兵庫県の道路元標

頼んでおいた本が届いた、表題の通りの兵庫県下の道路元標を著者が10年の歳月をかけて探索した資料である。 道路元標が設置されたであろう400余りの行政区を巡り217基の現存を確認し写真に収めている。 奈良版とも云える「道路元標を尋ねて -奈良県ふるさとめぐり-」(上田倖弘著 弘道社)に比べると読ませる部分や周辺の写真や地図がなく、単に情報の羅列と云う感じもなくはないが、元標の存否を知る事ができるだけでも貴重な資料である。 A5版160頁、頒価\2,200_


今年の「あすか鍋サイク」は...

今年で数えて9回目、恒例の「あすか鍋サイク」は前後の日程からして12/17しか考えられないので、今年は12/17(日)で段取りしたいと思います。

なおコースは去年積雪でコース変更になってしまった元のプランで行きたいと思います。
 「めんどや」?<37>?芋峠?吉野町千股?津風呂ダム(昼食)?<256>?入野?(370)?色生?小名?<28><219>?大宇陀?(370)?野依?篠楽?<199>?笠間辻?(166)?下尾口?倉橋?阿部?南浦?「めんどや」(約50数キロ)
添付図では「めんどや」を起点に反時計回り。


道路元標探索サイク(その5)

今日は和歌山市にある’県立文書館’へ和歌山県の道路元標に関する資料(県報)を閲覧複写しに行く事を目標に、竹内峠を越え石川サイクリングロードを南下、国道170号線の旧道を縫いながら和歌山へ向かおうと画策してみたのですが... 日頃走り馴れていない道なので河内長野で道に迷ったり、アップダウンを繰り返す国道170号線になかなか距離が稼げない。
 ところで現状大阪府下で大正の道路法に拠る内務省令に従った道路元標の現存が確認できたのは’岸和田市’の1基だけで、確かに本にまでなっている奈良県や兵庫県を除けばネット上で好事家と云うかマニアによる情報に頼るしかないのですが、現時点で私の知る限り大阪府×1、和歌山県×3、岐阜県×4、滋賀県×7、三重県×11、福井県に至ってはゼロとはあまりにも差が大きすぎます、これは単に探した人がいないだけなのか、大正道路法が有名無実化してしまった以降は府県単位で積極的に撤去されてしまったのかと思ってしまいます。 国道170号線沿いにも多くの町村が存在したので一応は目星をつけて走っていたのですが。

FI2612592_2E.jpg現在の岸和田市の郊外にあった’東葛城村’はなかなか残ってそうなロケーションなので旧役場跡と思われる付近を探索してみたのだが見つからず、やはり大阪府には無いのかなぁと国道170号線旧道を流していてフト左側を見たら、ありました‘熊取村道路元標’、中央小学校の南向かい’町立勤労青少年ホーム’の北東側、文具店の駐車場に隠れてしまう位置で、写真を撮っていたら暫くして車が入ってきて、通るのが10分遅かったら見逃していたかも。 しかし目星をつけたものが見つからずに殆ど偶然に見つかるのですから’道路元標発掘’も大変ですわ(^_^;)

FI2612592_3E.jpg時間が押してきたので国道26号線も走りましたが、昔の事を思うとバイパスや阪和道の開通で自転車にも随分走り易くなった処もある様です、少々退屈してきたので旧街道にまわったら早速’丸ポスト’を見つけました。
←泉南市信達牧野にて
 流石にロンさんは履修済みでした。

淡輪付近まできて、念のために開館時間を確認しようと「和歌山県立文書館」に電話したらなんと月曜は休みでした。 で<751>木之本岬線を走破がてら猿坂峠を越えてから紀の川北岸を岩出市へ突っ走り、所在地を示す資料が曖昧でてこずってしまいすっかり暗くなってしまいましたが‘岩出町道路元標’をゲット、岩出駅から輪行で帰途に就きました。 本日の走行123.2キロ

FI2612592_4E.jpg↑猿坂峠から和歌山市街を見下ろす、なかなかの展望ですが改良された南側の斜度はは相当なものです。


第6回胃袋破壊ツアー「うなぎの新玉亭オフ」

 今日は恒例?の東海3県持ち回り胃袋破壊ツアー「うなぎの新玉亭」オフに参加してきました。 参加11名が集合場所の名阪関ドライブインに集合しますが、予報に反して天気は...回復を待って出発します。
 関から津まで雨上がりの旧街道を行きます、残念ながら青空は続いてくれませんでした。
 今日はakuta氏の主催と云う事でT御大と相談してガード付きで出掛ける事に、お陰で野良仕事用の軽トラで名阪国道を突っ走る事に、でも案の定11台中6台がガード付き、予想外の濡れた路面にも快適に走る事ができました。
 これが津にある「うなぎの新玉亭」の特上大盛り鰻丼です。 4人が果敢に挑戦しますが、完食は1名だけでした。 なお注文時に「残す場合は’折り’を用意しますので、お持ち帰り頂きますと」と念を押されます、もちろん’折り’は別料金です。
 ちなみに私はきっとT御大の援護射撃をせなアカンやろと’特上並盛り’を頼みましたが、案の定’大盛り’完食を諦めたT御大のを横取りしたので’中盛り’程度は頂きましたよ(^_^) 地元では知られた昔からのお店なので’うなぎ’の方のお味はなかなかのものです、肝吸いも美味しかったし、ただ’ご飯’が今一つなんですネ。
 今回始めてご一緒する京都の女性サイクリストのTOEIランドナー、ブルホーンバーに換装されていますが、個人的には犬印のバッグとダイナモレバーに注目。



 帰路に少々向かい風の吹き降りと悲惨な状況もありましたが、びしょぬれまでにはなる事もなく、無事に関に帰りつきました。 走行約45キロ。
 折角ここまできたのできっちり’関町道路元標’をゲットしに往復してきましたよ(^_^;)
 既にうちのHPの「輪」→「ツーリングの記録」に写真をアップしています。

ちょっとお出かけ(^_^)

しかし今朝は寒かったですね、奈良の最低気温は3℃をきっていたとか... 午後、香芝市まで所用があったので、天気も良い事だしついでに道路元標と県道ヘキサ探索に行ってきました。 行方知れずだった下田村道路元標、たまたま市役所の人がいたので訊ねたら公民館に移設したとの事\(^_^)/ その後王寺町から斑鳩町と北上し大和郡山市小泉町で片桐村道路元標をゲット、このまま富雄川沿いに北上すれば富雄村道路元標があるはずなのですが、明るいうちに桜井へ戻れなくなりそうなので、今日はここいらで引き返す事に。 未拾の奈良県道ヘキサを6個ゲット、残念ながら<156>王寺停車場線は設置されていないのか見つかりませんでした。 奈良西の京自転車道にて、ランドナーが1台走ってました。 なおここは自転車道が県道166号になっている様なのですが通った範囲ではヘキサはありませんでした、では車道部分は? こちら方面にはあまり来る事がないので奈良県ながら少し新鮮な道筋でした。 走行58.2キロ。

【87】下田村道路元標(奈良県北葛城郡)

下田村は昭和31年に近隣3村と合併して香芝町となり、平成3年香芝市となった。
 元標は長らく旧街道沿いの中川酒店前にあったが、最近JR香芝駅(旧下田駅)そばの下田地区公民館前に移され保存されている。


残念な事に「元標」の文字が埋まってしまっている、ただ中川酒店前にあった時は「路」も埋っていた様なので既に下の部分は失われてしまっていたのだろうか...


また折角の説明が「明治のはじめごろ...云々」と書かれている、もちろん道路元標は早くても大正9年以降のものである。


Sergei Prokofiev Romiob and Juliet Ballet

最近、鼻につくと云うか、耳につくと云うか... これだけSoftBankのTVCMで聞かされるとね... その上TVドラマ「のだめカンタービレ」でもしょっちゅう聞かされるわと(^_^;)
 しかし「ピーターと狼」ならともかく、プロコフィエフがTV-CMやTVドラマにネ、没後50年を経過しているからかな。
 チャイコフスキーの「ロミオとジュリエット」とならともかく、けっして好みの曲でもないし、でも何処かにあったハズと探してみたら、あった、あった\(^_^)/
Dimitri Mitropoulos (co) New York Philharmonic 1957.11.11
 ミトロプーロスをコレクションする為に買ったCDで、組曲からの抜粋盤(10曲)でした(^_^;) ディミトリ・ミトロプーロスは1949年から10年余りもニューヨーク・フィルの常任指揮者を勤めたギリシャ生まれの指揮者、トスカニーニ、ワルター時代からバーンスタイン時代の狭間でニューヨーク・フィル暗黒時代の指揮者なんて悪口を云う人もいるが、個人的には気になる演奏家です。 録音は後期ロマン派から近代にかけての作品が残っているがけっして多くは無いのが残念。 1960年にスカラ座でマーラーの3番のリハーサル中に心臓マヒで倒れ亡くなっている。