「4サイド」タグアーカイブ

月うさぎお花見キャンプ(1日目)

昨年秋に続いて東吉野村「月うさぎ」でお花見キャンプをさせて貰おうと考え、昨年参加できなかった方を中心に日程を詰めてみたのですが、最初予定していた4//16~17の日程では天気が悪くて、4/29~30に順延して行う事になりました。

 今回はモンベルのサイドバッグ大小をセットして出掛ける事にしました。 取付具の関係でちょっとイレギュラーな点もあるのですが、使う度に頭にきてキレかかる、気の利かないオーストリッチ製バッグを今回は使わない事にしました。 エアマットはバルブが壊れたままなので、嵩高いですがスポjンジ製のロールマットを積んで行く事に、とにかくマット以外の荷物はバッグに収まりました。 後は初めてのバッグレイアウトなのでシミー現象の発生が心配だったのですが、そちらは大丈夫の様です。 ただ走りだしてすぐに引き足がリアサイドに干渉するので一旦引き返す事にはなりましたが。

 昨年秋はR165西峠を越えたのですが、GW初日の上に天気も良いとあって車が多いので、距離、標高差ともに大きいのですが、大峠~宮奥ダムコースをとる事にします。 まずは多武峰へ向かいますが県道桜井吉野線も新鹿路トンネル開通後は交通量が増えました、それに今日は紅葉シーズン程ではありませんが観光バスも多くて、路線バスも増発されている様です。

 下居付近から百市にかけての急坂は押す覚悟していたのですが、どうにか休み休み漕ぎあげる事ができました、八井内から大峠を目指しますが、車は少なくなりますが、今日はこちらへも奈良交通のバスが回送でしょうか入ってきています。 標高560m程の大峠トンネルを越え、宮奥ダムまで下って暫し休憩です。

 菟田野松井橋のローソンで少し買い食いして、一谷峠への登りの始まる少々岩端で休憩。 今回は大阪天神橋から自走の天五さんも既に榛原まで来ている様子です。

 13時40分「月うさぎ」到着直前に大黒屋さんの車に追いつかれます、ダイバーてっちゃんも既に到着し、鉄人児玉さんも陣中見舞いにやってきて、春の柔らかな木漏れ日の中でコーヒーブレイクです。 残念ながら月桜は昨日の雨風で花を散らしてしまいましたが、その袂にテントを張らせて貰う事に。

 今回はMossOutlandではなくColemanのAVOR X1を下ろしてきました。 実は未使用のソロテントが2つもあったのです。 ビビィサックにするまでの勇気もなくゲリキャン用として買ったのですが、収納サイズや重量は満足できる程のものではありません。 一番の難点は自立しないのでペグダウンが必要です。

 泊まりのメンバーも揃い、近くの「たかすみ温泉」まで車で往復し宴の始まり、「月うさぎ」オーナーがキャンプファイアを準備して頂き、京都美山でのアイズラリーに参加していたUG兄さんも差し入れのケーキを持ってやってきてくれました。

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「丹生ヤマセミの郷」キャンプツーリング (4日目)

 今日は御坊まで走り輪行で帰途に就く予定です、明るくなりだしたらさっさと起き出して食事を済ませ撤収にかかります。 できる事ならテントを乾かしたい処なのですが、真夏のキャンプツーリングでは日差しが入って気温が上がりだす前に走り出す準備を済ませておかないと、暑さに走る前にくたびれてしまいます。

7時には出発する事ができました、最高に気持ちの良い朝です、基本的に日高川沿いに下り基調の道ですし。

← 県道735号から「丹生ヤマセミの郷」を見下ろす。

丹生川沿いに下ってきて殿原地区、山深い紀伊半島の山中にあって由緒ある晴明神社や、撃墜されたB29搭乗員の慰霊碑があります。 搭乗員7名死亡4名生存、この話には色々な後日談もある様ですが、POW研究会の近年の調査によると4名の生存者は信太山演習場と真田山陸軍墓地で処刑されているそうです。

せっかくですから未知の道路元標の探索も行います、平成の大合併で田辺市となる前の龍神村は旧道路法施行時は龍神村、上山路村、中山路村、下山路村でした。

← この付近に上山路村道路元標が建っていたはずなんですが。

日高川沿いにR425を走り、椿山ダム上流の金比羅橋から対岸路を走ります、車が殆ど入ってこない快適な道です。 この後再びR425に戻り県道26号御坊美山線~県道25号御坊中津線と継いでかまきりトンネルを抜けて日高川左岸の県道193号船津和佐線を走りJR和佐駅を経て御坊市街へ、少し遠回りになりますが、自転車にとっては快適に御坊市へ出る事ができるルートです。

4つのサイドバッグをひきずって輪行する訳にも行きませんのでサイドバッグは宅急便にして送ります。 平日なら龍神村の郵便局で「ゆうパック」にすれば良いのですが、あいにく土曜日で郵便局が使えません、取り次ぎ店で空箱が貰えればそれでも良いのですが、クロネコヤマトの営業所のある御坊まで走る事にしました。 いつも箱を買うのですが、使い古しのハコを分けて貰えました。 某A産業のタコなサイドバッグと汗だくになって格闘、バッグ4つを2つの箱に入れて奈良まで2340円、輪行は「18きっぷ」を使うのでこれが一番の出費だったりして。

紀州鉄道のキハ603もそろそろ引退とかで、西御坊駅に立ち寄ったらお盆休みに週末とあって’鉄ちゃん’の姿がチラホラと思っていると、丁度やってきました。


しかし荷物を降ろすと羽根が生えたように軽くなって快調に県道24号御坊由良線を飛ばして、父方の実家へ向かいます。

 本日の走行101.4キロ

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「丹生ヤマセミの郷」キャンプツーリング (1日目)

 ここ数年、キャンプツーリングと云っても五条市阿太の「カルディア」とか「笠置キャンプ場」とか近場での1泊2日で、そこそこの距離を走る2泊以上は久しぶり、和歌山県旧龍神村の「丹生ヤマセミの郷」までは十津川経由で150キロ近い行程になり、桜井からだと少なくとも3つの峠を越えなければいけません。 野迫川村や高野山から高野龍神スカイラインとか、粉河からR424経由とかR42とかも考えられなくもないのですが、交通量や、日陰、気温、信号(4サイドにとってスタートストップの繰り返しは大変)と総合的に考えるやはり押してでも天辻を越えるのがどう考えても一番良い様です。 大阪からの山内さんは出発が遅くなるので、今日は五条火打口から富貴を経て出屋敷峠を越え十津川村谷瀬まで走る計画、私は明日の天気も考えて、とにかく走るだけ走って適当な処でゲリキャンを決めこむ事に。 出発前日の11日はフリーだったのですが、仕事の電話やらホームセンターまで買物に出掛けたりとグズグズしていたら、すっかり準備が遅くなってしまい、寝たのか寝てないのか判らない様な感じのまま起き出して、朝4時前には出発する事に。
 標高差を考えると芦原トンネルや重阪峠より不利ですが、最近走りつけている芋峠を越える事に、まずは月夜のナイトラン、栢森ではまだ真っ暗、「役の行者」あたりで空は少し明るくなりますが、場所が場所だけに真っ暗な事には、芋を越えて見えた吉野側は雲の下。

 鉄人児玉さんがいつも水汲みに来ていた下市千石荘近くの名水にて、吉野川は川霧の中。



 丁度7時に樺の木峠を越えます、五条を経由する事を考えると余計な峠ですが。 峠にあった民家は立ち退きここも拡幅まじかですね。 城戸から宗川野までR168を走りますが、案の定交通量はいつもより多いようです。
 宗川野から立川渡を経て旧道へ、さすがにここでは押しが入ります、久しぶりの西吉野大滝で休憩と思っていたのですが、先日からの雨で尋常ではない水量、水しぶきで周りはビショビショ、座る場所がありません。 しかしマイナスイオンたっぷり涼しい思いをさせて貰いました。 西野トンネルの出口でR168現道と合流、永谷の「茶屋」がもう開いていたので、うどんを戴く事に。  

 大滝で写真を撮っていたり、うどん食ったりしたりしていたので、新天辻トンネルに辿り着いたのは10時20分、予定より遅くなりましたが、ここまで来れば後は十津川温泉までは下り基調、安堵感が違います。 ただ新と云えない新天辻トンネル、路面は濡れていて鉄板がひかれていたり、交通量も多いので、1キロ余りのトンネルを押して抜ける事に。 旧大塔村での大規模な崩落で不通になった区間は谷側に高架橋を架ける様な形で復旧していました。 
 ところで猿谷ダムの休憩所からは自販機が無くなっていました。


 11時半頃に十津川村域に入り、一昨年から供用されている宇宮原バイパスと谷瀬をパスし上野地トンネルを抜け一路南へ向かいますが、炎天下を日陰の少ない時間帯無理して走るのは避けて、風屋ダムで15時過ぎまでのんびりと昼寝をする事に、ダム湖とは云え湖面を渡る風が心地よいです。

 最悪は温泉地温泉近くのキャンプ場も考えていたのですが、道の駅の足湯で休憩しながら、さて明日の事を考えると、少しでも先へ進んでいた方が懸命です、しかしこの先は西川出合のキャンプ場が今は無いので、そうなると今夜はゲリキャン必須です。

 17時過ぎに西川出合、トンネルをくぐると「昴の郷」でR425で牛廻越で龍神温泉、左に行くと県道735号線引牛越です。 いずれも工事で規制がある様ですが、問題は無さそうです。
 引牛越も久しぶりですが、曖昧な記憶ながら適当なゲリキャンポイントはピーク近くまで思い当たりません、全線舗装で強力なライト装備でも、真っ暗になってからも走り続けるのもやはり不安が…


 さて十津川村営バスのバス停は北国の様に待合所があって扉が付いている処が多く、いわゆる「駅寝」にピッタリ、見つけたのはまだ木の香りのする新築、うまく自転車ごともぐりこむ事ができました。 唯一の欠点は待合所そのものが沢に迫り出すように建てられていて、沢を流れる水の音の凄まじかった事。 しかし昼間のつかれが効いて良く寝ていましたが、夜が更けてからは一台の車も通らなかった様な。
 本日の走行124.2キロ、しかしこれから厳しくなるとは云え引牛越のピークまであと10キロ余りの処までやってきました。

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4サイドキャンプツーリング

昨日から1泊でキャンピング装備の自転車で現地集合してキャンプと云うツーリングへ行ってきました。



4サイドというのは前後輪の左右に振り分けて4つのバックを取り付ける事で、わたしたちが若い時代には旅行の1つのスタイルとして、多くの学生が北海道や信州と走り回っていました。 現在のロードレーサーやマウンテンバイク全盛の時代には、オーソドックスな旅行車は日本ではマイナーな存在になってしまい、今回集まったのは3名、いずれも50歳台と云うのも少し寂しい気もしますが。



と云っても私の自転車(左後)はガード(泥よけ)こそ付いているものの、伝統的な旅行車ではありませんが。