桜井0533発に乗車、桜井線、奈良線、湖西線と継いで近江今津に向かいます 近江今津駅
今津町道路元標 は旧街道の分岐する住吉神社向かいの酒屋の角に残っていますが、初老の酒屋の主人曰く、ここには木製の背の高い道標(おそらく里程標の事)が建っていて、代わりにこの道路元標が建てられたと云う、その時の記憶があるので戦後の事だと云う、場所はその折に少し西に移動したとの事。 書体は滋賀県としては珍しく豪快な字体、道路に面せず東を向いている。 ちなみに今津町は明治39年に町制、昭和30年に周辺2村と合体、平成17年に高島市となった。
反転し0911発姫路行きで次は加古川に向かいます
兵庫県加古郡氷丘村道路元標 、加古川駅と日岡駅の中間にあり、バスの時間も合わないので炎天下歩く事に、今日は少し曇っていたのがせめてもの救い。 以前加古川周辺に来たときには見つけられなかったのですが、本来の位置からは動いている様に思えます。
帰りは少しは近い加古川線日岡駅へ、読みこそ同じですが旧村名や小学校は’氷丘’ですが駅名は’日岡’となっています。
加古川線の車両のこのペイントはどうもねぇ
姫路、相生と乗り継ぎ三原行きに乗車、倉敷へと向かいます。 姫路?岡山間はボトルネックになっていて「18きっぷ」の季節は結構混むのですが、中途半端な時間なのかして割りと空いていました。
倉敷駅で児島行きの下津井電鉄バスに乗り換えますが、乗換時間は7分の上に少々延着、勝手の判らない倉敷駅前のバスターミナルを右往左往(^_^;) 岡山県児島郡藤戸町道路元標 、藤戸寺下バス停すぐ藤戸饅頭本舗の前に建っています。 次のバスまで20分ですが数分遅れて到着、この写真を撮るために藤戸寺境内まであがったりしていて、店を覗いてみたりしたものの、次のバスも遅れてくるとは限らないので買えず仕舞い、案の定買っていたら乗り遅れる処でした。
風待ち港として栄えた下津井港、瀬戸大橋のたもとにあります。
岡山県児島郡下津井町道路元標 道路元標の位置から瀬戸大橋が見えたら面白いのですが…
帰途に就きます、岡山駅 本日の収穫 【496】 滋賀県 高島郡 今津町 (現 高島市) 【497】 兵庫県 加古郡 氷丘村 (現 加古川市) 【498】 岡山県 児島郡 藤戸町 (現 倉敷市) 【499】 岡山県 児島郡 下津井町 (現 倉敷市) 「18きっぷ」で10.880円分乗車、 下津井電鉄バスで1,360円、田舎のバスは高いですわ。
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この夏も駅近くで歩いて回れる処だけでも行こうと一応は買いました、リハビリのない木曜と日曜の日帰りではそう遠くへは行けませんが、。
実は今日も企んでいたのですが… くじけてしまいました、まぁ9/10までには充分消化できるでしょうから、このクソ暑いのに無理に出かけなくとも。
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糸魚川から大糸線0611発南小谷行きに乗車、先月に続き首都圏色のキハ52でした。
平岩駅にて、大糸線のキハ52にはいずれもトイレがありません、交換でも無いのですが14分停車、即ちトイレ停車。
南小谷で松本行きに接続、小熊黒沢林道に入るには簗場駅辺りから走り出すのも良いのですが、今朝は食料等の補給できていないので、近くにコンビニのある信濃木崎駅からスタートする事に。
白馬近辺では嶺方峠を二度超えていますが、小熊黒沢林道へはなかなか来る機会がありませんでした、今年のGWはMさんが、昨年のGWはU兄が、他にも多くのサイクリング仲間が訪れています。
木崎湖畔の南側から入るのがお奨めと云うのが共通した意見の様です、とっつきはかなりキツいですが、眼下に木崎湖を見下ろせる辺りから勾配にも緩急が出てきて幾分登り易くなります。 林道支線への分岐を過ぎ稜線を西側へ越えるとアルプスの山並みが見え始めます。 苦労してガード付きの「あすか」を輪行してきて正解です、KHSやロードでは絵になりません。
2つ目のピークがパラグライダーの練習地になっていて、再び木崎湖が見下ろす事ができます。
3つ目のピークを越えると一気にサンアルピナのスキー場まで下ります、ここまで出会った車は3台だけ、紀伊半島のボコボコの県道の事を思えば、路面状態は非常に良いです。 スキー場の中をを抜け2枚目の写真で見下ろしていた西側の谷の下り大町市街へと向かいました。
1日目へ 2日目へ 3日目へ
当初の予定では昨夜に別府から四国八幡浜に渡り、予讃線から瀬戸大橋経由で帰るつもりでしたが、昨日の雨で酷く濡らされたので、大分泊まりにして、小倉経由で帰る事に、ただし小倉までは日田経由で(^.^)
大分0619→日田0937→小倉1223→下関1315→1830三原1842→2154姫路2157→2258大阪2303→2318鶴橋、 無事に鶴橋まで帰ってきました、終電なので桜井に着くのは0008です、JRだけで\10,500分乗車。
今回の収穫 【418】 佐賀県 藤津郡 鹿島町 (現 鹿島市) 【419】 佐賀県 藤津郡 浜町 (現 鹿島市) 【420】 佐賀県 杵島郡 佐留志村 (現 江北町) 【421】 佐賀県 杵島郡 武雄市 (現 武雄市) 【422】 佐賀県 神埼郡 神埼町 (現 神埼市) 【423】 長崎県 南高来郡 深江村 ( 現 南島原市) 【424】 宮崎県 北諸県郡 高崎村 (現 都城市) 【425】 宮崎県 宮崎市 【426】 児湯郡 美々津町 (現 日向市) 【427】 宮崎県 東臼杵郡 細島町 (現 日向市)
今日の予定は宮崎県下に残るうちの4基の道路元標ですが、あいにくの雨は風もあって結構本降りです。
今夜別府から四国に渡り、帰途に就く明日のルートも絡め検討中です。
← 都城駅にて
吉都線を高崎新田駅まで戻り北諸県郡の高崎村道路元標 を、宮崎市に移動して県庁前で宮崎市道路元標 を、今や宮崎県庁は観光スポットで次々と観光バスが乗り付けてきます。
日豊本線を北上し美々津へ、駅から美々津の町並みまでは結構な距離がありますが、雨は一向におさまる気配がありません。
美々津町道路元標 は美々津の古い町並みの南外れに、美々津の名は僅かの間ですが明治4年から6年までの間、都城県とともに美々津県として宮崎県の前身となった事もあり、町並みが保存されています、かなりこじつけた謂れですが日本海軍発祥の地とか。
幸い美々津から日向市中心部へ宮崎交通の路線バスがあり、良いタイミングで次の細島町道路元標 へ歩いて行ける処まで移動する事ができました。
←18切符にとっての難所、日豊本線の宗太郎越えです。
普通列車は一日3往復しかありません。
乗っている乗客も半分以上はその筋の方々かと…比較的若い女性もいたのはご時世なのかと。
知っている人は知っている、次の駅は…
最近まで天王寺駅から南紀方面への夜行が出ていたのですが、当時は紀勢本線経由名古屋行きと云うとんでもない列車でした、当然普通の人は通して乗らないです、かく云う私は亀山まで乗った記憶はありますが。
その後新宮行き、紀伊田辺行きと短縮されついに先年廃止されました。
この頃は南紀への釣り客も多く結構混雑していました。
和歌山までは電化されている阪和線を経由するので鳳区のED60が牽引していましたが、SG(蒸気発生装置)をもたない機関車なので天王寺?和歌山間は暖房車と呼ぶ客車にスチームを供給する車両を繋いでいました。
那智勝浦駅、記憶にはないのですがここまで乗っていたのでしょうね。
紀勢本線の和歌山側はSLがまだまだ活躍していたのですが、南へ行く程亀山区のDF50が結構入ってきていました。
江住駅、今は何処もかも無人駅になってしまいました。
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山陰本線綾部駅 先日、道路元標蒐集で久しぶりに訪れましたが、面影は... 山陰本線、立木駅付近ではないかと。
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この日は岡山へ向かいました、当時既に「布原の三重連」が人気となっていましたが、天の邪鬼な性格は今に始まった事ではありません、伯備線備中川面駅にて。
伯備線備中川面駅?方谷駅間 伯備線方谷駅、駅舎や停まっている乗用車もさる事ながら、舗装もされていない駅前が時代を感じさせます。
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信楽と水口の間、国道307号線は現在のルートとは異なり小野峠を越えていました、当時は未舗装で積雪凍結ともなるとご覧の様に。
水口行きの国鉄バスも
現在のR307はこの踏切を渡らず線路の向こう側を平行して走っています。
1日1往復も貨物列車は亀山区のC58が受け持っていました。
信楽駅には転車台なぞ無いので上りは逆向で牽引します、信楽線には33‰勾配が続くせいでしょうか名松線の様にC11を投入する事はできなかったのでしょうね。
現在は橋上駅になってしまいましたが、草津線貴生川駅です。
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