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第12回「あすか鍋サイク」

20111211d.jpg今年で12回目となる「あすか鍋サイク」、毎年12月に奈良県明日香村岡の食事処「めんどや」に集合してサイクリングの後、名物の「あすか鍋」を頂くという忘年会サイクリングイベントです。 1998年にHP「ランドナー補完計画」のBBSのメンバーでの企画として始まり、第10回以降は隔年開催で行われています。 当初は東吉野や室生ダムに集合してサイクリングの後、車で明日香村へ移動するパターンもあったのですが、参加人数の増加や輪行での参加者もあって、現在の様に「めんどや」の駐車場を一日お借りして、明日香村を起終点とするスタイルが定着しました。 おのずとコースも限られてしまうのですが、今年は芋峠を越えて吉野側へ越えて壺阪峠で戻ってくる2003年、2007年に準じたコース設定としました。

今回はなべちゃんとkiki君がそれぞれ大阪から自走でやってくるので、道案内にと大和川御幸橋までお迎えに行く事に。 お昼に芋峠を越えた吉野町千股の水辺公園で「ぜんざい」を振舞う予定ですので材料と鍋他を積んだ2サイド仕様で大和川河畔を北上します。 いつも2サイドの時はリアにセットするのですが、今回は始めてフロント側にセットしてみました。 フロントキャリアの構造上どうしてもフォークががっしり固定されてしまい腕への負担があるので敬遠していたのですが、リアにパニア台を付けると、使い勝手の良いキャラダイスのサドルバッグがセットしづらくなるので、バッグレイアウトとしてはこちらが良いのです。 まぁ走行性と云う点ではフロント派、リア派がそれぞれいて賛否両論分かれる処ですね。

結構桜井を余裕で出たつもりだったのですが、天理市庵冶のコンビニでお昼の弁当を調達しておこうかと時計を確認してみると、御幸橋南詰め8時40分までと云う約束の時間にはぎりぎり、コンビニはスルーして御幸橋へ急ぎます。 既になべちゃんもkiki君も到着していましたが滑り込みセーフ。 そのまま停まらずに自転車道へと、しかし2サイドで健脚のお二人とご一緒するの大変です。 (写真:なべちゃん)

どうにか「めんどや」へ9時40分過ぎに到着、既に殆どのメンバーが揃っていたので、霧のイベントが行われる石舞台に移動して貰う事にしましたが、どうやら乾さん早速パンクをやらかしてしまった様です。 明日香村石舞台では「飛鳥アートプロジェクト2011」のひとつとして9時から18時までの毎正時から10分間、霧による演出が行われています。 遠来の参加者もおられますし、折角の機会ですから時間を合わせて見て頂く事にします。

今回のサイクリング参加者は14名、特にレギュレーションを定めている訳ではありませんが、ガード付きツーリング車がメインで、今回も東叡、アルプス、片倉、エルスの名車が並んでいます。 それにフロントサイドバッグを装着した車も3台、全員のコーヒーを用意して下さったつっちーさんのアルプスと肩を並べて走らせて貰いました。 (写真:輪童さん)

日本の棚田100撰に選ばれた稲渕の棚田を見下ろす場所や、栢森、行者辻とローディには考えられないペースで休憩をしながら芋峠で目指しますが、栢森を出た処でkiki君がパンク、先頭集団は行者辻で待ってくれていましたが、体を冷やしてしまうので先にすすんで貰う事に、標高は高いものの少し日差しのある芋峠で待つ事にします、でも皆さん自転車談義で退屈する事はありませんが、私は「ぜんざい」の準備もあるので先にすすませて貰う事にします。

標高差250m余りの下りを一気に、始めてのフロント2サイドですがバランスも良く、荷重にもよるでしょうがシミー現象の心配も全くありませんでした。 吉野町千股の水辺公園へ、ここで昼食休憩です。 皆さん思い思いの弁当やらを広げます。  

各自、昼食の後は温かい「ぜんざい」を、今回は女性の参加者がなべちゃんだけだったので、色々とお世話になりました、有難うございました。 2kg余りのつぶあん、餅と栗入りぜんざい、完食して頂きました。

昨日の下見では千股と高取城跡の休憩で合わせて2時間半の余裕があると踏んでいたのですが。 千股を出発したのは13時をまわってしまい、今日は吉野川河畔まで下らずに、山麓の道を縫って壺阪峠の取り付きを目指す事にしますが、好事魔多しとは… 今度はつっちーさんがパンク。

壺阪峠に着くのはすっかり遅くなってしまい、これから高取城跡へ往復する時間はないので、つっちーさんが積んできてくれたコーヒーの用意もあるので、五百羅漢へ行く途中の空き地でコーヒータイムをする事にしました。

 

紅葉の高取城跡を端折ってしまいましたが、予定の時間までに「めんどや」に戻り、「あすか鍋」を囲んで宴の始まりです。

今年も皆さん色々とご一緒頂き有難うございました。

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明日香ご案内ポタ

 今日は神戸から満棒さんが三輪山登山に来られると云う事で、下山後明日香村を少しご案内する事に。 三輪神社の御神体である三輪山は入山は制限されていて、狭井神社で許可と入山料を払って、指定されたルートで山頂までの往復が許されてます。 桜井に10数年居ながら、展望もないと云う話なのであえて行く事もないだろうと、私自身は登った事はありません。 下山する頃を見計らって、お昼に三輪神社近くの適当なお店でにゅーめんでも頂こうかと思っていたのですが、連絡があったのが下山後だったので、桜井駅まで来て貰い、そのまま明日香村へ行く事になりました。

 大官廃寺跡から水落遺跡といつものルートを抜け飛鳥寺裏の曽我入鹿の首塚まで、付近では遺跡の発掘説明会が、明日香村は母方所縁の土地ですし、桜井も箸墓古墳とかがあって、考古学ファンには魅力的な処なんでしょうか、私はトンとそちら方面に興味はないのです。

 

 

お昼はにゅうめんを頂こうと云う事になっていたので、御馴染み明日香村岡の「めんどや」へ、何と店の前は自転車だらけ、観光客のレンタサイクルに加えて、来週のヒルクライムに試走の人達でしょうか。 店内も上に団体が入る様で大わらわ、「あすか鍋」の話どころでは。 店の親爺に「一体何人連れて来たんや」と云われる始末、スポーツサイクルに乗ってのん、みんなうちの身内ちゃうわ!!  とにかく具沢山にゅうめんと柿の葉寿司とわらび餅のセットを注文。

昨日に続いて輪童さんから連絡があり「めんどや」で合流して案山子ロードへ、あちこちに来週の「明日香ヒルクライム」の交通規制を知らせる立看板が。

稲渕の棚田も、案山子コンテストの時の賑わいはなく今が一番殺風景な季節、火器を持ってきていたのでベンチでコーヒーブレイク。 この後、橘寺まで出てきた処でkiki君のツィートを捕捉、輪童さんと二手に別れて石舞台で挟み撃ちに、やっと4人が揃いました。

 輪童さんと別れた後、飛鳥川沿いの自転車道を走り、輪行で帰る満棒さんを大和八木駅まで送り、自走のkiki君を昨日行ったばかりの大和川御幸橋まで案内して、昨日とは逆回りに大和川に沿って帰ってきました。 本日の走行53.5キロ。

串柿は鬼門

 11月13日は輪童さん主催の恒例「串柿ポタ」の予定、ポタとは名ばかりの激坂ばかりのコース、あまり気乗りもしてなかったのですが。 前日の土曜日に「よろづ」でお昼を戴いた後T御大の御宅へ、怪しげなプロジェクトが進行しているのですが、私のasukaの調子の良くないリアメカを交換して貰っていると、極端にリムが振ってきています、ここまで問題なく走ってきたのに….

写真ではかなりずれてしまっていますが、スポークでテンションがかかってますから、クラックが入っているくらいでは走ってられるもんです、気がついていなかったとは恐ろしいもんです。 埃をかぶったままになっていたディ-プリムのホイールに交換して、帰途輪行に備えてガードを外して、出撃準備を。

まぁ朝起きる事ができたら「串柿ポタ」に参加してみようかと、軽く考えてたら目が醒めるもんです。 集合はJR和歌山線高野口駅9時ですから6時半がタイムリミットでしょう、6時10分に出発し明日香村から吉野口駅、重阪峠を目指す事にします。 ところが明日香村甘橿丘の手前まで来た処で財布とスペアチュープを忘れてきた事に気がつきます。 おサイフケータイがあればコンビニで食料は調達できるし、集合場所の高野口駅まで行けばどうにかなるかとは思いましたが、昨日のハブ破損とどうやら「串柿」方面は方角が悪いとのお告げの様で、途中でパンクでもしてパッチ当てでもしてたらまず間に合いませんので、諦めて引き返し、今日は方角をかえて出直す事にしました。

結局「猫カレンダー」の残り15部を「月うさぎ」に届ける事にして、9時過ぎに多武峰から大峠ルートへ、11時開店になった大宇陀のアナンダへ立ち寄るにも早いなと思いながら写真を撮りながら宮奥へ下り、田原のパン工房「のら」へ向う事にします。 こちらも11時頃からなんですが、関戸峠を越え<135>宇太三茶屋線を登り返して「のら」へ着いたのは11時に10分前、尋ねると焼きあがるまで後25分との事、表でのんびり日向ぼっこしながら待つことにします。 そうこうしていると何台か車でお客さんがやってきて、焼きあがるのを待ってます。 2個買ってサドルバッグに押し込みます、焼いている数からするとあっと云う間に売り切れなんでしょうね。  

「のら」のある宇陀市田原は吉野側に少し下った処なので、<219>佐倉大宇陀線で一旦佐倉峠へ登りR166を北へ少し下ると、宇賀志から芳野側へ越える道がある様なので探索がてらは入ってみます、2つのピークがあって北側の小さなピークをトンネルで越えます。 ここを通れば松井橋の信号をショートカットできますが、短いものの結構な坂もあるので自転車では時間的には短縮できない様ですね。 でも文殊峠と組み合わせると面白いので、次回の「月うさぎキャンプ」に組み込むのも良いかも。

お腹がすいてきたので缶コーヒーを買って岩端の公園で1個戴く事に、火器一式持ってきても良かったなぁ。

 

一谷峠を越えて12時半「月うさぎ」到着、コーヒーをお願いして残りの1個… 腹持ちの良い「のら」のパン、そうは2個目は入りません半分齧って持ち帰る事に。  

日差しが入ると外でもポカポカと暖かく、あの騒がしい犬どもはゴロゴロと… 「月うさぎ」は「SAVVY」に紹介された事もあって休日は予約でお忙しい様で、猫たちは接客で忙しそうで、ももたろう店長は挨拶にも現れず。

そうそう新しくやってきた山羊の家族、おとうさんのペーターです、油断してると頭でお尻をツンツンしてきます。  しかし山羊の食欲は… まわりは見事に草刈りされてました、雪が積もる冬が心配です。 

 

明るい内に女寄を下りてきて、本日の走行79.5キロ。

伊勢本街道ツーリング

 昨日は一旦は晴れマークが少し出ていた三重県の天気予報、今朝になると再び悪くなってます。 相棒は既に現地で待機していますので、たとえ雪が降ろうともとにかく集合場所の榊原温泉口駅までは行かなくてはなりません。 雨仕度を少し強化して0754発の宇治山田行き快速急行に乗車します。

 榊原温泉口0853着、既に鈴鹿のあびさん他3名の方が駅前に待っておられ、東京から始発の新幹線と近鉄特急を乗り継いで来られる田村氏の到着を待ちます。 輪行袋から出てきたのはシクロツーリスト誌でお馴染みのスポルティーフですね。

 今日のコースのテーマは伊勢本街道なのですが、途中の多気宿から走りだすために、近鉄の榊原温泉口駅からのスタートとなっていて30キロ近く南下しなくてはなりません、一昨年の台風禍で不通になったままの、JR名松線が運休中でなければ終点の伊勢奥津駅からのスタートも考えられるのですが。 <28>亀山白山線を南下し、名松線沿いの<15>久居美杉線を走り、伊勢竹原駅付近から<29>松阪青山線に入り君ヶ野ダムへの登りへ、しかし日頃ご一緒していないメンバーですし、結構ええペースなんで大変です。

 君ヶ野ダムの天端道路から暫く対岸路を走った以外は、いずれも走った事のある道で、ずいぶん久しぶりですが、八手俣川沿いの道はあまり変っていません。 お天気は小雨程度がが降ったり止んだりと云う感じで雨具を出す程でもない程度です、下之川の清水峠への分岐にある大清館の前で一服。

途中で少し雨が酷くなってきたので北畠神社前で少し雨宿りしたあといよいよ伊勢本街道へ、古い宿場の趣きを残す多気宿で写真を。 この後丁度良い時間ですので道の駅「美杉」でお昼にします。 食事の後も雨は止むこともなさそうなので、いよいよポンチョをかぶって雨仕度です。

 

伊勢本街道のこの辺りを走るのも随分久しぶりですが、仁柿峠まで道路改良がすすんでいて峠も大きく切り下げられる工事が始まっています。 ただ松阪市側は昔と変わらず延々と林間の下りが続きます。 おかげでブレーキシューがかなりちびってしまいました。

 

 

峠を下りたら少しは雨も収まっているかと淡い期待を持っていたのですが、そうは思い通りには。 R166に入り昨日走った立梅用水沿いの道のこちら側を黙々と走り、小片野から櫛田川寄りの道をとります。 今回はあびさんがコースリーダーで私はゲストなので、すべてはお任せして安心して後をついて行って楽させて貰っていたのですが、津留の渡しのところでコースミスをしかけたので、ついつい口をはさむ事に。 津田村道路元標の横を通り、四疋田の常夜灯から相可の道標広場へと伊勢本街道をなぞって行きます。

 

 

今日のあびさんはTOEIのパスハンターでの出撃だったのですが、道の駅でトップチューブに傷をつけた上に、フロントディレーラーとチェーンのトラブルに見舞われる事に。



 

 

 途中からダートに入ります、伏拝坂と云う処で、私はまったく始めての道です。 濡れたダートにちびって効きの悪くなったブレーキとかなり厳しかったですが、お天気の良い日に再び走ってみたいルートです。

この後、田丸を過ぎてから信号でちぎれてしまった私が、予定のコースを忠実になぞってしまったために、どこかで待ってくれていた皆さんを抜かして先に度会橋に着いてしまうと云うアクシデントがありましたが、16時40分目的地の伊勢神宮外宮に無事到着しました。

 伊勢市駅に到着、ここからそれぞれ輪行で帰途に就きますが、皆さん名古屋線方面なのでここでお別れに、今日は有難うございました。 本日の走行86.1キロ、昨日と合わせて227キロと久しぶりに連荘で良く走りました。
 輪行で桜井駅に降り立つと土砂降り、いまさらドロドロの自転車を組み立てる気力もないので、10分とは掛かりませんが雨の中を輪行袋を担いで帰宅、今日一番の「濡れ場」でした。

R166旧道脇道裏道回送ツーリング

 明日30日は鈴鹿のあびさんから「伊勢本街道ツーリング」のお誘いを受けているのですが、集合場所は近鉄大阪線の榊原温泉口駅に午前9時との事、自走では桜井からR165を走れば約60キロ、一本道なのですが、交通量が多い上に青山峠の白山トンネルが控えていると云う、自転車にとっては何も愉しくないコース、それを日も短くなってきたこの季節に走って、本番のツーリング80キロは些か大変過ぎます。 輪行なら急行乗り換えなしで1時間と楽勝なのですが、あまりに芸がないのと輪行仕度も邪魔臭いので、前日の今日かなり遠回りですがR166で高見峠を越えて松阪の手前から北上し榊原温泉口駅を目指す段取りです。

 西峠を上り榛原から芳野川沿いの道へ、ご覧の様に最高のお天気です。 ただ昨日の時点で明日の予報が思わしくなかったので、今朝の天気予報をみて改めて明日のツーリングを決定すると云う事ですので、中止ならば中止で回送はやめて旧道の高見峠まで往復してみようかと。

 菟田野町の大きな旧家の前にて。 この後松井橋のローソンで食料を買い込み一谷峠への道へ、本来R166は佐倉峠~木津峠を経て高見峠へ向うのですが、せっかく東吉野村を通るのですから「月うさぎ」へできたての「猫カレンダー」を少しでも届けようと持ってきているので、今日はこちらのコースをとります。 最高のお天気の下、ご機嫌で走っていると追い越しざま幅寄せする車が、….と運転手を睨み付けると「月うさぎ」のオーナーでした(^_^) 「載って行きますか」とのお言葉は遠慮させて貰ってもちろん走ります。 一谷峠への途中であびさんからメールが、明日は予報も多少良くなっているので決行との事、確かに三重県だけ晴れマークが少し。

 「月うさぎ」にカレンダーを届けて先を急ぐ事にします。 高見峠への旧道ですが3週間前は通れないとの情報でしたが、現在は「通行止」などの案内はありませんでした、まぁ旧道峠を越える余裕はなく紅葉にも少し早いので今日は素直にトンネルを抜けてループ橋を下る事に。 しかしR166の交通量が増えた様な気がします、台風禍以降長島、尾鷲方面への車がR169を避けてこちらへ流れる様になったのでしょうか。 今では高見峠を越えると三重県松阪市になってますが、まだまだ市街へは60キロ以上あります。

 R166は東吉野村鷲家で紀ノ川筋を遡ってきた和歌山街道となります、紀州徳川公が江戸初期に参勤交代に利用した街道で、松阪で参宮街道に繋がります。 ここ数年でずいぶん道が整備されましたが、雰囲気の良い旧道も残っていますので、自転車向きのマニアックな旧道脇道裏道を縫って行きます、このコースは2007年に2度ばかり、皆さんを案内して走っているのでご存知の方も多いのです。 「R166旧道脇道裏道ツーリング」でググると天五さんの動画とか一杯でてきますし、SORAさんのブログもお勧めです。

 まずは車が渡れない様に規制された橋を渡り波瀬の集落へ、現在の国道から離れているために、ここだけ時間が止まってしまった様な佇まいの家並みが、和歌山街道波瀬宿、本陣や旅籠跡に建つ旧家が並び、そして里程標や丸ポストなんかも立っています。

 R166は高見峠を越えてから小片野まで櫛田川に沿っていますが、新しく整備された道はバイパスとなっている処が多く、この様に川沿いに雰囲気の良い旧道が昔のまま残されています、車も地元の人が行き交うだけです。 写真は乙栗子を過ぎた辺り。

 和歌山街道で外せないのはやはり珍布(めずらし)峠、最近はウォーキングコ-スとして案内板が整備されたりしていますが、 やはり判りにくいです。 旧R166(今は一応R422に)の赤桶橋の下をくぐって行きます。

 見事な切通しの珍布峠、前後には色々と曰くありげな案内もあります。 なおこの峠を東に下ると宮前集落に出ますが、R166沿いの道の駅「飯高駅」を通り過ぎた処ですので、あてにしている方は注意が必要です。
一度国道に出ますがすぐに櫛田川に架かる黄色い橋で対岸(右岸)へ渡り、県道<745>片野飯高線に入ります。 高見山から東に延びる山塊の東端にあたる局ヶ岳をバックに櫛田川に架かる新旧の橋、なかなかのビュ-ポイントなのです。 ちなみに櫛田川の北岸には中央構造線が知っているために、それに関係する案内も見られます。

 片野飯高線はR166の対岸を走るのですが、R368を越えて立梅辺りから先は、地形図で点線道になっていますが、最近グーグルマップを見ていると、幅員はないものの舗装はされている立梅用水沿いの区間より、しっかり書かれていますのでどうやら整備されたのかと、いままで踏み込んでいない貴重な道だけに、これは行くしかありません。  しかし行く手には「通行困難」の案内板と未舗装路が。

 意外とダート区間は短く、その先は道路と云うか堰堤というかコンクリートの回廊が、小匠ダムを彷彿とさせ、その上洞門まで。 危険なので殆ど押してましたが、MTBなら99%乗車可能です。
 一キロ足らずでガードレールが見えてまともな道に、振り返るとこんな感じです。
 どうやら文政年間に開削された立梅用水は昭和に入ってトンネルでショートカットされるまでは、このルートに沿っていて、洞門はその時の名残の様です。

 ようやく立梅用水の快適な疎水沿いの道へ、対岸のR166は深野の街並みの中で路肩が狭く走りにくいのですが、こちら走ると格段に快適です。
 小片野で櫛田川と離れR166で瀬戸峠を越えて、辻原から北上し、近鉄大阪線川合高岡駅を目指します、ただ「旧道脇道裏道」を縫って走っていたのですっかり遅くなってしまい、五輪峠を越える頃には16時をまわってしまいました。
 それでも川合高岡駅辺りまで良かったのですが、そろそろ暗くなってくるので、雲出川北岸の道を避け様と考えているうちに名松線の伊勢川口駅方面に入ってしまい、計画より5~6キロ程遠回りして、19時前にようやく榊原温泉口駅に到着しました。 予定では駅の自転車置き場に相棒をしっかり括り付けて、明朝まで置き去りにするつもりでしたが、その適当な自転車置場がこの榊原温泉口駅にはありません、これは一つ東の大三駅まで戻るしかないかと少し引き返すと、単車自転車預かり所の看板が、ここなら100%安心とその上おばあちゃんは一泊200円にまけてくれて、フロントバッグだけ担いで再び駅へ戻ったのです。 本日の走行141.6キロ。

今年も懲りずに葛城山麓「彼岸花ポタ」

 葛城山麓「彼岸花ポタ」は「串柿」「梅林」とともに輪童さんが主催するポタ企画、ほぼ毎年行われてます。 共通する事はカメラ担いで激坂の斜面を登ったり下ったり、アプローチはともかくサイクリングと云うにはちょっと… な企画です。 今年は「彼岸花」に加えて、橿原市のサイクリスト御用達の食事処「よろづ」で食事の後、明日香村で夕刻から行われている「飛鳥光の回廊」へ行こうと云う二部構成です。

 集合場所は近鉄御所駅0930、しかし「よろづ」の夜の部開店の17時まで、一体どこをどう走ろうと云うのでしょうか。 しかし参加予定のnana魔女から遅刻コール、放って行く事もなく御所駅前でワイワイガヤガヤ自転車談義をしながら到着を待ちます。 この段階で走る事しか頭にないローディは参加資格を失います。

 御所と云えば今年2月に喜寿を迎えられた鉄人児玉さんの地元、登場です。 今一つ天気に恵まれていなかった今月も既に1000キロはクリアされてます。 今日は参加11名のうち5台が小径車、5台がガード付、児玉さんはもちろん650cロードですが、オフロードでも気にせず入って行きます。  

 1020、シュパーブの輪行袋を担いだnanaさんが御所駅に降り立ち、早速準備開始。 ガード付ランドナー、昨今のマナー違反の自転車持込みや、ゴミ袋輪行、自転車カバーをかけただけでホームを転がす、なんちゃって輪行をする輩には、爪の垢でも煎じて呑ませたい完全無欠の輪行スタイルです。

 いつもの事ですが、葛城山麓を彼岸花を求めて登ったり下ったり、 何処をどう走ったのやら。 このへんの写真はいつもの様にうちのHPの「ツーリングの記録」に既にUP済みですが、認証が必要です。 ログインは’pal’、パスワードはうちのFAX番号の下4桁です。

 もちろん鉄人児玉さんも、九品寺付近にて。 この後長柄神社で昼食の後、高鴨神社まで南下、岸和田から水越峠を越えて、今日はTOEIで走りにきていたダイバーてっちゃんが長い事待ってくれていました。 高鴨神社の隣にどうやら神社がやっている喫茶店(ウェイトレスが巫女さん風?)ができている様で、皆さんそっちへ行ってしまいました。

 高鴨神社から金剛山と大和葛城山を見上げる風の森まで下って記念撮影を。 風の森峠は大和川水系と紀ノ川水系との分水嶺になります。 金剛山の山頂は少し隠れていますが、写真右奥に見えるのが大和葛城山です。 (大きなサイズの画像もうちのHPにあります)

 風の森峠旧道を下ってピュンと桜峠を越えて、JR和歌山線沿いに、橿原神宮駅近くの「よろづ」まで小一時間、今日唯一走っていたと云える時間です。

 17時少し前に「よろづ」に到着。 ここはオーナーがコルナゴ乗りで、ロードバイクのお客さんが多いので、バイクスタンドがあります、鍵も貸して貰えます。 ガード付きと小径車は使いにくいですが。

 「よろづ」店内にて、今日のサービス定食は「揚げ茄子鶏カラあんかけ丼セット」

 「よろづ」の後、明日香村で行われている「飛鳥光の回廊」へ、万葉文華館ではポタ参加者の友人の和紙アートの展覧会が行われていて、覗いたりしながら、あちこちの会場をウロウロします。 そろそろ神戸へ帰るnanaさんの時間も危なくなってきたので、石舞台方面へ向う一行とお別れしnanaさんを護送して桜井駅へ、本日の走行64.3キロ。

敦賀から「しおかぜライン」へ

 キャンプ翌日、予定は何も決まっていません。 高速増殖炉「もんじゅ」を見に行こうとか(見える処までは行けないと思いますが)、旧北陸本線廃線跡とか、幾つか案がでましたが、Dさんが河野海岸道路を走った事がないそうなので、杉津まで車で移動して片道10キロ程の距離ですが、往復しようと云う事になりました。

 敦賀から海岸沿いに、越前海岸へと北上する河野海岸道路、以前は有料道路でしたが、現在は無料になって一般県道となり「しおかぜライン」と云う愛称がついています。 平行してR8が走っていますので、有料時代は通り抜ける車も少なかったのですが、無料となった今、休日とあって車は増えた様で、それに今日は季節も良いので二輪も多い事。 有料時代はは確か自転車は90円だったと記憶しています。

 対岸に敦賀半島、日本海を前に見ながら風光明媚なコースです。 余裕があればR308に入って越前岬や呼鳥門まで往復したり、三国港や東尋坊まで抜けて輪行で帰ってきても良いかと思います。 私が以前に走った時は、桜井から223キロ自走し越前海岸で宿をとりました。

 時間もありますので、写真を撮りながら行ったり来たり。 どうにか来年のカレンダーのネタにはなりそうなのも撮れた様で。

 いずれも短いですが、河野までの間に3つ程トンネルもあります。

 お昼までには往復してしまったので、敦賀の有名店?「ヨーロッパ軒」へ、市内に何軒も支店がありますが、最初に行った駅前店は駐車場も一杯で明らかに満員だったので金山店へ、こちらでも少し待たされましたが。 頼んだのは話題のソースかつ丼、3人とも1050円のセットを頼んでしまいましたが、かなりのボリュームで、女性のお昼なら「ミニ丼」がお勧め、ミニと云っても十分なサイズでした。

 食事の後、気比神社を見学して天五さんとお別れしたのですが、帰路に道の駅「あやま」に立ち寄ってみると、UG兄さん主催の「甲賀クラシックロード走行会」を終えたばかりのメンバーに遭遇。 ここから泉州岸和田へ帰るダイバーてっちゃんの車に乗り換えて帰途に就く事にしました。
 本日の走行18.6キロ、KHSとは云えなんとも自転車な2日間でした(^_^;)

道路元標蒐集の旅(’11夏 総括)

 今シーズンもしっかり利用させて頂きました「青春18きっぷ」、3回目 7,670円分、4回目 5,470円、5回目 8,410円と3日間で21,550円分、先の九州行きと合わせると41,330円分乗車。 しかし実際のダイヤで乗車して最大何円分乗れるのでしょうね。

今回は20吋小径車KHS F-20Rでの輪行で、2泊ですし荷物も極力絞ったので結構楽でした。 3日間での走行距離は151.1キロ、過去何度も100キロ以上を走ってますし、最高135キロ程走った事もありますが、疲労を考えるとやはり50キロ位が丁度良い様な気がします。 そろそろタイヤも交換しなくては。 道路元標以外は写真を撮る余裕もないはずなのに持って行った LUMIX G1の交換レンズ、やはり使わなかった、学習してないなぁ… 大体がG1持ってゆく必要があるのかと云われそうですが(^_^;)

道路元標蒐集の旅(’11夏 3日目)

 明日には仕事の予定があるので、今日中に帰らなくてはなりません。 長野から可能な範囲で道路元標を拾って帰るつもりですが、篠ノ井~中央西線で名古屋経由、篠ノ井~大糸線で糸魚川にでて北陸回り、距離的には一番遠回りになりますが直江津へ戻って北陸線経由と色々考えられます、北陸回りで富山から長い事乗っていない高山線経由で岐阜に出ると手も、さすがに高山線経由はちょっと難しい様にも思えたのですが、意外にも直江津1041に乗れば「18切符」のまま桜井へ帰る事も可能です、富山駅で1時間20分待ちと云うのはいささか勿体無い話なのですが。
 結局は一番面白そうな高山線経由を選んで、長野0614発直江津行きで妙高市の関山へ、ここから3時間20分の間に道路元標を拾いながら真っ直ぐ行けば30数キロ先の直江津まで、と云っても前半は下り基調で山越えもありませんが。 しかし信越線の長野駅始発ってなんでこんなに遅いのでしょうねえ。

 妙高山麓の関山駅で標高340m程、少し走って堰山村道路元標へ、後はR18を避けて北国街道旧道をどんどん下って行きます、新井あたりではR18に吸収され交通量が増えてしまうまでは気持ちの良い道が続きます。
 北国街道、雪国の旧街道と云うにはやや物足りない雰囲気ですが… 直江津に向かう途中には幾つか道路元標が残っているのですが、新井町道路元標は施設内保管と云う事なので時間的にも無理があるので、中郷村、三郷村、津有村と巡る事にします。
 直江津1041発に乗車すると、後は改札の外へ出る予定はありませんので、あらかじめ食料を調達しておかなくてはなりません、ところが直江津駅前や北側の旧市街にはいわゆるコンビニがありません、どうやら直江津橋東詰のセブイレが最後だった様です、理由の如何はともかく古い街並みには時々あるパターンです。 郵便配達の人に聞くと駅の自由通路を通って南側に出て、駅裏にあるのが一番近いそうで、エレベーターで自由通路へ上がり南側へ、少し探しましたが、それでも歩けば5分はかかる距離でした。 自由通路は押せば自転車も大きな顔して通れる市道です。 ベンチもあって改札前も通るので輪行仕度には最適ですが。 なおいわゆるキヨスクは駅構内にあります。

 富山1234着ですが、1時間20分も冷房の効いた待合室のないホームで待つのもなんなので、「18切符」を良い事に高岡駅まで往復する事にします。
←再び富山に戻って1354発の高山線猪谷行きに、キハ120の2連ですが結構学生で混んでいるので、高岡まで往復したせいで座れなくなってしまいました。 越中八尾で座れましたが、富山はその八尾で翌々日から始まる「おわら風の盆」一色です。
 猪谷で1508発美濃大田行きに接続しますが、待っていたのは旧国鉄色のキハ48 2両編成です。 東海色のキハ40,47は紀勢線でも御馴染みですが、塗り替えたばかりなので、マニア目当てのリバイバル塗装でしょうかね。 ところで先代のキハ23系は確かに当初この色でしたが(信楽線キハ53)、キハ40系ってオリジナルはいわゆる首都圏色と呼ばれる朱1色じゃなかったのかな。

 乗り込むとトイレ前のスペースには大きな輪行袋が3つ、こちらも大学自転車部合宿の流れの様で、平湯から高岡経由で下ってきたそうです。
←冷房が標準になる前だったからなのでしょうか、もちろん後付けのクーラ-もありますがレトロな扇風機が回ってます。

 JR西日本にも良く見られる両開きのキハ47と違って両端に片開きドアが付いて、デッキこそありませんが国鉄時代の急行用気動車の雰囲気があります。 美濃大田まで3時間半、ロングシート車両に長々と乗せられる路線の事を思えば快適です。
 美濃大田で岐阜行きに、その後は岐阜、米原、京都、奈良とJRを乗り継ぎ桜井に2310に帰り着く予定だったのですが、問題は京都と奈良で3分の乗り換えをこなさなくてはなりません、小径車、混雑時を外れている、京都駅は東側地下通路を利用する事でクリアできるつもりが、米原から京都までの新快速は2分延、大急ぎで10番ホームへ向かったものの奈良行きは目の前を定刻に発車してしまい、やむなく京都から近鉄で帰る事に、桜井には僅か3分早く着きましたが920円余計な出費をする事で、今回の「18切符」の旅は終わりました。

本日の走行46.2キロ

【968】 2011/08/30 新潟県 中頚城郡 関山村 (現 妙高市) 
【969】 2011/08/30 新潟県 中頚城郡 中郷村 (現 上越市)  
【970】 2011/08/30 新潟県 中頚城郡 三郷村 (現 上越市)
【971】 2011/08/30 新潟県 中頚城郡 津有村 (現 上越市)