


籠からは<43>那智勝浦古座川線に入ります、明るい南側斜面に開けた色川の集落の中を下って行きます。

標高546mの那智高原公園、(写真右)今走ってきた色川の集落が眼下に見えます。


籠からは<43>那智勝浦古座川線に入ります、明るい南側斜面に開けた色川の集落の中を下って行きます。
標高546mの那智高原公園、(写真右)今走ってきた色川の集落が眼下に見えます。
今日は予定通り「ツール・ド・紀伊」スタンプラリ-のポイント獲得に高見越で尾鷲市に向かいます。 尾鷲へは過去に何度か自走で行っていますし、コース的にも不安はないのですが、この季節に脚力の無い私が150キロ近く走るのですから、いつもの様にのんびりとは走ってられないのですが、結局スタートしたのは少し明るくなってきた6時10分でした。
西峠を通過、菟田野松井橋のローソンで補給の後、佐倉峠を越え新木津トンネルを抜けていつもの定点観測ポイント、まずまずのお天気なので高見山を頂上まで見上げる事ができました。 しかし休日とあって霧氷目当ての登山客を乗せた奈良交通の臨時バスが何台も通り過ぎて行きます、バスだけではないのでそれだけの人が登ったら上は大変な事になっているでしょうね。
9時半過ぎに高見トンネルの入り口に到着、3時間半程かかってますがこれでも結構目一杯です。 雪は4日の「伊勢ツーリング」で来た時と変わりません、前回は歩道に凍結した漏水の氷の破片が散乱していて往生したので、今回は車道を行きます、それでも処々濡れている箇所があるので慎重に走ります、万が一車が接近している時に滑りでもしたら笑い事ではありませんから。
高見トンネルを抜けてループ橋を下ります、今回はのんびりと旧道巡りをしている訳にも行きませんので波瀬地区は新道でショートカット、<569>蓮峡線を経てR422に入り湯谷トンネルを越えます。 トンネルを出て数100m程下った処にある湯谷不動尊、湧き水とベンチがあって夏は最高の休憩ポイントです、ここで小休止、ポットのコーヒーを頂きます。 残念ながらdocomoも届きません、結構な山の中ですんで。
大台町へ下り<31>大台宮川線へ、旧宮川村役場付近で宮川右岸へ渡り<424>大宮宮川線に入り、紀勢道の大宮大台IC付近でそのまま<731>川合大宮線へ入ります、こちらは大内山川をはさんでR42の対岸路になります、紀勢本線にほぼ沿っていて車も少ないのですが結構アップダウンがあります。 しかし高速道路の完成であちこちで風景が一変しています。
時間の余裕がないと云いながら紀勢本線のキハ40系もそろそろ終焉なので、列車の時刻を睨みながら線路沿いを走ります、阿曽駅と伊勢柏崎駅の間で適当な場所を見つけたので、ここで昼食&鉄な時間にします。 facebookにアップした画像を見て鉄な某S先生は場所を特定したので、結構知られた撮影ポイントなのかも。 一応「自撮り」用に三脚も積んできたのですが、そんな余裕もなく、お荷物になってしまいました。
3枚目は電線が被っていますが、まぁ3度美味しい場所でした、やってきたのは東海色、この後に大内山駅と梅ヶ谷駅との間で下り列車を狙えたのですが、そちらも東海色でした。 個人的には旧国鉄色が趣味なんですが、旧国鉄色の2連と云うのは難しそうですね。 ちなみにキハ40系のオリジナルは首都圏色だと記憶しています。 もう少し温かくなったらこれを目的に走りに来ても良いかな、陽が長くなったら2往復狙えるかも。
梅ヶ谷を過ぎるとR42を走るしかありませんが、まぁ荷坂峠は片峠みたいなものですから、熊野古道ブ-ムのお陰で旧峠も行ける様ですがダートです。 しかし高速の開通でR42も交通量が減って随分走り易くなりました、鉄な用事がなければ素直をアップダウンの少ないR42を走った方が良いかも。
霞んでいますが、荷坂峠から見る熊野灘です、ここから紀伊長島まで200m程のダウンヒルです。
ここまで来てやっと今日最初のスタンプポイント道の駅「紀伊長島マンボウ」です、マンボウ串焼とかクジラ串焼とかありますが、あまり好みやないんでパス。 紀伊長島ではR42東長島トンネルを避けて旧市街の駅前へ、踏切の横のその名も「ふみきりや」は健在でした、一応お花屋さんなんで用はありませんが。
紀伊長島から尾鷲にかけては幾つかの旧トンネルが歩行者や自転車用に供用されている処があり、中には県指定文化財となっているトンネルもあります。
(左上)長島歩道トンネル、これは例外でR42長島トンネルより新しくて、最初から歩道トンネルとして作られています。 (右上)旧長島隧道、R42江ノ浦トンネルの海側にあります。 (左下)古里歩道トンネル(旧海野隧道)、R42古里トンネルの海側にあります。 (右下)道瀬隧道、やはりR42道瀬トンネルの海側にあります。 この後R42には三船トンネルがあり山側に三浦隧道と云うのがあったのですが、残念ながら廃道となっています。
銚子川を渡り、道の駅「海山」を過ぎると今日最後の峠となる尾鷲トンネルへ、熊野古道の馬越峠に相当します。 トンネルまでは標高差100m程、斜度も知れていますが、ここまで走ってきていると結構辛いものがあります。 ここも旧トンネルがあって海側にポッカリと口を開けているのですが、尾鷲側で橋が落ちてしまったとかで通行不能となっています、紀北町と尾鷲市の境界ですので、行き交う人もいないとは思いますが。 熊野古道の方の峠はブームのお陰で階段が整備されているのものの、自転車では返って越え難くなってしまいました、盟友峠おやじナワールド氏は押し担ぎで越えた様ですが。
606mのトンネルを抜けると尾鷲市です、残念ながらこのルートでは海を見下ろす云った展望はありません。 1999年に尾鷲から見て対岸の須賀利へ越えて、定期船に乗って尾鷲入りした事ありましたが、背後に大台の山々を背負った尾鷲の風景は感動ものでした、今はその定期船もありません。
尾鷲市街を抜けて少し行った処の丘の上にある「熊野古道センター」へ、思っていた以上に立派な施設にちょっと面食らいます。 17時26分余裕で25地点目のスタンプGET、伊勢路エリア完了、三重県制覇、残るは和歌山県の5地点のみです。 ところで「熊野古道センター」の最寄り駅は一つ先の大曽根浦駅なのですが、付近にコンビニも何もない無人駅ですので尾鷲駅まで戻り1905発の最終のスジに乗る事にします。
帰途、桜井までの輪行は4時間6分、コンビニで食料を仕入れて尾鷲駅へ、今回はマッドガード無しで来ていますので楽勝で輪行支度を済ませ1905発多気行きに無事乗車しました。 本日の走行充実の148.8キロでした。
12月末になって急遽参戦した「ツール・ド・紀伊」のスタンプ・ラリー、2月4日で全30地点中22地点達成までこぎつけました。 期限は3月16日まで残すは奈良県1地点、和歌山県5地点、三重県2地点ですが、当然と云うか結果的に難儀な処が残ってますわ。 一気に回っている訳ではなく出来るだけ費用の掛からない様に、且つ他の要素も取り入れて愉しみながら回っていますので、効率は良くなくて既に600キロは走っている計算になるのですが。 世の中には2日で回るなんて豪語している御仁もおられる様で、まぁ私の様な暇人ならともかく、世間一般の方は貴重な休日を利用して走られる訳ですから、いかに早く回ろうとされるのは当然の事でしょう、自転車趣味であってものんびりツーリングよりもレース志向で目標を果たして行こうとする風潮と云うか、その現実が少し寂しい気がします。
(緑色:履修済、赤色:未達)「轍 ONLINE」を利用していますので、 ブログの日付にかかわりなく更新させるつもりです。
さて残り8地点をどうこなすか、奈良県下では「五新線跡に沿って西吉野サイク(3)」の折に時間切れで取りこぼしてしまった「吉野水分神社」は坂さえ登れば済む話なんですが。 三重県は尾鷲周辺の2地点「道の駅紀伊長島マンボウ」と「熊野古道センター」は先日の「3日連続100キロ超えは伊勢ツーリング」で越えた高見越で自走していく予定です。 このコースは過去に何度か走っていますが、尾鷲駅1905発で帰ってくる予定にしていますので、先日の様に旧道巡りをのんびりとはしていられません、とりあえずR42に入るまでは頑張らなくては。
恐らく一番不便であろう和歌山県北山村の「道の駅 おくとろ」を含む1泊2日の紀伊半島縦断コース、何も無理に泊りがけで旧熊野川町から那智勝浦町への山越えコースを取らなくても良いのですが、このプランは「ツール・ド・紀伊」以前から色川村道路元標を訪れるために暖めていたコースなんです、恐らくこのコースと「ツール・ド・紀伊」のポイントがマッチしなかったらこの参戦はなかったと思います。 北山村から宮井大橋までのR169は長い事走っていませんし、先の旧熊野川町から那智勝浦町への山越えコースは私の紀伊半島フリークの原点みたいなコースです。 色川から那智高原公園経由で熊野那智大社へ越えなければならないので、あの宝龍滝へ寄り道する余裕はなくなりましたが、籠の田村商店のおばあちゃんはお元気でしょうかねぇ。 2日目は76キロですが那智駅1718発が最終ですから,私の脚力ではなかなかタイトです。 残るのは古座川町の「南紀月の瀬温泉ぼたん荘」と太地町の「くじらの博物館」の2地点はKHS往復輪行で現地滞在時間4時間程でこなす算段なのですが。 18きっぷの使える3月になってからですね。
映画「萌の朱雀」でロケ地として使われた「賀名生(あのう)」バス停です、映画では「恋尾」バス停となっています。
結局、橋が落ちていては丹生川を渡る事ができませんのでR168にワープする事に、写真は南朝の行宮であったとされる「堀家住宅 賀名生皇居跡」と五新線第6丹生川橋梁。 鉄道が走っていたら格好の撮影ポイントだったんでしょうね。
せっかくですから「賀名生」バス停へ寄ってみます、賀名生は梅林で有名な沿線随一の観光地です。 丁度お昼時ですので五條の吉野ストアで買ったパンと持参のポットの温かいコーヒーでお昼にします。ちなみに五條市街を出るとR168にはコンビニの類はありません。
国鉄バスと書かれた観光案内板があります、もうこのバス停に降り立つ人はいないのですが。
R168の走る丹生川左岸から向賀名生バス停のある対岸へ渡ってみます。
向賀名生の集落、丹生川をはさんで山腹にへばりつく様に大日川の家々が点在している。吉野には良く見られる風景です。
再び左岸に戻ってR168へ、第7丹生川橋梁で一旦R168と交差します。
R168旧道から何度か五新線を見下ろせるポイントがありますが、この付近の衣笠トンネルに崩落の危険性があるとの事が、専用道のバス廃止の直接の原因となった様です。
終点の城戸バス停跡です、かつて専用道を走ってきたバスはこのスロープを下ってきて一般道に入り西吉野温泉まで行っていました。スロープを上がると鉄道駅舎の様な建物があって反対側はタクシー会社の車庫になっている様です、「市有地につき一般通行を禁止します。この先、通り抜けはできません。五條市」とあります。 五新線に沿ったサイクリングはここまでです。 バス専用道の存在を知っているサイクリストはバス運行の廃止を聞いて口を揃えて自転車道にしてほしいなと云います、実際私もそうだったのですが今は否定的です。鉄道廃線跡を自転車道にしている例は日本全国に多くの実例があります、それは平行した道路が既に整備されていて、幅員がなく一般道への拡張が難しい廃線跡の再利用は自治体の苦肉の策で、まして維持コストのかかるトンネルや橋梁の多いこの路線、大分交通廃線跡のメイブル耶馬サイクリングロードが似通った事例かも知れませんが、賀名生梅林と西吉野温泉くらいしか集客ポイントがない西吉野、サイクリング利用者は限られている事でしょう、廃道寸前の自転車道は各地に少なくないのです、現在の所有者の五條市も頭を抱えている事でしょうね。ぶっちゃけた話この道はバス運行廃止以前から部分的に地元の生活道路になっているのです、それは詳細な地図を見れば歴然としています。現実に崩落の危険性のあるトンネルで分断されてしまっているのですから、地元利用の機会がない橋梁やトンネルは閉鎖し、必要な箇所だけは生活道路として活用すると云うのが現実的だと思います、その折は部分的にでも有効に利用したいと思います。「市有地につき一般通行を禁止…」と云う市の責任回避だけしている現状が一番問題なんだと思いますが、どうでしょう。
かつて鉄道敷設法と云う法律がありました、1892年(明治25年)に制定され、あまねく全国に鉄道路線網を張り巡らそうと云う、今の高速自動車国道法の鉄道版みたいなものです。 鉄道建設が国家の基盤施策みたいに考えられていた時代ですから、費用や技術的問題、必要性、採算性などは度外視で、ある意味政治家の集票の道具の様に使われていたかも、ちなみに道路元標の根拠法の旧道路法は1919年(大正8年)。 1922年(大正11年)の改正鉄道敷設法では全国で150もの路線が設定されていました。 その中に「奈良縣五條ヨリ和歌山縣新宮ニ至ル鐵道」、すなわち五新線が掲げられています。 1939年(昭和14年)に建設に着手されたものの、ルートに関して地元同士の綱引きに、国鉄、近鉄、南海の思惑が絡み、戦時中断を経て1957年(昭和32年)に工事再開、1959年(昭和34年)には五條~城戸までの路盤が完成したものの、地元西吉野村(現五條市西吉野町)が鉄道としての開業に懸念を示したため、路盤を専用道として利用するバス路線として開業する事となります。 その後工事は大塔村(現五條市大塔町)阪本まで進みますが、1982年(昭和57年)の国鉄再建法の施行で工事は凍結、城戸までのバス路線は国鉄~JR西日本と継続されますが、平行する国道168号線の改良や自動車利用の発達、城戸以遠や接続網を持つ奈良交通のバスが国道を走っている事もあって運行本数は逓減し、2002年(平成14年)にはJRバスが撤退、地元自治体が奈良交通に運行を委託していたのですが、トンネル崩落の危険性がある事が判り2014年9月末で廃止となった事は話題に新しいですね。
奈良県出身の映画監督河瀬直美さんの実質的な処女作でカンヌ新人監督賞の最年少受賞作品となった映画「萌の朱雀」(1997年)の舞台に西吉野村がなり、作品中では具体的な事までは明らかになっていませんでしたが、國村隼演じる主人公が五新線に拘わっていた事が物語の重要なテーマになっていました。 ちなみ「萌の朱雀」でデビューした尾野真千子さんは西吉野村出身で御所高校卒業。 最近ではロケ地の案内ができたりしていますが、私の聞いている範囲では内容が暗すぎると地元での評判は良くなかったそうです。
ところで晩年の土日には午前中に1往復だけなってしまったバス専用道、奈良県のサイクリストには知られた存在でした、なにしろ五條~城戸間を車に煩わされる事のない殆んど平坦路と云って良いルートがあるのですから、しかしネットではその利用を明らかにする事はタブーなのです、今もなお。
今日は「ツール・ド・紀伊」のスタンプポイントをGETしにKHSを担いで伊勢志摩方面へ輪行で向かいます。
今回は予め橿原市の金券ショップで買っておいた近鉄の株主優待乗車券を利用します。 近畿日本鉄道の路線のド真ん中に住んでいると名古屋または志摩方面まで行かないとメリットはないのですが、往路の桜井~鳥羽、復路の賢島~桜井で650円ばかしお得になる勘定です。 鳥羽駅まで輪行してスタートです、最初の目的地は鳥羽展望台、三重県道<128>磯部鳥羽線いわゆるパールロードを走らないと行けない処なのですが、いつも志摩方面へ行く時は平行している昔からの県道<750>阿児磯部鳥羽線を走っているので、麻生の浦大橋を除いて一度も走った事がありません、もちろん一般県道で自転車も走って構わない訳ですが、いわゆる観光ドライブウェイ、ロードならまだしも小径車に相応しい道ではありません、今回もできる限り走りたくないので極力<750>を走って行く事にします。
麻生の浦大橋を渡りパールロードと別れると漁港を縫って走る鄙びた道が続きます、石鏡(いじか)では伊良湖岬が遠望できます、しかし最高のお天気、この季節の晴天ならではの澄み切った空気です。 石鏡を過ぎた辺りでパールロードへ入りますが、鳥羽展望台までは標高差で100m以上登らなくてはいけません、展望台だから仕方がないと云えば仕方がないのですが。 なお地図上ではパールロードと<750>は何ヶ所かで交差していますが立体交差になっているので、接続している箇所は限られています。
パールロードは毎年秋に「サイクルマラソン鳥羽志摩線(とばしません)」と云うイベントが行われている位ですから結構ロードで走っている人を見かけますが、鳥羽展望台ではGIANTのGREAT JOURNEY の4サイドで日本一周中の若者に出会いました、山口県を出発し時計回りで北海道を回って今日が181日目、これから紀伊半島一周ですね。 大学は大阪で高取町に知人がおられるとの事で奈良にも来られるとの事、再会が愉しみです。 ブログもされているので応援よろしく。
パールロードを少し走り再び<750>へ、国崎、2つめのポイント「相差海女文化資料館」のある相差(おおさつ)と走り的矢へ、ここで<750>は的矢湾に分断されていて、県道船と云う無料の渡船が結んでいます、対岸までの距離は数百mですが、対岸の三ヶ所(さんがしょ)と渡鹿野島の3ヶ所を結んでいます。 船がこちら側にいない時は写真の腕木を水平にしてやると、それが目印になって迎えにやってきてくれますが、今回は20分程待ちました。 なお一応自転車はそのまま載せて貰えますが、持ち上げられない様なキャンピング仕様の自転車は無理かと、それに写真の様な小型船ですので載せられる台数に限界があります、それと周辺道路から乗り場への案内の類は皆無ですので注意して下さい。
対岸へ渡り少し<750>を走ってから<129>磯部大王自転車道線へ入ります、暫くは殺風景な山の中を走りますが、写真の国府白浜海岸に出て少し海岸線を走ります。 この後自転車道のルートに従うと再び山側へ入りR260を走らされるので、時間に余裕があれば波切(なきり)方面へ回るのも良いかも知れません。
R260は深谷水道を渡った処からバイパスが出来ているので旧道は車が少なくなって自転車にとってはすいぶん走りやすくなっていました。 今日3つ目のポイント「海女小屋体験施設・海女資料館」のある越賀まで行ってから和具港へ戻ります。 写真は越賀海岸。
ここから英虞湾をはさんだ賢島まで伊勢マリンレジャーの運行する定期船がありますのでそれに乗船する事に、桟橋の向こうに見えているのはR260のバイパスの志摩大橋です。 昔御座~浜島間の航路へはロードをそのまま載せて貰ったのですが、賢島の船着場と近鉄賢島駅は距離が100mとありませんし、自転車をそのまま載せて貰えるかが判りませんでしたので、和具港で輪行支度を済ませてしまいました。 なお手荷物品扱いですので運賃の610円以外に360円が必要です。
今回は「ツール・ド・紀伊」のポイント巡りと云う事で鳥羽駅から和具港まで走りましたが、風光明媚な志摩半島、鳥羽からのパールロードや鄙びた<750>と県道船、近鉄志摩磯部からスタートする自転車道、旧R260で志摩半島の先端御座白浜とコースを工夫してみると面白いかと思います。 本日の走行70.8キロ。
マイブームの自分撮りですが、最近ロードに乗る機会が多くて三脚を持ち出せません、asuka号の場合はキャラダイスのサドルバッグに横置きにして楽勝なんですが、ロードの場合はなかなかそう云う訳には行きません。 ゴリラポットとかコンパクトな三脚で充分じゃないかと思われますが、記念写真だけならともかく、ある程度の地上高がないとバックに空ばかり写ってしまうのですよ。 ところでツーリング車に乗るサイクリストの多くは背中にバッグを担ぐ事を良しとしません、三脚をそのまま忍者の如く背中に斜に背負う訳にもいかず、さりとて三脚の為だけに大きなバッグをネェ、とゴソゴソしていたらこんなものが出てきました、知る人ぞ知るNorthTAKEのバッグ、どうやらキャメルバッグ用みたいなのですが、そんな目的でわざわざ買う訳はなく、シクロジャンブルか何かで格安だったから買ったのでしょうが、その中途半端な容量で出番がなく埃をかぶっていました。 それが愛用の三脚にぴったりだったのです。 でこんな感じです、これ位のサイズなら担ぐのも許容範囲です。 と云う訳で今日はのんびりと自分撮りポタリングへと出かけました。 続きを読む ロードの時も三脚を…