「青春18きっぷ」カテゴリーアーカイブ

道路元標蒐集の旅(’12冬 3日目)

新八代0633発の鹿児島本線下り始発に乗車、次の八代で肥薩線0646発に乗り換え、球磨川の流れを眺めながら人吉に向かいます。 車両はキハ31の単行、JR四国のロングシートのキハ32、54に比べると快適です、輪行袋を置くスペースもありますし。

 

人吉駅で下車、球磨郡山江村へ、人吉市と合併する事もなく、今も現役の村です。






 

 

 

 

山江村道路元標は旧役場建物の横に健在、解説板も建っていますが、ここでも明治里程標との混同がある様です。 旧役場建物は「時代の駅むらやくば」と云う施設になっています。

 

 

 

人吉駅にもどり「いさぶろう・しんぺい」号で吉松へ、「いさぶろう・しんぺい」号は1日2往復の観光列車で、合わせても1日5往復しか走っていない人吉~吉松間ですから一般乗客のために自由席があります。 普通列車ですので「18きっぷ」でも乗車可能です。

 

 

観光シーズンは結構混みますが、この季節の平日、それに「18きっぷ」も今日が最終日とあって乗客もまばら、ガイト役の客室添乗員も手持無沙汰の様です。 

こちらが自由席、2両合わせて12席分程度。 

観光列車ですので、途中の大畑、矢岳、この真幸駅以外にも展望の良いところで停車しますのでのんびりしたもんです。 ちなみに人吉駅は熊本県、真幸駅は宮崎県、吉松駅は鹿児島県にあります。 

 

吉松駅にて特急「はやとの風」、「いさぶろう・しんぺい」と同様のキハ140,147使用ですが、曲りなりにもこちらは特急ですので座席はリクライニング。 

最初は都城経由か隼人経由で日豊本線に乗り換え大隅大川原駅から宮崎県北諸県郡の西岳村道路元標を目指す予定でしたが、吉都線の谷頭駅を下車して向う事に、ところが何を勘違いしてか、ひとつ手前の万ヶ塚駅で下車してしまいました。 まぁ走る距離はさして変わらなかったかも知れませんが。 全く土地勘のない地域をウロウロ走りながら西岳村道路元標へ。 帰途は下り基調の県道を都城へ、都城駅まで1.5キロ程、R10の沖水橋北詰へ出た処で後輪がパンク、都城1625乗車の予定ですから、チューブ交換して走って行くには十分な時間だったのですが、チューブ交換して空気を入れ始める段になって、サイドが大きく裂けている事に気が付きます、空気を入れ続けてもチューブが出てくる様な状態ですがら、もう走行には耐えません。 そうなると都城駅まで押してゆくとなると時間はかなり厳しい事に。  とにかく急ぎ足でKHSを推しながら駅へ向います、今夜宮崎泊で明日も少し走って夜の宮崎フェリーで帰阪の予定でしたが、406-35や37のタイヤが宮崎で入手できるアテもないので、明日走れないのならいっそ今夜のフェリーで帰阪するする方が得策です。 都城駅は北側に改札はありませんが、地下通路があるので一旦南側へ、幸い宮崎行きが1番ホームからだったので、どうにか1625発に乗車する事ができました。 宮崎1734着、宮崎港まで走って行く事もできませんので、輪行袋を担いだまま1750発の宮崎港行き宮崎交通バスに乗車。

宮崎フェリーにはマリンカード会員というのがあり、2000円の入会金を払えば20%の割引が受けられますが、誕生月と前後月の3ヶ月は50%割引2回分の割引券が送られてきます。 1等シングルが空いていたのでちょっと贅沢する事に、通常は20000円もしますが、半額ですので2等寝台との差額は3550円です。  

バストイレこそありませんが、輪行袋も入れられますし、けっこうゆったりしたスペースです、難を云えば窓がない事です。 1300円のバイキングと暗くて何も見えませんが展望風呂に入って一路大阪南港へ、なお北九州や別府航路と違い高知沖の外洋を行きますので、この季節は揺れる日もあります。

新八代0633~0636八代0646~0815人吉1008~1121吉松1153~1306万ヶ塚/都城1625~1734宮崎 3,640円分乗車

本日の走行 45.1キロ

道路元標蒐集の旅(’12冬 2日目)

20120109c.jpg朝日に輝く唐津湾を望む海岸線のR204を行く

佐賀駅0643発唐津線西唐津行きに乗車、始発ではないのですが、西唐津に7時前についてもこの季節まだまだ暗いもので、それに九州ですから関西より当然日の出が遅いです。 

唐津までは最近も来ましたが、西唐津駅は40年ぶりです。 広い駅構内が西唐津機関区のあった往時を偲ばせます。 当時は筑肥線の付け替え前で、もちろん唐津駅も現在の高架の駅ではありませんでした。 西唐津から先は呼子線として建設が始まっていたのですが、国鉄民営化の中で結局工事は中断されてしまいました、今もトンネル等の遺構が残っているそうです。
 今日は佐賀県西部に残る未収の道路元標を巡る予定ですが、最北の名護屋から有明海を望む鹿島市の七浦村道路元標まで都合8基を辿りながら南下するのは難しそうなので、最初は唐津から西へ向い切木村道路元標から南下しようかと考えてみたのですが、ここへきて北風も強くないので名護屋村道路元標へ向う事にしました。

 

 

唐津から名護屋へ向うには海岸沿いに走るR204と、太閤道と呼ばれるショートカットの県道があり4キロ位距離は短い様ですが、山越えの県道の方が交通量が多く、海岸沿いのR204もアップダウンもそれ程でもなさそうなのでこちらを選んでみました。 屋形石まではなかなか風光明媚な海を望むコ-スで自転車で走るならこちらがお勧めです。

 

 

呼子でちょっと寄り道、「日本三大朝市」なんだそうです。 その日本三大朝市は輪島、高山に千葉県の勝浦とここ呼子が争っている様です、確かに輪島、高山と比べるスケールは小さいですが、千葉県の勝浦は行った事がないので。 いかシュウマイのバラ売り100円があったので頂きました。

 

 

この手のものは苦手なんですが、ナマコって結構エエ値段するんですねぇ。




 

 

呼子港にて。

名護屋村道路元標の後、文禄の役で有名な名護屋城跡を少し覗いて玄海町へ、話題の原発立地の町だけに道路も橋も立派ですが、私が興味を持ったのはこの橋? どうやら「仮屋湾遊漁センター」と云う海洋釣堀へ行くためのものなんですが、誰か自転車で走って。

切木村道路元標、北波多村道路元標、道の駅「伊万里」へ経て南波多村道路元標へ、北波多村からここまでR202は思っていたより車が多くて、それも休日にも関わらずダンプの多い事。 南波多道路元標は「南波多村役場跡」碑として再利用されている様です。

次の若木村道路元標まで少しだけですが筑肥線と並行するので、列車時刻を調べてみると伊万里行きがやってくる様ですので少々鉄分補給を。 今では福岡市地下鉄に乗り入れている筑肥線ですが、唐津より西側は非電化の典型的ローカル線、レトロと云うより廃屋同然の肥前長野駅。

やってきたのは案の定黄色のキハ125単行。

佐賀在のそーつくさんに教えて頂いた杵島郡の若木村道路元標、頭部だけが残されて公民館向かいに放置されています。 基部はどこにあるんでしょう。

 

住吉村道路元標に辿り着いたのは16時を回った頃、ユニークな視点で書かれた解説板があります。
 この後七浦村までは無理としても、嬉野市に残る吉田村道路元標まで行けるかとは思っていたのですが、まだ20キロ近くもあり日没には間に合いそうにありません、名護屋まで北上して自転車ツーリングとしても満足できるコースを走る事ができた事ですし、残り2つの道路元標は次の機会にして長崎本線の上有田駅へ向う事にします。 今夜宿泊の東横イン新八代駅前は八代市街から遠く離れた田んぼの真ん中、九州新幹線の駅前と云ってもコンビニも何もないのです、前回は熊本駅構内のコンビニで買出しして行ったのですが、今日は買い物する時間の余裕がありません。 上有田駅はもちろん有田駅周辺にもコンビニの類はありません、どうやら少し行くと地方スーパーがある様なのでそちらへ向います。

 

 

 

鳥栖駅で鹿児島本線に乗り換え、ここのホームの立ち食いには「アスパラ天そば(うどん)」なるものがあって以前頂いたのですが、どうやら季節メニューの様です、残念。

佐賀0643~0758西唐津/有田1745~1915鳥栖1935~2014銀水2033~2126熊本2137~2209新八代 4,650円分乗車
本日の走行96.7キロ

道路元標蒐集の旅(’12冬 1日目)

九州へは昨年1月に自転車なしで3泊3日、7月末から8月にかけての4泊5日、asuka700cで行っていますが、今回はKHSを担いで行く事に、破れかけていた輪行袋、オーストリッチのちび輪を年末に年末に新調したばかり、目だった不具合はないのですが走行距離的にタイヤがちょっと不安なのが。 今回のメインは佐賀県西部の未収の道路元標数基を順番に6基か7基はGETしたいところ、唐津駅からスタートしたいので、8日泊は御馴染み東横インの博多か佐賀、大阪0650発の新快速のないあ休日ダイヤですが、佐賀まででも問題なく移動できますが、せっかく山陽路を西へ向うのですかた昨年新たに確認された岡山県邑久郡の大宮村道路元標(現 岡山市)へ立ち寄って行く事にして、未明にJR王寺駅まで20キロ余りを自走して行く事にします、真っ暗な川沿いの道ですが日頃から走り慣れている道ですし月夜で明るい事、寒いのは仕方がないと云う事で。 真夜中3時過ぎに桜井を出発し王寺0430発の始発に無事乗車、ここまでしてこのスジを利用するメリットなんですが、昨年夏にも利用してますのでこちらを。

姫路駅0732発の新見行き乗車、発車までに野洲始発の快速が追いついてきてきっちり満員になります。 重くてデカい輪行袋を担いでいると、乗換時間や階段、車内での置き場所とか色々と考えておかなくてはならない事が多いです。

山陽本線姫路以西は主に115系か117系です、115系の時はトイレ付き夏は弱冷車となる先頭車のこの場所に陣取ります、先頭車なので時々’鉄ちゃん’がウザいのですが、余程混んで来ないと隣に座る人が来ない席なんです。 今回は東岡山で下車して赤穂線で少し引き返して大富駅へ、大宮村道路元標まで往復20キロ程の行程なのですが、その道路元標が非常に判りにくくて、予定より遅れて西大寺1142発に乗車、佐賀までは行けなくはないのですが、門司駅乗換え1分はタイトです。

糸崎駅にて、どうしてもここで乗り換える事が多いです「18きっぷ」で長時間普通列車を乗り継いで行くと、食事や食料の補給も考えておかないといけません。 糸崎は私の世代の’鉄’な人には色々と思い入れのある地ですが今は売店もなにもありません、ただ駅を出て東へ少し歩けば地元スーパーがあります。

岩国、下関4分、門司1分での乗り換えを無事にこなし鳥栖へ、肥前山口行きを待ちます。 今日の様に柔軟に予定を変更すたりするのには一覧性の高い時刻表が一番良いのですが、そうも行きません、最近はジョルダン「乗換案内NEXT」に頼る事が多いものの、スマホ版は行儀が悪くて一日何度リブートさせる事やら。

鳥栖から長崎本線は817系、水戸岡デザインの815系のクロスシート版、カラフルな内装の815系に対して木と本革のデザインは、座り心地はともかく今なお新鮮ですが、使い込まれてくると、座席の強度、扉内側の塗装に問題がある様ですね、佐賀2229着。

 

王寺0430~0503新今宮0512~0529大阪0540~0645西明石0646~姫路~東岡山~大富/西大寺1142~1337糸崎1358~1620岩国1643~1955下関1959~2007門司2008~2152鳥栖2204~佐賀2229 11,760円分乗車

本日の走行20.7キロ

今年も「青春18きっぷ」GET!!

 「18きっぷ」のシーズンがくる度に、ある時は輪行袋を担ぎ、ある時は’乗り鉄’の旅を満喫しながら出掛けている「道路元標蒐集の旅」。 今シーズンは年末ギリギリになっても年明けの予定がまとまらずに発売期間が12月末までの「18きっぷ」を買いそびれてしまいました、ヤクオクや金券ショップでも入手できたりするのですが、18きっぷもブームなのか、まだ連休もあるし、なかなか適当な価格で出ていない様です、以前は有効期限間近になると結構額面割れで出ていたものなんですが。 Twitterのやりとりの中で「月うさぎキャンプ」でご一緒したゆるり君が大分へ帰省すると云う事で大阪キタの金券ショップで2回分を6,000円でGETした様ですが、その時の話では3軒まわってあったのはこれだけとの事でした。

大阪へ出る予定ができたのでキタで10軒程覗いてみましたが置いていない処が殆どで、確かにあっても少ないですし、残日数4日にもかかわらず1回当り3000円台が相場の様、唯一5回まるまるが額面割れで出ていただけ、やっと見つけたのが残3回7,800円也、1回当り2,600円と額面より300円高くなります、きっと明日なら7,000円割れかなと思いつつ。 いずれにせよ九州方面へ向い8.9.10日で使って、10日か11日の夜に宮崎フェリーの会員特典で格安に帰阪する予定です、仕事の段取りと天気予報を再確認して7,800円でGET!!

せっかくと云うより予定のコースですが、帰りにミナミへ、正月のお屠蘇もたしなまない私ですので、今年の初酒です。 30数年のお付き合いなるマスターと「あけましておめでとうございます、ことしもよろしく」、新春そうそうちょっと呑みすぎて帰宅。

道路元標蒐集の旅(’11夏 総括)

 今シーズンもしっかり利用させて頂きました「青春18きっぷ」、3回目 7,670円分、4回目 5,470円、5回目 8,410円と3日間で21,550円分、先の九州行きと合わせると41,330円分乗車。 しかし実際のダイヤで乗車して最大何円分乗れるのでしょうね。

今回は20吋小径車KHS F-20Rでの輪行で、2泊ですし荷物も極力絞ったので結構楽でした。 3日間での走行距離は151.1キロ、過去何度も100キロ以上を走ってますし、最高135キロ程走った事もありますが、疲労を考えるとやはり50キロ位が丁度良い様な気がします。 そろそろタイヤも交換しなくては。 道路元標以外は写真を撮る余裕もないはずなのに持って行った LUMIX G1の交換レンズ、やはり使わなかった、学習してないなぁ… 大体がG1持ってゆく必要があるのかと云われそうですが(^_^;)

道路元標蒐集の旅(’11夏 3日目)

 明日には仕事の予定があるので、今日中に帰らなくてはなりません。 長野から可能な範囲で道路元標を拾って帰るつもりですが、篠ノ井~中央西線で名古屋経由、篠ノ井~大糸線で糸魚川にでて北陸回り、距離的には一番遠回りになりますが直江津へ戻って北陸線経由と色々考えられます、北陸回りで富山から長い事乗っていない高山線経由で岐阜に出ると手も、さすがに高山線経由はちょっと難しい様にも思えたのですが、意外にも直江津1041に乗れば「18切符」のまま桜井へ帰る事も可能です、富山駅で1時間20分待ちと云うのはいささか勿体無い話なのですが。
 結局は一番面白そうな高山線経由を選んで、長野0614発直江津行きで妙高市の関山へ、ここから3時間20分の間に道路元標を拾いながら真っ直ぐ行けば30数キロ先の直江津まで、と云っても前半は下り基調で山越えもありませんが。 しかし信越線の長野駅始発ってなんでこんなに遅いのでしょうねえ。

 妙高山麓の関山駅で標高340m程、少し走って堰山村道路元標へ、後はR18を避けて北国街道旧道をどんどん下って行きます、新井あたりではR18に吸収され交通量が増えてしまうまでは気持ちの良い道が続きます。
 北国街道、雪国の旧街道と云うにはやや物足りない雰囲気ですが… 直江津に向かう途中には幾つか道路元標が残っているのですが、新井町道路元標は施設内保管と云う事なので時間的にも無理があるので、中郷村、三郷村、津有村と巡る事にします。
 直江津1041発に乗車すると、後は改札の外へ出る予定はありませんので、あらかじめ食料を調達しておかなくてはなりません、ところが直江津駅前や北側の旧市街にはいわゆるコンビニがありません、どうやら直江津橋東詰のセブイレが最後だった様です、理由の如何はともかく古い街並みには時々あるパターンです。 郵便配達の人に聞くと駅の自由通路を通って南側に出て、駅裏にあるのが一番近いそうで、エレベーターで自由通路へ上がり南側へ、少し探しましたが、それでも歩けば5分はかかる距離でした。 自由通路は押せば自転車も大きな顔して通れる市道です。 ベンチもあって改札前も通るので輪行仕度には最適ですが。 なおいわゆるキヨスクは駅構内にあります。

 富山1234着ですが、1時間20分も冷房の効いた待合室のないホームで待つのもなんなので、「18切符」を良い事に高岡駅まで往復する事にします。
←再び富山に戻って1354発の高山線猪谷行きに、キハ120の2連ですが結構学生で混んでいるので、高岡まで往復したせいで座れなくなってしまいました。 越中八尾で座れましたが、富山はその八尾で翌々日から始まる「おわら風の盆」一色です。
 猪谷で1508発美濃大田行きに接続しますが、待っていたのは旧国鉄色のキハ48 2両編成です。 東海色のキハ40,47は紀勢線でも御馴染みですが、塗り替えたばかりなので、マニア目当てのリバイバル塗装でしょうかね。 ところで先代のキハ23系は確かに当初この色でしたが(信楽線キハ53)、キハ40系ってオリジナルはいわゆる首都圏色と呼ばれる朱1色じゃなかったのかな。

 乗り込むとトイレ前のスペースには大きな輪行袋が3つ、こちらも大学自転車部合宿の流れの様で、平湯から高岡経由で下ってきたそうです。
←冷房が標準になる前だったからなのでしょうか、もちろん後付けのクーラ-もありますがレトロな扇風機が回ってます。

 JR西日本にも良く見られる両開きのキハ47と違って両端に片開きドアが付いて、デッキこそありませんが国鉄時代の急行用気動車の雰囲気があります。 美濃大田まで3時間半、ロングシート車両に長々と乗せられる路線の事を思えば快適です。
 美濃大田で岐阜行きに、その後は岐阜、米原、京都、奈良とJRを乗り継ぎ桜井に2310に帰り着く予定だったのですが、問題は京都と奈良で3分の乗り換えをこなさなくてはなりません、小径車、混雑時を外れている、京都駅は東側地下通路を利用する事でクリアできるつもりが、米原から京都までの新快速は2分延、大急ぎで10番ホームへ向かったものの奈良行きは目の前を定刻に発車してしまい、やむなく京都から近鉄で帰る事に、桜井には僅か3分早く着きましたが920円余計な出費をする事で、今回の「18切符」の旅は終わりました。

本日の走行46.2キロ

【968】 2011/08/30 新潟県 中頚城郡 関山村 (現 妙高市) 
【969】 2011/08/30 新潟県 中頚城郡 中郷村 (現 上越市)  
【970】 2011/08/30 新潟県 中頚城郡 三郷村 (現 上越市)
【971】 2011/08/30 新潟県 中頚城郡 津有村 (現 上越市)

道路元標蒐集の旅(’11夏 2日目)

 富山近郊ではかつて交直両用の急行型電車475系がまだまだ現役です、デッキ寄りがロングシート化され吊革がついたりしてますが、サボ入れが残っていたりして往時を偲ばせます、急行「立山」とか懐かしいなぁ…  ただ輪行袋を置くスペースがないに等しいのが残念です。 一部の車両で洗面室をつぶして荷物置き場になっているものもありますが、手すりがないので固定が難しいのが難点。 ところで北陸本線糸魚川駅、もう大糸線キハ52の姿はありませんし、あのレンガ造りの車庫も取り壊され、新幹線橋脚がそそり立っていました。
 
北陸本線名立駅で途中下車し次の列車までの46分間に1キロ程離れた名立町道路元標まで往復しますが、さすがKHSなら余裕の作業です。 直江津駅への車中で輪行袋のグループが、千葉大学サイクリング部の夏合宿の流れ組の様です、夏合宿では飛騨から天生(あもう)峠を越えて白川郷に入り、福井から金沢と走ってきたそうです。 現在部員70名程とか、大半はクロスバイクでランドナーは数える程もないとか。
 柏崎で越後線に乗り換え小島谷1059着。 ここから信濃川左岸主に三島郡の道路元標を集中的に回ります。




 本日13基目、来迎寺村道路元標、かなりの変り種ですが、里程標の様に他の元標への距離が記されています。 GARMINのGPSとスマートフォンを持ってきていますが、付近の紙の地図を用意してなかったので、結構ルートや時間をロスしてしまいました。 うまく回れば後2つ位GETできたかも知れません。
 
来迎寺駅にて、東横イン宿泊のために4時間かけて長野へ移動です。 今回は着替えを最小限にしてきたので、来迎寺駅の洗面所でシャツを水洗い、絞ってそのまま着たのですが、さすがにすぐには乾かないのは涼し過ぎでした。
 結構「18切符」での貧乏旅行を愉しんでいますが、一度位はこう云うのに乗ってみたいですわ。 普通の寝台なら結構取れるのですがね。



 落日の日本海を走ります、山陰線もいいですが、北陸線もここまでくると見どころがあります。 

 

 長野2012着、例によって東横イン、オープン直後に2泊利用した事があり、その時は折も良く花火も見える良い部屋だったのですが、今回はポイントが貯まっているので無料で利用させて貰います、ところが過去50数泊の中でも最も狭い部屋、輪行袋を入れると扉もちゃんと開けられません、外も見えないし、めちゃくちゃ作為的ですが、過去の無料利用では決してこんな待遇はありませんでした、携帯が使えなかったらキレてる処です。 しかし結構東横インのファンなのですが、この処ケチがついてます。

 

本日の走行56.8キロ

【955】 新潟県 西頚城郡 名立町 (現 上越市) 
【956】 新潟県 三島郡 桐島村 (現 長岡市) 
【957】 新潟県 三島郡 大河津村 (現 長岡市) 
【958】 新潟県 三島郡 与板町 (現 長岡市) 
【959】 新潟県 古志郡 下川西村 (現 長岡市)  
【960】 新潟県 三島郡 大津村 (現 長岡市) 
【961】 新潟県 三島郡 脇野町村 (現 長岡市)
【962】 新潟県 古志郡 福戸村 (現 長岡市)  
【963】 新潟県 三島郡 王寺川村 (現 長岡市)
【964】 新潟県 三島郡 日吉村 (現 長岡市)
【965】 新潟県 三島郡 関原村 (現 長岡市)
【966】 新潟県 三島郡 日越村 (現 長岡市) 
【967】 新潟県 三島郡 来迎寺村 (現 長岡市)

道路元標蒐集の旅(’11夏 1日目)

 さて「18きっぷ」残りの3回はどう使おうかと色々と思案、先月末からの九州4泊5日では結構予算も使ったし、asuka号の方も色々と本調子でない点もあるので、今回は久しぶりにKHSを担いで、年内の1000基達成を目指して距離より数をこなせる様なプランを方角毎に準備して、週間予報と仕事の予定を睨みながら待つ事に。 27日土曜出発で石川~新潟方面に向かう事にしたものの、土曜の予定が狂ってしまい結局は日曜出発の2泊3日になってしまいました。
 「18きっぷ」で関西から朝一に金沢方面に向かうには敦賀0650着の新快速に乗るのが丁度良いのですが、敦賀駅で金沢行きへの接続時間が3分と輪行袋を担いでの移動は至難の技、そこで1本前に乗るために奈良駅まで20キロあまりを自走する事に。
 ところがこのプランは京都、近江今津、敦賀で都合1時間半以上も待たなければならないのが、まぁ敦賀へ先回りしている訳ですから輪行袋を担いでいても確実に金沢まで座っていけるものの、結構忍耐が必要です。 近江今津駅にて、ここまで117系。
 金沢で七尾線への乗り換え時間は3分、乗換案内NEXTでは同じホームの5番から4番だったのですが、車内アナウンスで6番から5番とホーム違いで大慌て、ただ勝手知ったる金沢駅の事ですから、どうにか無事に乗り換える事ができましたが。 後で運転手に尋ねると臨時列車の運転による変更の様でした。
 七尾線は415系、ロングシート部分が撤去され、座席間隔が広くなっています。 輪行袋の置き場所は一杯あります、ただ暖房時はちょっと問題が、でも暖房入れる季節に能登へ行きませんし。

 七尾駅、JR七尾線は次の和倉温泉駅までで電化されていて特急列車は全て和倉温泉まで行きますが、普通列車はここまででここから先はのと鉄道のディーゼル車が運行されています。 18切符は和倉温泉駅まで利用できますので、目的地の能登中島駅までの乗り越し区間の切符360円を購入。
 のと鉄道はなにやら鉄な連中が多いなと思ったら、昨日今日となにかイベントが行われている様です。 途中駅ですれ違い列車を覗くとこんなツワモノが、のと鉄道っていつからサイクルトレインを導入したの?  1437ようやく能登中島駅に到着、時間の許す範囲で付近の道路元標を巡ります。

 ところで能登中島駅構内にはなんの所縁か、国鉄時代の郵便車オユ10が保存されています、確か郵政省所有の車両だったはずですが。

 

 平成の大合併で今は七尾市となってしまった旧中島町域の道路元標3基を回った後、中能登農道橋で能登島へ渡り、島内で現存が確認されている中乃島道路元標まで行きたかったのですが、標高こそ低いものの島内は結構アップダウンがあって、日没までの時間もないので今日は諦めて田鶴浜村道路元標を経て和倉温泉駅まで走る事にしました。 R249を避けて海側の道をたどって行きます。 所々狭い区間もあるので比較的車も少なく、自転車にとってはこちらが快適です。
↑七尾西湾の入り江に架かる平成橋、そう云えば海の匂いを感じながら走るのはこの夏始めてです。

本日の走行48.1キロ(奈良駅までの自走20.1キロ含)

【951】 石川県 鹿島郡 中島村 (現 七尾市)
【952】 石川県 鹿島郡 熊木村 (現 七尾市)
【953】 石川県 羽咋郡 釶打村 (現 七尾市)
【954】 石川県 鹿島郡 田鶴浜村 (現 七尾市)

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4泊5日18切符輪行ツーリングの旅(総括)

 遊び明けすぐの仕事から戻ってくると、中津から送った宅急便が。 この荷物を自転車に積んで走っていた訳、帰りの輪行を考えると箱代込で1,720円は決して高くはない。 昔チッキ(手荷物輸送)と云うのがあって、乗車券があると小荷物より安く荷物を送る事ができたが、北海道の国鉄バス長沼営業所から阪和線鳳駅まで送り、到着の連絡まで数日かかった記憶がある。
 さて九州「4泊5日18切符輪行ツーリングの旅」総括。 走行324.3キロ、道路元標7基(累計950基)、交通費7,280円(2日目も18切符を使えば6,900円だった)、宿泊費18.091円4泊(内牧温泉五岳ホテル5,900円夕食含)、外食費、食費、飲料費12,048円、雑費(運送料等)2,380円、計39,799円
 今回は複数のプランを天気予報を睨みながら、直前まで行き先を決めあぐねていたので、準備不足だったのは否めない。 ツーリングマップル九州もあるのに持って行かなかったし、GPSやスマホでグーグルマップが見られるとは云え、どこまで登るか詳しく判らないのは結構つらくて、かなり調子を乱してしまった。 しかし針金を持っていたのだけはガードの補修に役立った。

4泊5日18切符輪行ツーリングの旅(5日目)

 緊急の呼び出しで急遽帰らなくてはならないなんて事もなく、無事に5日目の朝を迎え、18切符で帰途に就きます。 大分県と云っても一番端の中津、始発は0454ですが、そこまでしなくても余裕で帰る事ができます。 ただ0550の小倉行きに乗車しましたが、平日とあって小倉近辺までくると朝の通勤時間帯にかかってしまいましたが。

 外せるもの、不要なもの極力宅急便にしてしまったので、輪行袋もコンパクトで軽く、ロード並みとは云いませんが。 ハンドルは抜きましたが、フロントキャリアは付けたままですので、フォークを90度ひねっても意味がありませんので、全長はあまり短くはなってません。
 中津0550→0656小倉0711→0725下関0752→0859新山口901→1109岩国1124→1335糸崎1341→1617相生 と予定では相生で1618発の野洲行き新快速に乗り継ぐつもりが、東岡山の手前で遅れ相生に着く頃には8分遅れて、以降の乗り継ぎ予定が白紙に、とは云っても順調に行けば静岡あたりまで行けるスジなんで、時間的には問題はなし、ただ夕方の通勤時間帯にうまく大阪を抜けるかが課題。 結局、尼崎1823発の東西線~おおさか東線経由の奈良行き直通快速まで少し待って乗車、久宝寺、高田と乗り換えで20時過ぎに無事帰宅できました。 この間、座れなかったのはダイヤの乱れた相生―姫路―尼崎間、乗換えで階段を利用したのは小倉駅だけ。 18きっぷで中津―桜井間14時間あまり9,700円分乗車してきました。

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