「道路元標」タグアーカイブ

今シーズン最後の「18きっぷ」輪行旅

石川県道161号大杉長谷線 小松市赤瀬町

 今シーズンの「18きっぷ」も残り1回分、4,5,6日と連休を取っていて往路自走、復路輪行で南紀へキャンプツーリングも考えていたのですが、天気も今一つはっきりしない上に、疲れと雑事が溜まっていてモチベーションがあがりません、結局は日帰りで北陸へ昨年取りこぼした道路元標を拾いに行く事に。
 桜井始発を待っていては現地へはお午になってしまいますので、未明に奈良駅まで20キロ余りを自走、奈良0522発京都行きに乗車します。輪行袋はオーストリッチのL-100、昨年10月復路輪行予定の紀伊半島ツーリングで輪行袋を忘れると云う失態で田辺で急遽調達したものですが、中仕切りなし巾着タイプのシンプルでコンパクトな輪行袋、なかなか重宝していて、ファスナーの縫い付け部分が次々と解れてくるE-10(emu)の出番はもうありませんね、なお肩掛けベルトは重量級のasuka号を担ぐために別途50mm幅のものを用意しています。
 京都、近江今津、福井と乗り継ぎますが、近江今津までは117系、福井までは512系2両編成、このスジは敦賀駅を跨いで運行されている唯一の普通列車なんです、18きっぷのシーズンとあってか満員、福井からは512系4両編成の金沢行きに、粟津駅1104着。

 駅をでるなり、熱気と強い陽射しに面食らいます、涼しい未明に走って冷房の効いた車中にずっといたものですからね、駅舎の裏に日陰をみつけて輪行支度を解きますが、それでも汗だくに。

 暑さに些かめげながら石川県道161号大杉長谷線と石川県道43号丸山加賀線を継いで牛ヶ首峠(420m)を目指します、大杉谷川に沿ったこのルートを走るのは2009年6月、昨年(2018月8月)に続いて3度目、交通量が少なく緑の中を緩やかな勾配が続く走っていて気持ちの良い道です、粟津駅を出た時の暑さも木陰の多い渓流沿いとなれば心持ち涼やかに。昨年雨宿りした四阿で暫し休憩、ミンミンゼミとツクツクボウシの鳴き声が夏の終わりを感じさせてくれます。

 赤瀬ダム湖畔を行きます、梯(かけはし)川の上流大杉谷川に作られた防災ダム、自由の広場とかゲリキャンできそうなポイントがあるなぁと思っていたら無料のキャンプ適地とされている様です。
 建家もまばらとなり、ゲートのある処から牛ヶ首峠への本格的な登りとなります。
 大杉谷川の狭い谷を詰めるだけ詰めて右岸の斜面に取りついてつづら折れで峠へ、石川県には歴史的に有名な富山県境の倶利伽羅峠はあるものの大した峠はないのですが、牛ヶ首峠へのこの道筋はサイクリストにとって魅力的なコースかと。
 展望が開けてくると峠まであと僅か。
 牛ヶ首峠到着、切通を抜けると稜線近くを走るR416との三叉路になっていて些か峠らしくないのですが。R416は県道小松勝山福井線が1982年に昇格したもので、県境の大日峠部分が未開通の分断国道でしたが昨年9月に開通しています。最初福井県側へ越えて帰途に就く事も考えたのですが、お隣のR157谷峠の様にトンネルで抜けているのではなくて峠まで更に500m程登らされるので今回は諦めました。
 新丸村道路元標、昨年に続いて再訪する事になったのは、雨の中ちゃんと撮影できていない事を確認せず、不覚にもスマホでも押さえてなかったのです。元標は何の目印もない道端に半ば放置された様に建っています。新丸村は小松市新丸町となっていますが、現在は冬季無住地区となっているそうです。
 元標から大日川の渓流に沿って少し下ると三叉路に、右へ下ると大日川ダムを経て白山市へ、直進すると五百峠(540m)へ緩やかに登り返します。

 

 どこが峠なのか良く判らない五百峠を越えると尾小屋までダウンヒル、時折加賀平野を望む事ができます。
 今回、元標とともに立ち寄りたかったのは1977年に廃止された尾小屋鉄道の保存施設「小松市立ポッポ汽車展示館」。R416から少し脇道を登り返さなくてはなりませんか、762mm軌間の軽便鉄道の小さなSLと客車が保存されています。
 尾小屋を後にして白江村道路元標を回って本日のミッションは終了、小松駅から帰途に就く事にします。
 小松1722発の敦賀行きに乗車、車窓には2022年度開業の北陸新幹線敦賀延伸工事を至るところで見る事ができます、3年先とは云え「18きっぷ」フリークには在来線の3セク化で「18きっぷ」が使えなくなる事が気がかりです。敦賀、京都、奈良と乗り継ぎ、奈良では桜井線の最終まで50分待ち、さすがにお腹もすいてきているので輪行袋を担いで改札をでて駅近くの「松の家」まで、asuka号なら乗り換えるのが精一杯ですが、軽いロードなら楽なもんです。桜井2323着、乗車時間11時間44分(乗換時間含む)、現地滞在時間6時間17分、実走行時間4時間35分、走行距離74.1キロ(桜井→奈良20.1キロ含む)、「18きっぷ」にて8,430円分乗車。

【1089】 石川県 能美郡 新丸村(現 小松市)
【1090】 石川県 能美郡 白江村(現 小松市)

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信州キャンプツーリング(4日目)

青木湖畔を往く 旧R148

 日付が変わった頃から本降りになった雨は明るくなってきても降り続いています、猫の額ばかりの前室部分を覗いてみると、かなり水が貯まってきています。幸いにもネイチャーハイクのテントは浸水する事なく耐えています、雨模様のキャンプツーリングに重くて嵩張るけど前室の広いMOSSを持っていた方が良かったかなとも思いましたが、加水分解をおこした20年前のテントだったらこの状況ではどうなっていた事やら、しかしもう少し慎重に設営場所を吟味しておくべきだったかと。ともあれお天気は快方に向かうとの予報で、雨はもう暫くで治まる様な、ただ予定では2つの道路元標を回り、サイドバッグ4つ分の荷物をまとめて白馬のクロネコヤマトから発送、南小谷駅1202発で帰途に就くには時間が足らなくなってきた、最悪は引き返して大町のクロネコから発送するしか…
 幸い予報通りに雨もあがら晴れ間すら見えてきた、岸辺のテーブルまで移動して撤収作業を始める、他にテン泊している人もいなかったので、最初からここを占領しておいても良かったかな。処で帰りの段取り、南小谷を1422に出る特急「あずさ26号」に1,420円払って大町まで乗車、信濃大町1525発に乗れば名古屋、京都、大阪鶴橋から近鉄利用になるが概ね「18きっぷ」で桜井まで帰る事ができる事が判った、ちょっと贅沢だが、ここまで来て南小谷村道路元標を取りこぼすのは…

 テントを乾かすまではむりだったが撤収完了、木崎湖キャンプ場を後にする事に、買い物に不自由しないし近くに入浴できる処もあるらしい、何とも絵になるロケーションが魅力です。0925 キャンプ場を後にし東側の湖畔をたどってR148へ、大型車それもローリーとかトレーラーとかが多いのには参ります、2007年に日本一周達成を目前にして80歳の原野亀三郎さんが事故死したトンネルもこのR148なんですね。
 ただ今では幾つかのバイパスもできて静かな旧道区間が残っています、特に青木湖々畔は格別です。今回は昔使った地形図も持ってきたのですが、紙の地図も良いものです。
 青木湖を過ぎると姫川上流域に入り下り基調に、写真は白馬の道の駅の向かいJA敷地に保存されている神城村道路元標

 

 みそら野方面への分岐を過ぎてしまい少々登り返す事になりましたが、ヤマト運輸白馬宅急便センターへ、140サイズのボックスを買って荷造りを、ただ何故だか重量が25kgを超えてしまい宅急便の制限を超えるので2つに分ける事に。行きは行けたのに何故? 荷物が水を含んで重たくなったとか。
 さて20数キロ身軽になって… 逆にハンドルが軽くなって面食らったふらついた次第。
 南小谷村道路元標は駅からさらに下って郷土館の前にあります、郷土館も開館中で覗いて行きたいのですが、そこまでの時間の余裕はありません、予定になくても寄りたい処に寄って、食べたいものを食べる、いつになったらできるのでしょうね、時間にとらわれないそんな旅は、今回も駆け足のツーリングだったなと反省しきり。
 13時には大糸線南小谷駅に到着。これより北はJR西日本の非電化区間でどうやらも昨夜の雨で運休しているとか。通過する事はありました、駅前は2002年9月に行われた峠おやじナワールドさんの「1000峠達成乙見山峠オフ」以来17年ぶりです。
 信濃大町まで40キロを42分の優等列車の旅、信濃木崎駅を通過するまで徐行運転並みの速度、関西人が新宿行きの「あずさ」に乗る機会なんて、そうはありませんもね。信濃大町で松本行き普通電車に、その後は塩尻、中津川、名古屋… と乗り継ぎ、2336無事に桜井へ帰り着く事ができました。本日の走行34.8キロ、移動がらみの1日目と4日目は降られなかったものの、雨の「信州キャンプツーリング」4日間での走行距離は219.5キロ。4日間の支出は交通費 8,390円、宿泊費 3,460円、食品/飲食費 8,629円、運送料 4825円、入浴/コインランドリー 1,580円 その他 2,928円 計29,812円

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【1087】 長野県 北安曇郡 神城村(現 白馬村) 
【1088】 長野県 北安曇郡 南小谷村(現 小谷村)

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信州キャンプツーリング(3日目)

「あずみ野やまびこ自転車道」

 さて当初の予定では昨日の内に安曇野市の「かじかの里キャンプ場」まで足を進め、今日早いうちに木崎湖キャンプ場まで移動、設営後身軽になって2008年に走った小熊黒沢林道に11年ぶりに行ってみようかと考えていたのですが、この天気では展望も期待できないだろうし。予報では今日も一日降ったり止んだり、秋雨前線に沿って次々と西から雨雲が流れ込んで来る按配。松本市街にいる事ですし、早朝からコインランドリーとスーパー銭湯へ行って、その後「あずみ野やまびこ自転車道」を経由して木崎湖まで北上する事にしました。
 ネットカフェのナイトパックの料金設定もあるので5時にはチェックアウト、シニア割引のお陰で1,160円と安上がりに、年寄りには冷房の効きすぎが堪えるのですが、寝袋を持ち込んで大正解、思ったより快適に休む事ができました、松本駅前の「すき屋」で朝飯を食って、北松本駅近くのコインランドリーに移動、この頃から本降りの雨が、開店時刻の6時になっても自動扉が開かない、電話をしても留守電には閉口しましたが、15分後には開錠、2日間の汚れ物を片付ける事ができました。スーパー銭湯の「湯の華銭湯 瑞祥 松本館」までは10分とかからないので、雨雲レーダーを睨みながら開店までに移動します。入泉料680円で必要充分な施設、土日祝日は朝6時から営業している様です。
 1045には「瑞祥」を後にし「あずみ野やまびこ自転車道」へ向かいます、幸い雨は暫く収まってくれそうです、自転車道へのアプローチが少々判り難いのですがR19を奈良井川に架かる新橋まで北上し左岸へ渡り堤防上を再び北上してR147を跨いだ辺りが自転車道の入り口(終点)になります。
 自転車道は概ね拾ヶ堰(じっかせき)と呼ばれる疎水沿いを穂高川沿いまでの約15キロが整備されていて、県道441号穂高松本塩尻自転車道線の一部となっていますが、奈良井宿から松本までの区間は殆ど未整備の様です。アルプスを背景に安曇野の田園風景の中を行きます、交通量の多い道路との交差部分はアンダーパスが整備されていますが、千曲川沿いの自転車道同様、どうも長野県の自転車道は舗装の継ぎ目が酷くて、ロード向きとは云えない様です。
 生憎の天気で雨雲に覆われたアルプスですが、春に走ると素晴らしい風景でしょうね、自転車道は大糸線をくぐってR147の穂高橋で終わり(起点)となりますが、ここで雨が降り出しきて、有明駅近くのコンビニまで急ぐ事になります。
 コンビニの店頭で40分程雨宿り、社村道路元標に立ち寄るために高瀬川左岸の県道51号大町明科線を北上します、多少アップダウンはありますが、大町までR147を走るよりも快適かも知れません。そのまま北上すると北大町を過ぎた辺りでR148に入る事ができます。
 途中で2度の雨宿りとコンビニでの買い物がありましたが16時には木崎湖キャンプ場に無事到着です、ここまで走行50.4キロ。 設営後、対岸のYショップニシまで園原さんの自転車柄手拭いを取り置きして貰っているのを引き取りに向かいます、ついでに木崎湖を反時計回りに一周、10キロ弱でしょうかね、東岸はR148でなく湖岸を走ればほぼ平坦ですが、西岸は多少の登りがあります。
 こちらへ来れば色を見て選べるかなと思っていたのですが、これが最後の1枚になってしまっていました、「かじかの里」で再会できずに木曽へ戻ったあびさんは園原さんご本人から直接頒けて頂けた様で、残念、ともあれ今回のミッションの1つは完了、本日の走行61.3キロ。 

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【1086】 長野県 北安曇郡 社村(現 大町市)

信州キャンプツーリング(2日目)

岐阜長野県境 野麦街道 野麦峠(1,672m)にて

 今日の予定は再びR361に戻り、岐阜県との県境長峰峠(1,503m)を越えて高根乗鞍湖畔まで下り、高嶺大橋から県道39号奈川野麦高根線いわゆる野麦街道で野麦峠を越えて再び長野県へ戻り、奈川ダムから安曇野市の「かじかの里キャンプ場」を目指すつもりなのですが、長峰峠、寺坂峠(1400m)、野麦峠を含む約98kmの道のり、4サイドだけにかなり無理がある上にこのお天気ですからね。高嶺大橋までは2002年7月に走っていますが、野麦峠へは1999年10月以来、乾さん、ナワールドさん、GAMIさん、せいのさんと5人で走って以来の20年ぶり、この時のレポートがナワさんのHPの「野麦峠の館ツァー」とGAMIさんのHPの「野麦峠・月夜沢峠越え」として残っています。レポートをたどって行くと九蔵峠でお逢いした若かりしnana魔女のお姿が…
  降られる事もなく朝を迎える事ができました、静かでなかなか良いキャンプ場ですが、自転車で来るのはちょっと辛いかな。あびさんも車で今夜の「かじかの里…」へ向かうとの事ですが、再会はちょっと無理かと。とにかく明るい内に野麦峠を越えられたらどうにかなるやろうと、8時前には開田高原キャンプ場を後にします。(写真右 : あびさん)
 普通なら昨夜登って来た道を標高で170m程下るのですが、少し登って川の北側に出た方が登り返しが少なくなりそうなので、そちらへ進みますが、間違えて入った道がなんとダートに、300m程下ってキャンプ場へ戻る別の道だと気がついて引き返す事に、今日1回目のロス。
 その後は順調に下ってR361の手前まで、野菜畑の中を右下にR361を見下ろしながら長峰峠へ向かいます。
 R361に合流する手前辺りからパラパラと降り出します、慌ててサイドバッグ、フロントバッグにカバーをかけポンチョを被って走りますが、雨の中追い越してて行く女性ランナーが… 雨は暫くで止んで峠に着くまでに晴れ間が、雨に濡れて登りで汗をかいて、これなら木陰で雨宿りをしていた方が良かったかな。0945 長峰峠到着、岐阜県高山市になります。峠の茶屋は既に営業はしておらず、もちろん客寄せ馬もおらず廃屋寸前。
 少し下ると日和田高原、リゾートぽい雰囲気、この先野麦峠までを考えるとどこかで飲料を補給しておきたい処です、幸い飛騨おんたけ山荘に自販機を発見、一安心。ところで日和田高原は陸上競技場があったりとランナーの合宿地になっているらしく、車へ安全走行を促す看板があちこちに立っています、長嶺峠で抜かされた女性ランナーもそうだったのかな。その割に工事のダンプが多い事。
 長峰峠から高嶺大橋まで400mのダウンヒル、野麦峠まで登らなければならないのに勿体無い話です。2002年はここで野麦峠へ向かうUG兄さんやまえださんと別れ、高山、白川郷経由で金沢へ向かいました。
 県道39号へ入り暫くで旧道への分岐(1,185.5m)が、1990年代まで野麦峠への車道はゲートに閉ざされた飛騨川に沿ったこの林道でしたが、崩落か何かで通れなくなり、現在の阿多野郷から寺坂峠を越えるルートが県道となりました、手持ちの昭和62年(1987年)修正の五万図では寺坂峠ルートは半分しか開通していません。お陰で標高差100m足らずの区間を300m登らされて200m下らされる事になってしまいました。
 寺坂峠そのものより阿多野郷の集落の中を真っ直ぐ登って行く区間が辛い様な、村外れの分岐から峠らしい道に、ただ「熊の目撃情報」の看板が。
  寺坂峠の手前まで来て、道路前方に動くものが「熊?」、コンデジで撮影して拡大してみるとデカい猿です、Facebookで教えて貰った話ではここで猿の軍団に囲まれたとか、集団だと怖いですね。
 1215 寺坂峠到着、気温は19℃を示しています、猿かと安心してられませんので、熊鈴に加えてスピーカーで音楽を流しながら走る事に。

 

 再び野麦峠へ登り返しが始まります、工事の作業所みたいな処に自販機、100円のペット飲料とかもあって結構リーズナブルなんです、ところが先に休憩した場所にヒップバッグを忘れた事に気が付きます。距離で700m程、標高差40m程を引き返す事に、今日2度目のロスタイム。
 13時過ぎに野麦集落に到着、今は営業している処も自販機も人影も見えません。軒先のベンチを借りて、持参の菓子パンと先ほど買った飲料でお昼にします。
 1,345m、旧野麦街道への分岐へ、山道だと峠まで4.2キロとありますが、県道だとまで8キロ以上走らなくてはなりません。長峰峠からここまで降られずにやってきたのですが、西から雨雲が接近してきている様です。
 案の定、本降りになってきました。幅員も狭くなるし、時々車もやってくるし、濡れた路面を4サイドで蛇行しながら登るのもそろそろ限界です、時々木陰で雨宿りしながら開き直って押して行く事にします。
 1544 ようやく野麦峠に到着、残念ながら20年ぶりの野麦峠は雨でした。この先下り基調とは云え安曇野まではとてもたどり着けませんので、SNSに書き込みますが、どうやら下界も降ったり止んだりの状況らしいです。もちろん乗鞍岳は見えませんし「お助け小屋」も「峠博物館」を覗く余裕もなく、四阿で体制を整えて1609出発、齢65、再び自転車で訪れる事は叶わないかと。

 標高が下がってきた処で雨も収まり、1653 寄合渡で県道26号奈川木祖線と合流、奈川村道路元標の残る黒川渡まで来たものの、元標をなかなか見つけられず、余計な坂を登ったりして30分近いロスタイム、湖畔に出てからのアップダウンで奈川渡ダムに出る頃にはすっかり暗くなってしまいました。その上車が多く、トンネルの連続、雨と最悪の条件のR158を松本市役所安曇支所のある島々に下りてきたのが19時前。新島々駅前のゲストハウスも取れず、市街地近くまで降りてきてこの雨でゲリキャンもままならないので、松本インター近くのネットカフェに向かう事に。
 松本インター近く「自遊空間」、街中のネットカフェだと自転車を置く場所に困るのですが、少し郊外のここなら充分なスペースがあります、建物の影にしっかり鍵をかけておけば安心できそうです。R158を無事に走り抜けたのも派手なバッグカバーと3つのテールランプのお陰かと、しかし雨の中1,000m以上も下ってきたお陰でブレーキシューもかなりチビってしまいました、梅雨明けにシューをM50TからR50T2に交換していたのですが、やはりウェットな条件では持たない様です。本日の走行92.0キロ。

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【1085】 長野県 西筑摩郡 奈川村(現 松本市)

信州キャンプツーリング(1日目)

飛騨街道 地蔵峠(1,355m)にて

 遠征ツーリングは「18きっぷ」の使える季節にしているのですが、昨年夏は7月に能登半島へ4泊で向かったものの、連日の猛暑の下、日中キャンピングで走るのは自殺行為に近いものが、今年は標高が高くて少しでも涼しい処へと信州へ向かう事にしたのです。コースは木曽福島から未収の道路元標をなぞって大糸線の南小谷まで、開田高原から長峰峠、野麦峠と一旦は岐阜県に入るものの、松本から白馬経由で北上する約200キロを3泊で走るプラン。混雑するお盆を外して、8月第4週に休みをセットする事に、但丸々1日休みの取れるのは3日間、いつもの様に「18きっぷ」を使って始発から移動する余裕がなく、初日は近鉄特急と「しなの」を利用して木曽福島まで輪行する事にします。
 そこで静養中(^_^)の鈴鹿のあびさんから、自転車は無理だけど車でキャンプだけご一緒したいとのお話、元より1日目はいつ開田高原キャンプ場に辿り着けるかのタイトな行程、先乗りして頂けると安心、喜んでご一緒して頂く事に。
 さて世間のお盆休みは台風襲来、第4週はまずまずと陰でほくそ笑んでいたのです。18日には4つのサイドバッグをクロネコヤマトの木曽福島営業所留めで発送、20日にさっさと出発できる輪行準備を済ませたら、なにやら気の早い秋雨前線が現れてお天気が怪しくなっているではありませんか、既に荷物を送っているのでお天気だけで止める訳にも行かず、降られる覚悟で多少雨支度や着替えを追加する事に。

 予定より1本早く桜井0937に乗車する事ができて伊勢中川乗り継ぎになりますが、榛原から近鉄特急に乗車、名古屋駅では余裕の22分接続で自由席の列に並ぶ事ができました。しかしJRの特急に乗るなんて何年ぶりでしょうね。
 心配なお天気、中津川辺りまでは良かったのですが、1323 案の定木曽福島駅に降り立つ頃には雨に、16時位まで降り続く予報、とにかく輪行支度を解きますが、なんと作業をしている内に雨が止んで晴れ間も、これ幸いと1420 出発。
 まずは福島町道路元標のある郷土館へ、季節によって変則的な開館日ですが、道路元標は前庭にあって休館日でも近くには行けそうです、積雪期はともかくとして。
 クロネコヤマトの営業所は木曽福島の街中から開田方面へ数キロ入った処、それは良いのですが、明日の行程に備えて携行食とかを街中で準備しておきたい処、ところがサイドバッグをセットするまで荷物を入れる余裕がないのです、ろくに買い出しもできずに営業所へ。荷物を受け取り4サイドの出来上がり、一挙に20キロ重くなります。
 地蔵峠への分岐までR361を行きますが、所々に旧道が残っているのでそちらを選びます。さすが信州、道祖神が出迎えてくれます。
 地蔵峠への道へ入ると殆ど車はやってきません、記憶も曖昧ですがここを走るのは17年ぶり、自転車向きの雰囲気の良い適度な坂が続きます。
 「唐沢の滝」を見上げるコーナーで小休止、案内板には「寝覚の床」「王滝の水ヶ瀬」と並んで「木曽三勝」、現在の落差100mと記されています。道は滝の右側を巻いて滝の上へと続きます。
 どうにか17時過ぎに地蔵峠に到着、以前はもっと楽だった気もしますが、4サイドですから仕方ないですね。
 開田側へ少し下ると「地蔵峠展望台」、九蔵峠とともに天気が良ければ御嶽を望むビューポイントなのですが、今は雲の中。17年前はここでゲリキャンしたのですが、あびさんがキャンプ場で待ってなければ、今回もここでゲリキャンしたでしょうね、なにしろキャンプ場までは開田村まで一旦下って地蔵峠とほぼ同じ高さまで登り返さなくてはならないのです。
 R361に戻り、木曽町開田支所に立ち寄って西筑摩郡開田村道路元標を。後8.4キロ、単純に標高差よりアップダウンが辛いのです。

 

九蔵峠の手前で県道20号開田三岳福島線へ、幸いにも管沢の高宮商店がまだ開いていたので、明日の携行食にパンやら御菓子などを調達、自販機の温かい缶コーヒーとドーナツで虫養いをしていると、キャンピングを見つけて声を掛けて頂いた方、大阪出身で開田高原が気に入って定住されていて、片倉シルクのオーナーとか。さてキャンプ場までは後3キロを切っているのですが、真っ暗な山道です、最後の数100mの坂では押しが入る事に。
 幸い降られる事なく1944 やっとの事で標高1,304mの開田高原キャンプ場に到着、真っ暗ですがあびさんの居場所はすぐに判りました。
 炊事場近くの屋根のある一画を確保してくれていました、お盆な明けの平日とあって他の利用者も2組だけとか。駆け付け1本の後、設営を済ませて、2人ぼっちで宴の始まり。(Photo : あびさん)
 本日の走行31.4キロ、道路元標や荷物の引取りがあったにせよ、5時間も掛かってしまいました。

 1日目 2日目 3日目 4日目

【1083】 長野県 西筑摩郡 福島町(現 木曽町)
【1084】 長野県 西筑摩郡 開田村(現 木曽町)

愛知県の道路元標へ

 有効期限残り僅かの「近鉄優待乗車券」を賜ったので、愛知県下で残している道路元標(上図赤印)を巡るか、自走で辿り着けてもなかなかゆっくりと回れない先志摩を往復輪行で巡るか、悩んだ挙げ句に自転車抜きで愛知へ向かう事にしました。愛知県下には後5ヶ所をのこしているのですが、今まで回った残りと云うか比較的最近になって現存が確認されたとかで、場所がてんでバラバラ、2ヶ所は比較的駅から近く、1ヶ所はどうにか路線バスが使えるので3ヶ所を公共交通機関利用で巡る次第に。(なお黒印は現存が確認されていたものの、その後行方不明となったもの)

 「優待乗車券」と云っても特急まではタダで乗せてはくれません、桜井0642発の急行を乗り継いで名古屋へ、名鉄に乗り換えて美和村道路元標の最寄り駅になる木田駅へ、しかし色々な方向へ様々な編成で入ってくる名鉄電車には戸惑います、津島線へ入るのは2両編成かい。
 海部郡美和村は美和町を経て2010年にみわ市に、道路元標は美和民族資料館の玄関脇の庭先に案内板付きで保存されています。なお同館は水木曜休みですが元標の前までは何時でも行けるかと。
 お次も名鉄に乗り継いで三河線の碧南駅へ。2014年10月にも訪れていますが、その時は目的の棚尾村道路元標が移設されていて見つける事ができませんでした。
 碧海郡(昭和45年に消滅)の棚尾村道路元標、以前は棚尾小学校内に保存されていたのですが、町おこしの一環で元の場所とされる処に再建されています。
 歴史のある町かして、歩道や案内が整備されています。
 お次は東春日井郡(昭和45年に消滅)の坂下村、JR中央本線の高蔵寺駅が最寄りですが直線距離でも4キロは離れています、ただ今やニュータウンのど真ん中で路線バスが日中でも1時間1本程度走っています、駅前のバスターミナルから最寄りのバス停まで片道330円は些かお高いですが、丘陵地帯のアップダウンを自転車では行きたくない様な。
 坂下村道路元標は坂下公会所(公民館とは異なります)の玄関先に。これで愛知県下110基目、現存が確認されているものは後2基、渥美郡泉村は良しとしても北設楽郡の園村が難関です。

 東海道線で遅延とかが発生していたのですがほぼ順調に予定の3基を巡り終え、少し時間の余裕があったので、せっかくですので毎年新春ランでお世話になっているカトーサイクルさんへ、今どきのお店には置いていない小物部品が必要だったので、グッドタイミング。ただ眼に毒なものが一杯あるのが困り物です。
 帰りは特急料金を奮発しましたが、名張から普通電車に乗り換えるので行きと30分程しか変わらないのが。

【1080】 愛知県 海部郡 美和村(現 あま市)
【1081】 愛知県 壁海郡 棚尾村(現 碧南市)
【1082】 愛知県 東春日井郡 坂下村(現 春日井市)

WAKAYAMA800 日高郡へ

 昨年8月から挑戦中の「WAKAYAMA800モバイルスタンプラリー」、台風禍で閉鎖されたままの道の駅「白崎海岸」が正式にポイントから除外されて計44ヶ所、残りは12ヶ所なのですが、パーフェクト達成はかなり厳しいです、やはり昨年9月の「十津川~南紀ツーリング」の2日目、雨で切り上げたのが堪えます。今日は青春18きっぷのシーズンが始まりましたので、日高郡の2ヶ所を回る事に。
 ただ普通列車より優等列車の方がはるかに多い紀勢本線、JRだけで桜井から御坊まで行こうとすると始発に乗っても10時をまわってしまいます。王寺駅までの約20キロを未明に自走したので、3月とは云え温度計は0℃、この冬一番の寒い思いをさせられる事に。とにかく王寺駅0436発の関西本線で天王寺へ。
 天王寺、和歌山で乗り継いで御坊到着が0756、輪行準備とトイレを済ませて0816、R425の分岐する塩屋まで南下するのですが、県道186号日高港線のヘキサや食料調達に時間を取られてしまいます。
 結局R425に入るのは085に、尾鷲から紀伊半島を横断してきたR425、日本三大酷道と云われたこの道も御坊側は幾つものトンネルや橋が供用されて車には走り易い道となっています。実は旧龍神村の小家谷から西を走るのは10数年ぶり、改良のお陰で里山の中を緩やかなアップダウンが続き、自転車にも走っていて気持ちの良い道です。そのせいかWAKAYAMA800でもおすすめルート「切目~塩屋ルート」として紹介され、ブルーラインも引かれています。
 ただ昔ながらの道への拘りもあって、旧道トレースモードに。印南町田ノ垣内、ここには日高郡の真妻村道路元標があったはずなのですが、JAも幼稚園も今は閉ざされ、人影すら見えません。
 2014年に竣工した切目川ダム、もちろん以前通った時は建設中でした。付近の旧道部分も幅員こそあまり変わりませんが整備されています。
 上洞(かぼら)にある「奥真妻活々倶楽部」が今日1っ目のポイント、元は商店だったのでしょうか、集会所の様になっていますが、食料品とかも売られている様です。
 規模は小さいですが棚田が、この辺りでは「けさがけ」の事を「なるがけ」と云う様です。
 標高440mまで登り詰めて唐尾隧道、今は田辺市となりましたが、旧龍神村域に入ります。

 

 小家谷口でR424と合流、上洞からは1台の車にも遭わずにやってきましたが、R424との併用区間に入ると交通量が増えます。御坊から龍神へは県道とR424を継いだ日高川沿いのルートがメインになっています。

 

 1150 道の駅「水の郷 日高川 龍游」にて2っ目のポイント。
 今度はR424を使って海側に戻る格好になります、切目辻トンネルを抜けて南部川沿いに下ります、こちらのルートを走るのも10数年ぶりです。
 みなべ町にて、南部町道路元標(写真左)、県道201号南部停車場線、熊野街道沿いにあるのですが、後ろの商店は店仕舞いしてしまった様です。
 南部駅に到着したのが1352、この先紀伊田辺以遠へ行ける接続は1558までなく、帰途に鶴橋から近鉄を利用するなら、紀伊日置駅もよりのポイント「道の駅 志原海岸海来館」まで往復する事もできなくないのですが、輪行支度や待ち時間を考えるとあまりにロスが大きいので、今日はここでお開きにして帰途に就く事に、時間的には少々物足りないですが恵まれた天気の下、久しぶりの道を走る事ができて満足です。本日の走行96.1キロ。
 通勤時間帯の天王寺を経由するのを避けて、余分に時間が掛かりますが和歌山線経由で、乗り心地最悪の105系に乗れるのも後僅か。南部1432→1508御坊1533→1636和歌山1651→1824五条1901→1940高田1944→1957桜井と所要5時間25分の旅、往復で5,620円分乗車。五条駅ではへこちらも3月16日のダイヤ改正で姿を消す117系と交換(写真右)。

 WAKAYAMA800は2ヶ所回って都合34ヶ所、残りは紀北に4ヶ所、南紀に6ヶ所はどう考えても厳しいです、と云いますが千葉山と生石山ってあまり気がすすまないのですよね。

 

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国中ポタ~大和盆地縦断~

奈良県生駒市高山町 北倭村道路元標

 今日はお天気も良い事ですので、最近になって現存が確認された北倭(きたやまと)村道路元標を履修に生駒市へ向かう事にします。相変わらず歩くと左脚の調子は良くないのですが、現金なもので自転車は大丈夫なんですよね。
 さて飛鳥川沿いの「大和中央自転車道」(大和郡山田原本橿原自転車道線)を北上します。「大和中央自転車道」は浄化センター公園が起点、実質的には行き止まりになっているので、生駒市や王寺町方面に抜けるには保田橋西詰から県道36号天理王寺線を少し西へ走って曽我川沿いに北上してきた「飛鳥葛城自転車道」(明日香大和高田広陵自転車道線)に入る事になりますが、この辺り案内等は全くなくて大阪方面から走りに来た人にとっては日非常に判り難い事になっています。→「奈良県の自転車道に物申す」

 曽我川を渡った処でその「飛鳥葛城自転車道」に入るのですが、昨年からなにやら工事をしているなと思っていたら、どうやら県道36号天理王寺線の付け替えで新しい橋が架かるので、左岸を走っていた自転車道はアンダークロスする様です。これはこれで良いのですが、奈良の自転車道を走っていて気になるのは交通量の多い道路の交差点で信号や横断歩道の類、車道側に自転車道との交差である事を示す標識が非常に少ない事です、「ならくる」や「京奈和自転車道」も結構ですが、こう云った基本的な安全面に気配りと予算を使って貰いたいものです。
 大和川に出て御幸大橋で右岸に、竜田川べりに入って北上しR168へ。桜井に暮らしているとわざわざ車の多いこちら方面に走りに来る事は滅多にないので、せっかくですのでヘキサコレクションで空白になっている幾つかの県道を巡る事に。因みに新宮市が起点のR168は昭和57年までは大和高田が終点で、昭和57年に2つの県道の昇格で枚方市までとなりました。
 お天気に恵まれた土曜日とあってすれ違うロードバイクが結構います、淀川べりから奈良へ走りに来る人は、今日走るR168や県道7号がルートになるのでしょうね。

 時間を取られましたが未収だった5件をGET、ただ県道250号平群信貴山線は見つける事はできませんでした、どうやらフラワーロードまで登るとある様なのですが、標高差200mを登る余裕はありません。
 近鉄の生駒駅に立ち寄った後再びR168に戻って北へ、奈良盆地の南東端から北東端へ、北倭村は結構遠いです、もうポタとは云えないですね。出店交差点(写真右)を少し西へ入り橋を渡ると大阪府四条畷市、ここは淀川の支流天野川の上流になるのです。
 ここまでヘキサコレクションのためにR168を北上してきたのですが、白庭台ニュータウンの中を越えて富雄川の沿って北上してきた県道7号枚方大和郡山線へ入り、くろんど池への登りに。くろんど池と云えば大阪府のイメージが強いのですが、くろんど池そのものは奈良県生駒市、れっきとした富雄川源流域なのです。
 さて北倭村道路元標の建つだろうポイントまでやってきたのですが、なんと道路元標と思しき石柱は頑丈なゲートに阻まれた橋の向こう、南向きに建っていて正面を確認する事はできませんが、形状から奈良県の様式の道路元標に間違いありません、万事休すかと思いきや、地図を見ると向こうに見える北倭土地改良区の建物までは高山溜池を大きく迂回すれば「金鵄の杜倭苑」と云うコミニュニティセンター経由で行けそうです。
 十数m向こうの道路元標まで2キロ近く迂回する事になりましたが、さしたる?障害もなく無事に北倭村道路元標の正面に辿り着く事ができました、都合1,079基目となります。
 北倭村は明治22年町村制の施行に拠り、添下郡5ヶ村により北倭村として成立、明治30年に平群郡とともに生駒郡となり、昭和32年に当時の生駒町に編入されています。上田倖弘著「道路元標」を尋ねてによると、現在の出店橋西詰にあったとされ、戦前には失われていたかとありますが、土地改良区ができた折にでも保管されていたものがここに再建されたのでしょうね、北倭村の村域は概ね生駒市高山町となったため、北倭の名を残しているのは保育園位になってしまいましたが、北倭村成立以前の旧村名(鹿畑)が鹿ノ台ニュータウンに引き継がれている様です。
 13時半、今日の目的は達成、京都府側へ越える県道65号か72号で木津川側へ越える事も考えたのですが、最富雄川沿いに最短コースの県道7号を南下する事に。


 近鉄富雄駅手前までは信号や車が多くて閉口していたのですが、三松橋からは富雄川左岸の道が自転車道みたいなもの、大和郡山市の外川橋からは「奈良自転車道」と「飛鳥葛城自転車道」を継いで大和川に架かる御幸橋まで戻ってきました。
 大和川べりでは御幸橋から馬場尻橋まで右岸、中街道(下ッ道)の天神橋までは左岸を行きます。R24を跨ぐために県道36号を少し走らされますが大中橋から再び大和川左岸へ、桜井まで快適なルートを走る事ができます。交通量は少ないですが、生活道路になっているので時間帯によっては地元の車が広くもない堤防上の道を行き交います、断続的にある対岸(右岸)の道を自転車道として整備してくれないものですかね。
 さてくろんど池への登りを除けばインナー要らずの川沿いのコースでしたが、走行89.9キロはもうポタやないですね。

 なお2019/2/3の時点で道路元標のコンテンツに埋め込まれているGoogleMapは正常に表示する事ができません。

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