「峠」タグアーカイブ

本家「ランドナー補完計画」再起動中

 ブログもSNSもなかった20世紀に、個人がインターネットで情報を発信すると云えばホームページ、決して敷居の低いものではなく、趣味の自転車を扱うサイトなどまだまだ無かった時代に登場した、乾大輔さんの「ランドナー補完計画」、トップの写真は馬蹄型トンネルボータル時代の嶺方峠、自転車ツーリングの聖地と云われる場所、ツーリング系自転車サイトの全てのルーツはここにあると云っても過言ではありませんし、その後、紆余曲折と自転車趣味サイトの多様化もあって、トップページそのものはアドレスを変えて存続しているものの、更新の停滞にBBSの停止と今では過去のものとなっていました。 ところがどっこい最近になって「ランドナー保管計画ブログ」として復活、往年の大阪八尾の変態サイクリストの乗りが炸裂しつつあります。

 8月の「流しそうめん」に続いて、「彼岸花ポタ」にも、タバタサイクル650Bランドナーを駆って登場した乾さん。 「全国のOLの皆様、お待たせ致しました。 わーたぁーしーが だいすけです!」

今年も懲りずに葛城山麓「彼岸花ポタ」

 葛城山麓「彼岸花ポタ」は「串柿」「梅林」とともに輪童さんが主催するポタ企画、ほぼ毎年行われてます。 共通する事はカメラ担いで激坂の斜面を登ったり下ったり、アプローチはともかくサイクリングと云うにはちょっと… な企画です。 今年は「彼岸花」に加えて、橿原市のサイクリスト御用達の食事処「よろづ」で食事の後、明日香村で夕刻から行われている「飛鳥光の回廊」へ行こうと云う二部構成です。

 集合場所は近鉄御所駅0930、しかし「よろづ」の夜の部開店の17時まで、一体どこをどう走ろうと云うのでしょうか。 しかし参加予定のnana魔女から遅刻コール、放って行く事もなく御所駅前でワイワイガヤガヤ自転車談義をしながら到着を待ちます。 この段階で走る事しか頭にないローディは参加資格を失います。

 御所と云えば今年2月に喜寿を迎えられた鉄人児玉さんの地元、登場です。 今一つ天気に恵まれていなかった今月も既に1000キロはクリアされてます。 今日は参加11名のうち5台が小径車、5台がガード付、児玉さんはもちろん650cロードですが、オフロードでも気にせず入って行きます。  

 1020、シュパーブの輪行袋を担いだnanaさんが御所駅に降り立ち、早速準備開始。 ガード付ランドナー、昨今のマナー違反の自転車持込みや、ゴミ袋輪行、自転車カバーをかけただけでホームを転がす、なんちゃって輪行をする輩には、爪の垢でも煎じて呑ませたい完全無欠の輪行スタイルです。

 いつもの事ですが、葛城山麓を彼岸花を求めて登ったり下ったり、 何処をどう走ったのやら。 このへんの写真はいつもの様にうちのHPの「ツーリングの記録」に既にUP済みですが、認証が必要です。 ログインは’pal’、パスワードはうちのFAX番号の下4桁です。

 もちろん鉄人児玉さんも、九品寺付近にて。 この後長柄神社で昼食の後、高鴨神社まで南下、岸和田から水越峠を越えて、今日はTOEIで走りにきていたダイバーてっちゃんが長い事待ってくれていました。 高鴨神社の隣にどうやら神社がやっている喫茶店(ウェイトレスが巫女さん風?)ができている様で、皆さんそっちへ行ってしまいました。

 高鴨神社から金剛山と大和葛城山を見上げる風の森まで下って記念撮影を。 風の森峠は大和川水系と紀ノ川水系との分水嶺になります。 金剛山の山頂は少し隠れていますが、写真右奥に見えるのが大和葛城山です。 (大きなサイズの画像もうちのHPにあります)

 風の森峠旧道を下ってピュンと桜峠を越えて、JR和歌山線沿いに、橿原神宮駅近くの「よろづ」まで小一時間、今日唯一走っていたと云える時間です。

 17時少し前に「よろづ」に到着。 ここはオーナーがコルナゴ乗りで、ロードバイクのお客さんが多いので、バイクスタンドがあります、鍵も貸して貰えます。 ガード付きと小径車は使いにくいですが。

 「よろづ」店内にて、今日のサービス定食は「揚げ茄子鶏カラあんかけ丼セット」

 「よろづ」の後、明日香村で行われている「飛鳥光の回廊」へ、万葉文華館ではポタ参加者の友人の和紙アートの展覧会が行われていて、覗いたりしながら、あちこちの会場をウロウロします。 そろそろ神戸へ帰るnanaさんの時間も危なくなってきたので、石舞台方面へ向う一行とお別れしnanaさんを護送して桜井駅へ、本日の走行64.3キロ。

「月うさぎ」Wi-Fi化計画

 昨年からキャンプでお世話になっている東吉野村谷尻(たんじり)の古民家カフェ「月うさぎ」、ただ全てのキャリアの携帯電話が利用できません、1.2キロ程手前の一谷峠でどうにか使えるものの、その峠を谷尻集落へ下ると全く使えなくなります、それはそれで静かで良いのですが。 もちろん固定電話はありますが、連絡がとりづらいのは色々と不自由。 WebページにBlogもお持ちなのでインターネットへの接続環境(TA)はあるのですが、なんとINS64(ISDN)回線なのです。 と云っても10数年前まで自分も公私に渡り実戦に使っていた訳ですから、動画やクラウドなんて云わなければ十分に使えるはずですので、ルータと無線LANのアクセスポイントを見つけてきてWi-Fi環境を構築させて貰う事にしました。

機器を見つけてきて月曜には持ち込んでいたのですが、プロパンガスのガス漏れや使用量を通知するNCUが繋がっていたりして、詳しい事が判らず頓挫、今日改めて設定に伺ってきました。 まあ設定そのものは難しいものでもありませんので無事完了、Wi-Fi環境ができあがりました。

 ところで今月の情報誌「SAVVY」にも紹介されていますが、この夏から新たにオーガニック料理のシェフご夫妻も「月うさぎ」に加わられていて、ご夫婦共々iPhioneをお持ちだったのですが、ここにいる限り、なんの役にもたたなかったのですが、Wi-Fi環境ができてメールができる様になって大喜び。 これで来月のキャンプも安心して過ごせます。
 今日は行きは大峠ルートで向ったのですが、標高600m越えの「月うさぎ」はちょっと涼しすぎる位の気温でした。 本日の走行61.7キロ。

東吉野へ

 紀伊半島を襲った台風12号、その被害の全貌はまだまだ明らかになってもいないのですが、来月に予定している「月うさぎキャンプ」へのアクセス路や「月うさぎ」そのものの被害も心配なので、久しぶりに芋峠を越え吉野川に沿って東吉野へ向かいました。 まずその前に明日香村稲渕で行われている「かかしコンテスト」へを立ち寄ります。

芋峠への道は行者辻の手前で柴が散乱しているのと、吉野側で倒木の枝が道を半分塞いでいる程度で、通行にさして支障はありませんが、ロードバイクとかで下りを飛ばしすぎていると危ないかも。 定番の津風呂湖畔は<256>入野河原屋線が危なそうなので、吉野川沿いにR169まで下り、R370から<16>吉野東吉野線へ入り、一気に小のみたらしだんご屋さんまで走り抜けます。 ロードの先客が、すみません物覚えの悪い私は記憶がなく失礼しました「よろづ」で一度二度お目にかかっている方で、大峠を越えて回ってこられた様で、暫くみたらしだんごを頂きながら情報交換、どうやら<221>小村木津線の一部が通行止めで対岸路に迂回している様ですが、蟻通から先R166までは問題なく抜けられる様です。

熊野の事を思えば東吉野村の被害は少ないようですが、麦谷の方で土砂崩れがあって、高見川の水の流れは濁ったまま、流された橋もあります。 また対岸路の低い処では、高見川の増水で冠水していた様で、乾いて土埃が酷いところが一部あります。

 蟻通橋から東吉野キャンプ場の方を見下ろします、ご覧の様に濁っていますが、左から流れ込む高見川の流れはかなり澄んできています。

 R166まで出てきました、御馴染み関西のマッターホルン高見山の全貌が。 風が爽やかで気持ちの良い天気ですが、空気が澄んでいる分日差しがキツいです。  

 <251>谷尻木津線は通行止の看板が出ていましたが、どうやら大丈夫そうなので進む事に、道路上の土砂等はかなり撤去されていますが、かなり崩れたいた場所もある様で、一部電柱が曲がったままの場所もあり、谷尻集落内で復旧工事が行われていましたが、まもなく通行止は解除されそうな感じです。

 谷尻集落の三叉路から<31>榛原菟田野御杖線に入りますが、脇の林道が川の様になってあふれ出してきているので路面はご覧の通り、まぁガード付きですからどうって事はありませんが。

 肝心の「月うさぎ」ですが、さすがに台風の当日は停電でポンプが動かず大変だった様ですが、後片付けされた後とは思いますがご覧の様に建屋等などには被害はなく、来月のキャンプには影響はなさそうです。 ただ大銀杏が葉も実も落としてしまったので、今年の黄葉は残念かも。
 谷尻集落まで戻り、一谷峠を越えて菟田野経由で「おごぽご」に立ち寄って帰ってきましたが、こちら側からのアクセスは全く問題なしです。 ただ室生から染谷峠を越えて東吉野村滝野へ出るルートは、6月に崩れた箇所が交互通行まで回復していたのが、再び通行止になっていて、こちらは厳しそうです。 本日の走行93.0キロ。

道路元標蒐集の旅(’11夏 2日目)

 富山近郊ではかつて交直両用の急行型電車475系がまだまだ現役です、デッキ寄りがロングシート化され吊革がついたりしてますが、サボ入れが残っていたりして往時を偲ばせます、急行「立山」とか懐かしいなぁ…  ただ輪行袋を置くスペースがないに等しいのが残念です。 一部の車両で洗面室をつぶして荷物置き場になっているものもありますが、手すりがないので固定が難しいのが難点。 ところで北陸本線糸魚川駅、もう大糸線キハ52の姿はありませんし、あのレンガ造りの車庫も取り壊され、新幹線橋脚がそそり立っていました。
 
北陸本線名立駅で途中下車し次の列車までの46分間に1キロ程離れた名立町道路元標まで往復しますが、さすがKHSなら余裕の作業です。 直江津駅への車中で輪行袋のグループが、千葉大学サイクリング部の夏合宿の流れ組の様です、夏合宿では飛騨から天生(あもう)峠を越えて白川郷に入り、福井から金沢と走ってきたそうです。 現在部員70名程とか、大半はクロスバイクでランドナーは数える程もないとか。
 柏崎で越後線に乗り換え小島谷1059着。 ここから信濃川左岸主に三島郡の道路元標を集中的に回ります。




 本日13基目、来迎寺村道路元標、かなりの変り種ですが、里程標の様に他の元標への距離が記されています。 GARMINのGPSとスマートフォンを持ってきていますが、付近の紙の地図を用意してなかったので、結構ルートや時間をロスしてしまいました。 うまく回れば後2つ位GETできたかも知れません。
 
来迎寺駅にて、東横イン宿泊のために4時間かけて長野へ移動です。 今回は着替えを最小限にしてきたので、来迎寺駅の洗面所でシャツを水洗い、絞ってそのまま着たのですが、さすがにすぐには乾かないのは涼し過ぎでした。
 結構「18切符」での貧乏旅行を愉しんでいますが、一度位はこう云うのに乗ってみたいですわ。 普通の寝台なら結構取れるのですがね。



 落日の日本海を走ります、山陰線もいいですが、北陸線もここまでくると見どころがあります。 

 

 長野2012着、例によって東横イン、オープン直後に2泊利用した事があり、その時は折も良く花火も見える良い部屋だったのですが、今回はポイントが貯まっているので無料で利用させて貰います、ところが過去50数泊の中でも最も狭い部屋、輪行袋を入れると扉もちゃんと開けられません、外も見えないし、めちゃくちゃ作為的ですが、過去の無料利用では決してこんな待遇はありませんでした、携帯が使えなかったらキレてる処です。 しかし結構東横インのファンなのですが、この処ケチがついてます。

 

本日の走行56.8キロ

【955】 新潟県 西頚城郡 名立町 (現 上越市) 
【956】 新潟県 三島郡 桐島村 (現 長岡市) 
【957】 新潟県 三島郡 大河津村 (現 長岡市) 
【958】 新潟県 三島郡 与板町 (現 長岡市) 
【959】 新潟県 古志郡 下川西村 (現 長岡市)  
【960】 新潟県 三島郡 大津村 (現 長岡市) 
【961】 新潟県 三島郡 脇野町村 (現 長岡市)
【962】 新潟県 古志郡 福戸村 (現 長岡市)  
【963】 新潟県 三島郡 王寺川村 (現 長岡市)
【964】 新潟県 三島郡 日吉村 (現 長岡市)
【965】 新潟県 三島郡 関原村 (現 長岡市)
【966】 新潟県 三島郡 日越村 (現 長岡市) 
【967】 新潟県 三島郡 来迎寺村 (現 長岡市)

再び「月うさぎ」まで

 なべちゃんのお誘いもあったので先週に続いて「月うさぎ」まで行く事に、ただ天気予報が今一で午後遅くには降られる事確実ですが、なべちゃんは輪行袋すら携行せず往復150キロ走る気満々です。 いつもは奈良から車も信号も多いR169を南下してくるのですが、大和川沿いの快適な道を覚えて貰おうと、大和川と竜田川の合流する辺りまでお迎えに行く事にします。 待ち合わせ場所にはお互い早めに到着したので、早速大和川沿いに上流へと走り出しますが、御幸橋(こちらは「ごこう」ではなく「みゆき」です)北詰の信号を渡った処で、私のasukaのディレーラーが不調、調べてみるとチェーンの一コマが変形しています。

 幸い九州遠征の時のままサドルバッグにはチェーンカッタ-とアンプルピンが入っていたので、とにかくチェーンを切ってプライヤーで補修して繋ぎなおしてみますが、少し走ってみたもののテンションがかかると案の定チェーンが切れてしまいます、諦めて一コマ飛ばして繋ぐ事にしますが、やはり変速は思う通りには行かないので、桜井まで戻った処でロードに乗り換える事にします。 しかしチェ-ンカッターを持ってなかったらトボトボ自転車を押すハメになるところでした。

 ロードに乗り換えた後、大峠ルートをとるために談山神社参堂から多武峯を目指します。 下居バス停と不動滝で休憩の後、八井内のヤマザキで補給しようと思っていたら「本日休業」、どうやら今日は祟られている様です、仕方なくトンネルへ。

 八井内トンネルから大峠トンネルまでは、1キロ半ほど日陰のない登りが続きますが、天気が良くないのがかえって快適、どころかトンネル内は寒い位。
← 2週間ぶりのkoga-miyataです。 (photo : なべちゃん)

 標高500m越の大峠トンネルに到着、R165西峠(348m)やR166女寄峠(368m)を越えるよりかなり余計に登らなくてはなりませんし、関戸峠を下るならともかく「月うさぎ」へ向かうにもやや遠回りにもなりますが、八井内で県道桜井吉野線と分かれてからは殆ど車はやってきません。
 大宇陀まで下ってきた処で「月うさぎ」へ電話、2人分の食事をお願いしますと、ヘルシー野菜カレーならと云う事でお願いしました。 この後も降られることもなく一谷峠を越えて12時半には無事到着。
 もちろんいつもの「癒し猫」に加えて「看板犬」のチロちゃんも、最近ずいぶん愛想良くなりました、以前はなかなか触らせてくれなかったのですが。 帰りの時間を計算して2時半までののんびりさせて貰います。 ここの魅力は涼しい風の通る板の間や縁側でのんびり過ごせる事です。

 先月から始まっているログハウスのプロジェクト、床板も張られてほぼ完成、木の香りが。 11月のコンサート後に移転させる予定だそうで、1間半角程度のスペースですが10月のキャンプにも利用させて貰えるかも。
 しかし帰途に就こうとする頃には案の定パラパラと降りだしてきました、一谷峠を越えると天気は変わる事も多いので、ここでぐずぐずしていても仕方ありませんので出発する事にします。 菟田野から大宇陀と女寄峠に向かって最短コ-スを走りましたが雨は一向にやむ様子はありません、とは云っても走れない様な土砂降りにもならないので、勢い休む事なく桜井まで1時間15分位で下ってきますと、雨もほぼ収まってきました。 この後大和川ルートを判りやすい処までなべちゃんを送って帰宅、本日の走行約101キロ。

「月うさぎ」まで

結局、今年のお盆も昨年に続いて格段の予定はなし。 あちこちお盆休みのスケジュールがまちまちな事もありますが、九州行きで多少燃え尽き気味、一昨年の様にキャンプツーリングに行こうなんて気力は全く残っていません。 と云ってゴロゴロしていてもなぁ…と思っている内にお日様はどんどん高くなってきます。 ぐずぐず準備をしていると余計に邪魔くさくなってきますので、大きなカメラも持たず、パット付きのインナーパンツもはかず、とりあえず飛び出す事に。

多武峰への参道から県道へ、いつもの様に下居のバス停でへたった後、不動滝を覗いて少し涼みます、しかしお盆とあって車が多いです。 朝から何も食っていないので多武峰下のヤマザキで買い食いして、八井内トンネルを抜けて大峠へ向かいます。 大峠トンネルまで日影のない登りが続きますが、標高を上げてくるにつれてと風も爽やかになってきます。
 丁度12時に標高500m台の大峠トンネルを抜け宮奥ダムから大宇陀へと下ります、幸いお気に入りのパン屋さんアナンダが営業していたので2個買って菟田野へ。

一谷峠への取り付き、岩端(いわはし)の公園の東屋で休憩、ここは風が抜けてとても気持ちが良いです、もうこのまま動きたくない….

 

一谷峠を越えお馴染み東吉野村谷尻(たんじり)の古民家カフェ「月うさぎ」へ、この夏はこんなプロジェクトがあって子供そっちのけでお父さん達が頑張ってます、今日屋根がのりました。

「月うさぎ」は食事は要予約ので、コーヒーをお願いして買っておいたアナンダのパン(一応「アナンダ」と「のら」のパンは持ち込み可云う事に)でお昼と思っていたのですが、ピザ窯に火が入っていたので、こんなのを用意して貰えました。 添えてあるソースがとても辛くて、暑い夏にぴったり。 この後、雷ににわか雨と少しは涼しくなった処で「月うさぎ」を後にしました。 本日の走行61.1キロ。

4泊5日18切符輪行ツーリングの旅(4日目)

 今日は阿蘇内牧温泉を出発しR212で阿蘇外輪山を越え、日田から中津へ抜ける計画です。 阿蘇から大分方面へ抜けるなら、湯布院から別府と云う「やまなみ」ルートが定番でしょうが、今回は大分交通廃線跡の「メイプル耶馬サイクリングロード」を走ってみたいので、こちらのルートを選びました、約120キロの行程です。

 R212の外輪山を越える鞍部との標高差は約400m、車が増えて来る前に登りきってしまおうと、6時には出発する旨を伝えておいたのですが、ロビーに下りてみても玄関は施錠されたまま、電話で呼び出して開けて貰ってコンビニへ立ち寄って大観峰への登りへ取り付いたのは7時近くになってしまいました。 平日とあって通勤や仕事の車が時間とともに増えてきます。 結局は観光バスこそ来ないものの結構混む時間帯を走っていた様も気がしないでもないです。

 R212は日田市街に向かって南小国町、小国町と下りが続き9時過ぎには杖突温泉に。 対岸に観音岩温泉とやらが見えて24時間営業とありますが、この時間から温泉に浸かるのもと思っていたら、無料の足湯があるそうなので、少し休憩に寄ってみる事にします。

 足湯の奥には色々と趣向を凝らした個室浴槽が26もあって平日なら800円から2000円程度で入れる様です、でも一人じゃ勿体無いですので、タダの足湯でゆっくりさせて貰います。

 松原ダムの手前で少し登り返しがありますが、下り基調の道が続きます、ただ交通量は徐々に増えてきます。 途中から旧道とおぼしき<9>日田鹿本線に逃げ込み11時には日田駅前に到着。 駅前の観光案内所で案内を貰って、古い街並みが整備された豆田町を少し行き、食事でもしようかと思いつつ、自転車を押してでは、適当な処を見つけられずに、結局は街外れのコンビニで食料を補給して、日田を離れる事に。

 日田から中津にかけてもR212ですが、大型車を含めて交通量は少なくなく、奥耶馬トンネルで峠を越えています、旧道はマニアには有名な大石トンネルが南側に残っていますが、限りなく廃に近いトンネルに向かうより、北側を迂回する<720>日田山国線で伏木(ふしぎ)峠を越える事にします。 石畳の峠道も残っている様ですが、車道は高原状の伏木集落で400m程のピークで九州の分水を越えます。 伏木はキャンプ場があるものの、公民館の横に自販機が1台あるだけの何もない処ですが、このルートをとったおかげでのんびりとツーリング気分を満喫する事ができました。

 日田市と中津市の境は中津側に少し下った処にあり、さらに行くと右手にR212が見えてきて暫く平行に集落の中を走り合流しますが、すぐに反対側に旧道が繋がっており、日田から車に煩わされる事なく旧山国町へ入り、そのまま自転車道で中津まで行く事ができる、なかなかのお勧めルートです。

 山国からは「メイプル耶馬サイクリングロード」へ入ります。 1975年に廃止された大分交通耶馬溪線の廃線跡を利用したもので、私自身は乗った事はありませんが、廃止前の中津駅と思われる写真を撮っていたり、車両が和歌山の紀州鉄道に譲渡され最近まで現役で活躍していて、何度か乗る機会もありました。

 おすすめサイクリングロードの1位にもなったことがあるそうですが、耶馬溪の風景や、幾つものトンネル、近代土木遺産に選ばれている第二山国川橋梁と、見所も少なくないですが、全体の1/3は幹線道路の歩道部分だったりと、期待する程ものでは。 路面状態はロードでは少し辛いかも知れません、山国寄りには暗い上に落ち葉や枝が散乱し、濡れている区間もあります、ツーリング車には心地良い位の感触かも知れませんが。

 耶馬溪で有名な青の洞門、国道や自転車道の対岸にあたりますので、うっかりしていると通り過ぎてしまいます。
 後半、歩道と併用の自転車道と西日に少々参ってきますが、明るい内に大分中津駅前の東横インに到着、明朝18切符で帰途に就きますので、先に輪行準備と不要になる荷物を宅急便にする作業を済ませてしまう事にします。 東横イン大分中津駅前は訳ありシングルプランで3,480円の格安、訳ありと云ってもエレベ-タシャフトの隣で室数限定と云うだけ、私には全く気になりません。 ただ決済が現金のみと云うのに、フロントが一旦カード決済を受け付けてから、後から現金で精算し直してほしいと云う事に。 まぁ格安だったり宅急便の箱が幾つか常備してあったり、熊本駅前の事を思えば応対も良かったので良しと。

本日の走行121.5キロ

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4泊5日18切符輪行ツーリングの旅(2日目)

 今日の予定は佐賀県下の道路元標を幾つか回って熊本まで移動の予定、最初は長崎本線の三間坂駅まで移動して走りだそうかと思ったのですが、後の行程が読みにくい事もあって唐津まで北上し筑肥線の浜崎駅から走り出す事にしました。 浜崎までの運賃は1,080円、今日は18切符を使うかどうかを悩んだのですが、熊本までは無理としても大牟田あたりまで走り抜けられるかと踏んで使わない事にしたのですが。
 ところで昨夜で東横インの宿泊が50泊目、だからと云って何か頂ける訳でもないのですが、メンバー特典で10泊毎1泊無料とか、各種割引を日頃からフルに利用させて貰っています。 なんと50泊目の洗礼は部屋のキーのプレートが落としただけで真っ二つに。 このプレートは部屋内の照明のスイッチにもなっているので、そんなに頑丈なものでもありませんし、逆に頑丈すぎるとスイッチ側を壊してしまうかも知れませんが、落としただけで折れたりするものでもありません。 フロントで弁償と云う事で1,000円也を要求される事に、取り扱い上に手落ちがあったとも思えないし、まして紛失した訳でもない、1,000円と云う金額の根拠があまりに曖昧と云うかテキトーすぎるので、本社から請求書を出してくれと迫ったら無料と云う事に、と云う事は費用と云うより手続き上の煩雑さが上回ったのでしょうね。 しかしこれがケチのつき始めで続きがあるのです。
 しかし佐賀県と云う処は関西人に限らず、今一つ印象に残らないと云えば、昨晩ご一緒したのそーつく氏に申し訳ないのですが、九州での道路元標の宝庫でもなければ、私もこう何度も訪れる事はなかっただろうと思います。 関西芸人島田洋七のがばいばあちゃんと、桜井市民としては卑弥呼がらみでライバル九州説の吉野ヶ里遺跡、最近では玄海原発と云う処なんでしょうか。 でもこうやって通ってみると色々と見所もある様なんですよ、甘党の私が驚いたのは羊羹屋が30何軒も並んでいる小城の街並み

 唐津駅にて、筑肥線が電化(九州なのに直流)され、大幅なルートの変更や高架化でSL時代の印象派はまったくありません。 左の赤い電車筑肥線なんと103系です、ディーゼル車の乗り入れるこの駅では乗車口の段差が極端に大きいのが。 福岡地下鉄との相互乗り入れで快速なら博多まで1時間と沿線は通勤圏内、福岡県に囲まれた鳥栖市とか、佐賀県域のイメージの希薄なところでしょうか。

 筑肥線浜崎駅、無事部品等の紛失や不具合もなく組み上げて出発準備完了、しかし今回は直前まで行き先が決まっていなかったので準備不足、ツーリングマップル九州も忘れてくる始末。 とにかくGPS頼りに道路元標目指して走るだけなのですが、一体どんな道をどんだけ登ったら良いのやら。

 とにかくR323を東へ走りまずは七山村道路元標へ、しかしR323と云う道がこんなに交通量が多いとは想像してませんでした、とにかく峠を越えて佐賀市側へ出なければならない訳です。 旧道と思しき道を発見、これなら車に追われる事もなく快適、下の国道を見下ろすと1台のローディが車に追われながら辛そうに登っています。 と旧道のある内は良かったのですが、結局は現道に吸収され、その先にはヘアピンカーブの急坂が待ち構えていました。  

 完全に調子を乱してしまって、数度の休憩の後、ほうほうの体で標高448mの観音峠に到着します。 しかしローディの多い事、集団でで登ってきたり、峠の前後で休憩していたり、有難い事にサインを送ってくれますが、どうやら此処は近隣のローディのメッカの様で、ツーリストの走る道ではなかった様です。

 蓄えた位置エネルギーを放出して、あっと云う間に北山(ほくざん)村道路元標の残るとされる場所に下ってきましたが、それらしきものが見当たりません。 そこに杖をついて現れたおばあちゃんに尋ねると、道路拡幅の際に車に倒されて折れてしまって、ここに置いてあると教えて貰います。 元標は無残にも真っ二つ、しかし道路上の元あった場所には印が入れられ、近々には再建との事です。 この昭和2年生まれの和代おばあちゃんとは道路元標の事を色々とお話しする事ができました。

 この後、GoogleMapにもまだ載っていない試験湛水中の嘉瀬川ダムの横を通り南山村道路元標のある古湯温泉へ、ここで温泉にでも浸かって引き上げたいのが山々なんですが、とにかく下界へ。 しかし佐賀平野まで下りてくると暑いこと、このまま熊本方面へ向かうか三養基郡に残る道路元標へ向かうか悩ましいところですが、折角ここまで来たのですからみやき町へ向かう事にします。

 三養基郡の3つの道路元標を巡った後、鳥栖駅から再び輪行で熊本へ向かう事に。 熊本まで1,600円ですから「18切符」を使った方が得だった計算になってしまいましたが、これ以上走る余力も時間の余裕も残っていません。 乗り換えもなしですのでハンドルは外さず輪行袋に押し込みます。 熊本駅は今年1月にも来ていますが、新幹線開業ですっかり駅前は綺麗に、そのまま東横インの熊本駅前店まで担いで行っても良かったのですが、明日はここからスタートなので、適当な場所もあるので先に輪行袋をといておく事にします。 ところそれがある意味裏目に…
 東横イン熊本駅前では、自転車は駅前の無料駐輪場に置いてくれとの事、しかしそこは雨ざらしでみるからに無用心。 社員用の自転車置き場に置かせてくれとお願いするが、一向にラチがあかない。 こちらも新潟駅前や富山駅前の様にロビーが一階にないテナントの様になっている店なら予め考えもしようものだが。 それよりフロントの女性が「全員お断りしてます」と云う表現や発音からどうも日本人ではなさそうな感じ、こちらの言い分が通じないのか柔軟な対応がとれないのか、結局他の人に代わって貰って、置き場所を確保する事ができた。

 熊本の中心街はJR熊本駅前から離れているし、今夜は10時半からRKKラジオ熊本の三村さんの番組を聴きながら休む事にします、熊本へ来て3本録りだった様で今夜が最後の放送ではない様ですが、特集は日本のJAZZレーベル、スリーブラインドマイスだった、私には中本マリのデビューアルバムや、笠井紀美子のイエロ-・カ-カス・イン・ザ・ブルーが記憶に残る。 期せずしてと云う言い方はおかしいが、三村さんのお葬式の日、たまたま訪れる事になった熊本で三村さんの番組を聴く事になるとは、なんか因縁があったのだろうか。 最後に店で買ったのはCDで再発されたまま残っていたリッチー・バイラークのナーデイス、いつもと趣の違う買い物が不思議そうだった三村さんが記憶にある。 最近はCD等も通販で買う機会も少なくない、レコード屋の店主が、客の好みや興味を考えて、新しいものや面白いものを勧めてくれる店が無くなってしまったのが残念で堪らない、もっと出掛けていれば新しい発見や出会いがあったかも知れなかった。本日の走行80.0キロ

【944】 佐賀県 東松浦郡 七山村 (現 唐津市) 
【945】 佐賀県 小城郡 北山村 (現 佐賀市)
【946】 佐賀県 小城郡 南山村 (現 佐賀市)
【947】 佐賀県 三養基郡 北茂安村 (現 みやき町) 
【948】 佐賀県 三養基郡 中原村 (現 みやき町) 
【949】 佐賀県 三養基郡 田代村 (現 鳥栖市) 

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