「デモンタ」タグアーカイブ

なぜか高野山に(前半)

国道370号線/南海高野線丹生川橋梁にて

 「川湯温泉」行きが頓挫したので月曜夕方まで時間が、明日から雨模様ですので走るなら今日しか。うっぷん晴らしにデモン太を駆って五條から橋本へ…
 今年も行われている「WAKAYAMA800」のポイントになっているJR隅田駅へ、今年は皆目回っていませんが「10ポイント賞」位は狙っても良いかも。
 隅田駅に置いてあった「門前歴史ウォ-ク」と云うパンフに「闇(くらがり)峠」と云うのがあったので大和街道を辿る事に。実際は峠どころか紀の川に流れ込む支流を跨ぐ為に下って登る道筋になっています。
 そのまま紀の川右岸を行きます、学文路(かむろ)の対岸辺りですが、いつもと違うルートなので風景が新鮮。
九度山橋で左岸に渡り、道の駅で小休止、平日にも拘わらずサイクリストが多いです。
 高野山へ向かう国道370号へ、南海高野線をアンダークロスする丹生川橋梁(近代化産業遺産)、「自撮り」にトライします。この季節の深い谷あいは暗く、シャッター速度と被写界深度を確保するには相当ISO感度を上げなくてはなりません、今日はゴリラポッドしか持ってきていませんので見上げる格好になるのが鉄橋と道路の関係が些か不自然に、それなりに車が通りますし1時間に2~3往復の列車とタイミングを取るのは至難の業、特に上り列車はトンネルを出てくるまで音も聴こえてきません。
 結局上り下り4本粘ったのですが4本目は邪魔者が。大きな三脚があれば反対側の歩道から撮った方が良いかも、来年春以降に再挑戦かな。(1枚目はMicrosoft Image Composite Editorによる合成です。)
 ここまで来た事ですし、せっかくですので高野山へ輪行しても良いかもと、途中の駅から輪行しようと国道を行きますが、駅への分岐が判らないまま、細川への分岐(標高343m)まで来てしまいたした。この季節には少し下った処の八坂神社の大銀杏が見事なのですが、残念ながらこの時間では日陰になってしまっています、なお夜はライトアップされています。
 紀伊神谷駅への分岐(標高382m)までやってきましたが、駅までは更に100m近く上らなくてはなりません、どうせなら一駅先の極楽橋駅まで行った方が、更に舗装林道で高野町役場へ抜ける事も可能ですがさすがに陽が暮れてしまいます。
 1518 南海高野山の終点極楽橋駅(標高525m)に、高野山へはここからケーブルカーに乗り換える訳ですが、周辺には民家もなくこの駅で乗り降りする人は殆どいなくて、駅の出入口は狭くて券売機もありません去る7月に駅がリニューアルされたのを機会に途中下車が可能になったのですが、利用する処か知る人ぞ知る制度、そんな訳ですから駅の出入口は狭くて路地裏の様で券売機もありません。ただ不釣り合いな自動改札機の向こうのコンコースは乗り換え客と案内のアナウンスで賑やかです。
 急ぎ輪行支度を整えますが、何もない狭い路地での作業に少々手こずります、窓口で高野山まで1駅500円也の乗車券を買いますが、1546発にタッチの差で乗れずしまい、そしてこの後とんでもない事が… (つづく)
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‘デモン太’走行1,000キロ超えました。

 昨年暮れにY氏の処からうちにやってきた’デモン太’、10ヶ月足らずで走行距離が1,000キロを超えました。
 正式な年式は判らないのですが、1976年から生産されていたナショナル自転車のユニパック、ハイテンフレームのデモンダブル。Y氏の前はS氏と少なくとも私が4代目のオーナーになるのですが、Y氏とのお約束で「乗って貰える人へ」との事で、うん十年をして私の元へ来て一番こき使われているのかと。
 S氏の処からY氏の処へ嫁いだのが2016年12月(写真左)、Y氏の処からうちのへ来たのは2019年12月(写真右)、何れも奇しくも「石川ポタ」にて。 
 S氏の処からうちへ来た時はサドルもハンドルも付いてそのまま走れる状態(写真左)だったのですが、私なりに手を加えさせて貰い、ハンドルはブルホーンからノーマルなドロップへ、ギドネットブレーキをクイックの付いたセフティブレーキに交換等々。
 近所での試運転やポタリングを経て2月には「黎明期の国産ツーリング車観賞会」へ顔出しを兼ねて伊賀上野への自走を敢行したのですが、その硬さと重さに参って帰りは美旗駅(名張市)から輪行する事に、走行71.8キロ。
  その後も紀伊半島や信州と往復輪行で適当な距離やコースと云うシチュエーションで活躍していますが、1日の走行距離は72.3キロが最長です。サドルも変えてみたりしたのですがこやつで100キロ超はちょっと厳しいです。
 独特の輪行支度にも多少慣れてきましたし、ハブ軸の連結金具を交換したり、輪行時にはハンドルに付けられる様にしたサドルバッグとか輪行時の利便性を色々と工夫しています。
 先代も先々代オーナーも新しくデモンタをオーダーして、このデモンタを手放しています、デモンタは機構的に魅力的だし、独自の機構がそそる処もあるので、自分なりのデモンタが欲しくなるのでしょうね、まさにこやつはデモンタの伝道師。

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彼岸花「自撮り」ポタ

明日香村奥山にて

 例年より遅かった今年の彼岸花、この週末になって近隣の名所を訪れた自転車仲間からの満開の知らせに「自撮り」の準備を整え少し走ってきました。って通勤経路とさほど離れてないのですけどね。明日香村奥山、名前とはうらはらに明日香村の北端、天香久山の北側に田園風景が拡がります。大官廃寺跡なのですが、あまりアマチュアカメラマンもハイカーもやってきません、それに平日の夕方ですしね。
 今は稲刈りの準備で農家の人が忙しく行き来しています、昔から来ていて代わり映えがしないのですが、その辺りを入れて撮ってみました。ただカメラがG3になって半年も経つのに身に付いていないと云うか操作にまごつき、そしてLVF(ファインダー)とLCD(液晶モニター)の手動切替にイライラさせられます。

 ブログやSNS用のカバーやタイトルに使う横長フレームのものの撮っておきます、Facebookのデスクトップ用で2.7:1(851×315ピクセル)、スマホやTwitterもほぼこの前後のアスベクト比で間に合うのですが、うちのブログは5.25:1(1260×240ピクセル)ととんでもない比率なので意識して撮らないと絵になりません。
 またSNSではカバー画像の上にプロフィール画像が重なる事があるのでレイアウトも考えておかなくてはなりません。Facebookでは中央に、Twitteでは左下に入ってきます、画像はFacebookのスマホ用。

 そろそろ陽も傾いてきたのでお開きに。更新する程にはネタが揃っていないのですが、旬の画像ですのでAlbum「Selfy Photo」を更新しておきます。

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バッグのリクセン化 (その後)

 先日の後ろ側にお辞儀をしてしまったリクセン化バッグですが、角度を調整するプレートを作ってみました。材料は昨年の「サイドバッグのリニューアル」の時にも使用したMDF合板、ただ厚みが足らないので2枚重ねに。

 加えてバッグの内側にプレートを、(写真右)はバッグを取り付けていない状態でセットしたもの、角ナットを埋め込む事でバッグ内側に突起をなくし、挟み込む事でプレートとバッグの間に隙間ができる事を防ぎます。これならキャラダイスの大型サドルバッグのスマートな仕掛けもできるかも。
 さらに内側にクッション材を取り付けます。なおMDF合板は水に弱いので、しっかりと木部用プライマーで下塗りをして塗装を、手持ちがありましたので内側のプレートはグレー、外側はつやけし黒に。
 このバッグの形状ではまだお辞儀をしていますが、どうにか実用の範囲に。これでもサドル下が間延びしてますが、バッグの脱着とブレーキワイヤーやチドリとの干渉を考えると、これ位のポジションが妥当かと。ただ輪行時とは云えハンドルに着けた時の収まりが少々悪くなりました。
 企み通り必要充分な収納力。走行時には輪行袋に雨具、フレームバッグに入れたら嵩張るハチサンのチューブも左右のポケットにぴったり収まり、工具類はフレームバッグにまとめられます。1,850円のバッグに手間隙かけ過ぎかも知れませんがね。
 さて次のデモンタ輪行の旅は…



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バッグのリクセン化 (つづき)

 先日リクセン化した中華製のチープなフロントバッグですが、実はこの様な企みが… デモンタでは走行中は輪行袋はサドルにぶら提げる様にしていたのですが、あまりスマートではありませんし使い勝手も良くありません、その上サドルバッグ下のこの空間、折り畳んだ時にハンドルと干渉するのです。そこでリクセンカウルのシートポスト用アタッチメントを使い、走行時は輪行袋等を入れたサドルバッグとして使い、カメラや貴重品、細々としたものを入れている本来のフロントバッグは輪行時はショルダーとして使いますので、サドルバッグを空いたハンドル側に固定すれば全く邪魔になりませんし、至ってスピーディ。マルトの筒型輪行袋ですから輪行中に出し入れも可能、一石大鳥さんです。
 いわゆるフロントバッグ用のアタッチメントと互換性のあるキャディKR851、内蔵のナット側にスプリングが仕込まれてなかなかしっかり固定できます。なお同様の商品にエクステンダーCK810と云うのもありますが、こちらは私の使い方では寸法的に干渉してしまいます。ただ上下角の調整はできない為にシート角の分、私の用意したバッグでは後ろ側へ傾いてしまい、サドル下に空間ができて些か不細工な事になってます、その上せっかく縫い付けたテールランプ用のループも角度が。上下ははプレートの位置で調整もできますが角度は、また上げ過ぎるとハンドル側へ付けた場合の収まりが悪くなります。いずれにせよヤグラと千鳥の間にギリギリ収まっていると云う感じで、今少し工夫が必要です。

 ご覧の様にハンドルの内側に上手く収まってくれます。キャラダイスのジップサドルロール(D14×W30cm 2リッター)あたりならガード付きにも似合うけど、リクセン化するのは勿体無いかな。



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夏はやっぱり信州だよね(2日目)

長野県大町市 木崎湖畔にて

 長野での宿は楽天トラベルの「Gotoトラベルキャンペーン」で2,730円(税込)也の「長野プラザホテル」、名前は立派ですが駅前の小さなビジホ、メトロポリタンホテルの陰でちょっと判りにくいかな、この手のホテルは駐輪スペースがない事が多いので、輪行袋のまま部屋に持ち込んで、翌朝組みたてる事にしたのですが、裏側に結構適当なスペースがあったりして、まぁ移動疲れで暗い中の作業もネ。
 今日の予定は… って今日だけですが上水内郡の2つの道路元標を巡って信濃大町駅までの約40キロですが、少し欲がでて信州新町まで往復して水内村道路元標も回る事に、ただR19を平日6時40分から8時30分と一番車の多い時間帯を走る事に20キロ余り走らなくてはなりません、市街地の自転車レーンは有り難いのですが、犀川沿いの谷あいに入ると自転車には些か辛いコースです。小田切ダム右岸の犬戻トンネル(スノーシェッド?)は反対車線の歩道を走るのが正解(写真右)、対岸路を走る手もあるのかな。
 白馬長野有料道路が分岐すると交通量が幾分少なくなり、道の駅「信州新町」で一息入れ、9時前に信州新町に到着、しかし周りの風景は全然信州らしくないです。
 ところが肝心の水内村道路元標が見つかりません。国道901号さんや穴蔵さんのサイトを確認しますが、農協なのか役場支所なのか大きな建物が見当たりません、いずれも2007年の情報と云うのが。結局近所の人に尋ねて目印の建物は取り壊されて空き地になり風景は一変、民宿「やまびこ」は美容室「やまびこ」になっていました。(写真右は「穴蔵」さん処から無断引用させて貰いました。)
 と云う訳で思わぬ時間を食ってしまいましたが、道路元標は変わらぬ元に位置に。ところで長野県の道路元標は郡名が肩に彫られたものが多くあるのですが、こちらのは省令に従った一般的な様式です。
 次の目的地は長野市中条の榮村道路元標、R19を引き返して県道31号長野大町線に入ると約13キロ、山越えの県道475号信州新中条線なら約7キロ、山越えでも1キロ程戻る必要がありますが、選んだのは山越えルート。
 とっつきから激坂が、ところがデモン太のインナーがうまく入りません、ルート変更で下調べをしてなかったルート、土地勘のない信州でどこまで登らされるやら判りません、押し上げても登り1時間に満たない距離ですが、日陰の度に休憩を繰り返す有様。こんな道でも路線バスが通うのですね「峠」と云う名のバス停に気持ち癒されます。
 峠バス停がピークではなかったのですが、暫く稜線沿いを走って標高665mで山越えし下りへ、北側に見えるのは戸隠なのかな飯綱なのかな、ようやく信州らしい風景に。
 榮村と南小川村道路元標をこなし県道31号を西へ、小川村までの県道31号は未踏区間だったのですが、白馬側は1998年11月に乾さん他と走り、大洞(だいどう)峠を越えて鬼無里へ越えています、ただ記録がないのでデポ地の今はなきヤナバスキー場駅(2019年廃止)をスタートし、何処をどう走ったのか判らない、ダート林道を山越えしていてUG君が転倒して眼鏡を壊したのと、そんなこんなOHCHOさんがデポ地に引き返した様な。とにかく小川村で過去の轍と繋がった訳です。(写真は1998年11月22日、まだ11月だと云うのに気の早い積雪に面食らいます。)
 1224に大町市域に入り1248には道の駅「ぽかぽかランド美麻」へ。ここから信濃大町駅まで最短で14.7キロ、1438の松本行きに乗車すれば、名古屋から近鉄利用になりますが、今日中に帰宅する事ができますが、まだ標高で300mは登らなくてはなりません、輪行支度を考えてここで諦めて名古屋で宿を取る事に、結果的に早い決断が正解になるのですが…
 大町市域に入ってから雲が多くなり標高も高くなって気温が下がり走り易くなったのですが、インナーが使えないのはかなり厳しいです、県道324号青具簗場停車場線で青木湖へ下る手もありますがR148を幾らか走る必要があります、結局は県道31号を標高900m近くまで登り県道393号小島信濃木崎停車場線で木崎湖畔に下る事に、湖畔を信濃木崎駅まで走ればコンビニもあります。
 1444には稲尾駅に到着、真横を国道が走っているのですが、駅にはトイレもなく見える範囲に自販機もありません、ただ木崎湖を望むロケーションは最高。1704までたっぷり時間もあるので「自撮り」にトライする事に、幸い今回はゴリラポッドを持ってきていますし、コンデジですがインターバル撮影が可能なTZ85です。

 やはりコンデジでは限界が、しかしコンパクトになったとは云えG3を積んで来るのも大変だし、それよりもコロナ太りのモデルに問題が…

 せっかくですので鉄な写真を撮ったり、湖畔をポタったりと2時間余りを有効に使い、せっかくの信州も道路元標だけではつまらないなと思っていた処、木崎湖畔に下ったのは正解だった様です、ただ信州だからって涼しいとは云えなかったのわ…
 ところが稲尾1704→1713信濃大町1719→1812松本1825→2050中津川2100→2222名古屋(4,070円分乗車)と順調に行く予定だったのですが、愛知県下での大雨で中央本線が停まっているとの情報が、名古屋泊どころかこの先どうなるか判らない状況、松本駅での乗り換えの間に食料を調達しておきます。塩尻までは順調に進んだものの、特急「しなの」も運休してしまってるとか、そしてついに上松で動かなくなってしまいました。最後まで停まっていた中津川~多治見間も19時半で運転を再開した様ですが、先がつかえて動けない状態になっている様です。
 結果的に中津川での乗り継ぎもできて、10数分遅れで無事に名古屋駅のたどり着く事はできたのですが、本日の走行58.1キロ。

今回の収穫
【1093】 2020/8/20 岐阜県 恵那郡 苗木町(現 中津川市)
【1094】 2020/8/21 長野県 上水内郡 水内村(現 長野市)
【1095】 2020/8/21 長野県 上水内郡 榮村(現 長野市)
【1096】 2020/8/21 長野県 上水内郡 南小川村(現 小川村)

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夏はやっぱり信州だよね(1日目)

 先週と同じく畝傍駅0932発でスタート、奈良、加茂、亀山、名古屋経由で信州へ向かいますが、18きっぷ故に中津川での接続が非常に悪く、なんと1時間53分待ちなのです。最寄りに岐阜県郡の苗木町道路元標が未修で残っていて、中津川駅からの距離は5.5キロ程、普通なら走っている時間より輪行支度の方が時間がかかる位なのですが、その苗木町と云うのは木曽川を挟んだ対岸なのです。土地勘のある方ならお判りでしょうが、この辺りは木曽川を挟んで河岸段丘が発達した地形、中津川駅から玉蔵橋を渡り城山大橋で戻ってくる周回コースをRide with GPSで描いたらなんと距離10.8キロに獲得標高282m(この値はRide with GPSの特性で過大になっているかとは思いますが)、このクソ暑い最中に熱中症になりかねないので、今日は移動日と一旦諦めたのですが、長野着が遅くなるものの、1本遅らせて3時間なら十分回れる計算に。
 畝傍0932→1008奈良1016→1033加茂1041→1205亀山1224→1336名古屋1346→と順調に乗り継いで行きます、この時間帯になると関西本線加茂~亀山間は1両での運行なんですね(写真左)、名古屋までは接続が順調過ぎてきしめんを頂く時間が。
 1507 中津川到着、先週でしたか日本の最高気温のタイ記録41.1℃が出ていましたが、お隣の多治見市は2007年8月に当時の最高気温記録40.9℃がでて、マスコットキャラクター「うながっぱ」が登場した土地、中津川も似たり寄ったりの気候。まだまだ暑い時間帯ですが、3時間の余裕で輪行支度を解き、ヒップバッグとか余計な荷物をコインロッカーに、久しぶりにコインロッカーのお世話になりましたが、今は一番小さいものでも300円とるんですね、さて出発。
 駅から木曽川に向かって坂を下ると玉蔵橋、案の定対岸には登り坂が待ち構えています。その玉蔵橋から下流側に望む事ができるのが…
 
 1975年に廃止された北恵那鉄道の木曽川橋梁、前後にガーター橋を従えたダブルワーレントラス橋、なんたら遺産になっている訳でもなく、50何年放置されています。

 玉蔵橋から標高で100mばかり登らされた後にアップダウンがあって苗木の街へ。岐阜県で現存が確認されている道路元標は4基、土岐郡駄知町、可児郡池田町、恵那郡坂下町とここ苗木町のみ。道路元標の根拠法である旧道路法の施行時には360程あった岐阜県の市町村、実際に設置されたのか、根拠のなくなった1952年以後に引っこ抜かれたのか判りませんが、もう少し見つからないかなぁ。
 北恵那鉄道苗木駅跡、特に何かがある訳でもなく、住宅街の中のただの空き地です。
 帰りはR257の城山大橋で木曽川を渡りますが、木曽川を見下ろす様に建っていただろう苗木城跡を望む事ができます、まるでライン川を見下ろすドイツの古城みたい、行った事ないけど。
 結局は2時間少々で中津川駅に戻ってきた訳ですが、走行距離は12キロ、GPSログでの獲得標高は190m前後でした。本日の走行、畝傍駅まで移動を含めて15.3キロ。余裕で今日2度目の輪行支度を済ませ、駅構内の立ち食い蕎麦を食って長野へ移動です。中津川1802→2030松本2105→長野2215、6,930円分乗車。

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久しぶりにデモン太出動


 夏の青春18きっぷのシーズンも始まった事ですので、久しぶりにデモン太を調整がてら出動させます。春は「有田~日高」「尾鷲~熊野市」へ行きましたが、ただ今の処は来月中旬まで身動き取れそうにないのです。


 フレームバッグを新調してみました。いつも工具類やスペアチューブの類はサドルバッグに入れているのですが、デモンタの場合は概ね畳んだ場合にサドルバッグが邪魔になるのです、代わりに走行中は輪行袋をぶら提げます。最初に用意したフレームバッグでも間に合っていたのですが、あまりにチープな作りだったのでZefalのものをチョイス。

 作りはしっかりしていますが、やはりノーマルなフレームにはベルトが長すぎます、それとマチが付いている分無理に押し込むと横に膨らむ点が少し残念。

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熊野ツーリング 尾鷲市~熊野市

熊野市甫母(ほぼ)町にて

 予定通り桜井0543発の奈良行きに乗車、奈良、加茂、亀山と乗換、6時間半の行程、松阪まで近鉄で行けば2時間10分短縮できますが、紀勢本線の列車が限られていて尾鷲に着ける時間は変わりません。
 多気駅で4回目の乗換、新宮行に乗車します(写真)。ところで今回もデモンタでの往復輪行なのですが、尾鷲までの車中でとんでもない事に気が付きます、なんとデモンタを組み立てるのに必須のアーレンキーを忘れてきたのです、前回の和歌山の帰りに横着してフレームバッグではなく輪行袋を入れる袋に入れてしまい、今回そのバッグを忘れてきたのです、スペアチューブはフレームバッグに2本入っているものの他の工具とともタイヤレバーもそちらの中です。尾鷲は結構大きな街なのでホームセンターや大型スーパーもあります、ググってみると尾鷲駅から450m程で百均のダイソーがあり、最悪1キロ歩けばホームセンターのコメリもあります。予定の九鬼や三木里まで行ってしまうと食料すら覚束無い処、車中で気が付いただけでも不幸中の幸いかと。
 1158 尾鷲駅で下車、ハンドルもひねっていますので6mmと5mmのアーレンキーが無ければ自転車の形になりませんので、駅前で組み立てどころか担いで行くしかありません、一応転がす事もできるのですがね。幸いダイソーで必要なものは揃いましたので、店の横の駐車場で組み立てて出発の準備完了です。
 尾鷲市街R42を西へ、現在は三重県ですがツヅラト峠より南は廃藩置県までは紀伊国でしたのでこの地域を東紀州と呼ぶのですが、紀北と云う呼び方もあって、紀北信用金庫とかあります。ところが和歌山県の紀の川流域も紀北と呼ぶので紛らわしい事に。
 最初スタートを予定していた九鬼までは現在のR311の八鬼山トンネルまで登るか、旧R311の県道778号中井浦九鬼線を経由しなくてはなりません。前者は延長2364mのトンネル、後者はかなり遠回りな上標高350mまで登らなくてはなりません。八鬼山トンネルの入り口までは別ルートもあるのですが、通れる保証がなく今回はこれ以上時間をロスしたくないので素直にR311を辿る事にしました。
 標高180m程、R42と別れてからは交通量も少なくなり、思ったより楽に辿り着く事ができました。なおトンネルの情報は私と同じく道路元標フリークの穴蔵(あなぞう)さんがデータベース化していて、路線名と名前が判るならほぼ全国のトンネルの坑口の写真を見る事ができます。GoogleStreetViewと云う手もありますがね。
 2400mの半分位でしょうか、ただトンネル内も九鬼側に向かってずっと登りです。ご覧の通り歩道は自転車で通れる様な幅ではありません、と云って通過するまでに追い越して云った車は数台、時間帯にもよるでしょうが。
 少し下った処で熊野灘を遠望する事が、写真右は県道778号からの合流点。
 九鬼に下ったのが1330、予定では九鬼駅到着が1212ですから少なくとも1時間のロスです、熊野市駅から桜井への最終が1827ですから、後5時間で約45キロ、輪行支度と買い物を含めてもまんざら無理な時間でもないのですが。
 三木浦漁港とリアス式海岸の深い入り江の風景に思わず足が止まります。
 賀田を過ぎて曽根トンネル(1,106m)と梶賀トンネル(1,370m)を抜けます、R311で最後に繋がった区間で、熊野古道の曽根次郎坂太郎坂にあたります。30数年前には車道はなくR42の矢の川(やのこ)越まで迂回しなければならないので、賀田駅から二木島駅へ1駅だけキャンプ装備を引きずって輪行した苦い想い出が。1511に尾鷲市と熊野市の境界を越えます。
 須野あたりでは植生に阻まれますが、神須ノ鼻の険しい海岸風景を時折望む事ができます(写真左)、1528には周辺では最も知られた観光スポットになる楯ヶ崎に到着(写真右)。
  今日一番の目的だった熊野市甫母に到着、R311に残る狭隘区間は相変わらずです、恐らくこの区間での拡幅はせずに、背後をトンネルで抜けるか湾に橋を架けて甫母を集落を迂回するかと。「自撮り」の準備をしてきているのですが、誤算はこの時間になると港を挟んだ漁村の家並みが陰になってしまっています。2004年は尾鷲泊で早朝に走り出していましたから。
 三脚とタイマー、せっかく準備してきていますので周辺の何ヵ所で「自撮り」にトライします。
 今回はヒップバッグにどうにか入るSLIKの三脚を持ってきましたが、風が強いと些か心許ないです。
 二木島湾を巡り、楯ヶ崎を反対側から望む処まできました。夕刻が迫ってきますが、とにかく二木島駅までは走らなくてはいけません。
 二木島駅への分岐を見落として二木島トンネルへの登りに入ってしまったのですが、まだ時間に余裕があるので、次の新鹿駅まで進む事に、2014年に供用された遊木(ゆき)トンネル(717m)を抜け、海水浴場のある新鹿の砂浜の見える処までやってきました。なおこの区間の紀勢本線の駅はいずれもR311から離れていたり、駅への道が判り難いので輪行する場合は注意が必要です。
 1725 新鹿駅に到着、まだ1時間の余裕がありますが、陽が落ちると途端に肌寒くなってきてこれから一山越えて次の駅まで行く気も、それに次の波田須駅は確か自販機もなかった停留場の様な駅なんです。新鹿駅で温かい缶コーヒーでも飲みながらのんびりと輪行支度を整える事にします。
 1838発多気行きに乗車、「18きっぷ」だけでは伊賀上野までしか帰れませんので、1,160円払って松阪から近鉄で桜井に帰ります、所要時間は4時間29分。しかし12日の「WAKAYAMA800 有田から日高へ」に続いてのとんだ忘れ物に些か慌てました、16年ぶりと云っても南紀の帰りに車窓から見ていたのですが次走るのは何時でしょうかね。本日の走行48.3キロ、往復の輪行に11時間、滞在時間6時間半、実際走っていた時間は約3時間とは。

 不便な処ですが車も少なく風光明媚な土地、サイクリングには最高のフィールドですが、尾鷲市街を出ると熊野市街まで55キロ程の行程、古道歩きの人を見かける様になったとは云え、コンビニの類は皆無、商店も見かけますがあまり当てにはできません、食堂も海水浴シーズンを除けば期待できないかと、行かれる際は準備を怠りなく、って人の事は云えませんね。


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デモンタ輪行 熊野へ行ってきます。

尾鷲市梶賀町~熊野市甫母町にて(2004年5月12日)

 紀伊半島の道はほぼ走り尽くしていると云っても、長い間走っていない道が幾つもあります。例えば海岸沿いに紀伊半島を巡るR42では三重県の尾鷲市~熊野市間や和歌山県の旧日置川町(現白浜町)~上富田町間はもう10年以上走っていません。尾鷲市と熊野市の間は熊野古道の時代からの難所で、R42は内陸側のいわゆる矢の川(やのこ)越えを、R311が海岸沿いを繋いでいるのですが、全通したのは平成になっての2000年(平成12年)、紀勢本線ですら繋がったのは1959年(昭和34年)7月でした、小学校2年から阪和線沿線で育った私は天王寺駅のコンコースに紀勢本線全通10周年の横断幕が掲げてあったのを子供心に記憶しています。
 最近では紀勢本線の大曽根浦駅(尾鷲市)以東は2015年1月に、大泊駅(熊野市)以西は2015年2月に走っていますが、この間の部分は2004年4月まで遡る事になります。なお2009年5月に旧道の矢の川峠を越えた事があります。(写真 : R311の狭隘区間 熊野市甫母町にて)
 前置きが長くなりましたが、今回はそのR311の尾鷲市と熊野市を跨ぐ区間を走る事にします、ただ奈良からでもアクセスの悪い地域で「18きっぷ」では始発に乗っても尾鷲に着くのはお昼前になります。仮に松阪まで近鉄を利用しても変わらず、紀勢本線の特急「ワイドビュー南紀」を利用しても尾鷲1045着が精一杯です。残念ながら日帰りでは走れる距離は限られてしまいます、特急料金まで出すなら1泊2日で行きたいですよね。
 帰りは「18きっぷ」だけで帰ろうとすると熊野市1605発になってしまいますので、松阪から近鉄を利用する事にします。
【往路】桜井0543→0616奈良0638→0653加茂0655→0816亀山0823→0935多気0943→1212九鬼 4,070円分乗車
【復路】熊野市1827→2054多気2104→2114松阪2142→2151伊勢中川2156→2238名張2240→2307桜井 2,310円分乗車+近鉄1,160円

 あと尾鷲から走り出すと標高差300m以上の旧R311県道778号中井浦九鬼線または八鬼山トンネル(2,364m/歩道なし)を経由しなくてはならないので今回は九鬼駅か三木里駅から走り出す事にします。九鬼スタートで45キロと云う処でしょうか。


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