターとなって駅舎の手前に車庫が新設されています。 若桜駅の奥にC12 187が保存されていますが、これは兵庫県多可郡の旧加美町役場に保存されていたものを譲り受けてきたものです。 私の知る往年の国鉄若桜線ではC11が使用されていて、C12が使われていた記憶はありませんでしたが、C12 167は終戦前後に若桜線で使われていた様で、その後加古川線に転出した様です。
さすがに一閉塞の盲腸線、終点の若桜駅に着く頃には殆ど遅れを回復していたのですが、若桜駅での定時での折り返し時間は6分、夕方の通勤通学時間帯に備えて職員総出で2両編成に。 天気が良くて時間があれば若桜の街並でも見てみたかったのですが… しかし郡家駅に戻る頃には雨は激しくなり、凄まじい雷雨に。
若桜駅では今も窓口で硬券の乗車券が買えます。
JR因美線は智頭を境に、智頭急行と直通運転もされ1日13往復もの特急が走る北側と、数往復の普通列車だけが走る南側に別れてしまっていて、今では全線を通して運転する列車はありません。 ← 智頭駅にて、鳥取側はJRのキハ40系((殆どは首都圏色)に若桜鉄道、智頭急行の車両が乗り入れてきます、津山側はキハ120の単行です。
東津山での姫新線への接続がタイトなので遅れが気になる処なのですが、間に合わなくても津山線経由で岡山回りでどうにか帰る事はできます。 どうやら雷雨も収まり、単行の津山行きキハ120が物見峠の長いトンネルを越え岡山県側に入ったものの、美作河井駅で停まってしまい、その後運転士と運転指令とのやりとりで降水量が規定値を越えたとかでこの先の運転が中止になってしまいました。
「18きっぷ」の期間とあっていつになく多い乗客、どうやら代行バスが用意される様で、運転士は一人一人に目的地を訪ねて回ります、どうやら大阪へ向かうものも私を含めて2,3人いる様です。 運転士に食ってかかる様な人はいませんでしたが、明らかに’鉄’とおぼしき族がなにやら嬉しそうにウロウロしたり、運転士に何だかんだと云うのがいささか目障りです。 代行バスは既にこちらへ向かっているのかと思っていたら、18時を回ってからようやく代行バスが津山を出たの情報が、津山駅と美作河井駅は道路で約28キロ、往復1時間半はかかる計算になります、それでは岡山に出ても「18きっぷ」では大阪まで帰れても、とても桜井へは帰りつけません。 大阪の実家で泊まると云う手も無くは無いし、最悪大枚はたいて新幹線で帰る手も。 岡山なら安いビジホもあるし、Let’Note持参で来ているので資料は整うので、岡山南部に残している元標3つを回る手も、香川県立図書館に行ってみたい気もするのですが、明日は夕方には帰っておいた方が都合が良い予定もあるので、とにかく大阪へ向かう事を優先する事にします。
私の向かいに座っていた人も大阪で、御堂筋線が動いている時間に帰れればどうにかなるそうです。 実は彼も”;隠れ鉄”;だったのですが(^_^)
18時45分、津山駅へ向かう代行バスと途中駅へ向かう2台のタクシーが到着、見送る運転士に「お世話になりました」と労ってバスに乗車、とりあえずは19時51分津山発の津山線岡山行きの快速には乗れそうなのですが。 ところでここ美作河井駅は元の加茂村ですから、「八つ墓村」のモデルになった津山事件のあった処です、この話を先の’隠れ鉄’氏と話していたら、バスの運転手が右手の山腹を示して「二十七人殺し」の場所はあの辺りですよとの事、ん、津山事件は三十人殺し(「八つ墓村」では三十二人殺しとなります)では、二十七人ってこのバスの乗客の数ですよ(*_*) 信号の無い県道で思ったより早く津山市街に、接続を再度「乗換案内NEXT」で検索すると、19時28分津山発の姫新線佐用行きに乗り智頭急行で上郡へ出ると、智頭急行の\470を払う事にはなりますが、大阪へ2258着で帰れる事が(^_^)v バス内でJR職員の電話でのやりとりを耳にしたのですが、「18きっぷ」で広島へ向かっていた乗客もいるとか、本来何の補償もない「18きっぷ」ですが、場合によっては新幹線利用で送って貰えるのかも、ゴネ得だったりして。 幸い八つ墓明神の祟りもなく無事に津山駅到着、佐用行きにぎりぎりで乗車でき、先の’隠れ鉄’氏とともに大阪へ帰ってきました。
大阪環状線ホームの雑踏へ、後はいつもの鶴橋23時28分の八木行き快速急行にさえ乗れば、五位堂で榛原行き最終が待っています。
桜井 0528 → 鶴橋 0622 (610円)
鶴橋 0629 → 大阪 0645 2,210円
大阪0652 → 姫路 0754
姫路 0800 → 上郡 0834
上郡 0902 → 智頭 0942 (1,260円+410円)
智頭 1009 → 鳥取 1055 570円鳥取 1410 → 郡家 1423 230円 郡家 1438 → 若桜 1508 (若桜鉄道420円)
若桜 1516 → 郡家 1546 (若桜鉄道420円)
郡家 1550 → 智頭 1619 1800円
智頭 1629 → 津山 ****
津山 1928 → 佐用 2027
佐用 2034 → 上郡 2053 (470円)
上郡 2121 → 姫路 2154 2820円
姫路 2157 → 大阪 2258
大阪 2303 → 鶴橋 2318
鶴橋 2328 → 桜井 0008 (610円)
「青春18きっぷ」で7,630円分乗車
北陸~信州ツーリング 1日目
天気予報と仕事のスケジュールを睨みながら、かねて計画の北陸と信州へのサイクリングを14日夜に出発する事に、新潟行きの夜行急行「きたぐに」も昔ほど混む事も無いし、まして平日なので京都から乗車する事にした。
今や唯一の寝台電車583系の運用となった「きたぐに」、乗るときは最後尾の自由席1号車にしています、やはりモハネよりクハネの方が静かな様です。 敦賀あたりまでは終電代わりに利用する人もいますが、中越沖地震での運休再開後は乗客は減った様にも思えます。 写真は米原駅にて。
金沢から羽咋へ、道路元標の残る場所を辿りながら七尾へ向かいます、今回は午前中に11基と番外として七尾町道路元標跡標をGET。 能登半島は数年前に3日掛けて時計回りにほぼ一周していますが、その時は七尾から羽咋へ戻ったので、今回は七尾から富山側へ走ってみようと… 羽咋市柳田町、越路野村道路元標近くにて
七尾市街から暫く国道160号線を走り、県道<246>庵鵜浦大日新線に入り富山湾側の大野木に出ます。 ここから暫く鄙びた漁村風景が続きます。
振り返ると、能登半島の先端部ははっきり見えるのですが、冠雪の立山連峰は雲の下あたりにかすかに見えるような見えない様な…
庵町で再び国道160号線に戻りますが、七尾市福浦にLPガスの備蓄基地があるのでLPGのタンクローリーが行きかっていて、ツーリングコースとしてはお奨めではありません。
石川富山県境を越えます。
雨晴海岸を経てもう少し海岸沿いに走る計画でしたが、時間も押してきたのでJR氷見線の氷見駅で切り上げる事に、本日の走行130.0キロ。
日本海に沈む夕日、今まで2度程狙った事がありましたが、いつも最後に雲に遮られしまいます。
今日の収穫
今回は色々と準備不足で飛び出してしまったので、河北郡高松町元標を通りすぎてしまいました。 その上外部ストロボも忘れてしまいました、特に石川県の様に二面に彫られた元標の場合、どうしても補助光がほしいケースが多かったのですが。
【469】 石川県 羽咋郡 志雄村 (現 宝達志水町)
【470】 石川県 羽咋郡 南邑知村 (現 宝達志水町)
【471】 石川県 羽咋郡 粟ノ保村 (現 羽咋市)
【472】 石川県 羽咋郡 羽咋町 (現 羽咋市)
【473】 石川県 羽咋郡 越路野村 (現 羽咋市)
【474】 石川県 鹿島郡 鹿島路村 (現 羽咋市)
【475】 石川県 鹿島郡 余喜村 (現 羽咋市)
【476】 石川県 鹿島郡 御祖村 (現 中能登町)
【477】 石川県 鹿島郡 能登部村 (現 中能登町)
【478】 石川県 鹿島郡 滝尾村 (現 中能登町)
【479】 石川県 鹿島郡 越路村 (現 中能登町)
【番外】 石川県 鹿島郡 七尾町 (現 七尾市) 道路元標里程標跡
あくまでも仕事のついで
菖蒲池近くに所用があり、駅からは不便な場所なのでKHSwp駆ってでかけました。 往復ついでに、奈良県北部に残していた道路元標とヘキサをば(^_^)
← 県道754号木津横田線、京都府側はしょっちゅう走っているのですが、そちらにはヘキサがありません。
奈良県道ヘキサコレクション
← 465基目になります、暗峠奈良街道R308沿い、富雄南交番向かいにある生駒郡富雄村道路元標。
Rさんアドバイス有難うございました、無線プリントサーバー以外はどうにかなりました。
本日の走行58.4キロ
道路元標お遍路サイク (3日目)
高知県下では12基は道路元標が残っている様ですが、結果論として幡多郡中村町を除く11基は自転車でも2日で回れた様です。 1日目を徳島県下探索と峠越えに時間を食った分2基を3日目に持ち越した勘定、まぁ所在のはっきりしない処もあったので良しとしましょう。 例によって高知市街を早朝出発、土佐郡一宮村を回ってところでパンク、まぁ余裕の3日目が幸いしましたが、香川県、徳島県でもパンクしているので後は愛媛県なのか…
土佐山田からR195を走り杉田(すいた)ダムから対岸の県道218号を利用し美良布町へ、美良布(びらふ)はアンパンマンの街として売り出して、図書館までアンパンマン、個人的にはこのキャラクタは好きではないのですが、結構小さな子供を連れた家族連れが訪れてくる様です。 香美郡美良布村道路元標は現在の香美市香北支所前にありました。
美良布からはR195をこのまま東へ走り四ツ足峠を越えると阿南市を抜けられるのですが、詳細な地図を持っていないのと、KHSには結構な長丁場なので引き返して、土佐山田駅から輪行で阿波池田へ向かう事に。
土佐山田から阿波池田へは普通列車が1日数往復の「青春18きっぷ」の難所、途中には停車列車のみ使うスイッチバックの新改駅がありあます。 18きっぷ期間ならともかく県境の土佐岩原?大歩危間で乗客は私一人になってしまいました。 ロングシートですが奥行きが深く快適です。
大歩危、小歩危とR32を走ると云う手もあるのですがトラックが多く適当な対岸路もないので遠慮しました。
阿波池田から普通列車を乗り継げば余裕で今日中に桜井まで帰る事が可能なのですが、18きっぷの季節ではないので7,000円前後払うのは何か勿体ないような。 性懲りもなく徳島県下の道路元標を探索しながら吉野川沿いを徳島に向かって走る事にしました。
吉野川に架かる脇町潜水橋、沈下橋です。 れっきとした県道でトラックも走ってます、ゆえに自転車では怖そうです。
吉野川沿いに徳島に向かったのは、此処に寄ってみたかった事もあります、’うだつ’の街並で有名な脇町。 平日の夕方で観光客も皆無でしたが、綺麗に整備されすぎの感もあります。
銀行や郵便局が景観に配慮されている例は良く見かけますが、これはスーパーマーケットの入った商業施設です。
R192で徳島市域に入りどうにか鮎喰川を渡る処まで戻ってきました。 3日目は走りに走って135.5キロ、ロストした分を無視しても3日で300キロ以上走った事に、さすがにKHSでは初めてですが、このコースならちゃんとしたツーリング車で走りたかったです。
← 眉山から登るお月さん? 徳島市街からとは反対側を見ている訳ですから。
平日なので土休日運休(GWお盆は運行)の1便に乗船、乗船時に違和感があったのですが下船時に後輪がパンクしている事に気が付きました、和歌山港着が0200なので始発電車まで嫌と云う程時間があり、待合室でパンク修理する事に、なおいつもそうなのかは知りませんが和歌山行きは先乗り先降りでした。 南海四国フェリーは往路の乗船控えを見せると復路が1割引きになります。
予定の11基を回り切ったものの+αが全く無かったのは残念です。 昨年10月に続いて徳島県下では案の定1基の道路元標も見つける事はできませんでした、番地も特定できていて残っていそうな雰囲気の処も幾つかもあったのですがネェ… ほぼ全郡に跨っていますから、徳島県で見つけ出そうとするのはどうやら絶望的です。
【454】 高知県 安芸郡 野根町 (現 東洋町)
【455】 高知県 安芸郡 安芸町 (現 安芸市)
【456】 高知県 安芸郡 和食村 (現 芸西村)
【457】 高知県 香美郡 夜須村 (現 香南市)
【458】 高知県 香美郡 赤岡町 (現 香南市)
【459】 高知県 香美郡 前濱村 (現 南国市)
【460】 高知県 吾川郡 長濱村 (現 高知市)
【461】 高知県 高岡郡 高岡町 (現 土佐市)
【462】 高知県 高知市
【463】 高知県 土佐郡 一宮村 (現 香美市)
【464】 高知県 香美郡 美良布村 (現 香美市)
道路元標お遍路サイク (2日目)
安芸市を発ちR55沿いの高知安芸自転車道を走っています、心配していた風はすこし治まった様です。 日曜とあって数人のサイクリストとすれ違いましたが、なかなかロケーションもコンディションも良い自転車道で遍路道にもなっています。 四国を自転車で走ると歩き遍路の人も良く見かけます、自転車で遍路する人も多いようで、それなりの格好をしていなくても、遍路ですかと尋ねられますし、地図を見ていると向こうから結構声を掛けられます、たとえ遍路でなくとも札所の位置関係を把握していると、遍路道の案内標識や、道を教えて貰う時に非常に便利です。 道路元標も遍路道沿いに建っている事が多いので、既に何ヶ所かは門前や境内を通っています。
並行して土佐くろしお鉄道ごめんなはり線が走っています、高架が多いですが自転車道からも撮影できるポイントが幾つかあるので狙ってみました、やってきたのは虎柄の塗装のタイガース号。 ま個人的にはアンパンマンより救いではあります、何しろこの塗装にした2003年に優勝したので期間限定だったはずが今も続く事に。
自転車道にあるトンネル、土佐電気鉄道安芸線の廃線跡です。 この近くにサイクリングターミナルもあります。
並行していたR55やごめんなはり線と離れ、県道14号に沿ってほぼ旧道とおぼしき道を西へ、高知龍馬空港の南側を回ります。 折しも発着便が、JALのボンバルディア機もカメラを構える私の秘かな期待を裏切って無事に飛び立って行きました。
安芸市を出てから安芸郡和食村、香美郡夜須村、赤岡町、前濱村と道路元標をGET、 午前中に元標4基GET。 浦戸湾を渡る県道渡船乗り場へ辿り着いたのですが、一時間に一往復の船は出たばかり、まぁここらで大休憩。
手持ちのカロリーメートをかじったり、エアーを足したりしていたら、ようやくやって来ました県営渡船。 人と125cc以下の2輪しか乗れませんが、もちろん無料です。
浦戸湾河口には浦戸大橋が架かっていますので、1時間も待つならあそこまで登れば早いのですがネ、結構風がきつくて危ないそうです。 渡船が四国遍路の32番から33番への最短ルートにもかかわらず橋を渡っている人も多い様で、実際渡船乗り場への道案内は少ない様です。 なお名勝桂浜へ行くには浦戸大橋を渡るのが近くなります。
吾川郡長浜村、高岡郡高岡町と回りJR土讃線伊野駅へ、高知県立図書館へ行くために輪行します、交通量の多いR33やR56を走る事を思えば、たった260円で楽勝です。 伊野からは土佐電気鉄道もありますが安さと早さでJRに軍配が。 伊野駅は特急も停まりますが今どき珍しく跨線橋がありません。
高知県立図書館、例によって大正時代の県公報が目的ですが、ここにあったのは田野町から譲り受けたもので大正11年以降しかなく、状態は非常に悪く、触らせて貰えたのに感激して良いのやら… ただ池川町所蔵の抜粋コピーがあり抜粋といってもほぼ網羅されている様でした。 ただ「道路元標ノ件」は大正時代の告示には見つかりませんでした。
岡山、広島、豊橋、富山と最近路面電車づいていますが、高知には土佐電気鉄道が走っています、ラッキーな事に1編成のみの連接車100型をはりまや橋でGET、行き先表示は大きく「ごめん」、多少車も遠慮してくれるでしょうか。 途中、メーターが動作していない区間があって10キロ程ロストした様で、走行距離は額面73.7キロ。
道路元標お遍路サイク (1日目)
週間天気予報と仕事の予定を睨みながら、高知県に残る道路元標を巡るプランをようやく決行する事に、雨上がりの金曜夜に和歌山市駅まで輪行し、0250発の南海四国フェリーで徳島へ渡ります。 フェリー乗り場最寄りの南海和歌山港駅まで行く電車は2113の有料特急が最終でフェリーの深夜便に乗るにはフェリー乗り場まで自走するしかありません、乗船まで時間はたっぷりあるので輪行状態にすれば\600節約できなくはないのですが、徳島港で組み立て駅まで走り、再び輪行するのは時間的にも厳しいので、今回はそのまま乗船したものの、先乗り後降りになってしまいKHSなら輪行していたのと変わらなくなってしまいました。
徳島0542の牟岐線に乗車の予定でしたが、幸い牟岐線なら一駅南の阿波富田駅の方が近くなるのでそちらへ向かいます。 実際ご覧の様な無人駅なので大きな徳島駅で上ったり下りたりウロウロするより楽に乗車できました。
早朝の下りなのにキハ40系4両編成がやってきましたので、怪しいと思って先頭に乗りましたが、案の定後ろ2両は途中で折り返しでした。
JR牟岐線を終点の海部駅までは乗車せずに2つ手前の浅川駅で下車、今だに1基も見つかっていない徳島県下の道路元標を幾つか探索しながら高知県東洋町野根まで南下する事に。
ようやく高知県に入り甲浦(かんのうら)の白浜海岸にて。 JR牟岐線は海部までですが、阿佐海岸鉄道8.5キロがここ甲浦まで伸びています。
高知県安芸郡の野根村道路元標が残るとされるR55旧道の消防団倉庫前まで来ましたが、はて元標は???
海岸沿いに室戸岬を回るR55から離れR493で標高450m程の四郎ヶ野峠を目指します、標高200m近くまで登ってきてようやく峠の鞍部が見えてきました、峠越えとしては比較的楽な道筋だとは思いますが、鈍った体にKHSではキツいですわ。
峠手前では木々の間に海が望めますが、殆ど木々に遮られて車では気がつかないかも知れません。 四郎ヶ野峠は旧土佐浜街道と知られ登山コースもあるので、峠には休憩所とトイレが整備された様ですが、あまり清潔と云えず水も出ません。
四郎ヶ野峠を越え奈半利まで40キロ近く、下り基調とは云え小径車には結構つらい長丁場です、奈半利川沿いのルートは秋が良いかも。
← 魚梁瀬への分岐にかかる橋
奈半利から太平洋岸に出て再びR55を走り出しますが、強烈な向かい風に苦しめられなかなか前に進みません(^_^;) 湾の挟んで向こう側に安芸市の市街が見えているのですが…
安芸市に残る安芸町道路元標をGETし本日は元標2基と走行104.6キロで打ち止めです。 そうそう安芸と云えば阪神タイガース所縁の街ですよ。