国道165号 奈良県に帰ってきました (Photo : タックさん)
1504 JR伊賀上野駅を後にし市街地に向かって南下へ、伊賀鉄道の下をくぐって「鍵屋の辻」へ。
「鍵屋の辻」曾我兄弟の仇討ちと赤穂浪士の討ち入りに並ぶ日本三大仇討ちの一つ、渡辺数馬と荒木又右衛門が数馬の弟の仇である河合又五郎に挑んだ場所とかで、6方向から街道や道路が集る交通の要衝でした。伊賀上野に来たら休憩と記念撮影がてら必ず寄ります、古くは2004年3月7日、前回は昨年6月9日でした。桜井までまだ50キロ以上あるのですが、ここまで来れば気持ちホッとします。
1517「鍵屋の辻」を後に、ただ一昨年5月2日と比べると2時間10分遅れ、旧市街を南下し少し国道422号を走って、猪田道から県道688号依那具山出線へ。ところで422号に出る処にあったファミマがなくなっていたのは予定外、もう名張近くまでコンビニの類はないのですよ。
些か判り難いルートなのですが、あちこちで田植えの準備が始まっている伊賀盆地の田園風景の中を伊賀神戸に向かって南下します。
無量寿福寺(写真左)、夏の午後は木陰になって気持ちが良いのです。近くに「左はせ道 右新田越」の道標がありますので、東から来た青越伊勢街道が初瀬街道と笠置方面にこの辺りで別れたのでしょうね。
県道57号上野名張線に入り近鉄大阪線伊賀神戸駅の西側でアンダーパス、ほぼ近鉄の線路に沿って西へ向かいますので、輪行支度のあるタックさんはいつでも帰途に就けるのですが、まだご一緒して頂けるご様子。
無量寿福寺からほぼノンストップで桔梗が丘から名張へと初瀬街道を、名張市街は街中の旧街道を縫って行きます、既に二人とも100キロ超。初瀬街道と離れ名張川を渡り赤目方面へ。
赤目丈六の旧い街並みを抜け、赤目四十八滝から流れてきている滝川を渡り再び田園風景の中を西へ。
名張市の西の端で宇陀川を渡り再び初瀬街道へ、現在の国道165号に潰された形で旧街道の面影が残っているは僅かの区間です。
約3キロ程国道を我慢の走行で三重奈良県境を越えて1708三本松の道の駅「宇陀路室生」へ。
三本松の外れで海老坂峠を越えます、国道より標高で40m程余計に登らなくてはなりませんが、峠と云っても上をやまなみロードが跨いでいるので雰囲気もなにもありません。
県道28号吉野室生寺針線に合流した後再び国道165号線へ、登坂車線があるものの緑川半焼の坂がネェ、時間があれば室生ダム湖畔を走るのが快適なのですが、そろそろ日没との競争になるので国道をひた走ります。1804萩原札の辻で榛原駅から輪行で帰途に就くタックさんとお別れです。(写真右)
1812 西峠を越え、日没直前の 1838 桜井に無事帰投、走行153.4キロ、センチュリーラン(100マイル=160.934キロ)とは行きませんでしたが150キロ超は2019年6月20日の175.3キロ以来、お昼にしこたま食っているとは云え晩飯も食わず、風呂へ入っただけでバタンキュー。近鉄奈良駅から榛原まで122キロ余り私のペースにご一緒頂いたタックさんに感謝です。
① ~信楽駅 / ② 信楽駅~御斎峠~伊賀上野 / ③ 伊賀上野~
※ 一部にタックさんに撮って貰った写真を使わせて貰っています。