「京都府」カテゴリーアーカイブ

久しぶりの御斎峠

 今年になってモチベーションが下がり」っぱなし、時間ができても朝になったらくじけてしまう、で輪童さんの「風のたより」他に告知してみました。 急だったので釣れたのは輪童さんと天五さん、案の定朝にはすっかり走る気がうせているのですが、同行者もいるので少し早めですが6時15分に桜井を出発します。 初瀬ダムの坂を登ろうした頃に輪童さんから電話、約30分位後ろにいる様です、ところが坂を登っていると左膝に痛みが、昔寒い時期に無理をしたのが災いして、今なお冬場は痛む事があるのですが、走り込み不足と今年初めて膝を出したウェアに、朝の冷気が堪えた様です。 暖まると収まると思っていたのですが。

 初瀬ダム、小夫(おぶ)、天神社奥宮の水場と少しずつ休憩しながら、輪童さんを待ちます。 結構評判の名水とかで水くみの人が並んでいたりする事もあるのですが、さすがに時間が早いようで。
 案の定、今日もドッベルギャンガーでやってきました。 課題のステムの改造も済ませて、調子は良さそうです。
 旧都祁村に入って三陵墓古墳にて、県道から見えないので少しわかりにくいですが、清潔なトイレや四阿があって絶好の休憩ポイントです、テーブルのないのが残念。 ここを20分遅れで出発する事になり、上深川から入るコースを、ジェットコースターの様な農免道路でショートカットしたものの分岐を間違えてしまいどんでもない劇坂を登った末に農免道路に戻ってしまいました。  
 どうにか予定のコースに入ります、名張川の支流遅瀬川の上流から新しくできた上津ダムを経て<181>遅瀬西波多線に入る、かなりレアなコースです。 予定では上津ダムで15分位は休憩してから五月橋を予定の時間に到着する予定でいたのですが。 上津ダムを通過して五月橋0925着、どうやら他にドタ参はいない様です。

 旧R25(いわゆる非名阪)の五月橋、前後にポニートラスを持ったレトロなトラス橋です。
 近鉄の伊賀神戸まで輪行で来る予定の天五さんとは1030に伊賀上野の田楽の店「わかや」で落ち合う予定ですが、今度は20分も早く伊賀上野へ着いてしまいました。 そこで甘いものは別腹と云う事で鍵屋の辻の「数馬茶屋」でわらび餅を頂く事に。

 「わかや」前にて、一時ここで田楽を食ってから御斎(おとぎ)峠~信楽~御葉木峠を回って伊賀上野に戻り、「伊賀路」で「牛タンとろろ定食」を食って宴会になると云う、とんでもなくグルメと云うか高カロリーなツーリングがブームになりましたが、狂牛病騒ぎで一時メニューから「牛タン」が消えたのと<334>神山多羅尾線が暫く通行止めになったりした事もあって、いつまにか熱が冷めてしまいました。 しかしBlogなどなかった頃にツーリング系サイクリストにはルーツとも云える「ランドナー補完計画」の面子に峠おやじナワールドさんや今のSORAさんが参加していたり、また名古屋の「はづき」とのジョイント企画もあったりして、関西と中京のサイクリストに「わかや」は知られる様になってしまいました。 もちろん一般的にも休日には行列のできる伊賀上野の有名店ではありますが。

 伊賀上野から御斎峠へは<138>信楽上野線一本なのですが、高倉から直登の激坂区間があるので少し手前から裏道に入ります。 写真は途中にある水場。
 御斎峠へは春夏秋冬、四季を通じて何度も登っていますが、情けない事に今回が一番キツかったです、暖かい処か暑いと云う陽気なのですが、膝の痛みも時々出てきます。
 多羅尾にて、ここで小峠を越えて信楽側に出て、<5>木津信楽線で滋賀京都境を越えて加茂へ下るか、押原越から三国越林道で童仙房経由から下るかと思案した末に、車の少ない童仙房経由を選んだのですが...
 三国越林道は東向きには何度も走っていますが、西向きは初めて、それも疲れもたまった帰りに選択してしまったのは大誤算、こんなにアップダウンあったかと思う事しきり、思いっ切り押しも泣きも入ってしまいました。
 ようやく和束近くまで下ってきました。おなじみ和束のローソンで休憩の後、輪行で帰途に就く鈴童さんと加茂で、天五さんとは木津で別れます。 今年初めての100キロ越えでもう目一杯でしたが、ガード付きで輪行するのも邪魔くさいので、奈良阪さえ越えれば騙し騙しどうにか明るいうちに帰れるだろうと自走で桜井に向かいます。

  加茂にて木津川河畔、実は天五さんと初めて出会ったのはこの土手上のコ-スで2006年6月3日でした。以前なら「伊賀路」で「牛タンとろろ」の時間ですから、少々お腹が、途中で天五さんに貰った菓子パンをかじって7時前には桜井に無事たどり着きました。本日の走行135.0キロ

道路元標蒐集の旅 (丹後編)

「18きっぷ」のシーズンに入り早速、昨年9月に続いて丹後地方の元標を巡ってきました。 1日天気も良さそうなのでKHSを担いで行こうかとも考えたのですが、路線バスを駆使して旨く回れそうなので身一つで出かける事に。

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西舞鶴からは旧国鉄宮津線の北近畿タンゴ鉄道のお世話になります、以前は「18きっぷ」を提示すると500円で乗り放題の「KTR青春フリーきっぷ」が買えたのですが、さすがにこれは安すぎたせいか、同社のHPに地元客からクレームがついたりしていて、そのせいかは知りませんが今期は無くなってしまいました。 なお通期で「KTR1日フリーきっぷ 」が1,200円で発売されていて、これでも西舞鶴から天橋立以遠へ往復するなら元が取れる勘定です、実際同鉄道を2,930円分乗車させて頂きました。

1236904222.jpg 今回は地元の路線バス丹後海陸交通を駆使して移動します、ご多聞に漏れず1日僅かな本数しか走っていないのですが、昨夜京丹後市のHPからバス時刻表のPDFファイルをダウンロードして出掛けます。 丹後大宮駅1150着、少し歩いて以前の大宮町役場だったろう京丹後市大宮庁舎前を1244発に出る延利行きバスに乗って五十河村道路元標のある延利ですぐ折り返す計画。

 

1236904228.jpg2004年に6町が合併してできた京丹後市、本庁舎は峰山の様だが、建物はここが一番立派、とても人口1万人の町役場だったとは、わが桜井市や隣の橿原市より立派。 ところで庁舎前のバス停に立つと、翌々日の3/14に時刻改正があるので両方の時刻が掲示されているものの、いずれにも1244発どころか延利行きすら書かれていない。 ちょうど大宮庁舎の目の前なので、役場の受付で尋ねてみると、少し調べてバス停の表示が間違っていると宣う、そんな事もあろうかとバス停に戻り、あまりに怪訝なのでバス会社に電話をすると、バス停の掲示に誤りはなく、延利行きは小町公園行きに延長されていて、親切にも私の見ている時刻表は昨年10月の先の時刻改正の前の時刻だと教えられた。 さすがに頭にきたので役場へ戻り、先の受付氏に詰問すると、我関せずの態、繰り返しても「すみません」の一言もない、間違った案内を出していて「すみません」の一言も云えんのかと怒鳴って、ようやく「すみません」の一言を引き出す事ができた。 時流には付いて行かねばと作ったHP、実際どれ程見て貰っているかも知れない地元の路線バスの時刻表、それも内部リンクと云えPDF、更新が行き届かない事もあるだろうが、半年も前の情報とは。 百歩譲って受付氏に直接の責任が無いとしても、役場の一員として指摘を真摯に受け止めて最低でも「ご迷惑をお掛けした様で、間違いがある様でしたら調べて対処します」位の事は云えないのかネ、入れ物だけは立派だが横柄な対応は相変わらずのお役所体質だった。
 なお京丹後市では「上限200円バス市内全域へ拡大」「公共交通ネットワークの充実によりますます便利!住みよいまちづくりをめざします!」と謳って京丹後市内相互の運賃は上限200円で運用してもらい、地域の公共交通機関の維持と活性化に尽力されている様で、それはそれで私の様な他所者にも有難い事で、この日4回乗車させてもらいましたが、とんだオチがついてしまいました。 きっと先の受付氏やHP担当者は自ら路線バスなんぞ利用した事ないんでしょうね。
 ともあれ35分遅いバスで延利まで往復し、折り返しのバスで長善村道路元標を回って峰山駅へ、網野駅から網野町道路元標までの1キロ半を片道バス利用、復路は一生懸命走って列車に飛び乗って日没直後に丹後由良駅まで戻り由良村道路元標を、アクシデントがあったものの予定の4基の道路元標を回る事ができました。

 

1236904235.jpg【637】京都府 中郡 五十河村 (現 京丹後市)
【638】京都府 中郡 長善村 (現 京丹後市)
【639】京都府 竹野郡 網野町 (現 京丹後市)
【640】京都府 加佐郡 由良村 (現 宮津市)


これで京都府で設置されていただろう274基のうち73基、後現存が確認されているものは与謝郡伊根村、日置村、船井郡西本梅村、葛野郡小野郷村の4基、伊根村あたりは気候が良くなったら丹後半島一周がてら回ってみたいものです、そうそう加悦の鉄道広場のにもまた行きたいなぁ(^^) しかし京都府に関しては新たな発見がまだまだあるかも。  

道路元標蒐集サイク

今日はするっとKANSAI3Dayチケットを利用し近鉄で京都まで行き山陰線で\400払って亀岡へ、実は桜井から始発では京都へは近鉄利用が少し早く着き山陰線も1本早い下りに乗車できるのです。
 亀岡から府道<6>枚方亀岡線と<46>茨木亀岡線で南下し’東別院村’と’西別院村’を回りR423で亀岡に戻ります、しかしこの辺りの道はダンプが多いのには閉口します。 ‘曽我部村道路元標’と’亀岡町道路元標’をGETし、亀岡駅前のミスドで休憩してから、’保津村’、’千歳村’、’千代川村道路元標’と順調にGETして行きます。
↑ ‘千代川村’から’八木町’へは苦手なR9に沿って行く事になりますが、旧道(山陰道)が残っていて殆どR9を走らずに済みました。


船井郡域に入り’八木町’、’富本村’、’新庄村’、’川邊村’をGETし日吉ダム下へ、時間は14時過ぎ、残りのコースを検討するにも微妙な時間ですが陽も長くなった事だし思いきって北桑田郡域の’五ヶ荘村’から’山国村’を回る事にします。


‘五ヶ荘村道路元標’から狭間峠を経て’山国村’へ、R477を走り周山へ。

← ‘ウッディ京北’にて、時間があれば戴いて帰りたい処ですが… よもぎと栃のあんころ餅(1ヶずつ\300)を買って我慢、少し高い様ですが風味があって美味しかったです。


周山へ自転車で来るのは3度目ですが元々土地勘の無い地域、予定では笠峠を越え’小野郷村道路元標’をGETして、するっとKANSAIが使えて近鉄と相互乗り入れしている京都市営地下鉄の国際会館か北大路へ走り抜けるつもりだったのですが、見事に反対向きに走り出していました、気が付いたのは2キロ程走ってから(^_^;) 引き返すのも何だし、以前「古典ロード」の時に走ったルートで世木ダム上流にでて、これも昔走ったR477を登り保津峡方面に抜ける事にします。 その時はR氏と当時高校生のR坊と花脊へ行ったのですがR氏は早々リタイヤして引き返し、私たちは寒い中を保津峡へ走り抜けたのですが、この時に無理をしたせいか右膝を痛めて、以来寒くなると疼くのです、歳を食ってから寒い時に関節に無理させるといけませんよ。
 今日は道路元標回りの地図だけでツーリングマップルを忘れてきていて、土地勘の無い処では大縮尺でもあるのとないのと大違いです、それにヘッドランプもLEDタイプだけで、樒原(しきみがはら)へ登り昔峠おやじN氏が「木枯らし紋次郎」のエキストラをやったと云う伝説の神明峠を何もない保津峡へ下るのも不安なのでR477を山陰線八木駅へ下る事にしました。


結局はR477を八木へ走った結果、北桑田郡域の’宇津村’と’神吉村道路元標’をGETできましたが、京都市北部に一つだけ葛野郡小野郷村を残してしまいました。
走行119.75キロ




本日の収穫
【181】 京都府 南桑田郡 東別院村 (現 亀岡市)
【182】 京都府 南桑田郡 西別院村 (現 亀岡市)
【183】 京都府 南桑田郡 曽我部村 (現 亀岡市)
【184】 京都府 南桑田郡 亀岡町 (現 亀岡市)
【185】 京都府 南桑田郡 保津村 (現 亀岡市)
【186】 京都府 南桑田郡 千歳村 (現 亀岡市)
【187】 京都府 南桑田郡 千代川村 (現 亀岡市)
【188】 京都府 船井郡 八木町 (現 南丹市)
【189】 京都府 船井郡 富本村 (現 南丹市)
【190】 京都府 船井郡 新庄村 (現 南丹市)
【191】 京都府 船井郡 川邊村 (現 南丹市)
【192】 京都府 船井郡 五ヶ荘村 (現 南丹市)
【193】 京都府 北桑田郡 山国村 (現 京都市)
【194】 京都府 北桑田郡 宇津村 (現 京都市)
【195】 京都府 北桑田郡 神吉村 (現 南丹市)


青春18きっぷサイク~道路元標を求めて丹後へ~

今日は近畿地方北部の天気も良さそうなので急遽京都府北部へ向かう事に。 桜井線?奈良線?山陰線?舞鶴線と乗り継ぎ西舞鶴へ、宮津線が北近畿タンゴ鉄道となって随分たちますが実は乗車するのは初めてです、天五さんのBlogで教えて貰ったのですが、「青春18きっぷ」を持っていると北近畿タンゴ鉄道一日乗り放題のフリーきっぷが\500で買えるのです、宮津まで行くでけでも元が取れるのでこれを使わない手はありません、ただ北近畿タンゴ鉄道の窓口で買う必要があるので、時間の余裕がないといけません。 ちなみに\2080分乗車しました。


今月のダイヤ改正で休日に一部の普通列車が「悠遊号」として丹後由良駅と栗田駅の間の風光明媚な奈具海岸で一旦停車します、実はこの場所は昔から由良川鉄橋とともに撮影ポイントとして有名で、私が30数年前にトンネルの上によじ登って撮った写真がこれ 今から思うと危なっかしい事をしていたものです(^_^;)


予定では岩滝口駅まで乗車し岩滝村道路元標のある与謝野町役場へ向かうつもりでしたが、JRから乗り入れてくる特急が遅れているために天の橋立駅で15分は待つ事になったしまったので、一駅だけの事なので天の橋立駅で下車し、ついでに天の橋立を対岸へ走る事に、ここは府道607号なのでヘキサがないかと期待したのですが、見つける事はできませんでした、なお未舗装です。


【130】京都府 与謝郡 岩滝村 (現 与謝野町)
【131】京都府 与謝郡 三河内村 (現 与謝野町)
【132】京都府 中郡 奥大野村 (現 京丹後市)
【133】京都府 中郡 峰山町 (現 京丹後市)
【134】京都府 中郡 丹波村 (現 京丹後市)
【135】京都府 竹野郡 郷村 (現 京丹後市)
【136】京都府 竹野郡 木津村 (現 京丹後市)
【137】京都府 熊野郡 神野村 (現 京丹後市)
本日の収穫8基、予定では11基だったのですが天の橋立を渡ったり幾つか探すのにてこずったものもあったりした上に、網野町では折角近くまで来ていながら国道を避けてショートカットしてしまったら迂かつにも取りこぼしてしまいまい課題を残す事に、まあ正味半日の行動ですから8基なら上等と思う事に。


木津村道路元標の残る木津温泉から久美浜へは山越えの黒線道があって興味深いので入ってみたら途中からダート、良く踏まれているので乗って行け無くもないのですが、この時間になってパンクすると悲惨なのでのんびりと押して行く事に。

(続く↓)


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童仙房ツーリング

土日に休めない人、平日に代休を取らされている人、それに年中休日の人で童仙房へ行こうと云う企画が持ち上がっていた、お目当ての紅葉にはまだ早いのだが...
 確かに天気予報は未明に雨、日中には「晴」だったのたが、5時をまわっても一向に雨は止む気配がない。 往路輪行の段取りもしていないし、まして平日の通勤時間にかかってしまう、ハナからガードなしで雨中走行をするのも... 6時過ぎに止まなかったらドタキャンして晴れて地団駄を踏むことになるかもと思っていたら6時には雨も止み、一路上街道を奈良へ。
 集合場所のJR木津駅には既に地元のら氏が待機、おいおいR氏に9氏と輪行組が到着しぐずっていたW氏も、噂をしていると案の定K氏も御所から自走で到着、平日にも拘わらず6名で走る事に、既に天気は快晴、今月は毎土曜日が雨と云う世間一般の皆さんごめんなさいネm(_ _)m


JR木津駅を集合場所にしたのが災いしたのか、まず木津川沿いの見通し良い道を走る事から最初からとんだ高速ツーリングになってしまった(^_^;) いきおい<5>木津信楽線に入ってもそのペースが道の駅のあった和束ローソン前まで続いてしまった(^_^;) ローソンで補給の後<62>宇治木屋線で道路工事で’どうせんぼう’の前に’とうせんぼう’が、そしてとんでもない激坂の迂回路を走らされたが、無事に目的の三国越林道に入る。
↑まずは茶畑の中のアップアップ、写真 : ら氏



まずはアップアップで稜線沿いまでとりつくと今度は細かなアップダウンが続きます、切山への分岐で先行したW氏が待ってくれていましたが9氏が一向に現れない、様子を見に戻るとパンク修理を終えた処、おかげで往復3キロ近くをアップダウンの続く道をを走る事に(^_^;)
←この辺りまで登ってくると南側の展望が開け、木津川を挟んで眼下に柳生の里、遥かには青山高原や曽爾の山々が望めます。


ようやく童仙房に到着、お寺の門前の休憩所でお昼に、さすがに標高が高いだけあって日陰は肌寒いです、朝バーナーを準備しかけていたのですが雨具に追い出されて置いていく事に、温かいものがほしい...
 紅葉にはまだ早いですが、処々に色づいている木々が、でも色付きは今一つで今年は期待できないかも... 昨年の三国越林道沿いの紅葉。
 ところで童仙房(どうせんぼう)は京都府の南端に位置する相楽郡南山城村の木津川より北側の標高500m前後の高原地域で、明治になって職を失った士族をもって開拓を進めようと一時は京都府支庁まで置かれた処で、現在はほぼ東西に三国越林道(全線舗装)が通じています。


童仙房から野殿集落へ、ここから稜線の南側へ越える登りがあるのですが、これがクセ物でもう終わりかなと思わせる様なアッフダウンがこれでもかと続きます、その上前半調子に乗りすぎたのが災いしたのか全く足がまわりません(^^;) 途中で自走での帰投を目論んでいるら氏とK氏は南側へ下ると大変なので信楽方面へと離脱する事に、ちなみにK氏は御所まで自走して走行154キロとか...
 ようやく最後のピークを越え、眼下に伊賀盆地を垣間見ながら下りが続き2度程休憩したり写真を撮ったりしながら島ケ原駅へ下りました。
↑JR関西本線島ケ原駅、無人駅ですが昼間は民間委託で窓口業務は行われている様です。 駅舎は関西本線の前身関西鉄道時代のものが残っています。
 桜井から集合場所の木津駅までの28キロを加えて走行74キロ也。
※既にうちのHPの「ツーリングの記録」にも何枚か写真をアップしてあります。


「知井坂?五波峠」

さすがに今回は帰宅したのが22時45分でしたので、当日爆速アップはできませんでしたが。 これを片付けないと仕事に手が付かないので、早速。
例によって例の如く写真だけですが、うちのHPの「輪」→「ツーリングの記録」
 しかし帯解駅まで往復自走の30数キロを別にしたら30キロ程の山サイでしたが、担ぎやらと日頃使わない筋肉を使ったのでくたびれましたわ。
↑今回はあすか700Cクロスにミシュランのシクロクロススピリットマッドを履かせて出撃しました。