今回は「きたぐに」で直江津まで行って信越、篠ノ井、中央線経由で小海線信濃川上まで切符を買いました、予定ははっきりしているので、途中で乗車しない区間があってもこの方が1000円近く安くなります。
今回は連休中なので「きたぐに」には始発の大阪駅から乗車する事にしましたが、思った程に混んでいる訳でもなく、京都で自由席のボックスが一人ずつ埋まってしまう程度です、地震で運休になった以降、乗客はまして減ったようですね。 「きたぐに」にははるか30数年前の客車時代からお世話になっていますが、お盆やスキーシズンには乗車には列ができて、通路まで満席だった事が今となっては懐かしいです。
「鉄」カテゴリーアーカイブ
道路元標蒐集18切符の旅(新潟篇 2日目)









本日の収穫 【526】 新潟県 岩船郡 保内村 (現 荒川町)
【527】 新潟県 北蒲原郡 中条町 (現 胎内市)
【528】 新潟県 北蒲原郡 葛塚町 (現 新潟市)
【529】 新潟県 中蒲原郡 川東村 (現 五泉市)
【530】 新潟県 中魚沼郡 中条村 (現 十日町市) 【531】 新潟県 中魚沼郡 十日町 (現 十日町市) No tags for this post.
道路元標蒐集18切符の旅(新潟篇 1日目)

いつものように最後尾の1号車クハネに陣取ったのですが、コンプレッサーがうるさくて参りました、もう30年以上酷使され続けている車両ですからね。




← 国鉄色のキハ58系も今や貴重な存在とか

本日の収穫
【520】 新潟県 中頚城郡 直江津町 (現 上越市)
【521】 新潟県 中頚城郡 八千浦村 (現 上越市)
【522】 新潟県 刈羽郡 鯨波村 (現 柏崎市)
【523】 新潟県 中頚城郡 潟町村 (現 上越市)
【524】 新潟県 西蒲原郡 和納村 (現 新潟市)
【525】 新潟県 岩船郡 関谷村 (現 関川村) No tags for this post.
丹後山田駅資料室




加悦SL広場
旧加悦駅駅舎や転車台(張った水に鯉が泳いでいたりして)を中心に主に加悦鉄道所縁の車両が保存されています。
C57やC58は加悦鉄道と所縁はないのですがネ、京都市電とかもあったりしますから。
事前に情報を持っていなかったので、元芸備鉄道(のちの国鉄芸備線)のガソリンカーがあるのには驚きました、国鉄時代はキハユニ40900。
軌道自転車が2台ありますが、残念ながら動かす事はできません、かつて本線上走っているのを見た事があるだけでも貴重ですが、一度乗って漕いでみたいです。
道路元標蒐集 18切符の旅 (九州編 3日目)
道路元標蒐集 18切符の旅 (九州編 2日目)
今日は佐賀県東松浦郡の道路元標を回るつもりだったが天気の回復が思わしくない、予報によると長崎の天気が比較的良さそうなので佐賀0537発の長崎行きに乗車、諌早で長与回りに乗換えて道ノ尾駅で下車し長与村道路元標を、てこずるかなと思っていたが駅前の県道道ノ尾停車場線のヘキサ傍に傾いて建っていた。
喜々津、諌早で乗換えて大村線彼杵駅へ、駅を降り立つと目の前に妙な石標が、判読困難だが道路元標より一回り小さい。
怪訝に思いながら国道まででると同様のものが、こちらは判読できたので県道の起終点標だと判る。
彼杵駅近くの長崎街道には案内が整備されているがそれらしき処を回ってもお目当ての彼杵村道路元標は見当たらない。
探し回った末に残り時間を睨みながら歴史民俗資料館まで行き尋ねると中庭に保存されていた。
元は先の県道起点標の処にあったとの事。
幸いにも所在がはっきりしていなかった長崎県下の2基をGET、唐津方面へ向かうが、天気は芳しくない。
久保田経由でも時間は変わらなかったが、別途運賃を払って第三セクターの松浦鉄道に乗車し伊万里経由で唐津へ。
唐津駅に降り立つと案の定雨、唐津町道路元標まで歩き、向かいのバスターミナルで経路や時刻を見てみるが、周辺の何れの元標へ往復するのは難しい。
唐津駅へ戻り悩んだ末、ここまで来た事だしと奮発してタクシーで近場の鏡村と浜崎村を回って貰う事に。
筑肥線浜崎駅、福岡で地下鉄に乗り入れているので、JR九州の事だからどんな車両が走っているのかと思ったら、何と103系でした。
奮発したお陰で後の行程がうまく行き厳木町と小城町を回る事が。
唐津線厳木駅、かつて炭鉱で賑わった駅構内も今では山峡の静かな駅です。
給水塔が保存されています。
小城町道路元標目当て降りた街、大した名所旧跡もない小さな街なのに 何故か羊羹屋さんばかりが並んでいる 聞くと30軒はあるとか…
で、甘党の私としては買ってきましたよ(^_^)
道路元標蒐集 18切符の旅 (九州編 1日目)
青春18きっぷの旅 (鳥取篇)
今日は「18きっぷ」で鳥取まで往復する事に、自転車はもちろん一応道路元標も抜きで、記念すべき500基目は8/13に奈良県下北山村で達成させる予定です。 でも鳥取県は全く以て現存情報のない県ですから、もしも「元標」が目の前に突然現れれば話は別ですが、基本的に今日は”乗り鉄”モードです。
鳥取市へはまともに「18きっぷ」で行くと午前中には辿り着けませんので、鶴橋まで近鉄、上郡から佐用、智頭と第3セクターの智頭急行の区間を特急「スーパーはくと1号」に乗車(特急券込みで\1,670)、関西圏から高速道路のない鳥取市へ最も早く行ける手段なので5両編成となった今も結構混んでいます。
案の定上郡からだと座れませんでしたが、再びJRとなる因美線智頭駅で下車して普通列車を待ちます、鳥取まで乗ってしまうと後\1,300余分にかかってしまいます。 智頭急行区間内は運転手も車掌も入れ替わります。
鳥取駅1055着、市内は全く以て勝手が判りませんがバスターミナルへ行くと市内循環のバス「くる梨」が\100均一運賃で走っているので、これを利用する事に。 鳥取砂丘とかの観光地へこそ行きませんが、県庁、市役所、文化会館と云った公共施設をまわってくれます。 右周りと左周りがありますが、ルートが違うので青コースと赤コースと呼んでいる様で、なんと\300の1日券もあります。 ただ市内を周回するので場所によっては余計に時間がかかってしまう場合もありますが、従来の路線バスも「くる梨」と重なる区間は運賃が\100になっているのです、帰りは路線バスが早く来たので乗ったら半分以下の時間で鳥取駅に戻ってしまいました。
↑ 廃食油利用のバイオディ?ゼル燃料車です。
道路元標抜きと云いましたが… 県立公文書館へ資料の探索に。 ネット検索で大正9年県告示を見ることができる事はわかっていましたが、現実は…
書庫から出してもらうと その薄さにびっくり、智頭町役場が編纂したもので、かなりと云うか殆どといって良い程、抜け落ちています。 大正12年、13年に至っては未記入の目録用紙が1枚はさまっているだけで、恐らく後年智頭町役場が散逸している古い県公報をまとめようしかけていたのでしょう。
大正9年4月1日、鳥取県告示第135号「県道ノ路線左ノ通認定ス」と云うのがあったものの、その次は4月22日の第155号まで抜けています、「道路元標ノ件」はこの間にあったのでしょうか。 お隣の島根県は秋鹿村、高知県は田野町でしたが、大正期とは云え近代の県公報が逸失してしまって、周辺市町村に頼っていると云うのは、日本の公文書管理ってどうなっているのでしょうかねぇ…
鳥取から「18きっぷ」を利用して鶴橋経由で桜井に戻る最終は、山陰~福知山線経由か山陰~播但~山陽経由の何れでも1622発、因美線で東津山、姫新線で姫路と云う’ヲ’なルートでは1526発となりますが、接続が良く意外に早く帰る事ができます。 今日は余裕があるので、38年ぶりに若桜鉄道(旧国鉄若桜線)に乗車、終点の若桜まで往復し、これも38年ぶりの因美線智頭以南に乗車して姫路経由で帰途に就くことにしたのですが、郡家駅で乗り換える頃から雲行きが怪しくなってきた上に、因美線のダイヤが乱れ始め、若桜行きは10分以上遅れて到着します。
並行する国道29号線が立派になって交通量が多い事を除けば、駅舎や鉄橋、沿線風景に結構昔の雰囲気が残っています。
← 若桜駅構内、第3セクターとなって駅舎の手前に車庫が新設されています。 若桜駅の奥にC12 187が保存されていますが、これは兵庫県多可郡の旧加美町役場に保存されていたものを譲り受けてきたものです。 私の知る往年の国鉄若桜線ではC11が使用されていて、C12が使われていた記憶はありませんでしたが、C12 167は終戦前後に若桜線で使われていた様で、その後加古川線に転出した様です。
さすがに一閉塞の盲腸線、終点の若桜駅に着く頃には殆ど遅れを回復していたのですが、若桜駅での定時での折り返し時間は6分、夕方の通勤通学時間帯に備えて職員総出で2両編成に。 天気が良くて時間があれば若桜の街並でも見てみたかったのですが… しかし郡家駅に戻る頃には雨は激しくなり、凄まじい雷雨に。
若桜駅では今も窓口で硬券の乗車券が買えます。
JR因美線は智頭を境に、智頭急行と直通運転もされ1日13往復もの特急が走る北側と、数往復の普通列車だけが走る南側に別れてしまっていて、今では全線を通して運転する列車はありません。 ← 智頭駅にて、鳥取側はJRのキハ40系((殆どは首都圏色)に若桜鉄道、智頭急行の車両が乗り入れてきます、津山側はキハ120の単行です。
東津山での姫新線への接続がタイトなので遅れが気になる処なのですが、間に合わなくても津山線経由で岡山回りでどうにか帰る事はできます。 どうやら雷雨も収まり、単行の津山行きキハ120が物見峠の長いトンネルを越え岡山県側に入ったものの、美作河井駅で停まってしまい、その後運転士と運転指令とのやりとりで降水量が規定値を越えたとかでこの先の運転が中止になってしまいました。
「18きっぷ」の期間とあっていつになく多い乗客、どうやら代行バスが用意される様で、運転士は一人一人に目的地を訪ねて回ります、どうやら大阪へ向かうものも私を含めて2,3人いる様です。 運転士に食ってかかる様な人はいませんでしたが、明らかに’鉄’とおぼしき族がなにやら嬉しそうにウロウロしたり、運転士に何だかんだと云うのがいささか目障りです。 代行バスは既にこちらへ向かっているのかと思っていたら、18時を回ってからようやく代行バスが津山を出たの情報が、津山駅と美作河井駅は道路で約28キロ、往復1時間半はかかる計算になります、それでは岡山に出ても「18きっぷ」では大阪まで帰れても、とても桜井へは帰りつけません。 大阪の実家で泊まると云う手も無くは無いし、最悪大枚はたいて新幹線で帰る手も。 岡山なら安いビジホもあるし、Let’Note持参で来ているので資料は整うので、岡山南部に残している元標3つを回る手も、香川県立図書館に行ってみたい気もするのですが、明日は夕方には帰っておいた方が都合が良い予定もあるので、とにかく大阪へ向かう事を優先する事にします。
私の向かいに座っていた人も大阪で、御堂筋線が動いている時間に帰れればどうにかなるそうです。 実は彼も”;隠れ鉄”;だったのですが(^_^)
18時45分、津山駅へ向かう代行バスと途中駅へ向かう2台のタクシーが到着、見送る運転士に「お世話になりました」と労ってバスに乗車、とりあえずは19時51分津山発の津山線岡山行きの快速には乗れそうなのですが。 ところでここ美作河井駅は元の加茂村ですから、「八つ墓村」のモデルになった津山事件のあった処です、この話を先の’隠れ鉄’氏と話していたら、バスの運転手が右手の山腹を示して「二十七人殺し」の場所はあの辺りですよとの事、ん、津山事件は三十人殺し(「八つ墓村」では三十二人殺しとなります)では、二十七人ってこのバスの乗客の数ですよ(*_*) 信号の無い県道で思ったより早く津山市街に、接続を再度「乗換案内NEXT」で検索すると、19時28分津山発の姫新線佐用行きに乗り智頭急行で上郡へ出ると、智頭急行の\470を払う事にはなりますが、大阪へ2258着で帰れる事が(^_^)v バス内でJR職員の電話でのやりとりを耳にしたのですが、「18きっぷ」で広島へ向かっていた乗客もいるとか、本来何の補償もない「18きっぷ」ですが、場合によっては新幹線利用で送って貰えるのかも、ゴネ得だったりして。 幸い八つ墓明神の祟りもなく無事に津山駅到着、佐用行きにぎりぎりで乗車でき、先の’隠れ鉄’氏とともに大阪へ帰ってきました。
大阪環状線ホームの雑踏へ、後はいつもの鶴橋23時28分の八木行き快速急行にさえ乗れば、五位堂で榛原行き最終が待っています。
桜井 0528 → 鶴橋 0622 (610円)
鶴橋 0629 → 大阪 0645 2,210円
大阪0652 → 姫路 0754
姫路 0800 → 上郡 0834
上郡 0902 → 智頭 0942 (1,260円+410円)
智頭 1009 → 鳥取 1055 570円鳥取 1410 → 郡家 1423 230円 郡家 1438 → 若桜 1508 (若桜鉄道420円)
若桜 1516 → 郡家 1546 (若桜鉄道420円)
郡家 1550 → 智頭 1619 1800円
智頭 1629 → 津山 ****
津山 1928 → 佐用 2027
佐用 2034 → 上郡 2053 (470円)
上郡 2121 → 姫路 2154 2820円
姫路 2157 → 大阪 2258
大阪 2303 → 鶴橋 2318
鶴橋 2328 → 桜井 0008 (610円)
「青春18きっぷ」で7,630円分乗車
青春18きっぷ「道路元標蒐集の旅」
桜井0533発に乗車、桜井線、奈良線、湖西線と継いで近江今津に向かいます
近江今津駅
今津町道路元標は旧街道の分岐する住吉神社向かいの酒屋の角に残っていますが、初老の酒屋の主人曰く、ここには木製の背の高い道標(おそらく里程標の事)が建っていて、代わりにこの道路元標が建てられたと云う、その時の記憶があるので戦後の事だと云う、場所はその折に少し西に移動したとの事。 書体は滋賀県としては珍しく豪快な字体、道路に面せず東を向いている。
ちなみに今津町は明治39年に町制、昭和30年に周辺2村と合体、平成17年に高島市となった。
兵庫県加古郡氷丘村道路元標、加古川駅と日岡駅の中間にあり、バスの時間も合わないので炎天下歩く事に、今日は少し曇っていたのがせめてもの救い。 以前加古川周辺に来たときには見つけられなかったのですが、本来の位置からは動いている様に思えます。
帰りは少しは近い加古川線日岡駅へ、読みこそ同じですが旧村名や小学校は’氷丘’ですが駅名は’日岡’となっています。
加古川線の車両のこのペイントはどうもねぇ
姫路、相生と乗り継ぎ三原行きに乗車、倉敷へと向かいます。 姫路?岡山間はボトルネックになっていて「18きっぷ」の季節は結構混むのですが、中途半端な時間なのかして割りと空いていました。
倉敷駅で児島行きの下津井電鉄バスに乗り換えますが、乗換時間は7分の上に少々延着、勝手の判らない倉敷駅前のバスターミナルを右往左往(^_^;)
岡山県児島郡藤戸町道路元標、藤戸寺下バス停すぐ藤戸饅頭本舗の前に建っています。 次のバスまで20分ですが数分遅れて到着、この写真を撮るために藤戸寺境内まであがったりしていて、店を覗いてみたりしたものの、次のバスも遅れてくるとは限らないので買えず仕舞い、案の定買っていたら乗り遅れる処でした。
岡山県児島郡下津井町道路元標
道路元標の位置から瀬戸大橋が見えたら面白いのですが…
帰途に就きます、岡山駅
本日の収穫
【496】 滋賀県 高島郡 今津町 (現 高島市)
【497】 兵庫県 加古郡 氷丘村 (現 加古川市)
【498】 岡山県 児島郡 藤戸町 (現 倉敷市)
【499】 岡山県 児島郡 下津井町 (現 倉敷市)
「18きっぷ」で10.880円分乗車、
下津井電鉄バスで1,360円、田舎のバスは高いですわ。