「KHS」タグアーカイブ

道路元標蒐集サイク

 3月になっても相変わらず寒いし天気回りと仕事の予定が上手くかみ合わなくて今シーズンはついに18きっぷを買わず仕舞い。 ところがまる一日予定が空いてしまったので、丹波方面でも行こうかと考え、18きっぷがないものかと近くの金券ショップを覗いてみましたが、奈良の田舎ではそうは都合よく売ってはいません。 ならば発売中の「するっとKANSAI3day」で姫路方面へ向かう事に。 なにしろ関西の私鉄(近鉄は青山町以西)が1日あたり1,667円で乗り放題、エリアの端っこに暮らす人間には非常にお得で、京都市内まで往復するだけで元が取れるので余らせる事もありません。 で今日も修理中のG1に代わりDIMAGE A2の出動です。

阪神なんば線の開通のおかげで、近鉄桜井駅を乗車してから山陽網干駅を下車するまで、鶴橋、尼崎、飾磨での乗換えは改札なし階段なしと楽チン、片道2,010円で既に元をとってしまう、ただ姫路へ行くにはJRの新快速の方が圧倒的に早いですが。

 兵庫県下で未収の道路元標は散在していて、なかなか効率良く回れなくなってしまってのが大変。 山陽網干駅をスタートし揖保郡の龍田村道路元標から飾磨郡の菅野村道路元標へと北上します。 途中で姫新線余部駅と大市駅の間にある姫路鉄道部を覗いて行きますが、キハ40系は1両だけ、ハバタン塗装の車両も見かけません、予備車を除いて新型車両に置き換えられてしまったのでしょうか。

 菅野村道路元標に向かって、菅生川沿いの県道を北上していると、左手の山の上にまるでノイスバンシュタイン城の様な巨大な中世のお城が、一体何なんでしょ。 帰宅後調べると「太陽公園 白鳥城」と云うテーマパークの様なものみたいですが。

 菅野村の後さらに北上し、中国道に沿って東へ福崎から北条町方面へ、加西郡の富田村道路元標を、ここへは2007年にも訪れているのですが、その時は見つけられず、その後富田小学校内に移転保存されていると云う情報を得ました。 外側から確認する事ができませんので、職員室を尋ねて教えて戴く事に。 本来の場所から離れてしまうのも残念ですが、早いものの桜の木と二宮金次郎像の傍に富田村道路元標は安住の地を得ています。

 さて今日は地元のDさんに声を掛けた処、午後からご一緒して頂けると云う事になり、北条町付近で合流しようと云う事に。 左は廃止された三木鉄道の車両を譲り受けたもので塗装もそのままです。 北条鉄道は廃天ぷら油を燃料にしたり、猿の駅長とか、維持存続に色々と工夫している様ですがなかなか厳しい様です。

 法華口駅は北条鉄道の中でもレトロな木造駅舎が人気なので立ち寄ってみました、平日にもかかわらず撮り鉄の姿もちらほら。 残念ながら線路脇の桜はまだ早い様でした。 にわか鉄女発見、実は本物の鉄女もいたのです、八尾から来られ粟生からレンタサイクルでここへ、私たちが自転車で来ていたので少しお話して、折り畳み自転車に興味があるそうでKHSを少し試乗して貰いました。

 法華口駅を後にし、Dさんの案内で権現湖畔を経由して加古川河畔を走ります。 ケルビムのスポルテーフで出動のDさんにKHSで付いて行くのはなかなか大変です、劇坂がないのがせめても救い。 最後に尾上村道路元標に立ち寄り、これが936基目の道路元標となります。 しかしもう近場でまとまって稼げないので1000基達成にはまだ少々時間がかかりそうです。

 ポタの後はDさんが「かつめし」に案内してくれると0云う事だったのですが、お目当てのお店は定休日、では「たまご焼き」(大阪で云うところの明石焼き)にしようと東二見まで走りますがここでも予定していた店が定休日、で近所のお店に変更し、久しぶりに明石焼きにありつく事ができました。 本日の走行96.6キロ、帰路は山陽電車東二見から輪行で1,820円分乗車、ただ平日の夜は鶴橋の乗換が混むので、なんばから500円奮発して近鉄特急で帰ってきました。 なお「するっとKANSAi」は18きっぷとは違い有料特急も利用できます。

【933】 兵庫県 揖保郡 龍田村 (現 太子町) 
【934】 兵庫県 飾磨郡 菅野村 (現 姫路市)
【935】 兵庫県 加西郡 富田村 (現 加西市)
【936】 兵庫県 加古郡 尾上村 (現 加古川市)

道路元標蒐集サイク

 いつも愛知県下に残る道路元標の情報を頂いているはづきサイクリストクラブのIさん。 教えて頂いた現存情報を昨年から溜めてしまっているので、暖かくなったら一回りしようと企んでいた処、13日(日)に予定されていた「クラシックロード走行会」に参加のために名古屋から戻ってくるT御大の車に便乗させて貰おうと、昨夜連絡を入れてみると、KHSを担いでくるつもりならBSMを奈良へ積んで帰る予定なので、そちらを貸して貰える事になった。 お陰で手ぶらで出掛ける事に。 近鉄蟹江駅にて待ち合わせてBSMを一日お借りする事に。 まずは海部郡の蟹江町道路元標南陽村道路元標を回ります。   南陽村の後は名古屋市西区に残る、庄内村道路元標に向かって、新川沿いに北上します。 決して土地勘がある訳でもないのですが、右岸の水路(萱津用水)沿いの道を見つけて走ります、堤防の下なので風もなく信号も殆どなくて快適です。 砂子橋と云う橋で左岸に渡り再び北上を続けますが、この付近はなぜか高い建物がなく、川沿いのその風景は昔の大阪市の西区や大正区辺りにタイムスリップしてしまった様な懐かしい感覚です。 庄内村道路元標の後、Iさんから頂いている情報には東春日井郡の坂下村道路元標もあるのですが、そこまで足を伸ばすと、とても戻ってこれませんので、中島郡の朝日村道路元標へ向かう事にします。 ただ庄内村から朝日村までは直線距離では15キロ程なものですが、真っ直ぐなルートがないのでかなり迷走する事に、結果的には津島街道から名古屋市水道幹線上の自転車道に入るコースに、しかしもろに向かい風を受けてなかなか前に進みません、実はこのころ東北太平洋沖地震があって名古屋でも相当揺れていたそうなのですが、全く気がつかなかったのです。  尾張サイクリングロードとも云われている様なのですが、路面状態もあまり良くありませんし、交差する道路が非常に多くて、お世辞にも快適とは云えません。 それに日光川で分断されていて案内もありませんでした。 地震を知ったのはT御大からの「地震で携帯が使えないので、6時10分に●●で…」と云うPCメールでした。 最初は状況が理解できなかったのですが、ツィッターへの書き込みで気がついた次第、その時点ではdocomoへは繋がるのにsoftbankには全く繋がりませんでした、エリアの狭さ以外でもこう云った時に弱体なのは頂けませんね。 本日の走行、メーターがついていないのでGPS計測で65.7キロでした。

本日の走行3.4キロ

 午前中、かかりつけの医院まで持病の薬と血液検査の結果を。 ついでに測っているコレステロール値と中性脂肪の値は見かけ程はメタボな値じゃないのですよ。 検査日が7/16だからそれから1200キロも走っているから、今日もう一度検査したら面白かったかもネ。
 お昼前後はクライアント対応、帰省先で急ぎ6MのPDFファイルを送りたいのだが、モバイル環境でタイムアウトになってしまう Help!! とのことフリーのPDF分割ソフトを探してきて、テストがてら操作方法を把握して、メールで送ってあげて、一件落着。

調べものがあったのでKHSを駆って図書館まで、夏休みとあって、さすがにガキどもで一杯。 調べものはすぐに片づいたので、来たついでに「復刻貸本漫画 墓場鬼太郎」を検索したら全て貸出中、やはりTVのお陰で人気なんだ。

本日の走行3.4キロ、外は暑いけど、平和な一日でした。

道路元標蒐集の旅 山陰篇二日目

 益田0539に乗車し石見福光に向かいます。 今日の予定は山間部の道路元標を巡って出雲市まで、予定の距離が100キロ以上ですが、後半に三瓶山麓を越える山越えコースで、石見福光発が7時半以降ですからかなり厳しいです。 今回はKHSで気軽に輪行を繰り返す機動性もなく、日曜と月曜に東横インを利用しようとしているのですから、プランに無理もでてきますが。

 7時45分をまわってようやく石見福光駅を出発します。 ここから井田村、谷住郷村、川戸村と道路元標を巡りますが、結構アップダウンがあって堪えます。

 4つ目の日和村道路元標は江の川の支流日和川の上流の盆地にあるのですが、川沿いに辿る一般道はなく県道は峠越えで迂回して行かなくてはなりません。 川沿いは千丈渓と云う景勝地になっていて遊歩道と平行して林道が通じています、自転車ならばこそこれを利用しない手はありません。
 千丈渓の下流側の入り口まで来ると、林道は邑南町側で崩落のために当分の間は通行止との案内板、ここまで来て引き返して峠越えをすればとても予定をこなせません、とにかく進む事に。 林道は緩やかな登りが続いて舗装されていていますが、落ち葉に小石が隠れていて、ちょっと乗って行くのはためらわれます。 幸い涼しい木陰の道が続くののんびりと押して行く事にします。
 しかし道はだんだん悪くなり、2キロ位でダートになり、ご覧の様な断崖の下を行きます、ブッシュこそありませんが、かなり草が生い茂ってきていて、この季節レーパンではちょっと。 崩落区間は4輪こそ無理ですが問題なく通れました。 ただ眼下に見えるだろう千丈渓は殆ど云って良い程に見えず、音だけが聞こえてきます。
 崩落区間を過ぎるとまもなく遊歩道と合流して再び舗装路に、渓谷の展望もあって幾つかの滝を見下ろす事もできます。 紅葉の頃なら見事かも知れませんが、残念ながら上流の集落の生活排水が流れ込んでいる様で、淵などでは泡立っている処もあり、決して清流とは云えません。
 なお上流側から来ると崩落や通行止の案内はなく太めのタイヤやMTBなら乗車率100%のご機嫌なコースです。
 日和村道路元標は一昨年の秋に峠おやじナワールドさんに教えて頂いていたのですが、やっと訪れる事ができました。 殆ど片峠となる谷峠を13時前に越えて江の川沿いに下り三江線に沿って走ります、この付近でも一日たった5往復の三江線を一往復捕らえる事ができそうなタイミングなので、先の事は忘れて狙う事に。
 石見川本駅で休憩しながら今日のプランを再検討する事に、川本は三江線沿線で一番大きな町で駅も立派なのですが、無人駅ばかりの三江線唯一の業務委託駅なのですが一日5往復では人影も見えません。 とにかく出雲市へ越える事ははっきりと諦める事に、それにダートを押し歩きしたせいか、軽い靴ずれをしてしまった様です、漕いでいる限り問題はなさそうなのですが。 実際無理に越えても朝山村道路元標へ明るいうちに辿り着くのは不可能です。 粕淵の辺りで旅館があれば一番良いのですが、最悪は昨日の様に駅に自転車だけを置いて、江津か益田あたりで宿をとり三江線で往復する手もなくはないのですが。 しかし江の川沿いのR261や県道40、R375は交通量も少なく、自転車にはなかなかご機嫌な道です。
 とにかく16時までに出雲市の東横インをキャンセルし、粕淵で宿を探します。 昔は日本中、小さくても町と云えるような処の駅前にはかならず駅前食堂や駅前旅館があったり、安い商人宿もあったものですが、駅前はすっかり寂れてしまって自動販売機すらありません。 町内には適当な旅館こそなかったのですが、ゴールデンユートピアおおちと云う公共の宿を教えて貰いました。 現在の美郷町役場の上で温泉(チェックイン日は無料)やクアプ-ル(別料金?)もあるご覧の施設です。
 宿泊はゲストハウスと呼ぶバンガロー風の建物で、自転車ならそのまま玄関脇まで入って行けます。 私にとってご機嫌なのはヒグラシの鳴き声に囲まれ、先にシャワーだけ浴びて暫しのんびりとしました。 朝もヒグラシの声で起きました。
 さすがにシングルルームと云うのはありませんが、ご覧のツインルームを一人使用で4,725円です、内風呂もあり、近くの研修施設の建物脇に洗濯乾燥機機もあります(有料)、屋外設置なのでくもの巣がかかっていたり、乾燥機の扉を開けても止まってくれないので、途中で取り出すのが困難ですが、まぁ我慢のできる範囲です。 6人定員のグル-プ棟は高校テニス部の合宿が利用している様で、ツイン棟は引率の先生かコーチが使ってる様でした。 日曜なのか当日でも泊まれたのは幸いでした。 なかなかお奨めです。
 敷地内のレストランからの展望。 この手の施設に良くある事ですが、自転車にとって難なのは短いものの最後に激坂が待っている事、粕淵駅からの標高差は100mもありませんが。 レストランは18時半がラストオーダー、温泉施設もこの季節も20時台までの様です。 粕淵にはこの近辺では貴重なコンビニがあります、中国地方に多い「ポプラ」ですが、施設内には飲料の自販機しかありませんので、買い出しは事前にしておいたほうが。

本日の走行89.1キロ

本日の収穫
【894】 島根県 邇摩郡 井田村 (現 大田市)
【895】 島根県 邑智郡 谷住郷村 (現 江津市)
【896】 島根県 邑智郡 川戸村 (現 江津市)
【897】 島根県 邑智郡 日和村 (現 邑南町)
【898】 島根県 邑智郡 川越村 (現 江津市)

明日から山陰へ …

 明日から、山陰島根へ行ってきます。 明日31日は「18きっぷ」で一日輪行で温泉津へ、1日は江の川を巡り、三瓶山を見上げながら、7つの道路元標を巡って出雲市へ、2日は道路元標は2つだけですが米子方面へ抜けます。 道路元標蒐集の旅として山陰は3度目になると思いますが、いつもはKHSで頻繁に輪行を繰り返したのですが、今回はasukaでそこそこのコースと距離を走る計画です。 いつもの様に主に宿泊は勝手知ったる東横イン、メンバー日曜30%、月曜20%割引を有効に使います。 問題は土祝ダイヤでは大阪駅0652発の姫路行き新快速が無いのです、たとえあっても姫路駅で6分間で輪行袋を担いで6番のりばから7番への乗り換えは至難の業で、それに「18きっぷ」シーズンだけなんでしょうか、このスジは良く込むのです。 そこで思いついたのは未明から20キロ、関西本線王寺駅まで走り始発に乗ると姫路0732発の新見行きに乗車できるのです、折々にTwitterや輪童さんの「風のたより」に書き込みますのでよろしく。 では \(^o^)/

MICHELINのパニアバッグ

 今年正月の「新春サイクルミーティング」の抽選で賜ったMICHELINのパニアバッグ、サイドバックは他にも色々あるので使う機会がなかったのですが、以前から使っている同社のバッグと組み合わせてKHSに取り付けてみました。
 このパニアバッグは以前から使っているのリアキャリアに載せるバッグとペアになるもので、自転車用にしては珍しく芯が入って形がしっかりしている事なんですが、最大の欠点は内寸高さが26cm程しかない事、従ってA4サイズのものや1.5や2リッターのペットボトルが収まらないのです。

 しかしこのバッグに限らずKHSに小ぶりといってもパニアを付けると、引き足との干渉を考えてセッティングすると、どうしても重心が後ろに寄ってしまい、荷物が重くなると結構、後輪の挙動が…

 

 

芋~壷阪周回

 Twitterならぬ「風のたより」にちょっと囁くと、既に高天へ登っていたR氏が釣れた、石舞台13時合流と云う事なので、コンビニおにぎりを買って少し早めに行って、いつもの待ち合わせ場所が望める丘の上で待つ事に、なにやらイベントをやっているので少々騒がしいが… 「芋」と云う事なのでビアンキに乗り換えてやってくるのかと思っていてら、最近乗り付けているドッベルギャンガーの小径車でやってきた。
 しかし朝から高天へ登っている位だから調子はよさそう、こちらKHSだったら絶対について行けないペースで、栢森も役行者も停まらずにノンストップで芋峠まで行ってしまった。

 朝からお腹の調子が悪かったのだが、芋まで登りきって休んでいると、どうにか調子が良くなってきた。 例によって一人だとここで引き返すのだが、時間もまだあるので、吉野側へ下り壷阪峠で帰る事に、さすがに定番の吉野川左岸の道まで下ると遅くなるので<255><222>の旧道を走る世尊寺経由のルートで、ただずいぶん久しぶりのコースだったので、西増で道を間違えてしまったのはご愛敬(^_^;) 写真は安産の滝、いつからか注連縄が、高取で別れ明日香村を抜けて、本日の走行49.1キロ。

道路元標蒐集サイク

 実は「18きっぷ」の使える内にと、25日から東北遠征を企んで「ムーンライトながら」の指定券までとってあったのですが、自転車抜きの計画としても、あまり天気まわりが良くないし、先日の風邪の後でもあるので、急遽中止にしてしまいました。 代わりに2日間愛知から長野にかけて飯田線沿線をまわる事にしました。

 豊橋1043発の飯田線に乗りたいので、奈良まで自走し関西線経由で向かう事にします。 乗り換えで頑張れば京都経由でも行けなくないのですが。
 伊賀上野駅にて、奈良より早朝の冷え込みはきついです、ワンマン運転ですので無人駅ではドアが開閉しない2両目に乗るのが正解。

 究極の乗り鉄路線飯田線豊橋~辰野間195.7キロ、駅数97。 現在全線を通して走る列車は上りは3本ありますが、下りはこの上諏訪行き1本です、飯田線の終点の辰野駅まででさえ約6時間半かかります。 さすがに通して乗った事はありませんが。
 最近はあまり見られなくなりましたが、一部を仕切って新聞輸送に使われています。
 大海駅で下車、最近はづきのI氏に報告を頂いた南設楽郡の東郷村道路元標鳳来寺村道路元標を回ります。

 

 鳳来寺からの戻りでは本長篠へショートカットする県道32号鳳来東栄線、220m程の峠でなんとか峠と云うバス停を期待したのですが、ただ「峰」と云う名前でした。 
 20100326f.jpg飯田線を跨いで八名郡の山吉田村道路元標へ向かいますが、途中でほぼ満開の桜が、時間の余裕があったので写真を撮りながら携行食でちょっと休憩。


 ここ山吉田村道路元標は、最近ネット上のブログで見つけたもので、「そう」と云う地元誌に紹介されたものだそうです、関西では見かける機会はなかったのですが、この出版社は結構面白そうな本を出されています、あの「定本 島根県の歴史街道」の編集に関わった方とか。 ところで元標は山吉田の郵便局の裏と云うか小学校のプールの裏にあります、判っていれば道路からも見えなくもないのですが,ちょっと通りすがりで見つけられる場所ではありません。 記事に拠ると学校敷地内かと思ったのですが、校舎とプールの間に登山道と云うかハイキングコースがあってそこから入って行けますが、実際に元標の建っている処は学校敷地内なのかも知れません、夏水泳実習中にカメラを持ってウロウロしていると変な人と間違われるかも、道路元標を尋ね回っているだけで充分「変な人」だとは思いますが、まぁ少なくとも後3人「な人」(失礼m(_ _)m)が確実にやってくるとは思いますが(^_^;)

 本長篠駅へ戻り再び飯田線に乗車、ここで時間の余裕をみて食料を調達するつもりでしたが、予定の一本前の1442発へも乗車可能な時間です、KHSを速攻輪行で乗車、次の浦川駅へ向かいます。 飯田線は殆どは119系、3扉セミクロス車ですが、輪行袋を置く適当なスペースがありません、空いていればトイレ横ですがこの変則的な席に陣取ります。

 浦川駅は静岡県、平成の大合併まで磐田郡佐久間町でしたが、今では浜松市天竜区となっています。 ここからR473で県境を越えて愛知県北設楽郡の下川村道路元標まで約10キロ程往復します。

下川村道路元標は下川保育園への入り口にあるとの事ですが、ちょっと見当たりません、写真見て判ります?

R473の途中に「煮淵」と云う滝があって案内板によると滝の拝の様にポットホールもあるそうですが、吊り橋もあるので帰途に少し立ち寄ってみました。 先日からの雨で水量が多くて、良く判りませんでした、しかし「煮淵」と名は沸き立つような流れの事を意味しているのでしょうね。

 

途中R473への昇格とかで分断されていますが、長野県、静岡県、愛知県の共通の県道1号飯田富山佐久間線のヘキサはここに。
 本長篠から1本早い時間で移動できたので暗くならない内に浦川駅へ戻って来れたのですが、これから松本までの長丁場、例によって東横イン泊ですが、松本へは2338到着の予定。 時間も充分にあるのでできればここで食事でもしたい処、元は街道の宿場町、浦川は戦前から町制をひいていましたが、佐久間村と合併して佐久間町となる、その頃からこの辺りの中心は佐久間の方へ移りつつあった様です。 銀行や信金の支店、学校や書店こそあるものの、食事のできる様な処は全て廃業していて、幸い小さな地元スーパーがありましたが、弁当等の気の効いたものは残っていないのかありませんでした、とにかく菓子パン類を買って浦川1825発の天竜峡行きに乗り込む事にします。

 

浦川村か浦川町としてここにも道路元標があったかも知れません、一応らしき処を探索してみましたが。 静岡県では道路元標は浜名郡の中ノ町村道路元標ただ1基しか報告されていませんし、県告示の存在も不明です。 この山峡の町で出逢ったら熊取村の様に感激ものですなんですがね。

本日の走行 72.0キロ

奈良→加茂→亀山→名古屋→豊橋→大海 4,310円
本長篠→浦川 480円
浦川→天竜峡→岡谷→松本 3,260円 
8,050円分乗車

本日の収穫
【850】 愛知県 南設楽郡 東郷村 (現 新城市)
【851】 愛知県 南設楽郡 鳳来寺村 (現 新城市) 
【852】 愛知県 八名郡 山吉田村 (現 新城市)
【853】 愛知県 北設楽郡 下川村 (現 新城市)

道路元標蒐集サイク

2dayチケットを使って阪神三宮駅2400着、0055出航のジャンボフェリーで高松へ渡り、香川県と岡山県の道路元標を回ります。 香川と岡山は今月2日にも行ったばかりなのですが、その折は駅から徒歩圏内で輪行するとかえって足手まといになる様な処を回り、徒歩では回りにくい処を残してしまっていて、宇高航路廃止のニュースで急遽今回のプランを考えた訳なのですが、 土曜の夜だがらでしょうか、トレーラーの積み下ろしは少ないのですが。それでも自転車やバイクの乗船は最後で出航10分位前です。気候も良くなり単車も多くなってきましたが、ロードも2台ばかり。 明るくなるまで24時間営業のマグドナルドで朝食休憩し、香川郡の香西町道路元標まで往復、高松港に戻り国道フェリーで宇野へ、たった2時間40分の四国滞在でした。関西から宇高ルートは使う機会は少ないでしょうが、今月26日で航路を廃止すると届けを出した宇野~高松間を結ぶ国道フェリーと四国フェリーの両社、それぞれ廃止届を取り下げ、廃止はひとまず先送りになったものの、先行きはまだまだ不透明で存続しても減便は免れないかも。ちなみにそれぞれ22便づつ運行、自転車は乗員込みで片道720円です、なお両社の便が一緒に書かれた時刻表もありますが、それぞれ乗り場が違いますからご注意を。 しかしあちこちで起こる高速道路1,000円のフェリーへの影響、海運業界ってそんなに政治力がないのでしょうか、このままだと海上交通は衰退するばかり、阪神大震災級の災害が起こってから、海運が使えればなんて云っても遅いのよ、と云うより瀬戸大橋線は橋上風速25mで運行停止、車も速度制限、二輪は通行止。 それ以上吹けばフェリーも休航するだろうけど、現実に一昨年はフェリーは頑張って代替輸送を行っていたのですよ。 近代的になった高松市街をバックに。フェリー利用はどうしても夜行便が多いですが、日中1時間の船旅もなかなか良いものです。宇野港では「宇高航路を惜しむ」のでしょうか「四国うどん巡り」でしょうか、入れ替わりにモールトンやBD-1の小径車のグループが乗り込んで行きました。 宇野からは岡山県児島郡の日比村道路元標まで往復、宇野駅近くから三井造船玉野造船所近くまで廃線跡の歩行者自転車道が続いています。 宇野駅へ戻り今度は胸上村道路元標を目差します。 かつての宇高連絡船への乗り換え駅だけに今でも規模だけは立派です、かつて頻繁に急行「鷲羽」が発着し、ブルートレインの「瀬戸」から貨物列車に至るまで賑わった構内も、今では昼間は1時間に1往復の普通列車がやってくるだけです。  宇野から海岸沿いに出て、少し向かい風ですが快適なコースです。 この近辺、結構小さな峠が幾つかあります、ここは鳥打峠、標高30m程ですが。 胸上村道路元標の後、宇野線で赤穂へ向かう予定ですが、元来た道を戻るのも何なので戸立峠を越えて八浜駅を目指します。 標高は110m、内陸の八浜側の方がエグそうでした。 先の鳥打峠とともに峠おやじ履修済み、どうやらここいらは絨毯爆撃して荒稼ぎして行った様です。 姫路周辺にしようかと思ったりもしたのですが、カウントにはならないものの、宿題のある播州赤穂で途中下車。 赤穂市民俗資料館中庭に保存されている赤穂町道路元標を再訪します、前回は2007年10月に訪れたのですが、その時は運悪く休館日で、元標は遠目にどうにか撮影できたので、既にカウント済み。 赤穂市民俗資料館はさすが赤穂だけあって、元の塩務局と云う役所の建物だと云う事で、中にはT御大が興味を示す様な秤などの展示品もありました。 赤穂浪士所縁で有名な「花岳寺」前には「加里屋道路元標跡」碑が、赤穂町道路元標は元はここにあったとの事ですが、「加里屋」とは行政区分としての町村名ではなく、この付近の地名です。 私は跡碑はカウントしていないので、前回はパスしていました。 問題は「塩屋町道路元標」、昨年穴蔵さんのHPに紹介されたのですが、歴史的に「赤穂郡塩屋町」としては存在した事はなく、「赤穂郡塩屋村」が町制をしく事なく昭和12年に「赤穂郡赤穂町」に編入されています。 最初は地元自治会か何かの手により、最近になって復元されたものかと思っていたのですが、裏面には「兵庫縣」とあり状態も近年復元された様には見えません、私の想像では明らかに「赤穂郡塩屋村」だった頃に建てられたものではではなく、赤穂町となった昭和12年から戦後にかけた辺りで再建されたものではないかと思うのです、いかがでしょう、でこれをカウントするかしないか思案中です。 播州赤穂駅1709発で帰途に、本日の走行62.2キロ。

今月の走行0キロ

 先月、四国へ行ってからもう4週間近く自転車にに跨っていません。 仕事で出かけなくても良い日が続くと、これでは体に悪いと脅迫観念すら出てきます。 で今日はD女史が稲美町のホールでスタインウェイを弾くと云うので、姫路近辺に残している道路元標巡りも兼ねて花束背負ってKHSで出かけようと準備をしていたのですが….
 客先からNC工作機械のデータ伝送用にIISが走っているPCの調子が悪いので、至急直結用にケーブルを作ってくれとの事、昨夜の内にありあわせの材料でと思っていたのですが…

 結局、日本橋まで往復する事に、日本橋も様変わりしてしまいまい、今では電子パーツと云えば店も限られています。 今日は裏ビデオの一斉摘発があったそうです。
 別注だからそれなりの金額は頂きますが、日本橋往復して、つ いつい余計なもの買って、晩飯食って戻ってきたら、儲かりまへん。 ヒロセやオムロンに比べると、ここのコネクタケースは激安ですが、止めネジを収めるのが難しい。