ネガフィルムのホルダー以外には何の記録も残っていないのだが、この日は夜行で佐世保へ行き、松浦線、現在の松浦鉄道の佐々へ行っている、当時の松浦線には臼ノ浦線、柚木線、せ知原線と云った短い支線があって、元祖レールバスと云えるキハ02が活躍していで佐々区に配置されていた、それが目的だったのだが、この年には既になくなっていた。
佐々駅構内(だと思う)、当時の松浦線ではC11と8620が活躍していた。
早岐機関区、左にDD11、右に「あかつき」のヘッドマークを付けたDD51が見える。
右端に国鉄バスへののりかえ案内が写っていて、どうやら有田駅ではないかと、そう云えば昨年、早岐駅と有田駅は乗り換えで降り立ったが、雰囲気的にも有田駅に違いない様です。 この様に昔写した写真を頼りに訪れる旅も面白いかも。
鳥栖機関区にて 39641
同じく 68649、九州には原型に近い美しい機関車が多かった。
左から D51 924 68649 39641
暢気な時代と云えば暢気だが、北九州には多くの機関区があって、中学生のグループでも簡単に写真撮影の為の見学が許して貰えた。 ただこの頃構内で突放入換中の貨車に轢かれて死亡する事故が発生し、見学が厳しくなったとか聞いた。
年別アーカイブ: 2009年
「逃亡列車」
森谷司郎監督の「首」以来の’日本映画’カテゴリです、「首」も房総周辺のC58が出てきましたが、どちらかと’鉄ちゃん’ネタですね(^_^;)
昭和41年(1966年)12月公開の日活映画で、「鉄道ファン」誌で紹介されたので、中学生だった私ですがなんとロードショーで見ています。 今年は石原裕次郎23回忌とか、といっても全くの話題にもされない作品です。 で思い出した様に検索すると、ありましたありましたVHSで出ていたのですね、レンタルビデオ落ちをYahooで発見、競ることなく落とせました、少なくともオールド鉄道ファンには感涙ものの隠れた名作です。
小海線沿線でC56を使ってロケされたのは一目瞭然なのですが、シールドビームに架線注意のSLをバックに石原祐次郎が機関銃を構えるパッケージにケチを付けたりとマニアックな野暮は云わずに、舞台となる駅のセットや、実際の走行シーンと見どころたっぷり、フィクション作品とは云え、高林なんとかの作品より、余程にリアリティのある映像が随所にみられます。 共演者には伊藤雄之助、若かりし十朱幸代、と云うより少年にはロボタンのパパの娘さんと云う方が(^_^)
物語の舞台は終戦を迎えた南満州ですが、ロケ地の小海線野辺山高原も、今ではかなり様変わりしてしまっていますよね。
C56 112 や159が登場しますが、ボロボロにウェザリングされたC56 112は廃車体ではなく、当時はまだ現役だったはずなんですよ。 このC56を祐次郎率いる大映の「兵隊やくざ」みたいな連中が、修理して「逃亡」する訳なんです。
これって大門沢の鉄橋? まさか鉄橋まではセットやないのと思うので、爆破シーンは実際の鉄橋に煙幕だとは思うのですが。
貴重な35mmフィルム映像ですから、是非DVD化してほしいものです。
40年前のネガから (1969/8/1)
折につけて古いネガフィルムの整理をしたいのですが、デジカメに慣れたきった身にはフィルムスキャナを操作するなんて非常に邪魔くさい作業なんで、すぐに挫折してしまいます。
1969年の夏休みは九州周遊券を利用して友人たちと九州へ、宿泊はYHと九州内の夜行を利用、8月1日は一日かけて門司まで移動、当時は門司港発で大村線経由佐世保長崎行き、肥薩線経由鹿児島行、日豊本線経由鹿児島行きと3本の鈍行夜行があったので、門司港駅は拠点になっていました。
写真は門司駅でしょうか、門司港駅でしょうか、客車を牽くC11 299、日田彦山線の列車でしょうかね。
これは門司駅です、ナハネフ22が写っていますので、上りのブルートレインが関門トンネルをくぐるため、塩害対策のステンレス車体の交直両用機EF30に付け替えているところです、左はED76の様です。
今月の実績
走行423.2キロ、天候不順でしたからね、と云う理天気予報に牽制されまくったと云う様で、皆さんとご一緒する機会もなく、正味「会津」だけみたいなものです。
福島~新潟~石川で道路元標33基、累計750基となりました。
SINCE 1997
docomo 定額データプラン
昨年からノートPC用で使っているdocomoN2502HighSpeedデータ通信カードの契約、殆ど毎月15万パケットに満たないので従量制にした方が少しだけでも安くなるので、契約を見直そうかとdocomoのホームページを見ていると、新しい契約プランが出た様なのだが、どうも腑に落ちない。 歩いて3分とかからないdocomoショップへ行っても、そこのおネェちゃんたちではラチがあかないので、直接「151」に聞いてみる事にした。
従来プランは50万パケットまで固定で、100万まで累進して定額となっている。 (但し2年縛りの契約をすると70万から定額となる。 )
新しいプランではバリュープランの場合2000円、2年の縛りを付ければ1000円からスタートする様に変わったのだが。 上限額こそ変わらないものの、下限額から累進に切り替わる転換点が大きく変わっている。 今まで50万パケットだったのが、たった23825パケットなのである。 最初は1パケットのバイト数が変わったのかとさえ思いましたよ。
恩恵を受けるのは僅か約58700パケット/月未満の人だけで、上限額が変わっていないので100万パケット越えの人も何も変わらない。 私の様に月々50万パケット以内で使っている人は、下手をすると月額6000円も高くなってしまう。 基本的にはパケット通信料が0.0126円/パケットから0.042円に上がっているのですが、危うく大損する処、すでに従来ダイプの契約は先月で打ち切られていて、私も従量制にしたりすると元には戻せない、今の契約のままを維持するのが一番お得らしいが、こんなプラン改訂をして、後から説明不足だとクレームを付けられないのかネェ…
No tags for this post.Silverstone LC13
以前からHTPCケースが一つ欲しかったので、オークションあたりをウォッチしていたのですが、いつも競り負けるとと云うか、節度ある金額しか入れていなかったのですが。 会津から帰ってきたら繰り上げ落札の通知が、最高落札者が金額を吊り上げてしまっていたので、格安と云う訳でもなかったのですが、送料を入れて納得できる金額を入れていたので、遠慮せずに応じる事にしました。
SilverstoneのLC13の黒、ディスプレーもリモコンも付かないシンプルなモデルで、3.5と5吋のオープンベイと2つずつ、3.5吋シャドーベイが2つ。
最近マイナーチェンジしたLC13-Eが出ている様で、3.5吋オープンベイが中央ではなく左に寄った様です。
本体は普通のスチールケースですが、フロントパネルは肉厚のアルミ材でHTPらしい高級感があります。
Silverstoneだけに作りや仕上げはしっかりしています。
元箱に入って、付属品もネジまで揃っていて、目立つキズもなく、見た目は新品同様の買い物でした。
実はHTPCケースと云うか、自作機で横置きのデスクトップケースは初めてです。
ATXミドルタワーを横にしたと思えば良いのですが。
日頃メーカー製のデスクトップの中味を良く見ているだけに、もう少し小さくならないものなんかなぁと、レイアウトをしげしげ眺めて見ます、やはりATXマザーに2基の5吋ベイを収めるとこの大きさになってしまうのは仕方ないのでしょうね。
HTPCケースが欲しかった理由は机の左にある7台のミドルダワーのうち1台をテレビやオーディオに近い机の右側に持って行く事で、とりあえずはケースの入れ替えだけなので、早速ブチ込んで見ました。
電源はいわゆるケーブルプラグインと云うタイプなので必要ななケーブルしか付けていないのですが、それでも5吋オープンベイの後ろはかなり厳しいです。
2つの3.5吋シャドウベイは3.5と5吋のオープンベイの下に入り、3.5吋オープンベイを1つ殺せばハードディスクを2段重ねで入れる事も可能ですが。
日頃タワー型になれている身には結構組み付けにくい感じは
あります。
まぁこれから色々といじくってみる事にします。
ちなみにLC13-Eは内部レイアウトもかなり変わっている様です。
モンベル フロントサイドバック
今回はこの様ないでたちで出掛けましたが、フロントバッグは先日モンベルのツーリングフロントバッグの代用としてチョイスしたTOPEAK Tour Guide HandleBar Bag DX 、リアはキャリア上に乗せるダンロップのバッグに変えて、モンベルのフロントサイドバッグを付けてみました。 本来はフロント用ですし、片側で8リットル(メーカー値)の容量しかありませんが、キャンプでも無い限り充分なサイズです、私としてはLet’sNoteRシリーズやA4サイズ資料が入れば充分な訳ですから。 欠点は内側に飛び出しているナットの頭がどうにも。
最初からKHS用として入手した訳ですが、KHSの純正リアキャリアはパイプ径が大きく付けられないと一目見て思い込んでしまっていて、asukaのリア用として荷物の少ない時に使っていました。 実はアタッチメント内側のスペース調整パーツ(写真左)を外してやると、充分太いパイプにも取り付けられる事を知ったのです、やはり取説は横着せずにちゃんと読むべきもんですね(^_^;)
ところが今回、その取り付けアタッチメントのラッチ部分が破損してしまいました。 モンベルのツーリングフロントバッグの件でジャパタカさんから戴いたコメントにあったのはこの事だったのでしょうか…
このサイドバックは取り付け取り外しが楽なのでなかなか良いと思っていたのですが。
道路元標蒐集の旅(会津編)
今日は「青春18きっぷ」を利用して帰途につきます、新潟~桜井599.7キロの行程ですが、途中石川県下で道路元標4基を回る予定です。
← 萬代橋新潟0518発の信越本線の始発に乗車、115系です。
長岡0641発、直江津行きに乗り換え、柏崎を過ぎると日本海が… しかし行き帰りだけは天気は良いようで。
直江津0813発、富山行き、こちらは食パン電車419系、寝台電車581系改造のマニアアックな車両です、固定さえできれば置き場所はたっぷりありますが、ここは2つのトイレ(使用できるのは1つ)の向かい、元は洗面所のあった場所です。 しかし幅700mmの折り戸で輪行袋を担いで乗り降りするのが大変です。
遠足か社会見学でしょうか、狭くて段差のあるデッキを一列にならんで降りて行きました、お陰で少し発車が遅れましたが、これはこれで和む光景です、市振駅にて。
倶利伽羅駅1057着、石川県河北郡の倶利伽羅村道路元標を回り、余分な荷物を「ゆうパック」にして身軽になろうと、5万図に載っている郵便局を探しますが見つかりません、結局は道の駅の向かいに移転していたのですが、1本乗り遅れて、再び次の津幡駅から加賀笠間駅に移動します。 能美郡の安宅町道路元標は勧進帳の安宅の関の対岸にあります、今では殺風景な川岸ですが架け替えられる前の橋の北詰にあたる場所です。
小松1541発の敦賀行きに乗車、こちらは455系ですが、この車両は輪行袋の置き場に苦労します。 距離が短かければ運転台の後ろが丁度良いのですが。
敦賀から米原経由の新快速播州赤穂行きに乗り継ぎますが、敦賀直流化で随分楽になりました。 やはり京都からは近鉄利用が早いのですが、奈良線~桜井線経由でフルに「18きっぷ」を利用させて戴きました。 しかし一番接続の悪かったのは奈良駅の29分だとは…
本日の走行34.5キロ。 ずいぶんと天気には悩ませられましたが、道路元標32基、走行256.3キロと充実した4日間でした。
【747】 石川県 河北郡 倶梨伽羅村 (現 津幡町)
【748】 石川県 石川郡 比楽島村 (現 白山市)
【749】 石川県 能美郡 寺井野村 (現 能美市)
【750】 石川県 能美郡 安宅町 (現 小松市)
道路元標蒐集の旅(会津編)
本当にあてにならない天気予報では、昨日よりはマシな天気らしいのですが… 昨日行けなかった山都を含めて午前中は会津を回り、磐越西線で新潟に移動する事にしました。
最初は河沼郡の八幡村道路元標、走って行っても15キロ余りですしきっとその方が早いのですが、0559発の只見線に9駅(26キロ)乗って塔寺駅まで輪行します。 只見線は直通列車は1日3本の超ローカル線、10数年前に一度通しで乗りました。
← 右側は旧会津線の会津鉄道
塔寺駅、片面ホームでかなり秘境駅の雰囲気なんですが、近くの国道49号をひっきりなしに車が走っているので結構騒がしいです。
今回唯一とも云える峠、鐘撞堂(かねつきどう)峠、もちろん峠おやじナワールドさんの足跡はここにもあります。
山都駅近くの一ノ戸川鉄橋、磐越西線では有名な撮影ポイントの様です。 山都町は現在では喜多方市となっていますが、こちらの名物は「そば」、11時前ではどこも開いていませんでしたが。
山都駅1128発の快速「あがの」で新潟へ向かいます。
← 今回はサイドバック装備なので、こんな感じで輪行状態に。 バックの右は付けたまま、左は外して写真の様に。 オーストリッチの輪行袋「ちび輪」にもどうにか入ります。
山都駅で輪行支度をしていると、丁度話題の日食に、雲の合間に見え隠れしている状況で結構暗いので、ND4とND8の2枚重ねでトライしてみました。 40何年か前は小学校でしたが、2009年の日食を東北の山峡の駅前で、駅を委託されているおばちゃんや客待ちをしているタクシーの運転手さんと一緒に見上げているとは、26年後は生きているのでしょうかね。
新潟県の天気の具合も怪しげで、あまり南部や山沿いに行くと降られそうなので、越後線に乗り換えて越後赤塚駅から西蒲原郡の道路元標を回る事にします。 結果的にはこれが正解で一度も降られる事もなく、7月の暑い時期に新潟平野のど真ん中を結構涼しげに走り回る事ができました。
← ようやく信濃川の信濃川水門(本川大橋)まで走ってきました。
今夜は東横イン新潟古町ですが、新潟市道路元標はすぐ近くです。 本日の走行86.5キロ
【731】 福島県 河沼郡 八幡村 (現 会津坂下町)
【732】 福島県 河沼郡 高寺村 (現 会津坂下町)
【733】 福島県 耶麻郡 相川村 (現 喜多方市)
【734】 福島県 耶麻郡 木幡村 (現 喜多方市)
【735】 福島県 耶麻郡 山都村 (現 喜多方市)
【736】 新潟県 西蒲原郡 赤塚村 (現 新潟市)
【737】 新潟県 西蒲原郡 松野尾村 (現 新潟市)
【738】 新潟県 西蒲原郡 角田村 (現 新潟市)
【739】 新潟県 西蒲原郡 鎧郷村 (現 新潟市)
【740】 新潟県 西蒲原郡 曽根村 (現 新潟市)
【741】 新潟県 西蒲原郡 大原村 (現 新潟市)
【742】 新潟県 西蒲原郡 四ッ合村 (現 新潟市)
【743】 新潟県 西蒲原郡 升潟村 (現 新潟市)
【744】 新潟県 西蒲原郡 中野小屋村 (現 新潟市)
【745】 新潟県 西蒲原郡 黒崎村 (現 新潟市)
【746】 新潟県 新潟市