「道路元標」カテゴリーアーカイブ

国中ポタ~旧街道とお粗末自転車道~

 寒い日が続きましたが、今日は1日晴マークで暖かいと云う事ですので、郡山まで献血にポタリングも兼ねてのんびりと走る事に。八木から中街道(下ツ道)を北へ、橿原市から田原本町にかけて少々車が多い処もありますが、旧街道とあって概ねのんびりと走る事ができます。
 中街道は近鉄橿原線と国道24号線の間、古くからの集落を継ぐ様に北へ、ほぼ東西に流れる大和川を渡ります。

 

 天理市二階堂、この三っ辻を右(東)へとると丹波市から石上神社へと辿る事ができます。この辺りから県道192号線筒井二階堂線となっています。
 近鉄天理線を跨ぎます、正面に見えているのは京奈和自動車道の高架、ただ下ッ道ジャンクションの進入路が邪魔していて、少し迂回しなければなりません。
 中街道(下ッ道)はさらに北上するのですが、この先環濠集落のある稗田あたりからルートが曖昧になってしまいます。県道も左折して菅田神社の鳥居をくぐって郡山へ向かうので、この先では近世以降国中(くんなか)を南北に結ぶルートとしての機能は失われていたのかも知れません、佐保川の流路の変化が影響しているのかも。少し寄り道して菅田神社の境内へ(写真右)。
 菅田神社の北側を巻いて三郷橋で佐保川を渡りますが、一昨年(2017年)10月に京奈和自転車道の一部として県道280号大和青垣自転車道が4.4キロ供用されここ三郷橋西詰が現時点での南端なのですが、その後の進展はない様で、まるで佐保川河岸の造りやすい処だけ造った様な按配です。ブルーラインには「京奈和自転車道 和歌山港まで118キロ」と記されていますが、確か2020年完成とかただ奈良県下の他の区間は手付かず、和歌山県に入ってJR和歌山線隅田駅近くまで直線距離でも30キロ以上、ブルーラインはおろか案内の類は見られません。今日はその自転車道には入らずに県道筒井二階堂線を辿ります。なお京奈和自転車道を辿った時の記事はこちら→「走り納め ~京奈和自転車道~」
 県道から少し離れて、筒井の集落の中にある五輪塔覆堂(重文)、「洞ヶ峠」で日和見の代名詞の様になった筒井順慶の墓所です。
 西名阪の高架をくぐって少し北へ、三つ辻の南角になる道標、大正13年と古いものではありませんが「右 長安寺 平端村役場所在地 電車停留所近道 左 二階堂田原本八木」とあります、左は正に今私が辿ってきた道なのですが右の停車場とは、初めて見た時に天理軽便鉄道の事かと思ったのですが「大正13年」と「電車」の文言から大正11年に平端まで延伸した大阪電気軌道畝傍線(現在の近鉄橿原線)の平端駅の事なんでしょうね。
 再び北上して国道25号線との交差点が県道筒井二階堂線の起点となっていますが、筒井村道路元標が歩道の真ん中に建っています、このまはま北へ行くと「城之口餅」の「菊屋」の前まで行くのですが。
 今日の目的地は筒井駅西側のこちら、意外に混んでいて成分献血は待ち時間が、現役時代はなかなか献血なんて余裕はなかったのですが。粗品とか豪華にすると「売血」の悪いイメージがついてくるのですが、あの何の役にも立たない記念の「盃」どうにかしてくれないかな。
 郡山まで来た事ですからお昼は「とんまさ」「菊屋」と回りたい処なのですが、結構時間をくったのと、予報に反してお天気は曇り模様に、陽射しがないとテンションも上がりません、今日はここから帰途に就く事に、国道25号線を少し東に走って筒井橋西詰で京奈和自転車道に入ります、国道25号と西名阪にはご覧の様に立派なアンダーパスが整備されています、こんな事に金をかけずに佐保川の河川敷に下りて既存の橋の下をくぐれば良い様なものです、自転車道故に増水時に利用する状況もないでしょうに。ほんと金の使い方間違ってますよ。
 現状来しなに通った三郷橋西詰までしか供用されていないのですが、せめて近鉄天理線と橿原線をくぐって大和川の対岸の大和中央自転車道(奈良県道273号大和郡山田原本橿原自転車道線)に繋がる処位まではなんとか整備して貰いたいものです。
「全長75キロ、奈良県縦断サイクリングロード整備へ」
 はっきり云って奈良県の自転車道施策のお粗末さには辟易しているのですが。→「奈良県の自転車道に物申す」
 おっと新三郷橋から三郷橋まで護岸工事で通行止、自転車道整備の時に一緒にできなかったのでしょうかね、まさにお役所仕事の典型。

 三郷橋東詰から南へほぼ真っ直ぐ大和川に突き当たるまで(写真左)、後は桜井までほぼ大和川左岸を走って行く事ができます、ただ中街道から国道24号を跨いで大中橋まで大和川左岸を整備してくれれば申し分のないコースになるのですがねぇ。本日の走行34.1キロ。

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2018年のまとめ


 2018年の走行9,199.3キロ(asuka 5,748.5キロ、erba 3,017.4キロ、Silk24 433.4キロ) 12月の走行距離が308.0キロで52ヵ月続いた月間500キロ以上走行が途切れ、年間10,000キロ以上走行も3年で途切れてしまいました。

 例年に比べると夏場の走行距離が少ない様で、猛暑の影響。5月GW明けから1ヶ月は丸一日の休みが1日も取れず、11~12月にかけて休みと天気の巡り合わせが悪かった上にしたたか風邪をひいてしまったのが。
 ちなみに100キロ以上走行が18回、
1月7日 「新春100キロ 御幸橋まで往復」115.2キロ
1月28日 「吉例!大阪市内七福神めぐりポタ」(大阪市内往復)107.5キロ
3月4日 「今年の福寿草サイク」106.0キロ
3月23日 「四国の右下ツーリング(2日目)」128.1キロ
3月29日 「今年も東西南北の海へ、まずは北へ」151.8キロ
4月4日 「今日は和歌山へ、高野山から蘭島」163.8キロ
4月22日 「月例 東吉野サイク」100.9キロ
5月16日 「走れる時に走らんとね」102.0キロ
6月3日 「走れるうちに… 伊賀上野の手前まで」135.9キロ
6月13日 「再び大河原から島ヶ原へ」124.9キロ
6月24日 「ヴィンテージレーサー鑑賞会」(伊賀上野往復)120.9キロ
8月1日 「三州街道 飯田~豊田ツーリング」125.1キロ
8月19日 「いざ鈴鹿へ」111.5キロ
8月27日 「高野山~有田川~日高川~御坊ツーリング(1日目)」172.8キロ
8月31日 「十津川~南紀ツーリング(1日目)」180.2キロ
9月24日 「2つの丹生川を遡るランドナーサイク」151.0キロ
10月2日 「西の海へ ~ゆる風サイク~」141.7キロ
10月16日 「紀伊半島ツーリング 2018秋(1日目)」117.5キロ
 センチュリーランこそ3回ありますが、200キロ以上の走行は昨年8月27日の「南の海へ~潮岬~」以来ありません。ただ特筆すべきは4サイドキャンピングで概ね1,850キロ走った事が。
 そのキャンプツーリングですが、3月の「四国の右下」に始まってほぼ毎月、先月の「笠置キャンプ」までテント泊は18泊、他にダムの休憩所で寝袋だけでってのもありますが、内訳はソロが8泊、グループが10泊。
3月22~25日「四国の右下ツーリング」
4月28~30日「第12回月うさぎキャンプ」
5月26~27日「笠置キャンプ」
6月30日~7月1日「野迫川キャンプツーリング」
7月20~24日「能登半島ツーリング」
9月15~17日「酒池肉輪キャンプツーリング」
10月16~19日「紀伊半島ツーリング 2018秋」
10月27~28日「酒池肉輪会 笠置キャンプ」
11月6~9日「野迫川~奥千丈キャンプツーリング」
11月22~25日「笠置キャンプ 2018秋」

 図は2018年に走った軌跡、ご近所は端折ってますがね。東西南北、今年は東の海へ行けなかったのが。
 道路元標は2014年8月に1,000基を越えてからは近場に残っていない事もあってなかなか捗らないのですが、今年は奥能登へ行った事もあって22基、累計1,078基となりましたが、まだまだ先は長いです。(画像は新たな石川県の16基)
【1057】 2018/3/24 高知県 安芸郡 津呂村
【1058】 2018/3/25 高知県 香美郡 岸本町
【1059】 2018/3/25 高知県 長岡郡 大津村
【1060】 2018/7/20 石川県 鹿島郡 高階村(現 七尾市)
【1061】 2018/7/20 石川県 鹿島郡 久江村(現 中能登町)
【1062】 2018/7/21 石川県 羽咋郡 上甘田村(現 羽咋市)
【1063】 2018/7/21 石川県 羽咋郡 中甘田村(現 志賀町)
【1064】 2018/7/21 石川県 羽咋郡 西増穂村(現 志賀町)
【1065】 2018/7/21 石川県 鳳至郡 諸岡村(現 輪島市)
【1066】 2018/7/21 石川県 鳳至郡 櫛比村(現 輪島市)
【1067】 2018/7/21 石川県 鳳至郡 浦上村(現 輪島市)
【1068】 2018/7/22 石川県 鳳至郡 西保村(現 輪島市)
【1069】 2018/7/22 石川県 珠洲郡 西海村(現 珠洲市)
【1070】 2018/7/23 石川県 珠洲郡 蛸島村(現 珠洲市)
【1071】 2018/7/23 石川県 鳳至郡 諸橋村(現 鳳珠郡穴水町)
【1072】 2018/7/23 石川県 鳳至郡 兜村(現 鳳珠郡穴水町)
【1073】 2018/8/1 長野県 下伊那郡 根羽村
【1074】 2018/8/1 愛知県 北設楽郡 武節村(現 豊田市)
【1075】 2018/8/1 愛知県 東加茂郡 旭村(現 豊田市)
【1076】 2018/8/10 石川県 江沼郡 庄村(現 加賀市)
【1077】 2018/8/10 石川県 江沼郡 分校村(現 加賀市)
【1078】 2018/8/10 石川県 能美郡 鳥越村(現 白山市)
 もう一つのライフワーク「SefyPhoto」の方ですが、相変わらずのスランプ状態から脱け出せません、何ででしょうねぇ。
 さて2019年はとにかく継続中の「WAKAYAMA800モバイルスタンプラリー」の45基コンプリートが当面の目標ですが、南紀方面が予定通りに行かず、今の処26基に留まっています。しかし昨年の台風21号被害で閉鎖になっている「道の駅白崎海洋公園」はどうなるのでしょうね、タモさんは既にそこを残して44基に達しているそうです。(画像のグレー色マークは履修済)
 最後にこのブログへアクセス数、昨年はリセットし忘れたので2年間の値になっています、ちなみに2016年は68,664、2015年は82,004、毎年減っているのかな。実際のところ記事数も2015年(248)、2016年(185)、2017年(151)、2018年(117)と減っているのですが。

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2018年8月の実績

2018年の累計6,851.6キロ

道路元標
【1073】 2018/8/1 長野県 下伊那郡 根羽村
【1074】 2018/8/1 愛知県 北設楽郡 武節村(現 豊田市)
【1075】 2018/8/1 愛知県 東加茂郡 旭村(現 豊田市)
【1076】 2018/8/10 石川県 江沼郡 庄村(現 加賀市)【1077】 2018/8/10 石川県 江沼郡 分校村(現 加賀市)
【1078】 2018/8/10 石川県 能美郡 鳥越村(現 白山市)

道路元標蒐集サイク(石川篇)

 「18きっぷ」はまだ残っているのですが、まとまった休みがないので日帰りの予定で北陸へ、石川県南部の道路元標を巡ります。桜井から「18きっぷ」だけで日帰りしようしても、現地での滞在時間が5時間程しか取れないのです、少しでも早く着こうとJR奈良駅まで20キロ余りを自走する事に、奈良05:46→0647京都07:00→0807近江今津0814→0946 福井10:15→1056加賀温泉のスジで、桜井始発より1時間早く着きます。未明の上街道を走るのですが、そこは走り馴れたる道、その上最近奈良市域に入ると街灯が滅茶苦茶明るいのです。
 加賀温泉駅からスタートする事にしたのは「いしかわ里山里海サイクリングルート」のモバイルスタンプラリーのポイントが駅前にあると云う理由からなのですが、北陸新幹線延伸で新駅となる加賀温泉駅は現在仮駅舎で、ホームから改札まで結構歩かされます。バスの降車場のベンチがお誂え向きだったので早速輪行支度を解きます、先日の事があるのでペダルの取り付けは慎重に。
 まずは江沼郡の庄村道路元標分校(ぶんぎょう)村道路元標を、それぞれ住吉神社と菅原神社の前にあります、明日はその住吉神社の秋祭り、準備が始まっています。今日は曇りの予報を頼りにして出掛けてきたのですが、なんとカンカン照り、でも季節はもう秋なんですね。
 「いしかわ里山里海~」のポイントの自動車博物館を経て山あいへと入って行くとお天気が曇り模様に、粟津温泉近くのローソンで補給の後、県道163号瀬領粟津線、県道161号大杉長谷線と継いで県道43号丸山加賀線へ、2009年6月20日大杉谷村道路元標まで往復しているのですが記憶に残っていません。大杉谷川に沿って緩やかに登って行く走り易い気持ちの良い道が続きます、連日の猛暑に辟易としていただけに曇り模様が過ごしやすく、蝉時雨の道を快走していたのですが、些か雲行きが怪しくなってきました、時折パラパラと。帰りの輪行に万が一泊まりになった場合に着替えを一式は持って来ているのですが、雨具の用意はしていません。
 ただ雨雲レーダーの予報は心配なさそうなので、二度ばかり雨宿りをしつつ先へ進みます、牛ヶ首峠から国道416号線経由で新丸村道路元標を経て、五百峠を小松市街へ下るつもりでいるのですが。
 道が峠道らしくなってくると雨足も強くなってきて本降りに、幸いバッグ類のレインカバーはあるので、荷物は濡らさずに済んでいるのですが、今回はロード故にお尻はビチョビチョ、替えのない靴を濡らしたくないので足を付けずに頑張って登ったのですがドボドボに、結局は無駄な抵抗だった様です。
 1419 標高420mの牛ヶ首峠に到着、峠は国道416号との三叉路になっていますが、右折しても現在は行き止まりです(福井県側へは長年R416の未開通区間だったのですが、今年9月9日に開通するそうです)。残念ながら雨宿りの出来そうな場所もなく、左折して新丸村道路元標へ下る事に。新丸村は1956年に小松市に合併編入され、現在ではかつての村域は廃村同様の状態に、その道路元標ですが、目標物も何もない道端に建っていて、予備知識が無ければ通りすぎてしまう様な場所なのです、幸い見落とす事はなかったのものの、帰宅後写真を確認すると真っ暗で何も見えません、どうやら撮影モードを選ぶダイアルが間違った位置に動いていた様です、いつもならモニターで確認をしたり、スマホのカメラで1枚位は押さえておくのですが、今回は雨の中で何れもしなかったのが。
 道路元標から更に下ると分岐があり左への国道は五百峠へと登り返し、右は大日川に沿って下ります。牛ヶ首峠へ入った辺りから流石のdocomoも圏外で、五百峠の標高とか情報が得られません、スマホ以外にGARMINがありますので、現在位置や標高は把握していますが、この雨の中幾ら登り返さなくてはならないかが読めません、右へ行けば大日川ダムを経て下り基調のまま北陸鉄道石川線の終点である鶴来駅まで行く事ができます。あと「いしかわ里山里海~」の5つのエリアの内残る「白山手取川ルート」を一つだけでもゲットするには鶴来へ下る方が確実なのです。五百峠を越えて尾小屋鉄道の跡を見てみたかったのですが、この雨と残り時間を考えると右へ下るのが最善の選択かと。
 大日川ダム湖畔、雨も収まりと云うか路面は乾いています、雨は峠前後だけだったのかも。ただ湖畔でもまだ圏外、それな湖岸道路にしては結構アップダウンがあって些か参ります。ダムの堰堤まで来てようやくネットに繋がる様になり、鶴来駅までの正確な距離と帰途に就ける最終時間を調べる事ができます。新西金沢駅でJRに乗り換える為、小松へ下るのに比べると遠回りになるので、鶴来駅1651発が最終、それも桜井線の最終が早いために「18きっぷ」のままで帰れるのは奈良まで、結果的に京都から940円払って近鉄で帰る事になりそうです。
 大日川ダムから約30分旧鳥越村へ、行きがかりとは云え鳥越村道路元標を、ここから2001年10月以来のR157へ、実はこれより南R157沿いに未収の道路元標が2基残っているのが…  鶴来駅までは後12キロ。
 鶴来駅まで後少し、「おはぎ屋」の暖簾が気になり覗いてみたい気持ちを押さえて、鶴来駅へ急ぎます。




 「能登半島ツーリング」の折の分に加えて今日4ヶ所、時間があれば後3つ位は回れたのですが、計20ヶ所、全68ヶ所の1/3にも届きませんが、パーフェクト賞以外の抽選権は手にしました。
 結局、手取川流域に入ると再び雨が、それでも時間的には余裕で鶴来駅に到着、輪行支度を整えて予定の1651発に乗車、→1717新西金沢/西金沢1721→1853福井1859→1949敦賀1952→2044米原2054→2148京都/近鉄京都2201→2300大和八木2304→桜井2311と日付の変わる前には無事に帰投しました。本日の走行、奈良駅までの自走20.3キロを含めて88.6キロ也。

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飯田~豊田ツーリング(前日)

 2018夏の「青春18きっぷ」輪行の旅、第2弾は信州飯田へ、連日の猛暑に参って少しでも涼しそうな処へ行こうと云う訳でもないのですが、一昨年8月に天候が怪しくなって中断したツーリング、飯田市から豊田市へR153三州街道沿いの3基の道路元標を巡るそのツーリングのリベンジをしょうと云う事なんです。
 今回も1日目は「青春18きっぷ」での移動のみ。桜井1040→1111奈良1120→1134加茂1142→1305亀山1324→1435名古屋→豊橋1642→2030飯田と云う余裕たっぷり、名古屋駅ホームできしめんを喰らおうと云う行程です。なお今回は「自撮り」もなし身軽にロードで120キロを名鉄の猿投駅まで走り抜ける予定です。
 豊橋からは1642発上諏訪行き、究極の乗り鉄路線飯田線を全線通して走る3往復の中の1本です、流石に私も1本で全線を通して乗車した事はありませんが、飯田まででさえ3時間48分かかるのです、ようやく2030飯田駅着。
 飯田市は城下町なのですが、天竜川の河岸段丘に流れ込む多くの支流が侵食した田切地形の中にあって、道を誤ると結構をアップダウンさせられる難儀な地形で、飯田線そのものも勾配を避けるために飯田駅前後で大きく西側にΩ型に迂回しているのです。その飯田市街に来るのは一昨年以来の2度目になります。宿までは輪行袋を担いで歩くには距離がありますので、駅前で輪行支度を解きます、走り出して右のペダルに違和感、ヴィンディングが悪いのか、クリートが悪いのか、とにかく下り基調ですし、暗くて良く判らないので、そのまま宿まで走る事に。案の定1本南側の道を下った為に激坂と階段を担ぎ上げる事に、結果的に宿の1階側に下っていた様で、宿の受付は4階にあるのです。
 宿は税込2,900円也、民宿を標榜してるのですが、バストイレは共同で労働者向きの宿と云う感じ、気さくな伯母さんと何とローディ御用達かして、ポスターとか色々貼ってあります。そんな訳で自転車も中に入れて貰えます。食料は部屋に持ち込み禁止ですが、飯田市市街の真ん中ですし、遅くまで食事のできる店は空いています。エアコンがコイン式ですが寝るだけなら充分です。7月最終日、本日の走行2.9キロ。

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能登半島ツーリング(4日目)


珠洲市木ノ浦にて

 当初の予定の5泊6日が4泊5日になってしまった皺寄せが今日4日目にきていて、珠洲でサイドバッグ4つ分の荷物を宅急便にして身軽になるに予定にせよ、七尾までの約140キロを走らなくてはなりません。普通なら無理な話でもないのですが、この猛暑続きの毎日で日中はマトモに走れない事は、2日目と3日目で身にしみています。七尾での宿は未だ確保していないので、どうせ5日目は七尾駅0500の始発に乗って輪行で帰途に就くだけ、ならば暑い昼間はどこかで休んでおいて、ナイトランで七尾までの突っ走ると云う手もあるかなと考えながら休みについたのですが。
 朝暗いうちに輪島方面が向う車が何台も走って行く音で起こされたのですが、それまでは道路脇にしては静かに過ごす事ができました。まぁこんな場所であまりのんびりともしていられないので、6時までには撤収を済ませ、まずは木ノ浦へ向かう事に。
 木ノ浦へは堂ヶ埼のこの坂を登らなくてなりません、手前には「登坂距離 2000m 標高差 100m」と案内標識が立っていて、ご丁寧に「平均勾配5% 最大勾配11%」とまで記されていますが、実際11%の処は左カーブですから、イン側はそれ以上の激坂、4サイドには些か大変です。
 野営場のある方にはもう用がないのですが、せっかく登ってきたので浜の方へ下る事に、下った坂を再び登らなくてはならないのですが。 実はここは2015年の永作博美主演の映画「さいはてにて」のロケ地なのです。ロケで使われた小屋は残っていませんが、傍に「Cafe Cove」が営業しています。残念ながら開店の10時までは待ってられませんでしたが、写真を撮ったりしながら少しの時間を過ごしました。なお一昨日の皆月も1999年の映画「皆月」(主演 奥田瑛二 吉本多香美)だったのですが。
 しかし今回はせっかく重いカメラと三脚を積んで走っていながら「自撮り」は羽咋界隈で2回トライしただけ、なかなか良いポイントもなくはなかったのですが、強烈な陽射しの中、三脚を立ててタイマーをセットして行ったり来たりする気力は起こりませんでした、この場所も立ち止まりはしたものの、ガードレールがもう少し低く見えるか、無ければねネェ…
 海岸沿いに禄剛崎へは回らず、県道52号で小さな峠を越えて珠洲市街へショートカット、蛸島村道路元標の後、旧珠洲駅跡の道の駅「すずなり」へ、日陰で涼みながら今後の計画と荷物の整理を、不要になる荷物と輪行で必要なものや着替えをはっきりさせておきます。なおここには能登線時代のホームと上屋が保存されています。
 さてヤマト運輸の石川珠洲宅急便センターを訪れ、まずは羽咋から送っておいた輪行袋他を受けとりますが、肝心のクロネコボックス14は在庫がないとの事、12相当の箱ならあるのですが2個口になり、当然運送料金も高くなります。こんな事なら羽咋で処分した14の箱を輪行袋と一緒におくべきだったと。14ならすんなり入ったサイドバッグがすんなり入らず汗だくになって格闘する事に。
 とにかく重量で20キロ余り身軽になって近くの見付島を望む公園へ。内浦側もここ見付島とか恋路海岸といった景勝地はあるのですが、やはり外浦海岸に比べるとね。春なら富山湾を挟んだ対岸の立山の冠雪が望める日もあるかとは思うのですが。基本的に海岸寄りを走ってきたのですが、九十九湾前後はパスしてR249で宇出津(うしづ)へ越えます。17時前には宇出津駅跡の観光・地域交流センター「コンセールのと」へ、スタンプラリーのポイントにもなっています。2001年にはここで2泊目の宿を取ったのですが、古い街並みが小綺麗に整備されてしまった様です。
 ここ宇出津からのと鉄道の穴水駅までR249経由で約32キロ、海岸沿いの県道34号経由で約10キロ長くなるのですが、七尾行きの2051発最終乗車する事も可能です、七尾での今夜の宿を確保して穴水駅へ急ぐ事に。
 実際遠回りにはなるのですが、鵜川 から県道34号能登穴水線へ、2001年にも走っているのですが、旅自転車にお勧めのルートです。途中諸橋村道路元標兜村道路元標(写真左)を履修、写真右は当初ゲリキャン用に目を付けておいた「寄り道パーキングかなみ(鹿波)」、間近に能登島が見えます。
 陽もすっかり暮れた頃に県道34号から再びR249に戻りますが、土地勘がない上には暗いと道も判りにくくて、道を間違えたかと錯覚したり、穴水の街中も結構判り難くて焦ったりしましたが。どうにか20時過ぎには穴水駅に到着、早速輪行支度を、最終の七尾行きには余裕で乗れそうです。本日の走行99.1キロ。

プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目(総括)

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能登半島ツーリング(3日目)

皆月青少年旅行村キャンプ場

 少し空が白み始めた頃に自然に目が覚めます、風が通って涼しいし、虫も少ないし、静かだし、最高のロケーション、皆月湾に輝く月明かりの美しかった事。ただ夜明け前に釣り客だかダイバーだかが駐車スペースとトイレのあるキャンプ場の入り口まで来てドアを開けたり閉めたりと煩かった事、まぁ此処へやってくるのは釣り客かダイバー位のものでしょうか、山を越えないと来れない帰れない何処へも行けない、しいて云えばサイクリストが一番来ないロケーションに違いないかと。
 さて今日の目的地は能登半島の先端禄剛崎の手前、木ノ浦野営場。輪島経由で60数キロの道のりなのですが、今日も変わらず猛暑の予報、昨日の事を考えると恐らく日中はまともに走れそうにありません。
 6時半には撤収を済ませ皆月を後にします、まずは県道266号で標高250m程の無名の峠を越え県道38号へ入り上大沢へ下ります。ここでは文化庁の重要文化的景観に選定されている「間垣集落」を見る事ができます。
 ここから輪島へと標高100mに満たないのですが海岸沿いにアップダウンの道が続きます。次の大沢漁港でも同じく「間垣集落」を見る事ができ、ここで鳳至郡の西保村道路元標を。ここは2015年のNHKの朝の連ドラ「まれ」のロケ地でもあります。
 大沢集落をでたのは9時半、外浦海岸を走る道の中でも上大沢からゾウゾウ鼻にかけてが絶景の連続、急坂が続く故に展望は素晴らしいのですが、どんどん上がる気温に木蔭の度に一息入れるばかりで前に進みません。皆月経由までは難しいとしても、門前から輪島へはR249を辿るより大沢経由の県道38号がお勧めです。
 17年前には金沢からここまで一気に走ってきているのですが、こんなに厳しかった印象はなかったのは、やはり暑さのせいでしょうか。
 12時半にようやく輪島の袖ヶ浜に到着、ここには無料のキャンプ場もあるのですが、最寄りが海水浴場だけに、この季節は旅人にはお勧めではありません。有名な輪島の朝市の通りもご覧の通り。
 少し暑さが和らいでから出発しようと腹をくくって市内の足湯「湯楽里」でのんびりする事に。輪島市街を離れると、能登半島を回って禄剛崎を回って内浦側の珠洲市街までコンビニはおろか、食料の調達が難しいので市内のスーパーで買い出しを、そんなこんなで輪島市街を離れたのは15時前、それでも西陽を背中に受けながら走るのは大変です。ところでここで大変なミスをした事に気が付きます、足湯でまったりしたり買い出しをしたりしていて輪島町道路元標に寄るのをすっかり忘れてしまっていたのです、「いしかわ里山里海サイクリングルート」のモバイルスタンプラリーはともかく、道路元標を通り過ぎてしまうとは。
 今や輪島の朝市とともに能登半島有数の観光スポットとなった白米(しろよね)千枚田、道の駅も相当な混雑です、昔はそうでもなかったのですが、確かに日本海をバッグにした棚田の風景は、日本初の「世界農業遺産」に指定されただけのものだとは思いますが。白米千枚田を出たのが16時半、輪島町道路元標を飛ばしたついでに内陸側に少し入らなければならない南志見村道路元標も輪島町と共に再訪する事にしてパス、18時前に曽々木海岸を通過、スタンプラリーのポイントにもなっている道の駅「すず塩田村」へ、反対方向から走ってきたクロスバイクの学生2人と一言二言、これから輪島の宿まで走るとか。もう時間的に木ノ浦野営場は無理として、ここでゲリキャンと云う手もあるのですが、今一つ気が進まないので、先へ進む事に。どうにか明るい内に西海村道路元標を、ここから能登半島の海岸線を巡る国道249号は山越えで内浦側へ越えるのですが、2014年に完成したバイパス大谷道路の巨大なループ橋を見上げる事ができます。
 19時、タイミングが良いと云うか「ゴジラ岩」の落日を拝む事ができました、今では全国各地に同様の「ゴジラ岩」があるのですが、ちょっとここのは可愛いと云うか、でも日本海に沈む夕日は格別です。
 「ゴジラ岩」を過ぎて暫くで山側におあつらえ向きのスペースとベンチが、道路から丸見えですが、今夜はここでゲリキャンと決定。本日の走行66.1キロ、皆月を出発して13時間余り、実際走っていた時間は僅か4時間半程なんです。

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能登半島ツーリング(1日目)

 桜井駅0543発の奈良行き始発に乗車。列車時刻の検索はもっぱらスマホアプリの「乗換案内NEXT」を利用しているのですが、桜井→能登二宮間の始発(「青春18きっぷ」利用)で検索すると第一候補は桜井0552→0625王寺0629→0742京都0818→0950敦賀0953→1048福井1113→1242金沢1329→1448能登二宮となるのですが、能登二宮1448到着の条件で検索すると桜井0607→0640奈良0646→0742京都0818→0950敦賀0953→1048福井1113→1242金沢1329→1448能登二宮が第一候補となります、始発の場合は鵜呑みする余計に早く出発させられる事がありますので注意。ただ私の場合は確実に座れると云うか輪行袋の置き場所を確保できるとか、乗換の余裕とか階段の少ない経路とか優先させて考えますので、実際は次の様な時間で移動しています、桜井0543→0616奈良0622→0724京都0754→0820堅田0842→0950敦賀0953→1048福井1113→1242金沢1329→1448能登二宮、京都駅始発の近江舞子行きに乗り堅田で後から来る敦賀行きに乗り込んでいます、舞子まで行くとホームが変わってしまう場合あり。
 敦賀で北陸本線へ、北陸新幹線の金沢開業で3セク区間を含めてすっかり521系に置き換わっています。輪行袋を担いでいるとデッキが狭くて乗り降りが大変だった寝台電車の名残り「食パン電車419系」も今となっては懐かしいです。
 福井駅25分待ち、金沢駅47分待ちでようやく七尾行きへ乗車、金沢から七尾線の分岐する津幡まで3セクのIRいしかわ鉄道となったのですが「青春18きっぷ」でそのまま乗車可能です、但し東金沢、森本で途中下車をすると別料金を取られます。七尾線では411系451系の末裔が健在、半自動ドアなので不自由この上ないのです、昔の交直流急行色なら許してあげるんだけど。しかし2022年には北陸新幹線敦賀延伸ですかぁ「18きっぷ」で北陸へ向えるのも残り僅か。
 今日の予定は鹿島郡で未収の2つの道路元標他を巡ってから羽咋市街へ向います。徳田駅で降りるか良川駅で降りるかここ能登二宮駅降りるか悩んだのですが、一応無人駅ですが広いスペースに自販機、清潔なトイレと大正解だった様です、お陰で手間のかかるヘッド抜き輪行作業もスムーズに。ただ線路の北側へ出るには地下通路を推さなくてならなかっただけが。
 最初はリアのサイド枠を付けたまま輪行するつもりだったのですが、やはり大きくなるので外して括りつけてきました、ならば最初から別送しておくべきだったと。
 なお本来のヘッド抜き輪行の場合はもっとフレームの中央近くにホイールがこなけらばならないのですが、今回はエンドどパニア台の後ろと両輪で支える様にしています、それとうちasuka号はサブブレーキ(エイドレバー)が付いているために抜いたハンドルが思うようにならないので、この様な形になっています、それでも最近のロードやクロスの人達のなんちゃって輪行よりはかなりコンパクトになっています、但し重さだけはどうにもなりません。
 ところで私が到着してから一向に列車がこないので怪訝に思っていたのですが、どうもIRいしかわ鉄道で架線故障とかで停まってしまっている様です、1本後ならエラい目に遭っていた処です。しかし15時を回ったと云うのに何という暑さ。
 県道18号を北へ7キロ程走って高階小学校裏に残る鹿島郡高階村道路元標、ここで1,060基目となるのですが、2014年8月に淡路島で1,000基を超えたもののその後はなかなか捗りません、今回のツーリングでは20基を予定しているのですが。
 今回のツーリングのもう一つのテーマ「いしかわ里山里海サイクリングルート」のモバイルスタンプラリー、今年は4月から始まっていたそうなのですが、いまから11月までに68基をクリアするのは難しいのですが、オールクリア賞以外のプレゼント抽選資格位は押さえ様かと。68基の中には一般には馴染みの薄い様な施設もあるので心配していたのですが、道路に面した箇所に大きな案内看板が設置してあって、ポイントを見つけるのは難しくなさそうです。「ツールド紀伊」や「なるくる」のスタンプラリーの時はスマホのGPSでの座標を利用していたのですが、「いしかわ~」では看板に貼り付けられているQRコードを読み込ませる様になっています。結局この日は「ふるさと創修館」「道の駅織姫の里なかのと」「コスモアイル羽咋」と3ヶ所回る事に。
 羽咋市街へ向う途中で鹿島郡久江村道路元標へ。ところで道路元標は大正11年の内務省令で様式が定められているのですが、都道府県や地域によって内務省令と異なるものがあります、石川県のものは天頂部の4辺が丸く、正面?に「道路元標」、側面に「○○村」と陰刻されているのが特長ですが、個人的にはあまり好きな様式ではありません。
 1802羽咋駅の裏側(東側)まで戻ってきました。別送の荷物をヤマト運輸の石川羽咋宅急便センターまで引き取りに行かないといけないのですが、近くまで羽咋健民自転車道が続いているので、信号もない事ですので利用する事に、この自転車道は昭和47年に廃止された北陸鉄道能登線の廃線跡なのです。
 荷物を受け取りサイドバッグを取り付けます、これが結構な作業、当初の予定で19日に来ていれば、早くても羽咋駅着が1807、それから輪行支度を解いてスタートですから少々大変だったかも。輪行袋は帰りまで余計な荷物ですので、運賃が勿体無いと云えば勿体無いですが、帰りに利用する珠洲市のクロネコヤマトに送っておく事にします。
 楽天トラベルで予約しておいた市内の安ビジホへ、3,900円也。ただ羽咋市は駅前や中心部にコンビニやファーストフードの店がないのが不便。本日の走行39.0キロ、さて明日からが本番です。

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2018年3月の実績

 「四国の右下キャンプツーリング」他、今月は良く走りました。昨夏以来の1,000キロ超えで1,244.7キロ。

 昨年は3月がピークだったけど、今年は… 

道路元標
【1057】2018/3/24 高知県安芸郡津呂村
【1058】2018/3/25 高知県香美郡岸本町
【1059】2018/3/25 高知県長岡郡大津村 

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