先々月から掛かっていたソフト、なかなか捗らなかったのたが、ようやく峠が見えたような... 肝心の部分はこの様なありきたりのものではないのだが、データベースの更新ロジックで意外にてこずってしまった、その上時間帯や休日で利用できたりできなかったりする客先のサーバーなもんで、夜型の私はスケジュールが合わないのが災いしてしまった(^_^;)
「峠」タグアーカイブ
柳生街道
R氏の掲示板で昨日からJT氏の呼びかけで「柳生街道」へ行こうと云う話が持ち上がった、若草山?石切峠?と云う事だから、きっと「かえりばさ峠」辺りも行くのだろう、今週は仕事を詰めていて睡眠不足だし、ダート絡みだから身体への負担も大きいからどうしようかと思っていたのだが... まあ柳生まで行くと自走での帰りが大変なので「峠の茶屋」あたりで別れて帰ってきても良いだろうと、起きられればドタ参と云う事にして参加表明をせずにいたのだが、遊びに行くとなると現金なもので、きっちり朝7時には桜井を飛び出していた。
桜井から集合場所のJR奈良駅前まで国道をロードで突っ走れば1時間程で行ってしまうが、上街道と呼ばれる旧街道をのんびり走って行くと1時間半はかかってしまうのだが、今日は奈良市街に入るまでは引っかかった信号は1つだけ、ノンストップで奈良市街まで走ってしまい1時間15分位で到着してしまった、案の定JR奈良駅前に誰もいないし、その上駅前の工事で集合場所が良く判らないのだが、まあ輪行仲間が行き着く処は何となく匂いもするもので、逐次JT氏、ら氏と予定のメンバーが集まり出し、同じくドタ参でF氏も現れ、道案内役には事欠かなくなり6名で走る事となった。

コースは奈良公園を抜け激坂石畳の東海自然歩道の滝坂道は避けて若草山経由で石切峠へ行く事になった。 実は奈良県下に住んでいながらこのコースは始めてだし、若草山に登るのも何十年ぶりだった、まあ桜井に住んでいるとわざわざ奈良市街を経由してこのコースに入る事もないのたが。
←春日山原生林の北側を登って行くこの道はダートながら自動車の走れる充分な幅員があるのだが、一般車は進入できないし、ハイカーはほぼ先の「滝坂道」に向かうので、自転車でのんびり登って行くには好都合でその上木漏れ日の道が心地よい。

←若草山山頂にて、奈良市街を見下ろしながら暫し時間を過ごします。
実はここで色々と写真を撮っていて、メモリカードの交換をしたのたが帰宅後読み込みの時にミスって内容を壊してしまった。 この後はダート路に入ってカメラをフロントバッグになおしてしまったので、左程写真は撮っていなかったのたが少し残念。 この後、奥山ドライヴウェイへの道から石切峠へと走ります。

←F氏の写真をちょっと拝借
「柳生街道」のガイドではお馴染み石切峠の「峠の茶屋」にて餅を頂く、どうやら「かえりばさ」には行かない様なので、いそいそと付いて行く事になったのたが激坂こそないものの暫くは遠慮しておこうと思っていたダートのシングルトラックをたっぷり走る事なってしまった。 柳生の古代茶屋で全員が揃って「とろろ定食」を食し、加茂駅方面へ向かう3人とそれぞれ奈良、天理、桜井へと帰途につく3名とに別れた。 と此処まで良かったのだが、国道369号を南に向かって緩やかに登るにつれ疲れがどっと出てくる、結局2人には先に行ってもらい水間で別れる事にした、その後休み休みマイペースで桜井への道をとりようやく5時過ぎに帰りついた、走行85.8キロ。
集合写真(1024×768)、若草山にて

桜井から集合場所のJR奈良駅前まで国道をロードで突っ走れば1時間程で行ってしまうが、上街道と呼ばれる旧街道をのんびり走って行くと1時間半はかかってしまうのだが、今日は奈良市街に入るまでは引っかかった信号は1つだけ、ノンストップで奈良市街まで走ってしまい1時間15分位で到着してしまった、案の定JR奈良駅前に誰もいないし、その上駅前の工事で集合場所が良く判らないのだが、まあ輪行仲間が行き着く処は何となく匂いもするもので、逐次JT氏、ら氏と予定のメンバーが集まり出し、同じくドタ参でF氏も現れ、道案内役には事欠かなくなり6名で走る事となった。

コースは奈良公園を抜け激坂石畳の東海自然歩道の滝坂道は避けて若草山経由で石切峠へ行く事になった。 実は奈良県下に住んでいながらこのコースは始めてだし、若草山に登るのも何十年ぶりだった、まあ桜井に住んでいるとわざわざ奈良市街を経由してこのコースに入る事もないのたが。
←春日山原生林の北側を登って行くこの道はダートながら自動車の走れる充分な幅員があるのだが、一般車は進入できないし、ハイカーはほぼ先の「滝坂道」に向かうので、自転車でのんびり登って行くには好都合でその上木漏れ日の道が心地よい。

←若草山山頂にて、奈良市街を見下ろしながら暫し時間を過ごします。
実はここで色々と写真を撮っていて、メモリカードの交換をしたのたが帰宅後読み込みの時にミスって内容を壊してしまった。 この後はダート路に入ってカメラをフロントバッグになおしてしまったので、左程写真は撮っていなかったのたが少し残念。 この後、奥山ドライヴウェイへの道から石切峠へと走ります。

←F氏の写真をちょっと拝借
「柳生街道」のガイドではお馴染み石切峠の「峠の茶屋」にて餅を頂く、どうやら「かえりばさ」には行かない様なので、いそいそと付いて行く事になったのたが激坂こそないものの暫くは遠慮しておこうと思っていたダートのシングルトラックをたっぷり走る事なってしまった。 柳生の古代茶屋で全員が揃って「とろろ定食」を食し、加茂駅方面へ向かう3人とそれぞれ奈良、天理、桜井へと帰途につく3名とに別れた。 と此処まで良かったのだが、国道369号を南に向かって緩やかに登るにつれ疲れがどっと出てくる、結局2人には先に行ってもらい水間で別れる事にした、その後休み休みマイペースで桜井への道をとりようやく5時過ぎに帰りついた、走行85.8キロ。
集合写真(1024×768)、若草山にて

Re:天野街道ボタ
天野街道ボタ
集合場所の柏原市役所に向かって自走しています。
穴虫峠を越え石川サイクリングロードを北上しています。
待ち合わせ場所の柏原市役所前には1時間も早く着いたのですが、一人でのんびりと待つ間もなく続々とメンバーが集まってきます。
話題の中心は何と云っても某氏が数日前にオークションで落札したモールトン、価格は...
待ち合わせ場所の柏原市役所前には1時間も早く着いたのですが、一人でのんびりと待つ間もなく続々とメンバーが集まってきます。
話題の中心は何と云っても某氏が数日前にオークションで落札したモールトン、価格は...
50日ぶりの自転車
A氏企画の「激励会キャンプ」、だいぶ調子も良くなったので往復自走で参加しました。
28日往路は明日香村?近鉄飛鳥駅?吉野口駅?阿田高原重阪牧場跡?西阿田と27.2キロ、4サイド支度はさすがに重いですがまったりと走れば車に便乗するよりも快適です。
翌29日、あまり無理もできないので「あまみ庵」へ向かおうと云う一行とは別れ、早々に帰途に就きます。
阿田橋を渡り対岸の県道<39>五條橋本線を下市に向かいます。 吉野川をはさんでカルディアキャンプ場が望めます。

下市町で再び吉野川を渡ります、昔渡しがあった場所に今では小特しか通れない古い椿橋が残っています。

R169を跨いで大淀古道壺阪峠への登りを行きます、峠から南は殆ど車の通る事のない1?1.5車線路が続きます、吉野側から戻るには西から風の森峠、重阪峠、車坂峠、芦原峠、壺阪峠、芋峠、雲井茶屋?竜在峠、鹿路越えと幾つかのルートがありますが、自転車で吉野側から戻るにはこのルートが一番楽です。
走行29.8キロ。

28日往路は明日香村?近鉄飛鳥駅?吉野口駅?阿田高原重阪牧場跡?西阿田と27.2キロ、4サイド支度はさすがに重いですがまったりと走れば車に便乗するよりも快適です。
翌29日、あまり無理もできないので「あまみ庵」へ向かおうと云う一行とは別れ、早々に帰途に就きます。
阿田橋を渡り対岸の県道<39>五條橋本線を下市に向かいます。 吉野川をはさんでカルディアキャンプ場が望めます。

下市町で再び吉野川を渡ります、昔渡しがあった場所に今では小特しか通れない古い椿橋が残っています。

R169を跨いで大淀古道壺阪峠への登りを行きます、峠から南は殆ど車の通る事のない1?1.5車線路が続きます、吉野側から戻るには西から風の森峠、重阪峠、車坂峠、芦原峠、壺阪峠、芋峠、雲井茶屋?竜在峠、鹿路越えと幾つかのルートがありますが、自転車で吉野側から戻るにはこのルートが一番楽です。
走行29.8キロ。

良いダシがとれた様で(^_^)
akuta氏が企画、幹事をして頂いた「CanCan激励キャンプ」、akutaさんを始め皆様有難うございましたm(_ _)m
あまり無理もできないので早々に帰途に就かさせて頂きましたが、壺阪峠経由で無事に帰ってきております。 自転車に乗る事よりもセッティングとHARUTO君と遊んでいた方が疲れましたです(^_^;)
あまり無理もできないので早々に帰途に就かさせて頂きましたが、壺阪峠経由で無事に帰ってきております。 自転車に乗る事よりもセッティングとHARUTO君と遊んでいた方が疲れましたです(^_^;)
たまにはレコードでも(其の弐)
今ではLP時代に発売されていたものの殆どがCDに復刻されているが、私の知る限りいまだCD化されていない録音のLPを何枚か(^-^) 題して「非常時持出品」...と云う程価値があるのかな?
Introducing the Kenny Drew Trio (Blue Note BLP5023)
Kenny Drew(p) Curly Russell(b) Art Blakey(ds)
30年位前だろうか東芝EMIからBlueNote5000番台の10吋(25cm)LPの復刻盤が何枚か輸入され発売された事があった。 BlueNote5000番台の頃はSP盤と併行してリリースされていたのか、いすれも3分程度の短い演奏で内幾つかは1500番台として12吋LPとなっている。

High In The Sky / Hampton Hawes Trio (Valut 9010)
Los Angeles, CA, 1970
Hampton Hawes(p) Leroy Vinnegar(b) Donald Bailey(ds)
決してコレクターでもないので、稀少盤を大枚はたいて買う様な事はしないが、この1枚だけは昔々某レコード店のJAZZ担当者の個人コレクションから頼み込んで数千円で譲ってもらった。 かつて国内盤も一度発売された事もあった様だ。 Valutというレコード会社については詳しくは知らない、決してJAZZ専門のレーベルではなかった様であるが、同じくHawesでストリングスをフューチャーしたアルバムが1枚リリースされていた事を記憶している。
戦後、進駐軍キャンプで演奏していた事や70年代にも来日してライブや録音を残している事など日本に馴染みの深いJAZZピアニストだが、麻薬中毒での中断時期もあって、コンテンポラリー・レーベルでの幾つかの録音は一般的なものの晩年にあちこちのレーベルに残した録音はいかんせん取り上げられる事が少ない。 しかしこの1970年に西海岸の知られざるレーベルに残したこの録音はLeroy Vinnegarの素晴らしいベースもさる事ながらHawesの隠れた名盤である。 1曲目Burt Bacharachの「Look of Love」を除く6曲はHawes自身の作品でタイトル曲「High In The Sky」は11分にも及ぶ力演である。

What’s New / 笠井紀美子 (CBSソニー) Feb 16,23.1973
笠井紀美子(vo) 菊地雅洋(p) 鈴木良雄(b) 村上 寛(ds)
1970年代からJAZZを聴いていた人、と云うことはほぼ50歳台かぁ...(^_^;) にとって日本の女性JAZZボーカルと云えば何と云っても「ケメコ」こと笠井紀美子だった。 しかし70年代後半に大変身した彼女はもう「ケメコ」ではなかった、彼女がスタンダードを歌っていた時代、良いも悪いも当時の日本のJAZZクラブの雰囲気を思い起こさせる1枚である、CBSソニーに移籍後のGil Evansとの共演盤に続く2枚目で、この後Olever NelsonやCedar Walton Trioとの共演盤と続く。 最近キングレコード時代の「Just Friends」がCD化されていたが、私の知る限り何故かこの1枚はCD化されていない。

eri / 大野えり (日本コロムビア) 1980
大野えり(vo) 大徳俊幸(arr,keybord) 他
’70年代末からスタンダートからクロスオーバーなものまで、数枚のアルバムをリリースした大野えり、私の一番お気に入りは意外とS.Wonderの「I Can’t Help It」等が入ったこれ(^_^;)
最近は新譜こそでてこないけど、時々ライブハウスに出ていたり、CMソングや「ルパン三世」のテーマ曲唄ったり、ヤマハでボーカルの先生していたりとその筋で活躍はされている様ですが。
岐阜県出身で1973年D大入学と云う事は峠おやじN氏と近いなぁ。

Introducing the Kenny Drew Trio (Blue Note BLP5023)
Kenny Drew(p) Curly Russell(b) Art Blakey(ds)
30年位前だろうか東芝EMIからBlueNote5000番台の10吋(25cm)LPの復刻盤が何枚か輸入され発売された事があった。 BlueNote5000番台の頃はSP盤と併行してリリースされていたのか、いすれも3分程度の短い演奏で内幾つかは1500番台として12吋LPとなっている。

High In The Sky / Hampton Hawes Trio (Valut 9010)
Los Angeles, CA, 1970
Hampton Hawes(p) Leroy Vinnegar(b) Donald Bailey(ds)
決してコレクターでもないので、稀少盤を大枚はたいて買う様な事はしないが、この1枚だけは昔々某レコード店のJAZZ担当者の個人コレクションから頼み込んで数千円で譲ってもらった。 かつて国内盤も一度発売された事もあった様だ。 Valutというレコード会社については詳しくは知らない、決してJAZZ専門のレーベルではなかった様であるが、同じくHawesでストリングスをフューチャーしたアルバムが1枚リリースされていた事を記憶している。
戦後、進駐軍キャンプで演奏していた事や70年代にも来日してライブや録音を残している事など日本に馴染みの深いJAZZピアニストだが、麻薬中毒での中断時期もあって、コンテンポラリー・レーベルでの幾つかの録音は一般的なものの晩年にあちこちのレーベルに残した録音はいかんせん取り上げられる事が少ない。 しかしこの1970年に西海岸の知られざるレーベルに残したこの録音はLeroy Vinnegarの素晴らしいベースもさる事ながらHawesの隠れた名盤である。 1曲目Burt Bacharachの「Look of Love」を除く6曲はHawes自身の作品でタイトル曲「High In The Sky」は11分にも及ぶ力演である。

What’s New / 笠井紀美子 (CBSソニー) Feb 16,23.1973
笠井紀美子(vo) 菊地雅洋(p) 鈴木良雄(b) 村上 寛(ds)
1970年代からJAZZを聴いていた人、と云うことはほぼ50歳台かぁ...(^_^;) にとって日本の女性JAZZボーカルと云えば何と云っても「ケメコ」こと笠井紀美子だった。 しかし70年代後半に大変身した彼女はもう「ケメコ」ではなかった、彼女がスタンダードを歌っていた時代、良いも悪いも当時の日本のJAZZクラブの雰囲気を思い起こさせる1枚である、CBSソニーに移籍後のGil Evansとの共演盤に続く2枚目で、この後Olever NelsonやCedar Walton Trioとの共演盤と続く。 最近キングレコード時代の「Just Friends」がCD化されていたが、私の知る限り何故かこの1枚はCD化されていない。

eri / 大野えり (日本コロムビア) 1980
大野えり(vo) 大徳俊幸(arr,keybord) 他
’70年代末からスタンダートからクロスオーバーなものまで、数枚のアルバムをリリースした大野えり、私の一番お気に入りは意外とS.Wonderの「I Can’t Help It」等が入ったこれ(^_^;)
最近は新譜こそでてこないけど、時々ライブハウスに出ていたり、CMソングや「ルパン三世」のテーマ曲唄ったり、ヤマハでボーカルの先生していたりとその筋で活躍はされている様ですが。
岐阜県出身で1973年D大入学と云う事は峠おやじN氏と近いなぁ。

帳尻合わせ
前年並みの走行距離を稼ごうと思ったら、1,2,12月と300キロ、3?11月で500キロを確保してどうにか5400キロ、しかしまず1月で300キロに少し届かない、自転車通勤でもしない限り、なかなかこの季節に距離を稼ぐのは根性がいる、K氏は論外としてく?氏、ら?氏にもダブルスコアで差をつけられている始末。
とにかく帳尻だけは合わせておこうと女寄峠へ向かった。
車に追い立てられながら延々と直線の急坂が続く国道166号を走る気持ちなど毛頭ない。 男坂道から粟原川に沿った農道をのんびりとたどる。 最後は砂防ダムに突き当たるが、国道へ取り付くと笠間辻まであと1キロと僅かの距離、桜井から一番気楽に榛原、大宇陀方面に越えられるコースである。
女寄峠には入らず笠間辻から県道で榛原方面へ下る。 室生ダムまで往復しようかとも考えたが、日差しはあるもののさすがに標高が高いだけあって時々雪がちらつく、「あすか鍋」サイクで走った宇陀川沿いの道を南下し、「おごぽご」でお昼をする事にした。
このまま女寄峠経由で戻ると距離が足りなさそうなので、再び来た道を戻るが西峠の南側にある未踏の黒線道に色気を出して向かうが既に拡幅されていた。 斜度はきついが車は殆ど通らないので西峠のバイパス路としてなかなか良いかも。
←近鉄大阪線をはさんで国道165号線の反対側を越える。
このまま下ってはやはり距離が足りなさそうなので、桜井浄水場から口ノ倉トンネルへと登りかえし初瀬ダムを経由し、長谷寺門前馴染みの「宝園堂」でくさ餅を買って帰途についた。
走行34キロ、どうにか300キロ台には届いて帳尻だけは…
車に追い立てられながら延々と直線の急坂が続く国道166号を走る気持ちなど毛頭ない。 男坂道から粟原川に沿った農道をのんびりとたどる。 最後は砂防ダムに突き当たるが、国道へ取り付くと笠間辻まであと1キロと僅かの距離、桜井から一番気楽に榛原、大宇陀方面に越えられるコースである。
女寄峠には入らず笠間辻から県道で榛原方面へ下る。 室生ダムまで往復しようかとも考えたが、日差しはあるもののさすがに標高が高いだけあって時々雪がちらつく、「あすか鍋」サイクで走った宇陀川沿いの道を南下し、「おごぽご」でお昼をする事にした。
このまま女寄峠経由で戻ると距離が足りなさそうなので、再び来た道を戻るが西峠の南側にある未踏の黒線道に色気を出して向かうが既に拡幅されていた。 斜度はきついが車は殆ど通らないので西峠のバイパス路としてなかなか良いかも。
←近鉄大阪線をはさんで国道165号線の反対側を越える。
このまま下ってはやはり距離が足りなさそうなので、桜井浄水場から口ノ倉トンネルへと登りかえし初瀬ダムを経由し、長谷寺門前馴染みの「宝園堂」でくさ餅を買って帰途についた。
走行34キロ、どうにか300キロ台には届いて帳尻だけは…
今年の走り初め
外は寒いし、ぬくぬくと部屋の中で仕事しながら正月を過ごそうと思っていたら、D氏からメールが入って、「実家に帰ってきていて夜まで暇やから走りに行こう」との悪魔の誘い。
折角だからR氏とT御大に電話は入れると、何かきっかけが無いと出かけるのが億劫な人はいるもので、あっと云う間に面子が揃ってしまった。
←今朝の葛城山、手前は畝傍山。

1時間後には明日香村石舞台に集合、とりあえず栢森から冬野コースへ入り、ロードもいる事だと多武峰へのダートは避けて畑から下る事に。
←さすがに谷間や標高の高いところには雪がかなり残っている

一旦、石舞台に戻り、再び朝風峠へ
秋は彼岸花やら「案山子コンテスト」やらと賑わう稲渕の棚田もむこの季節は静かなものである。
本日の走行32.5キロ、D氏のお陰で軟弱に正月を過ごさずにスタートできました。
←今朝の葛城山、手前は畝傍山。

1時間後には明日香村石舞台に集合、とりあえず栢森から冬野コースへ入り、ロードもいる事だと多武峰へのダートは避けて畑から下る事に。
←さすがに谷間や標高の高いところには雪がかなり残っている

一旦、石舞台に戻り、再び朝風峠へ
秋は彼岸花やら「案山子コンテスト」やらと賑わう稲渕の棚田もむこの季節は静かなものである。
本日の走行32.5キロ、D氏のお陰で軟弱に正月を過ごさずにスタートできました。
悪行「平成の大合併」
少なくとも巷では悪名高き「平成の大合併」により今日1月1日付けで79市町村が21市町になり、その後も来年にかけて施行が目白押しである。
村や郡の消滅する都道府県も幾つかある。
私にも身近な処では三重県飯南郡飯高町他3町が松阪市と合併、信州では長野県で鬼無里村、戸隠村他が長野市に編入される。
今日から高見峠を越えるとそこは松阪市なのである。
行財政改革や地方自治云々はその筋の方に任せておくとして、どう考えても過疎化を助長し、地名と云う文化遺産と、地理学上での符号としての地名をないがしろするのが私には気に入らない。 生まれてから「市」と名の付く処で育ってきた私には判らないのかも知れないが、住んでいる人達はそんなに「町」や「村」が嫌なのだろうか (村会議員さんは市会議員さんになれるかも知れないので嬉しいのかもネ)、確かにかつては被差別部落の地域を明確にしてしまう弊害も無くは無かったが、仮に「村」である事に劣等感を持っている人が多いのだとしたら、「都会指向」「田舎蔑視」と云う幻想と、日本中を都会にしたかった某首相の亡霊から逃れられないでいる日本人が情けない。
明治22年の市町村制施行で15,859あった市町村は2,900を切った、交通機関の進歩と過疎化により減少する事は当然だし自然な事だが、反旗を翻して隣の明日香村の様に秀でた観光基盤を持っていない処を除けば、とにかく日本中が名前だけは「市」になる日も近い。 しかし市町村の区別は原則的に人口を基準としているのだが、一次産業と二次三次産業別人口を基準にするべきである、「村」が幾つも集まって「市」になった処で構造は「村」以外の何物でもない、都市に対する行政を行っても上手く行くとはとても思えない。
参考→市町村合併、市町村の廃置分合 予定・目標
行財政改革や地方自治云々はその筋の方に任せておくとして、どう考えても過疎化を助長し、地名と云う文化遺産と、地理学上での符号としての地名をないがしろするのが私には気に入らない。 生まれてから「市」と名の付く処で育ってきた私には判らないのかも知れないが、住んでいる人達はそんなに「町」や「村」が嫌なのだろうか (村会議員さんは市会議員さんになれるかも知れないので嬉しいのかもネ)、確かにかつては被差別部落の地域を明確にしてしまう弊害も無くは無かったが、仮に「村」である事に劣等感を持っている人が多いのだとしたら、「都会指向」「田舎蔑視」と云う幻想と、日本中を都会にしたかった某首相の亡霊から逃れられないでいる日本人が情けない。
明治22年の市町村制施行で15,859あった市町村は2,900を切った、交通機関の進歩と過疎化により減少する事は当然だし自然な事だが、反旗を翻して隣の明日香村の様に秀でた観光基盤を持っていない処を除けば、とにかく日本中が名前だけは「市」になる日も近い。 しかし市町村の区別は原則的に人口を基準としているのだが、一次産業と二次三次産業別人口を基準にするべきである、「村」が幾つも集まって「市」になった処で構造は「村」以外の何物でもない、都市に対する行政を行っても上手く行くとはとても思えない。
参考→市町村合併、市町村の廃置分合 予定・目標