道路元標探索サイク(その6)

今日は月曜日のリベンジで和歌山県文書館へ行く事に。 和歌山方面への定番コースの明日香村から重阪峠経由で国道24号へ、現五條市域の宇智村と野原村の道路元標をゲットしてから<55>橋本五條線へ、途中に阪合部村道路元標跡を示す木標があるらしいので寄ってみたが、いつのまにか撤去されてしまったのか見つける事ができなかった。 橋本橋を渡り再び右岸へ、紀陽銀行橋本支店前に保存されている橋本町道路元標をゲットしてから今日は大和街道を辿りながら和歌山へ向かうことに...

←大和街道は歴史街道の標柱が整備されていて詳しい地図がなくても結構トレースできます、しかし旧街道と云っても往時の姿をとどめている様な処はあまりありませんがネ。
 道路元標は旧街道沿いに建っている事が多いので、大谷村、名手村、狩宿村、笠田村と云った未知の処を探索しますが、そうそう見つける事はできません。


JR和歌山線高野口駅前にある木造3階建の旅館「葛城館」、高野口町も今は橋本市になってしまいましたが、かっては高野山への玄関口として賑わったのでしょうネ。


和歌山県文書(もんじょ)館は県立図書館の2階にあって、今日の目的はこれ、大正9年4月1日の和歌山県報号外和歌山県告示112号、和歌山県の道路元標を設置した場所が記載されています、と云っても大正9年の地名地番ですから話は簡単ではありません(^_^;)



文書館の後はマリーナシティへ、ちょっと南海のリゾート地の様な写真を(^o^)
海南駅から輪行して帰途に就きました、本日の走行112.4キロ、道路元標×3、和歌山県道ヘキサ×3。


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