「旧街道」タグアーカイブ

いざ御前崎オフへ

 毎年2月初旬に静岡県で行なわれているランドナー補完計画「 御前崎オフ」、伝統的な旅自転車の愛好者には良く知られた行事で、今回で15回目を迎えるそうなんですが、主催者のくりくりさんにも名古屋の「新春ラン」等でお声を掛けて頂きながらもなかなか参加する機会がありませんでした。今年は2月3日(土)~4日(日)に行われるので、是非とも参加しようと目論んだのですが、2日夜からの予定が調整できず、せめて2日目の朝からでも参加させて貰おうと3日に掛川まで移動して前泊する事にしました。
 ところで「御前崎オフ」はいつの頃からか「ランドナー補完計画」の名を冠する様になった様で、元祖のいぬいさんに尋ねてみたところ、くりくりさんから使わせてほしいとの申し入れがあったとの事で、最近では「石川ポタ」「あすか鍋サイク」が「ラン補」の名を冠しなくなったのですが、ランドナーを中心とした代表的なサイクリングイベントとして頑張って頂いてます。

 実はせっかく静岡まで行くのならばと、当初は伊勢湾フェリーを利用して木曜日から自走を画策していたのです。このルートは2001年と2008年に走っているのですが、2001年は浜松まで208.6キロを1日でリア2サイドのasuka号で走り、翌日から秋葉街道を信州へ向って北上しています。ただこの季節で早朝の高見越えは危険なので木金の2日で豊橋まで移動し自転車を預けて、金曜夕方に一旦帰ると云うとんでもない計画を練っていたのですが、木曜の朝の雪で自走は断念し、土曜の朝から輪行で現地へ向う事にしたのです。ただ往路での輪行はうっかりするとトラブルの原因になりかねないので気は進まないのですが。なお鳥羽と伊良湖を結ぶ伊勢湾フェリーですが2010年9月末での廃止が一旦決定したのですが、三重愛知の両県自治体が株式を取得する形で現在まで存続しています。
 さて昨夜から準備しておいた輪行袋を担いで近鉄桜井駅へ、ヘッド抜き輪行ですからかなりコンパクトになりますが、やはりasuka号は重いです。0955発の五十鈴川行き急行に乗車、伊勢中川で名古屋行き急行に乗り継いで1224名古屋着、JRで豊橋で乗り継いで浜松まで予定でしたが、都会の大きな駅って輪行支度をする適当な場所を見つけるのに手間取る事が多いので、一駅手前の高塚駅で下車する事に。

 駅前広場には店を拡げるには適当なベンチが、少し風がありますが暖かな冬の陽射しの下で輪行袋を解きます。荷物を詰め込んだりと小一時間は掛かっていた様な。
 浜松へ自転車で来るのは2001年以来17年ぶりかとfacebookに書き込んだりしていたのですが、よくよく考えると2008年12月に浜松駅から中ノ町道路元標のある天竜川べりまでの数キロをKHSで往復していました。

 その中ノ町道路元標は旧東海道(姫街道)だった静岡県道314号の起点に残っていて、静岡県で現存が確認されている2つの道路元標の一つです。今回再訪すると2008年にはなかった案内版が設置されていましたが、榛原郡の下川根村道路元標の現存が確認される以前だったかして「静岡県内ではおそらく唯一」と記載されています。ただ「1万2244基が設置」の記述は些か疑問です。
 今夜の宿は明朝の御前崎への移動も考慮して掛川駅前のビジポを確保しているので、旧東海道をなぞって走って行くつもりでいたのですが、高塚でのんびりしていたのが響いて磐田市を過ぎる頃には日没、土地勘がないだけに旧街道をたどるのも難しくなってきたので、交通量の多い国道1号をもくもくと走り、18時半過ぎに掛川着、本日の走行距離は僅か38.8キロですが、些か疲れました。

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第15回あすか鍋サイク(後編)

天理市三島町

  萱生町の休憩所で皆さん思い思いの昼食の後、集合写真を撮って、再びスタートです。

 夜都伎神社の紅葉にはさすがに遅かった様です。
 石上神社へは小さな峠越えになります。山之辺の道の標識に従って行くと激坂を推す事になりますので少し迂回しますが、それでもそれなりの坂、下りは内山永久寺跡に向ってダートです。
 石上神社に到着、ここの人気者は十数匹はいるのでしょうかニワトリ達、ちょっと珍しい種類も間近で見る事ができます、 別に春日大社の鹿とか、大神神社の蛇とか所縁のあるものではないらしいのですが。さて山之辺の道はこの先も奈良まで続くのですが、今日はここまでと云うか、あまり見るべきものもないと云うか、天理市街へ入ります。
 天理教本部と天理大学の間には見事な銀杏並木があるので、ここでちょっとやらせ写真を撮ろう云う事に、南側の並木が葉を落とし始めているのが、ちょっと残念ですが。
 最初の写真は上の2枚の写真、車の写っていないものとを合成したものです。
 上ッ道を櫟本(いちのもと)まで北上し左折、ここでドタ参のM氏とはお別れ、真っ直ぐ奈良へ向かわれます。私たちは北の横大路と呼ばれる東西の道へ入ります、業平道とも呼ばれるのですが、大和川の支流高瀬川に沿ったこの区間では県道192号福住横田線となっていて、福住より東はR25旧道、横田より西もR25となり法隆寺から王寺へと繋がっています。 かつて中ッ道があっただろうルートに沿って南へ。萱生の休憩所からご一緒してくれた地元天理のK氏とは前栽でお別れ。
 迎撃に中ッ道を北上してきているT御大と合流できるタイミングかと天理市井戸堂の、山辺御縣神社へ。とにかく停まると自転車談義が始まりますのである意味世話が要りませんが、この神社は中ッ道を語る上で重要なポイントなのですよ。さてT御大はこの先の馬田池公園付近で待っているとの事です。
 PHOTO:T御大

  田原本町蔵堂で大和川を渡り、この先は中ッ道を辿り憎くなりますので、少々迂回する事に。時間調整も兼ねて最後の休憩を。T御大の新車?を囲んで自転車談義、ラーレーとは云え元国体チャンプの乗る自転車ちゃいまっせ。
 この後「あすか鍋」に加わらないdendenさんと乾さんとお別れ、とにかく出入りの多いサイクですわ。朝越えて来た天香久山、こんどは西側の山麓を越えます。落日にはちょっと遅かったのですが、畝傍山の黄昏を。

 予定通り暗くなった頃に「めんどや」に戻ってきました。

  はやま夫妻、つっちーさんご一家の到着を待って「あすか鍋」の始まりです。
 実は翌3日は齢64の私の誕生日なのですが、ある方からちょっとしたサプライズが、恥ずかしいやら照れるやら、でも気に掛けて頂き有難うございます。 「あすか鍋」次は2019年12月、もう平成じゃないのですね。

 例に拠って集合写真を含む当日の写真をうちのHPのアルバムにアップしています、[BYCICLE]→[ツーリングの記録]→[2017]と辿って下さい。1920×1280の大きなサイズもダウンロード可能です、参加者の方には再利用して頂いて結構です。なお認証が必要です、ログインは’2017’、パスワードは2017年の「CanCan謹製カレンダー」の裏表紙右下黄色枠内の4桁の数字です。

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第15回あすか鍋サイク(前編)

桜井市穴師 山之辺の道にて

 15回目を迎えた「あすか鍋サイク」、最近は隔年開催にしていますので20年の歴史が、今回は遠来の方の事も考えて初めて土曜日開催にしたのですが、意外と振るわず事前にサイク参加を表明していたのが8名(内初参加4名)でした。今回はお馴染みの芋ヶ峠~吉野川河畔~壷阪峠の周回コースが先月の台風禍で使えず、ハイカーの多い山之辺の道をコースに入れているので、あまり大人数でも大変だったのですが。

 さて当日、昨日は結構風がきつかったのですが、風もおさまり最高のお天気、集合場所の明日香村岡「めんどや」駐車場には案の定大ちゃんを筆頭に常連3名がドタ参、なんとdendenさんは富田林から自走とかで、総勢11名に。メインはマッドガード付きですが小径車3台にロード1台が加わる構成、残念なのは最近には珍しく女性がいない事、おっとややこしいのが若干1名。
 予定通り10時には「めんどや」駐車場を出発、特に案内も解説もないのですが、板蓋宮跡、入鹿の首塚、水落遺跡、大官大寺跡と車の入って来ない小径を継いで北へ、明日香村を後にします。今回は非常にややこしいコース設定ですので、引率が精一杯でなかなか写真を撮る事ができません、バックショット連発。
  本日のコースは基本的に平坦なのですが、まずはウォーミングアップに天香久山東麓の「万葉の森」を越えて貰います。
 R165を跨いで横大路へ、いわゆる竹内街道、伊勢街道(初瀬街道)に繋がる東西の道です。

 天理までのコース前半にはコンビニがないので桜井市街のスーパーに買出しに立ち寄ります。
 山之辺の道へは桜井側からですと金屋の石仏、三輪神社を経由して行くのですが、三輪神社から山越えのシングルトラックとなるので、上街道(上ッ道)を卑弥呼所縁の箸墓古墳近くまで北上し桧原神社まで迂回する事にします。
  桧原神社への参道は本日最大の激坂、頑張る人もさっさと押す人も、桧原神社からは鳥居越しに二上山を望む事ができます。
 山之辺の道の中でも景行天皇陵の手前、三輪山を望む辺りが一番長閑な風景が拡がります。好天の休日ですが思った程にはハイカーの姿は多くない様です。特に自転車の通行を禁止している訳でもなく、地元の人の生活道路でもある訳ですが、行楽シーズンともなるとハイカーが長蛇の列となる事もあります、しかしこの道でウォーキングイベントも些か迷惑な話です。
 崇神天皇陵付近、シングルトラックが続きます、歩行者の為に石畳が整備されていて少々走りにくくなりました。
 長岳寺ではたかやんさんとすれ違ったり、自転車は引退したと云っているSORAさんが自転車で待ち伏せしていたり、ここから12名に。
 中山町では乗車困難な区間が少しあります。

 予定では内山永久寺跡の休憩所でお昼にする予定でしたが、萱生町の休憩所が空いていたのでここでお昼にする事に。
(つづく)
※ 一部の写真をsetoさんからお借りしました。

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東の海へ、センチュリーラン

鎧崎(三重県鳥羽市)

 海のない奈良県のサイクリストにとって海の見える処まで走るのはなかなか魅力的なものです。鉄人児玉さんも毎年の様に「東西南北の海へ」と云う触れ込みで走っておられたのですが。自身でも過去に鳥羽、和歌山、新宮、敦賀と一日で走った事はあるにはあるのですが…
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