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朽木~マキノ~琵琶湖キャンプツーリング(2日目)

マキノ メタセコイヤ並木

 今回は4月の「琵琶湖~」と同様、最もコンパクトなネイチャーハイクのソロテントにナンガの450FPのシュラフと云った装備できたのですが、些か寒い思いをする事に。インナーがメッシュのテントだと云う事よりも、風が強くてフライの裾から吹き込む風が堪えました、標高もそんなにある訳でもなく、地面からの冷たさは感じなかったのですが、陽射しが入って風が凪ぐまで寝袋から出られず仕舞い、もう少し設営場所を考えるべきだったかな。まぁ今日の予定はマキノのメタセコイヤ並木に立ち寄ってからのんびりと湖岸を南下して小松浜か船酔島のキャンプ場まで向かうつもりなので、ゆっくりさせて貰います。
 さて残り物で軽く朝食を済ませ撤収開始、陽射しもあってフライやフットプリントも良く乾きます。キャンプ場としては平日とあって空いていて騒ぐキャンパーとかも居らず快適だった事もありますがなかなかお勧めです。あえて欠点を挙げれば、真横がR367なので結構遅くまで行き交う車の音がうるさい事、トイレがその国道を挟んだら山側の梅ノ木休憩所と云う建物で少々離れている事、川べりのキャンプ場なので仕方もないのですが、歩く距離は笠置キャンプ場で使うのとさして変わらないかと。あとベンチの類いは一切なくて、バーベキューなどに使って貰うためでしょうかコンクリートの側溝が並べてあるだけ、テーブルとかあまり積んでこれない自転車キャンパーには辛い処です。
 さて8時を回っても、9時を回っても集金の管理人さんはやってきません、案内板とかに「梅ノ木自治会下河原管理組合」とはありますが電話番号とかはありません、さすがにこれ以上ゆっくりともしてられませんので、後で調べれば支払う方々は幾らでもあるかと、0940キャンプ場を後にします。そう云えば昔々、紀伊長島のオフシーズンの海水浴場のキャンプ場で、集金に来ないので翌朝電話したら「自転車の人ね、お金はエエですよ」と云われた事がありましたね。
 少々ゆっくりし過ぎた感もありますが、再びR367を北上し朽木からも安曇川に沿った県道23号小浜朽木高島線に入りマキノを目指します、距離的にはR367~R303経由の方が近いかも知れませんが。天気も上々、気温も快適、交通量も思いの外少なくて、そして初めてのルートが新鮮です。
 今津の街中を抜けて県道335号今津マキノ線を北上、湖北バイパスができるまでの旧R161ですね、お昼にはメタセコイヤ並木に到着、平日にも拘わらず車や観光客の多い事、おまけに観光バス、そして並木内駐車禁止にも拘わらず車を停めて写真を撮る輩も。とにかく「自撮り」するつもりで来ていますのでセットはしてみますが、とてもタイミングはとれません、結局は事後裏技を駆使する事が前提の撮影になります。その上並木の北に抜けた辺りでなにやら工事をしていますので並木の間からマキノの山並みを見上げられるポイントもよろしくありません。なお巻頭の写真は3枚の写真を合成したものです。
 13時半にマキノを後にし湖岸沿いの「びわいち」ルートへ入ります。今津の古い街並みを行きますが、高島郡の今津町道路元標は健在です。滋賀県では10基の現存情報がありましたが、最近新しい情報がありませんね。
 県道333号安曇川今津線いわゆる「風車街道」を南下しますが、今津町木津の交差点から湖岸寄りに「さざ波サイクリングロード」の標識があります、大方のびわいちローディは無視、実際踏み込むとダートや木橋があったりして大変ですが、竹生島を望む木津港跡の史跡があります。
 さて今日のルート、今津町からメタセコイヤ並木まで往復した格好になって意外と距離が、改めて計ると琵琶湖大橋まで行くと100キロになる計算、手前の小松浜海水浴場でキャンプをする案もあったのですが、陽の長くなったこの季節ですし、脚の方もまだまだ走れそう、出来れば明日にゆとりを持ちたいので、一気に琵琶湖大橋を東岸に渡る事に。
 17時には一息入れようと大橋西詰の道の駅「琵琶湖大橋米プラザ」に立ち寄ると1台の今風4サイド、声を掛けると九州佐賀は小城(知る人ぞ知る羊羹で有名な街なんです)から日本一周17日目の青年、今日はこの道の駅で野営して明日は湖東を北上する予定、ならば後10キロ余りだから中主(ちゅうず)吉川公園の無料キャンプ場を一緒しようと云う事になりました。
 琵琶湖大橋を渡り東詰のローソンで補給の後、湖岸道路を走り18時前に中主吉川公園に到着、トイレや四阿が整備された公園で24時間以内を条件にキャンプが認められています、平日ですが金曜とあって数組の先客がいますが余裕のスペースです。明朝出発までご一緒する事になったR.K.君22才、九州を立って山陰海岸を鳥取まで走り、弟のいる大阪に滞在した後、京都から滋賀へ、なかなか良いペースですね、スポーツサイクルの経験は殆んどなくて、MASIのMTBにキャリアを付けてオーストリッチのS-7の4サイドは地元の自転車さんにチョイスして貰ったとか、殆んどぶっつけ本番、いざとなればネットで何でも調べられる、最近の自転車日本一周事情なんですね。本日の走行108.4キロ、登りと云える様な道もなかった事もありますがAVS20.0km/h、今日はのんびり走ろうと思っていたのですが、相変わらずの弾丸キャンツーにしてしまいました、反省。

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朽木~マキノ~琵琶湖キャンプツーリング(1日目)

大津市葛川梅の木町 梅ノ木キャンプ場にて

 急に時間があいたので1~2泊のつもりでキャンプツーリングに出掛ける事に。色々とプランはあるのですが、紀伊半島方面へ向かうと2泊3日では帰ってくるのが大変な事とお天気が一番安定してそうな滋賀県へ向かう事に、先月21~22日に琵琶湖へ行ったばかりなのですが、31日から今月1日に予定していて中止となった「おにゅう峠キャンプ」で考えていたコースで朽木を目指す事に、2005年まで滋賀県で唯一の村だった高島郡朽木村は現在は高島市となっています。コースは奈良阪を越え京都八幡木津自転車道を北上、久我橋から鴨川べりを走ってR367で途中越、花折峠を越えます。このコース一昨年8月になべちゃんの案内で小浜、昨年3月に大阪のFUJIWARAさんと同じく小浜まで復路輪行で走っています。
 ただ鴨川べりはあまり遅くなると観光客が多くなって走りづらくなるとの事ですので、可能な限り早く出発し明るくなった頃に自転車道に入れる様にと、未明3時過ぎに出発するつもりでいたのですが。走り出すと何やら異音が、一旦引き返して確認すると右前のサイド枠を支えている部分が少し拡がっていてバッグが踊っている様です、プライヤーで少しかしめてケーブルタイ2本でしっかり固定して再スタートできたのは4時前になってしまいました。ただ異音の原因はサイド枠ではなくボトルケージのねじだったのですがね、
 木津川の自転車道へ入ったのが0613、流れ橋が0726、御幸橋のさくらであい館に着いたのが0745と、やはり昨年一昨年のロードに比べると30分近くは余計にかかっている様です。
 さくらであい館で一息入れて桂川左岸の自転車道へ、嵐山へ向かう場合は久我橋を桂川右岸へ渡るのですが、真っ直ぐ鴨川左岸へと進みます、なお写真の集合住宅の横を抜けるより早めに河川敷へ下りた方が良いかと、この先断続的にダートがあったり、コンクリート舗装の継ぎ目があったりと些か走り難くなります。それと平日のこの時間帯となる通勤通学の自転車や歩行者もいる訳ですから結構気を使います。R24の勧進橋で一旦鴨川右岸に渡り、塩小路橋で再び左岸に戻ります、この点がこのルートのミソですね。

 納涼床の見える五条大橋界隈、この先前回前々回はロードだった事もあって出町柳前後で川端通りへ上がったのですが、今回はどこまで行けるか試してみる事に。
 結構良いペースで走る原住民とおぼしき自転車、無理に抜かさずに道案内をかって貰う事に、そろそろ川端通りへ上がるかと思いきや、かなり狭いところも橋をくぐってどんどん河川敷を行かはります(^_^)
 鴨川から高野川に入っても続き、最後は高野橋をくぐり北泉通りが高野川を渡る工事中の新しい橋のたもとまで河川敷を走り続ける事ができました(写真左)。御幸橋から20キロ余りを約1時間半、信号と車だらけの京都市街を信号なしで、うまくすればノンストップで抜ける事ができます。なお懸念していたサイドバッグを阻んで通れない様な箇所もありませんでした。
 R367に入り大原のファミマまで頑張ろうかと思っていたのですが、八瀬駅前のセブイレも大原同様にテーブルやらベンチがありましたので、ここで一息入れる事にします。ここまで80.5キロ、既に予定の朽木までの距離の2/3を走ったのですが、ただこの先には途中越(382m)と花折峠(581m)が待っています。
 途中越の巨大な切通し?を越えると滋賀県大津市です。途中トンネルへは向かわずに途中集落へ標高で80mばかり下ります、再び花折峠に向かって登り返すのですが。
 九十九折れの道をどうにかこなし旧道の花折峠への分岐まで来ました、今回は花折トンネル(727m)を通る事にしたのですが、なんと片側交互通行、誘導員がいるので安全に抜ける事はできはしましたが。
 さて今夜はLibraryさんに教えて貰った桑野橋河川公園(朽木村キャンプ場)を予定しています。ただ大原のファミマを過ぎるとコンビニどころか商店の類もないのですが、3キロ程先にはローソンと道の駅「朽木新本陣」があるので、チェックイン後に往復するつもりでいたのですが、朽木村キャンプ場の料金が4月から値上げしたとかでなんと自転車でも1泊2,000円也、1,500円ならと値切ったのですが、係りのおばさん曰く「私の一存ではまけられない」との事、7キロ手前ぬあった大津市の「梅ノ木キャンプ場」の方が安い事は判っていたので引き返す事に、ただ食料の買い出しなどを済ませなければならないので、さらに進まざる得ません。
 道の駅「朽木新本陣」に到着、ここの食堂はバイキング(1,080円)のみのメニューなのですが、実は今日はそれがお目当て、ただ平日は14時半までの受付で、なんと2分前の滑り込みセーフ、お陰でたらふく頂く事ができました。
 今日はキャンピングでの100キロ超に睡眠不足、たらふく食ったとあって、ローソンで弁当とカップ麺とかを買うだけにして「梅ノ木キャンプ場」まで10キロ余り引き返します。標高差は100m程なのですが川沿いにもかかわらず結構アップダウンもあるのです、同じ道を戻るのもなんなので少し対岸路を走ったりしながら16時半には到着、大津市に引き返した格好になりますが限りなく朽木村な大津市です。先客はファミリーの1組だけ、離れた処でのんびりと設営を始める事に。
 結局は予定より10数キロ余分に走る事になって、本日の走行131.2キロ。

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琵琶湖へ (2日目)

大津市小松浜にて

 さすがに昨日の疲れで夜中に一度目が醒めただけで4時過ぎまで爆睡、なにやらキャンプに来ている方がソロの時は睡眠時間が長い様な、今回テントのインナーがメッシュですし、冬用の寝袋を持ってきたのですが、標高が低いだけに少々暑かった位でした。
 さて今日の予定は石山寺の「茶丈藤村」でお昼を頂くと云うミッション以外は、走って帰るだけです。明るくなる前に撤収を始め、琵琶湖に朝日が昇るのを期待したのですが、雲が取れそうにもないので日の出時刻を回った5時20分には針江湖岸緑地公園を後にします。目の前が「びわいち」のルートなのですが、少し内陸側に入ります。
 目的は昨日Facebookのグループで知ったばかりの「針江 生水の郷」、早朝なので人影も見えず静かすぎる佇まいでした。
 安曇川大橋を渡り旧R161の県道558号高島大津線を南下、近江高島駅近くでびわ湖レイクサイド自転車道(県道601号守山大津志賀自転車道線)に戻りますが、R161との区間は時間帯にもよるのでしょうが交通量が多くストレスになりますね、逃げるように小松浜へ。ここにもキャンプ場があるのですが、やはり一人だと2,000円になってしまう計算です。
 湖水浴で賑わう季節を除けは釣り客だけの静かな処です。「自撮り」にも挑戦してみたのですが、雲がなかなか取れずに8時には小松浜を後にします。
 自転車道のカラー舗装や案内が良く整備されているのですが、素直に従って行くと右へ左へ結構ウロウロさせられます。
 9時過ぎには琵琶湖大橋を渡り東岸へ。
 昨日からサイドバッグやパニアバッグを付けた旅支度の自転車に出遭ったのは2,3台、日本一周中の1台を発見「三重県伊勢発538日目」と読めますが、2年も走っているの。この後オルトリーブのサイドバッグの外人さんのペアともすれ違いますが、クロスバイクとかばかりでマッドガード付きは1台も見かけませんでした。
 11時少し前に「茶丈藤村」に到着、ローディ御用達の甘味処です。お昼に「ふじおこわ」を確実に頂こうとすると、時間を狙い澄ましての到着です。奈良からもローディの皆さんが来れらているのですが、天ヶ瀬ダムは嫌、R307は嫌、犬打峠を南からは嫌と我儘を云っている私はなかなか来れなかったのです。
 大粒の丹波黒豆の入ったおこわと地元食材の「ふじおこわ」のお菓子を付けて貰って1,200円、自転車で来るとお菓子のサービスも。
 さて目的は果たしたので帰途に就きます、桜井へは宇治川沿いから田原へ抜けてR307を山城大橋に下るのが最短最速なのでしょうが、宇治川沿いに宇治へ下ります。時間的に12時台はトラックとかが比較的少なくなるのでね。
 緩やかに下り基調の道を快走し小1時間で天ヶ瀬ダムへ、ところがダムを下り出した辺りで前輪に違和感が、どうやらスローパンクした様です、下りきるまで安全に停まれる処がないのですよね、とにかく運動公園への三叉路でエアーを足し、宇治市街へ入る手前でチューブ交換をする事にしたのですが。5,300キロをパンクは後1回だけと云うパセラジャケットを先日新調したばかりで走ったのは正味2日、それもフロント2サイドの時に前輪とはね。それに前輪のクイックレリーズがサイド枠に当たって起こせません(写真右上)。スローパンクの原因はタイヤ交換した時にチューブに貼ったパッチが剥がれかけていたのかも知れませんね。
 とにかくチューブ交換を済ませて再び走り出しますが、宇治市街まで下ってくると奈良へ帰るにはどこかを登るか北西側に迂回するかなのですが。小倉駅前から大久保バイパスへ、信号も車も多くて結構時間を食われます、ここまで来たのですからと、新元号できっと忙しいだろうY氏のお店へ邪魔しに行くと、世間話と自転車談義ですっかり遅くなってしまいました。久津川病院の裏から木津川右岸に取り付き自転車道をぶっ飛ばし、お陰で木津に着いた時にAVSが20km/hを超えていたのは内緒。奈良坂を越えて上街道をひた走り日没直後に無事桜井に帰投しました。本日の走行141.2キロ、3日連続100キロ超とかありますが、140キロ以上連荘は記録にないです、まぁ4サイドで荷物満載でもなかったし、コース的に峠と云う峠はなかったですからね。300キロコースをキャンピングで1泊2日ですから駈け足は仕方がないですが、せめて2泊3日で2日目に余呉湖なんかも絡めて魅力的な湖北を走りたいものです。

琵琶湖へ (1日目 後半)

滋賀県道514号飯浦大音線 長浜市木之本町飯浦

 終点の米原まで乗車のつもりだったのですが、せっかくですので2つ手前の鳥居本駅で下車する事に、なおワンマン運転ですので無人駅では先頭から降車する必要がありますので、1つ手前の彦根駅で停車中に移動しておきました。
 レトロな鳥居本駅は国の登録有形文化財に指定されています。駅の前のR8をはさんだ反対側に中仙道鳥居本宿があります。
 湖岸道路へ出ようとして却って手こずってしまった様な、とにかく1240には琵琶湖湖岸へ。「びわいち」とおぼしきローディの多い事、スタート地点にもよるでしょうが、この辺りをこの時間に半時計回りしている様では遅いですね、さすがに時計回りで走ってくる連中は速そうです。さて今夜の幕営地ですが、琵琶湖の湖岸緑地公園は24時間以内であればキャンプ可となっているそうで、西岸の高島市まで走り適当な処を見つけようかと、ただ湖岸緑地公園と云っても四阿やトイレ、水道とかの有無など様々で、東岸の中主や姉川河口は情報があるのですが、西岸の幾つかについての情報がありません。もちろん正規のキャンプ場もあるのですが、オートキャンプ場をうたっていたりグループやファミリー向けの料金体系で、1人1泊で2,000円では頂けませんね。
 1430には県道514号の賤ヶ岳隧道へ、現在この旧道トンネルは補修工事中で県道飯浦大音線の殆どを含めて通行止なのですが、自転車歩行者のみ通行可となっています。「びわいち」がこれ程知られ滋賀県にとって観光資源ともなっている現状では、工事の邪魔になっても大型車が多く危険なR8の賤ヶ岳トンネル(850m)へ迂回させて事故でも起こったら非難を受ける事は目に見えていますからね。

 1512に西浅井のローソンに到着、しかし空模様が怪しくなってきました、今夜降る予報があるのですが、幕営地まではどうにか持って貰いたいものです。

 

 桜で知られる海津大崎も桜が終わってしまうと静かなものです。

 

 1645 「マキノ湖のテラス」着、時間とお天気の心配がなければメタセコイア並木までまわりたい処なのですが、その余裕はありません。湖北へ来る度に次はゆっくりと訪れたいと思うのですが、なかなか果たせません。さて今津で夕食の調達をしようとローソンに入ろうとしたら雨が、幸い直ぐに止んで、雨雲レーダーによると、この先も心配なさそうです。
 湖岸緑地公園ですが、角野浜はグークルで四阿に見えていたのは野鳥観察小屋だったり、適当なスペースもなく幕営向きではないので、針江浜まで南下する事に。
 針江浜湖岸緑地公園(写真)は、コンクリート製のベンチとテーブルがあり、屋根は藤棚状で雨露はしのげないのですが、もう降る心配もなさそうですので、ここで幕営する事に。ただこの周辺の湖岸緑地公園は県道333号安曇川今津線がすぐ傍を走っていてかなり騒がしく、決してお勧めではありません。コンビニ弁当とカップ麺の夕食を済ませ、さっさと休む事にします。本日の走行145.1キロ。

琵琶湖へ (1日目 前半)

旧R307 小野峠(Photo : niwa-chanさん)

  20日から23日にかけてフリーなので急遽キャンプツーリングに出掛ける事に、南海フェリーで徳島に渡って「四国の右上」を走ろうか、鳥羽まで走って伊勢湾フェリーで伊良湖に渡り渥美半島を走って適当な処から輪行で帰ってくるとか考えてみたのですが、先日からasuka号の足回りの整備をしたばかりだし、20日から飛び出すには色々と準備不足なので「手抜き自走びわいち」を企んでみました。うちの近所からでも「よろづ」のmillionさんとか「自走びわいち」を達成している人はいるのですが、さすが1日で300キロ以上を走るお歳でもありませんので、1泊2日のキャンプツ-リングで、それも貴生川駅(甲賀市)から米原駅まで近江鉄道のサイクルトレインで手抜きをするプランを考えてみました。
 1泊2日で料理をするつもりもありませんので、火器類はお湯を沸かすだけの装備、ただ気温差が大きい時期ですので柔軟性のある衣類の選択と準備が肝要ですね。今回はフロント2サイドにサドルバッグはキャラダイスのネルソンロングフラップを。ネイチャーハイクのソロテントが余裕で入ってしまいます。
 フラップを伸ばせば三脚も巻き込む事も出来そうですが、出し入れが面倒なので別途ベルトで括り付け、余裕部分に雨具類と工具袋を詰めています。
 貴生川駅までのルートは加茂から県道5号木津信楽線とR307に沿って走る定番ルート、2016年6月にも「黄和田キャンプ」に参加するために4サイドで走っています。今回は貴生川駅から米原まで直通のスジである貴生川発1028に乗るつもりで桜井の自宅を4時丁度に出発、奈良から加茂へ越える辺りで夜が明けます。
 6時28分には地元ローディにはお馴染みの和束のローソンへ、土曜ですがさすがに早いかして一人見かけただけ。なおここのイートインコーナーのテーブルには100VとUSB給電コンセントがついています。
 8時過ぎには京都府と滋賀県境の無名の峠(356m)と越えます。
 0828には信楽駅前に到着、貴生川までは下り基調の15キロ、時間の余裕もあるので一息入れます。
 出来る限りR307を走りたくないので川沿い、線路沿いの道を走り牧東の交差点にでると、なんとniwa-chanさんが小野峠を登ってKHSでお出迎えに来てくれていました。さすが地元民だけに新旧どの道を走ってもここへ出ざる得ない事が判っています。牧東から旧道への分岐までのR307はだらだら登りで車が多く一番嫌な区間です。庚申山広徳寺への分岐が旧道への入り口です。参道から先は一応通行止で木っ端が散乱して湧水が流れていますが自転車なら充分走行は可能です。この辺りは40数年前に当時の国鉄信楽線のSLを撮りに通った思い出深い土地です。
 かつては国鉄バス近城線(奈良~水口)も走った道です。

 



 小野峠を下ります。(写真はniwa-chanさん)
 niwa-chanさんの先導で0952には貴生川駅に到着、ここまで約75キロ。JR草津線との接続駅でもあるので、JR側からでも乗車できますが、自転車を持ち込むには東側に回ってのエレベーターを利用した方が良いでしょう、近くにコンビニもあります。KHSとasuka号との再会、延陽伯号が来て不遇を囲っていたうちのKHSはniwa-chanさんの処で余生を送るどころか大活躍しています。
 エレベータですが普通の自転車なら問題ないのですが、サイドバッグが付いていると乗り込むには工夫が必要です、もしかすると4サイドではバッグを外さないと載らないかも。米原までの普通運賃は1,130円ですのでフリーきっぷの「1デイスマイルチケット(年末年始を除く金土日祝発売)」880円を利用した方がお得になります。このサイクルトレインに乗るのは確か3度目、貴生川駅は琵琶湖岸からも離れていますし、車や信号の多くさしたる見所のない米原方面へのルートをワープできるので重宝しています。
 近江鉄道のサイクルトレインですが土日祝日は終日、平日は概ね9時から16時の間利用可能で別途料金は要りません。但し支線の八日市線と多賀線への乗車と彦根駅での乗降ができません。八日市線の近江八幡駅へ行ければ利用価値は高いと思うのですがね、なおロードバイクや小径車なら良いのですが、階段しかない駅もあるのでキャンピング支度など担げないと乗降できない駅もありますので注意が必要です。
 あと貴生川から米原までの所要時間は約1時間半、日中の運行本数は1時間1本程度ですから、時間を良く見ておかないと50キロ弱を走った方が早いと云う御仁もいるかと。ただ今回の私の様にツーリングの中盤だとかお昼時だと、丁度良いブレイクタイムになります。
 今回固定用のベルト類を持って来なかったのは失敗、1時間半近く走行中はasuka号を支えておく必要がありました。

 

御斎峠なのか御斉峠なのか

 先日の「NLC4’season 春のサイク」の帰りに一年ぶりに越えた「おとぎ峠」、滋賀三重県境として上野盆地の展望が素晴らしい標高570mの峠、古来伊賀と甲賀と分かつ峠として司馬遼太郎の小説「梟の城」の舞台となったり、本能寺の変の折に徳川家康の遁走ルート「伊賀越」として伝わる、歴史的にも由緒のある峠です。私が始めて越えた頃は滋賀県甲賀郡信楽町と三重県上野市の境界でしたが、現在はそれぞれ甲賀市と伊賀市となっています。写真は現在の車道峠より少し上野側に下った処にある「御齋峠跡」の石碑。
 その「おとぎ峠」を行くと峠名を記したものが2つ、切り通しになっている車道峠の案内板「御斉峠」と記され由緒が書かれている、もう一つは少し上野側に下った処にある三重県知事の書になる「御齋峠跡」の石碑、さてこの違いは。まず大前提として「斉(セイ)」と「齋(サイ)」はルーツの異なる別の字でして、なかんずく「齊」は「斉」の旧字体、「齋」は「斎」の旧字体となります。「斉」は整えるとか、揃える、並べると云った意味を持ち、中国周時代の国「斉」との意味があります。対して「斎」は「ものいみ」「神仏を祭るときなどに飲食や行為を謹んで、身の汚れを去る事」と云った他、同様の意味に多く用いられます、「斎王」「斎宮」「斎場」と云った風に。いわゆるさい藤さんの「さい」は概ね「斎」または旧字体の「齋」であり、「斉」を用いるのは意味の違いを無視して誤用して略したものと考えるべきでしょう、なかには私は「斉藤」だと主張する人もいる様ですが、斎藤氏のルーツを考えると「斉藤」はなく、登記時の誤字であってもひとたび登記されてしまえば、それを正しいとする原則が準用されているものだと思われます。
 さて話しを戻して「おとぎ峠」に当てはめる字はどちらかと云う事になりますが、案内板にあります鎌倉時代の夢窓国師の逸話からすると「斎」を当てはめるべきかと思いますが、辞書によっては「斉」にも「斎」の字と同様に「ものいみ」の意味を含む熟語「斉衰」「斉宿」等などを例としてあげているものがあります、どうやら「斎」と「斉」の誤用は「さいとう」さんだけではなく、結構根の深いものがあるのかも知れません。ただ家康の「伊賀越」関連でこの峠を「音聞(おとき)峠」としているものがあり、夢窓国師どころか後年になって音を当てはめた可能性もあります、しかし「斉」を「とき」或いは「とぎ」とするには問題が残ります。言葉や文字の意味成り立ちに無知ゆえ無頓着ゆえの誤用濫用、なにか自転車の事を「チャリ」と云う人に通ずる処がありますね。
 私としては「御斎峠」または旧字体を用いた「御齋峠」に軍配を上げる事にしますが、この事を調べて行くとんでもない事に気付かされます。
 そうなんです、それぞれの旧字体には「Y」のものと「了」のものがあって、どうもadobe-japanでは両方が採用されている様なのです。この辺りJISの考え方とadobeのスタンスの違いが成せる事なのでしょうが。さて似ていて非なる「Y」と「了」、象形文字まで遡るとこの部分は「齋」と「齊」では異なっているのです、その辺りを調べて行くと「誤用」なのか「混在」なのか判らなくなってしまい、それ以上突き詰める事は諦めました。

 余談ですが御斎峠の北にはかつて多羅尾代官所の仕置場(処刑場)があり、また月ヶ瀬村女子中学生殺人事件の死体遺棄現場だったりと、何かと曰くの多い峠でもあります。

「黄和田キャンプ場」へ(2日目)

20160612a.jpg
黄和田キャンプ場 滋賀県東近江市黄和田(旧永源寺町)
 
20160612b.jpg  お昼頃にはお天気が悪くなりそうだと云う事もありますが、キャンプの朝は早いです、8時過ぎには撤収開始。 あびさんのTOEIキャンピングとは前々オーナーからの付き合いですね(左下) 、なおじさんのカトーサイクルオリジナル、TOEIのサイドバッグとは(右下)。
 
20160612c.jpg Tさんが帰ってしまったので3人なんですが、記念写真を撮って、9時には撤収です。
 
20160612d.jpg 日野町役場まで20キロ程を戻るのですが、写真を撮ったりしているので、なかなか前に進みません(^_^)
 
20160612e.jpg 昨日と同様に愛知川右岸、国道421号の対岸路を行きます(写真右:あびさん)
 
20160612f.jpg 国道421号から離れて日野町へは主に県道508号とかを走るのですが、距離こそ短いものの結構アップダウンとかがあってキャンピングには大変なんです。
 
 
 
 
20160612g.jpg 11時前には日野町役場に到着、なおじさん、あびさんとはお別れして、ここから再び一人旅で桜井を目指します(写真左:なおじさん)。 近くの日野町道路元標に立ち寄った後、県道41号すなわち御代参街道と呼ばれる旧街道で東海道の土山宿へ越え、JR草津線甲賀は駅、道の駅「あやま」を経て伊賀上野へ向います、問題はどのあたりで降ってくるかなんですが。
 
20160612h.jpg 伊賀上野で「鍵屋の辻」に立ち寄ります、いつもなら山越えの鄙びた道を選ぶのですが、足回りに爆弾を抱えている以上、線路に沿ったコースを選択するつもりでR422寄りを南下するつもりだったのですがR368を走ってしまう事に、距離的には短いのですが、登りになるのと車が多いのが難点。 名張市へ入る頃にはいよいよ降ってきそうです。
 途中から旧道の名張街道へ入り近鉄大阪線の桔梗ヶ丘駅へ、フロントバッグとサイドバッグ4つにカバーを取り付けます、この季節の帰り道ですから身体が濡れるのは良いのですが、路面がかなり濡れてきて慎重にならざる得ません。
 
20160612i.jpg 名張市街の手前から旧街道に入り、室生口大野あたりまでは概ね車に追われる事なく走る事ができました、さすがに室生ダム湖畔は遠慮してR165を榛原へ出て西峠を越えます。 写真は阿保越伊勢街道三本松宿。
 
 1835、無事に桜井に帰投、走行115.0キロ、昨日の115.3キロに加えて1泊2日230キロ、トラブルを抱え承知の上とは云え久しぶりの雨中ランのキャンプツーリングでした、さすがに疲れがどっと。
 

 
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「黄和田キャンプ場」へ(1日目)

20160611e.jpg
府県道5号木津信楽線にて
 
 
20160611b.jpg 結局は寝たのか寝てないのか良く判らないまま未明3時に桜井を出発します。 奈良まではいつもの上街道、暗い中を何度も走っている道で、この季節なら奈良市街を過ぎる頃には明るくなってきますので丁度良い按配かと。 写真の「ならまち」を抜け猿沢池から興福寺と…
 
20160611c.jpg 京都府へ入り大仏線跡に沿った道から木津川河畔に出て恭仁大橋を渡ります。
 府道5号線に入ると、まだ5時台だと云うのにローディの姿がチラホラと、お馴染み和束南のローソンで小休止、今夜のおでん用に忘れてきた「だしの素」を仕入れておきます。
 
20160611d.jpg 湯舟を過ぎた辺りで、4月の「一府三県サイクリング」の折に目を付けておいたポイントで「自撮り」をば、しかし何やらごちゃごちゃしていていまいちですね。
 ところで心配なタイヤの方、折々にチェックしているのですが、問題はなさそうでこのまま今日明日の200キロ余りは持ってくれそうな感じです。
 
20160611g.jpg 7時半には滋賀との県境までやってきました。 待ち合わせ場所の日野町役場までは後30キロ程の距離ですから余裕です。 時間もある事ですし、ローディの多いコースでもありますし、通行人Aがやってくるのを待ってみたのですが、余計な邪魔者が(>_<)
 
20160611h.jpg しかし待っているとなかなかやってこないものでして、気が着くと信楽側からやってきたりして、キリがないので「Microsoft Image Composite Editor」のお世話になる事にして撤収、50分ばかり遊んでいましたが。 どこのどちらさんか知りませんが、有難うございます。
 
20160611i.jpg 神山からは旧道を縫って走り信楽駅前へ、駅前の巨大狸、セーラー服は脱いじゃった様です。 その後も国道は避けて大戸川沿いの道を雲井まで行きます、少々アップダウンはありますが、信号はなく車も全くと云って良いほどやってきません。
 
20160611j.jpg 信楽高原鉄道の踏み切りまでは交通量の多い国道を我慢しなければなりませんが、旧R307の小野峠への道へ入ります。 庚申山広徳寺への入り口から先はずいぶん昔から通行止になっているのですがどうにか通れるかと、今日も山仕事と思しき軽トラが入ってきていました、落石や木っ端に水も出ているのでロードバイクではかなり厳しい状況ですが。
 
20160611k.jpg 貴生川まで下った処で、なんと地元のniwa-chanさんが、地元とは云えまさかここで待っているとは、信楽駅前での時刻から小野峠を越えているに違いないと踏んだ様です。 日野町役場までエスコートして頂く事にして、近江鉄道沿いの道を走り、水口町道路元標に立ち寄って貰います。
 
20160611l.jpg 待ち合わせ場所の日野町役場には11時過ぎには到着、近くのコンビニでお昼を仕入れて戻ってくると、なおじさんとあびさんだけがいます、結局は主催の「へろへろ輪」は全滅で、これではなにやら「月うさぎ」メンバーではありませんか。
 
20160611m.jpg 日野町役場からも日帰りのniwa-chanさんが加わった4人で、現在の東近江市旧永源寺村へ向うのですが、結構アップダウンがあってここまで走ってきた身には堪えます。 途中何やら案山子と云うか、普通の農家の様なんですが、関西で云う処のパラダイスが。
 
20160611n.jpg ひろみワイナリーに立ち寄った後、八風街道ことR421を永源寺ダムへ。 ダムから先は対岸路を行く事にしたのですが。
 
20160611o.jpg 対岸路、ダムの天端道路はは車が通れない様に鎖が張ってあるので、車は入ってきませんが、落石片と何やら猿の糞が多い事、ダム湖畔の道にしてはアップダウンが多いもののラ系サイクリストにはなかなか快適なコースではあります、その上に先月の大黒屋さんに続いてなおじさんがキャンピング女子に。 (写真左上:なおじさん)
 
20160611p.jpg ところが調子こいていたら落石片に乗り上げてしまいます。 前輪は避けたものの後輪はまとも乗り上げてしまい、明らかにスポークが切れたと云う音が。 ニップルが突いてパンクもした様で、エアーも漏れる音が。 サイドバッグを着けているとパンク修理だけでも大変なのですが、ここまで丁度100キロ程走ってきてキャンプ場まで後数キロだったのに、どうやらスポークが1本ニップル側で折れていて振れ取りが必要な状況です。 なおじさんとあびさんにはまだ買出しとかもある様なので先に行って貰い、niwa-chanさんに手伝って貰う事に。 元々ガードクリアランスのないasuka号ですが、折れたスポークはフリー側なので抜けませんので、ケーブルタイ2本で隣のスポークに縛りつけ、前後2本づつを調整するだけで問題なく走れそうです。 (写真左:なおじさん)
 
20160611r.jpg 2,30分程の作業で再スタートして後を追います、niwa-chanさんは「くさ餅」を買って帰ると云うミッションを済ませ「黄和田キャンプ場」へ、どうやら買出しをしているお2人を追い越してしまった様で、こちらがキャンプ場入り口で待つ事に。 キャンプ場まで数キロ走った感触では、無茶さえしなければ明日もこのまま走って帰れそうな感じです。 最悪は荷物を宅急便にして軽量化し、念のために持ってきた28Cに履き替えれば、なんとか自走で帰る事ができるかと。
 
20160611a.jpg 設営完了、あびさん持参のタープいいなぁ。 心配なお天気も明日のお昼頃までは持ってくれそうな感じ、帰り道に降られる事は覚悟の上ですが、雨の中の撤収だけは堪忍して貰いたいものです。 なお「黄和田キャンプ場」、自転車は一泊600円です。
 
20160611q.jpg そうこうしていると、食材と七輪を積んでTさんが車で到着、明るいうちから宴の始まりです。
 
 前日 1日目 2日目
 

「黄和田キャンプ場」へ(前日)

20160610c.png 世間は梅雨入りしたと云うのに、「へろへろ輪」からキャンプのお誘い、場所は滋賀県東近江市の黄和田キャンプ場、琵琶湖に流れ込む愛知川(えちがわ)の永源寺ダム上流にあるキャンプ場で、桜井からですと約100キロの距離、実は昨年も乱入を画策していたのですが、準備中にasuka号のカンチ台座が折れる事態に断念した経緯があって、リベンジを果たしたい処なのですが、今月になってからなかなか気ままに日程が空けられない状況でして。 ところで今回はなんと「愛知川自転車キャンプサミット」などと云うご立派なお題目が付いていたのですが、テロならぬ天気予報が怪しくなってきたあたりから参加者が激減、だったら梅雨にするなよと云いたい処なんですが。 その気になったらやめられない悪い正格、とにかく万障繰り合わせて準備だけは整えておこうと。
 集合場所の日野町役場までは往路は奈良~信楽経由、復路は伊賀上野経由と云う事に、いずれにせよ100キロ強の行程になります。 4サイドでの100キロ超えは昨年10月に2日連続でこなしていますし、標高を考えると問題はないのですが、日野町役場12時はちょっとキツいかも、とにかく未明に出発すればどうにかなるだろうかと。
 
20160610a.jpg 前日になってどうにか参加できそうになり、暫くはキャンプツーリングの予定はないだろうと、先月28Cに換装していたasuka号を再び32Cに、走行距離が3,000キロを超えてきたので、そろそろかなと思いつつとにかく前後ローテーションだけでもと… なんとサイドに僅かですが穴が、圧を上げるとかなりヤバそうです、パナのパセラでAMAZONに在庫があるのですが、さすがに今の今では間に合いません。 28Cもパセラですがサイクルベースあさひ限定のケブラービートのライトモデル。 とにかく内側からゴム板をあてがって接着、往復200キロ超の4サイド支度に耐えられるかは微妙ですが、ケブラービートを良い事に28Cを一式積んで行く事に、最悪の事態には荷物を宅急便かゆうパックにして軽量化すれば、自力で走って帰って来れる様にして、前夜には出発準備を整えておきます。 さて黄和田キャンプ場まで走って行けるのでしょうか。
 
 前日 1日目 2日目
 

天の邪鬼今度は「びわいち」の巻

 金曜土曜と天気が良ければ信州へ行って、今日は飯田から岡崎に向かって三州街道を走っている予定だったのですが…
 今日12日はRRCB(Restoring & Riding Classic Bicycles 要認証)の方の企画で「びわいち」だとか「魚ヶ渕」だとか、計画やメンバーが二転三転していて、いずれにしても車というものを持たない僕には他力本願でないと参加できない場所と時間、まぁ奈良まで自走して始発に乗れば「米プラザ」7時半スタートの「びわいち」の方は参加できなくもないのですが、金沢から帰ってきたばかりで、何となくそこまでしてもと気が進まなっかた処にtatsumi御大が参加表明、連絡をしてみるとその足で名古屋へ行くとの事ですが、輪行袋さえ持って行けば帰りはどうにでもなるだろうと行きは便乗させて貰い「びわいち」へ参加させて貰う事にしました。

20150412a.jpgのサムネール画像
集合場所は琵琶湖大橋西詰の道の駅「びわこ大橋米プラザ」に7時、tatsumi御大曰く2時間あったら着くだろうとしながら、迎えに来てもらって自転車を積み込んで桜井を出発したのは5時20分、案の定間に合う訳もなく、大橋東詰の「なぎさ公園」で待つとの連絡を入れて一安心と。
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一向にやって来ないと思っていると、既に本隊は近江八幡の長命寺まで行っているとの連絡、どうやら面子が揃った時点で7時半のスタート予定時刻を繰り上げしまった様で、待つどころか先に行かれてしまっていて逆に追いかける側に、45キロ先の米原の道の駅「近江母の郷」まで古い付き合いとは云え元国体チャンプ(第34回宮崎国体奈良県代表成年男子スクラッチ優勝)と2人で追走するはめに。
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向かい風の中やさしく引いて頂いて9時半過ぎに道の駅でどうにか追いつく事ができました(^_^;)
 本隊は4名と思いきや、地元滋賀のniwa-chanさんが、どうやら偶然居合わせて捕縛されたそうです。 都合7名、UG兄さん(エルスディアゴナール)、KMT48さん(コルナゴマスター)、ヤマタンさん(マリリンIII世号)、白栖窟さん(エルスランドヌーズ)、tatsumi御大(センチュリオンカーボンロード)、niwa-chanさん(キャノンデールカーボンロード)、私(コガミヤタカーボンロード)、RRCBにしてはカーボンロードが3台、とは云っても私とtatsumi御大はカーボンパイプにラグ接着と云うホリゾンタルフレームの年代ものです。
 赤パンにパーカーのおっちゃんは見物の人、ではありません、ちゃんと下にはZippyのチームジャージが。
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さて道の駅を出発です、ここからは楽させて貰えるはと思いきや、ここまでとあまり変わらないペース、今日は1人でも走ると云っていたUG兄氏が先頭を引いてくれるのと2人が7人になった位。 (写真:UG兄さん)
 
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きっと日本で一番走るエルスでしょうね。
 
 
 
 
 
 
 
20150412f.jpg写真を撮ろうと先行したものの、今度は追いつくのが大変。
 
 
 
 
 
 
 
20150412h.jpg信号以外では停まる事すらなく、やっときました最初の休憩ポイント賤ヶ岳トンネル。 朝3時過ぎにトースト2枚を食ったきり、補給食を買う間もなく、ここでtatsumi御大から大福餅2ヶを失敬。 この後どこか食事に入るでもなく、塩津のローソン駐車場で車座になって買い食い、なんやらブルベと変わらん様なお行儀の悪い事ですみません。
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満開の桜の海津大崎を行きます、今日ここには鈴鹿のあびさん一行がキャンプに来ているそうなの乱入およばれを画策していたのですが、見つけられず携帯電話もつながらず、残念。 (写真:UG兄氏)
 
 
 
20150412j.jpgしかし桜も満開ですが、人も車もそれに単車も多い事と云ったら、日頃平日に人の少ない処ばかり走っている自分はやや辟易ぎみ、それでも桜並木の向こうに残雪の比良山系を見上げたら感激ものですね、時計周りしていた皆さん気づかれました?ここで拉致してきたniwa-chanさん、このまま一周しては明るい内に戻れなくなるのでUターンする事に、ここまで有難うございました。 (写真左側はKMT48さんに撮って頂きました)
 
20150412k.jpgどうにか混雑の海津近辺を抜け出し琵琶湖西岸を行きます。 相変わらず先頭をUG兄氏が引いてくれます、tatsumi御大が先頭交代に上がってきますが「いらん事したらアカン、今日は意地でも1日1人で引くつもりでおるんやから」とたしなめます(^_^)
 
20150412m.jpgなんと1345には道の駅「しんあさひ風車村」に到着、結構なペースです、30分あまりまったりと休憩します、写真はUG兄氏に頂きました。 しかし今日は写真はともかくSNSに書き込む余裕など全くなく、ここで始めてのチェックインを。
 
20150412l.jpg 16時過ぎにスタート地点の「米プラザ」に戻ってきました、残念ながら先頭を引き続けたUG兄氏は後10キロを切った処で先頭を交代する事になりましたが、見事なペース配分と手綱さばきで、皆をだらけさせる事なく引っ張ってくれました、有難うございました。 このまま名古屋へ向かうtatsumi御大はデポ地へ戻るために琵琶湖大橋を渡り、私はお世話になりついでにUG兄氏に近鉄八尾駅まで便乗させて貰う事になりここで終了、走行148.2キロ、僕としては破格のAVS23.1キロ、「母の郷」までは25キロ超えてました、そして天の邪鬼らしく大橋を渡らずに「寸止めびわいち」となり、koga-miyataはエルスとともにトランポへ。